第百六十二話 朝の緊急クエスト
翌朝、一番に目を覚ましたのはシグレだった。
おうちから現れ、俺の元まで来るとペコリと一礼。
「おはようございます、カイザー殿! 寝ずの番お疲れ様でした」
「おはようシグレ。ありがとうね」
片手を上げ、それに答えるとシグレはにっこり笑っておうちに戻っていった。
そして直ぐに布団を担いで戻ってきて、手招きで呼び出したガア助の羽にそれを広げている。
「出立するまで布団を干してよろしいでしょうか」
いやもう既に干しているじゃないか。
……そういえばレニーやマシューが布団を干している姿を見たことがない。
ミシェルはせっせとシーツを取り替えているので大分マシだろうが、布団を干してるのはやはり見ないな。
レニーとマシューは雑なだけだと思うけれど、ミシェルは恐らくいつもメイドさんに任せているのではなかろうか。
シーツ交換こそは何かで目にしていても、布団を定期的に乾燥させる大切さまでには気づいていない可能性はある。
……ミシェルは賢いし、様々な知識を持っているけれど……たまに妙な所で無知な面も見せるからな。
この世界にダニや南京虫的な吸血生物が居るのかは不明だけれど、そうじゃなくても布団は干すべきだと思う。
じっとりとした布団より、ふわりとした布団で寝たほうがコンディション的にも良いはずだからね。
取り込んだばかりの熱を帯びたふわふわお布団……あれは抗いがたいからな。
「本日は2時間後に出立しようと思ってたから、布団を干す時間は十分あるね、許可しよう。そこでシグレ、君に特別任務だ」
「特別任務ですか! なんなりとおっしゃって下さい!」
「緊急任務発令! ヤタガラスパイロットシグレ! これよりレニー・ヴァイオレット及びマシュー両名の布団を拘束し、干すように。なおパイロット達の反撃があった場合、応戦を認める」
「……なかなかの任務ですな! ふふ、では言って参ります!」
ただ単に布団を干すよう頼めばよかったのだろうけど、こういう遊びも悪くないだろう?
シグレもなんだかとっても楽しそうな顔をしてすっ飛んでいったからね……っと、流石ニンジャ、仕事が早いな。
司令を出してまだ1分も経っていないというのに、マシューの雄叫びが開戦を告げるように鳴り響く
「う、うおおおお? 誰だぁ? な、何しやがる! あたいの布団……わあ、やめろ! まだ眠い! 眠い!」
容赦なく剥ぎ取ったのか、ドスンと言う音がしたかと思うと、間もなく布団を抱えたシグレが飛び出してきた。
「まずは一つ!」
ヤタガラスに布団をかけ、満足げな顔でこちらを見て頷いた。
「たくよお……なんなんだよお……」
ボサボサ頭をしたマシューがノロノロと不満げな顔でおうちから現れた。
「おはようマシュー。布団を干しているのさ。布団はな、干さないで居るとじっとりしてくるだろう?
すると……目には見えない吸血虫が住み着いて鬼のように増えるんだ」
「……え……なにそれ……あ、あたいの布団がそうだっていうのか?」
「いや、今はまだ大丈夫だ。けどな、じっとりさせたままだと……今後何処かの土地で拾うことになるぞ」
「うええ……やだよお、虫の巣なんてまとって寝たくねえよお……」
「だから布団を干すのさ。奴らの弱点は乾燥と熱だ。ああやって干して日に当てることで予防することが出来るし、何より熱を吸ってフカフカになった布団は最高だぞ」
「フカフカに戻るのか……それはいいな……」
「次はレニー殿の布団を回収します。マシュー殿、お力添えをお願いできますかな?」
「ああ……いいぜ……アイツの布団が虫の巣になったらあたいの布団も被害を受けるだろうさ。けどな、シグレ……レニーは
「承った!」
元気よく二人がレニーのおうちに突貫していった。
間もなくレニーの雄叫びが……聞こえないな……?
「なんだこいつ! これでも起きねえのか! おら! レニー! 朝だ! 布団を離せ!」
「くっ……まさかここまでとは! レニー殿! 観念して下さい! 布団を! こちらに!」
「……マシュー……いくらなんでも……ストレイゴートの角は食べられないよ……」
「「~~~~!」」
まもなくして雄叫びが聞こえてきた。
ただし、それはマシューとシグレのであった。
その雄叫びと共に二人の姿がおうちから現れる。
二人が担いでいるのは布団。しかしそれから生えている謎の物体が……いや、あれはレニーの足だ!
「「どっせい!!」」
ヤタガラスの羽に置かれてもなお目を覚まさないレニー。
ここまで来ると逆に感心してしまうな。
しかし、早朝とはいえこの季節の日差しは強い。いつまで耐えられるかな?
