第百六十一話 荒野の夜 

 荒野に建ち並ぶ「おうち」が4件。


 周囲に人工物など一切無い……そんな場所に佇むそれはとても異質だった。

 しかし、そこから溢れ出す黄色い声はどれも楽しげで、もし冒険者が通ればお伽噺の精霊の集落では無いか、そう錯覚するのでは無かろうか。


 なんてね。


 おうちは運搬用コンテナが元となっているけれど、パイロット達がそれぞれ思い思いにカスタムしたそれは快適な居住空間が作り出されていて、内部に据え付けられた魔導ランプにより、日が落ちた後も室内を明るく照らし、そのまま家として住み着いてしまったとしても何ら問題のない程に立派なものになっている。


 そして、そのおうちに初めて触れる事となったシグレの興奮と言ったら凄いもので。


「いやあ! これはまっこと凄いですなあ! どんな場所であっても雨風を凌ぎ、温かに寝られるでは無いですか!

 多少目立つのが難とはいえ、凄いですなあ! まさに移動する家ですなあ!」


 まだ彼女のベッドを用意出来ていないため、今回は予備の布団が貸し出されているようだったが、シグレは元々日本人のように床に布団を敷いて寝るスタイルで過していたようで、広げた布団の上を嬉しそうに転がりまわっていた。


 そしてシグレの興奮は食事の時間に再度のピークを迎える。


 シグレと出会ってからの我々の食事を思い返せば、作戦中はコクピット内で携行食を食べ、紅き尻尾と合流した後は共に調理をして――という具合だったが、ブレイブシャインとして……もとい、乙女軍団として彼女たちが行動する際には、街の屋台で買い求めた料理をそのまま食べるという非常に女子力が低いことをしているのだ。


 いわゆるアイテムボックス的な機能を持つストレージ機能の恩恵を受けた料理は傷むことも冷めることも無く、入れた時のまま取り出すことが可能だ。


レニー達が次々に取り出す料理に目を見張り、手渡された熱々の串焼きを頬張り、熱々のシチューをすすり、食後のデザートにとミシェルから渡されたヒンヤリと冷えた甘味を堪能して……最後には泣き出してしまった。


「うっ……ひぐっ……こ、こんなに幸せな作戦行動があって良いのでしょうか……」


「シ、シグレちゃん……泣かないで……ど、どうしたの?」


『影として任務を遂行している最中は……あまり村や街で泊まることが出来なかったのでな、シグレは殆どの日を雨水を飲み、焼豆を囓って夜を過していたのでござる。

 野営時にこのように文化的な食事を取れる日が来るとは……うう……良かったでござるな、シグレ……ぐす……』


「うん……うん……有難う……ガア助……」


「ガア助まで泣き出してどうすんだよ!ったく、ほらシグレ、もっとくいな!

 これはあたいお気に入りの氷菓子だぞ」

「ほら、こちらの飲み物も美味しいですわよ? ブドウの果汁を搾ったもので……」


 乙女軍団たちから次々に餌付けされるシグレは……半泣きだったが、とても幸せそうな顔をして居た。

 

 うん……良かったなあ……本当に……。


……


 賑やかな声も静かになり、梟のような鳴き声が響くだけとなった。

 珍しくおうちには向かわず、ちょこんとコクピットに座って黄昏れているスミレに声をかける。


「スミレ、珍しいね。レニーの所にいかないなんてさ」


 スミレは悪戯っぽく笑うと言葉をそのまま返してくる。


「ふふ、カイザーこそ……珍しく私と話したそうな顔をして居たじゃ有りませんか」


 なんだ、バレていたのか。

 ここ最近ずっと……タイミングがあったら話そうと思っていたことがあったんだ。


 けれど、なんやかんやとバタバタしていたから、こうして静かな夜を過ごせたのは今日がやっとだった。


 スミレに話したかったこと……それはの秘密について。

 まずはスミレにだけ打ち明けよう、そう思ってたんだ。

 

 レニー達にはまだ言えない。けれど、スミレにだけは話しておこうってね。

 こんな静かで落ち着いた夜……打ち明けるにはぴったりだよ。


「スミレはさ、前の世界のことは覚えているのかい?」


 彼女はこの世界に来た時に「始めまして」と言った。恐らくはアニメの記憶が無い……というか、と同時にこちらの世界に誕生したアニメとは別物の存在なのだろう。


データとして予めインストールされていた地球の情報以外は知らない、一話以前のスミレがそのままとともに生み出された……そうは推測している。

 

 それに対してウロボロスやオルトロス、そしてヤタガラスはアニメの最終話から継続した記憶を持っていて、俺のことをアニメの頃から知る存在として接している。


 以前にも考察したけれど、僚機達はスミレと違い、それぞれが完全に俺と独立している存在であるため、神様がこちらの世界に機械生命体として創造される際に作中の記憶をそのまま継承させたのだろう。


 けれど、スミレは俺と一体化している存在。

 一応、俺の記憶とスミレの記憶は分離されては居るけれど、データの共有は簡単に行えるし、僅かではあるけれど、心のつながりを感じることがたまにある。


 私がカイザーとして転生する際に、スミレに作中の記憶を入れることはきっとなにか神様的に難しいことでもあったのかもしれない。


 実のところはわからないけれど、そう思っている。

 

 だから、まずは確認の意味を込めて、自分の話をする前にスミレを知ろうと思ったんだ。


「私は貴方の戦略サポートAI、スミレです。貴方がこの世界に生を受けた瞬間、私もまた生を受けました。

 カイザーや僚機達が時折話す異世界の話。多少は貴方とデータの共有が出来ているため知識としてはありますし、記憶ではなく、データとしてですが私を創り出した研究機関の事は存じてますので、我々が別の世界からこちらに来たことは理解しています。

 でもねカイザー。私が始めて出会った者は貴方。貴方と出会って私の生は始まったのです。私の記憶は、思い出は全てあの日カイザーを起こしたところから始まっているんです」


「そっか、そうだよね。はあの日はじめて俺と出会い、俺もまたはじめて君と出会った。

 それから今日まで色々とあったけれど、そのどれもが二人の掛け替えのない思い出だ」


「ふふ、そうですね」

 

確認するまでもない話だったよね。このスミレはアニメのスミレとは別の存在。

 俺がアニメのカイザーと同一の存在ではないのだから、当然の話だったんだ。


 けれど、僚機のみんなはきっとアニメの世界から転移してきたようなものだ。

 それはきっと、彼らまで『はじめまして』だと俺の望みに沿わないことになるから……シャインカイザーになりたいと言った俺の望みに沿わない事になるからなのでは無いか。


 彼らがはじめましての状態で共に4機この世界に降り立った場合、パイロット不在の我々は合体することが出来なかったわけだ。


 つまり、その状態の俺はシャインカイザーではなく、ただのカイザーだ。

 4機合体したシャインカイザーとして転生したいという俺の望みから外れることになってしまう。


 そして合体をするにはパイロットの存在が必要だ。自立機動では合体が出来ないことになっているから。


 なのできっと神様は作中最終話のシャインカイザーをそのままこちらに創造してくれたのだろう。


 そして生み出されたシャインカイザーのうち、俺だけは中に私が入っているし、こちらのスミレは一部っぽいからきちんと個としての意識を持つことが出来た。


 しかし、誰かの魂が入ることなど無い僚機達はそうではない。ただ似たように作っただけでは、最低限カイザーの僚機としてやっていける存在でなければ、似て非なる別の存在になってしまう。


 だから神様はそのまま作中の彼らを、その記憶を引き継いだ意識を宿したのではないか……いや、この辺りはまったくわからんけどね。

 

そして数千年前、噴火以前に僚機達が静かだった理由……それはきっと彼らのシステムが状況に対応しきれていなかったため、状況の整理のためにAIが一時的にロックされていたのではないかと思う。


 管理機関やパイロット達の消失、急激な環境の変化……様々な要因が絡まりあい、作中のシステムがほぼそのまま持ってこられたような状態だった彼らのシステムは混乱し、状況に対応させるために始まったシステムの最適化が済むまで最低限のシステム維持に努めていたのかもしれない。