我々の機体は謎物質とは言え、金属と似たような特性を持つもので構成されている。
朝からじっくりじっくり温められた機体は触ると結構熱く、ヤタガラスの羽から伝わる熱と陽射しにジリジリと両面を焼かれて……間もなくレニーが目を覚ました。
「うわあああああ!! マシュー! あたしだよ! シカじゃない! レニーだよおお!!」
青ざめた顔で起き上がり、肩で息をするレニーに呆れ顔のマシューが声を掛ける。
「……いくらなんでもレニーは食わねえから……なんて夢見てやがるんだよ……」
「え? あれ? ここは? ええ?」
「おはよう、レニー。今日は布団を干しながら朝食を摂ることにしたんだ」
「ああ、それであたし毎ここに……ひどいよ!」
「起きないお前がわるいんだろうが! よし、レニー次はミシェルんとこだ! お前も来い!」
「レニー殿も加われば心強いですな! 一緒に任務を達成しましょう!」
「何だかわからないけど! がんばる!」
「ようし、ではブレイブシャインの諸君、ミシェルのおうちに突撃せよ!」
「「「おー!!!」」」
俺の掛け声に元気いっぱいに答えた3人がみしぇるのおうちにむかって駆け出していく。
団結したブレイブシャインは強い。例え相手がミシェルだろうと、遅れは取らないことだろう。
「なにが『おー!』ですの……」
「げえ! ミシェル?」
「ああ! 布団持って出てきたよ!」
「お二人に比べてミシェル殿は感心ですなあ」
「まったく、朝からあんなに騒いでいたら目が覚めますわよ。
お布団を干すということでしたので、持ってきましたが何か不都合でも?」
「い、いやなんもねえよ……なあ、みんな」
「う、うん……」
「ミシェル殿、ガア助の左羽が空いてますのでそちらにどうぞ」
「ありがとう、シグレ」
呆れ顔でマシューとレニーを睨むと、そのままヤタガラスに布団を干し始めた。
「たまにお布団がフワフワと気持ちが良い時がありましたが、メイドがこうして干していてくれていましたのねー」
「なんだよミシェルも布団干すのしらなかったんじゃねえか」
「どうすれば良いのか気にしていた分だけマシューよりマシですわ」
「ちぇっ」
乙女軍団が嬉しげな顔で干される布団達を眺めている。
この分なら1時間もすればフコフコになるだろうな。
「防虫防疫効果の他、肌触りも良くなるからな。旅の途中、天気が良い日はこうやって干すといいさ」
青空の下、時折風になびく布団を眺めつつ乙女軍団は朝の軽いトレーニングを済ませる。
トレーニングが終わると、何やら小さな小屋のような物をストレージから取り出してじゃんけん――スミレが教えたらしい――を始めた。
何事かと見守っていると、やがて勝者であるミシェルが小さくガッツポーズを作り小屋に入っていった。
数分後現れたミシェルがしっとりとしていたことからあれはシャワー室と推測されるが……一体いつの間にあんな物を入れたんだ……。
「あれは紅の洞窟で作った物ですね」
「知っているのかスミレ」
「ええ、主な作成者は私ですから」
「なっ!?」
「普段からパイロット達から、特にミシェルから熱望されていましたから。
洞窟には技術を持つ者が揃っていましたし、資材も豊富にありましたので比較的簡単にできましたよ」
聞けばパーツ洗浄用の魔導具を改良し、小型化した物らしい。
湯沸かしとポンプ機能を備えたそれは正にシャワーと言えるもので、水は予め専用に用意しておいた樽にしっかりと蓄えられているという。
ボックス内に置かれた樽から直接補給され、排水された水はストレージに収められた後浄化され再利用されているとのことで……ストレージまで使うとはなんともちゃっかりとした仕組みだな。
ブレイブシャインはみんな女子だからな。レニーもクエスト中は特に風呂を求めるような事は言わないけれど、リックの家に帰った際には大喜びでお湯を浴びていたし、我々にとって必要な設備だと思う。
ただ、こう言う人気が無いところで無ければ中々使うことは出来ないだろうな。
いくら個室になっているとは言っても、流石に外でシャワーを浴びるのは目を引いちゃうからなあ。
色んな意味で問題があるよ。
さっぱりとした乙女軍団はさっさと軽い朝食を摂り、用意も終わって出発時間となり、今日も元気に空の旅だ。
「今日はイーヘイから馬車の脚で半日程度の所まで進むぞ。今日より少しだけ長めの飛行となるが、頑張ってくれ」
「「「「はーい」」」」
「目的地に近づいたら周辺を探り、街道から離れた野営ポイントを見つけ次第着陸となるからそのつもりでね」
空の旅は今日でひとまずお休みだ。
明日はロボ形態となりイーヘイまで移動する事になるからな。
イーヘイに入ったらギルドに報告を入れ、恐らく翌日にはギルマス……大統領と顔を合わせることとなるんだろうな。
そこから先はバタバタと忙しくなりそうだし、予定通り……アレを今夜決行しよう。
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