 

 そして緊急防衛システムが作動し、優先順位が『各機体の防衛』に変化したのをきっかけにロックが解除され、ようやく本来の「個」として目覚めた……そんな気がする。


 この考察があっているのかどうかは神様に聞かなければわからないけれど……なんだかモヤモヤしていた所がスッキリしたような気分だ。


 さあ、今度は私が話す番だな。


「スミレ、俺が食事に関してただならぬ執念を見せていることは知ってるよね」

「まさか……この思わせぶりな流れを無視して早く義体を作れという催促をするつもりですか……?」


「……まあ、それはいつも思ってるし、催促もしたいけど、今話たいのはそれじゃないよ。

 問題は俺がなぜそこまで食事に対してうるさく拘っているかなんだ。

 はさ、前世で人間だったんだ。しかもその記憶を引き継いでこの身体に宿りこの世界にやってきたんだ」


「……人間…ですか? カイザーが……人間だった……?」


「ああ、なんだろうな、良くわからない内に死んでしまったらしいんだ。

 そして今の体、カイザーというのは俺がいた世界でやっていた「真・勇者シャインカイザー」というアニメに登場するロボット……架空の存在なのさ」


「つまり、貴方は……架空の存在、アニメのキャラとなってこちらの世界に転生したとおっしゃるのでしょうか」


「大体そうだね。こちらに来る直前、良くわからない場所で出会った神様っていう存在が何故か私の願いを叶えてこちらの世界に転生させてくれると言ったんだ。

 何にでもなれる、そう言われちゃったからさ、ホントだな? って、言ってやったのさ。

 私が大好きな真・勇者 シャインカイザーにしてくれ! ってね」


「ふふっ」

「えっ 今の流れで笑う所ってあったかな!?」


「いえ、なんだか……子供の様なことを言うのだなって思ったら、おかしくって……いえ、失礼しましたカイザー。

 でも、そのおかげで私がこの世に生を成せたと思えば……私も神というものに感謝をすべきですね」


「……流石スミレ、あっさり受け入れてくれたね」

「貴方が話すことですもの。そこに嘘偽りがないのは私が一番理解しています。私と貴方は一心同体なのだから」

 

「ありがとう、スミレ……。

 それでね、勿論アニメにもはいるんだ。けれどアニメのスミレと今の君はまったく別の存在と言っても良いほどに違う」


「……カイザーはどちらのスミレがお好きですか?」


のスミレは君だけだよ。生意気で、意地悪で、でも優しくて思いやりがあって、義体を自作する恐ろしい発想と知能を持つ。あちらのスミレと比べるまでもない。俺のスミレは最高さ」


「カイザー……ま、まさか私を口説いているのですか?」


「ば、馬鹿! 違うよ! 口説いてるわけじゃないってば! それに私は……いや、兎も角さ。

 そんなわけでは妙な存在だけれども、これからも変わらず接してくれると嬉しいな」


「……当たり前じゃないですか。馬鹿ですねカイザーは……私のカイザーは貴方だけですよ」


 スミレは『馬鹿ですね……』の後に何かごもごもと口の中で言って……プイと体ごと顔をそらしてそのままレニーの元へ飛び去ってしまった。

 

 何を言っていたのかはわからないけれど……スミレが俺を受け入れてくれたのは間違いない。だってこんなにも、スミレから伝わってくる共有データが暖かいのだから。


 ずっと打ち明けたかった存在に秘密を打ち明けることが出来た。

 これでまた一つ、胸のつかえがスッと抜け去ったよ。

 

 死亡フラグを立てる気はさらさら無いけれど、大きな事をなす前に済ませておけて本当に良かった。


 このタイミングでスミレに全てを打ち明けた理由……それはタイミングが良かったのもあるけれど、明日の野営でやりたいことがあるからだ。

 

 これはきっとパイロット達の心を大きく揺さぶることになるかもしれない。

 けれど、今後のために済ませておくべき儀式のようなものだ。


 悪いなみんな……明日はきっと眠れない夜になるぞ。

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