第壱百五十九話 出発前夜
ゴーレムの復活という一大イベントを終えた後も暫くの間、アズベルトさんからの連絡を待つこととなったのだが、その時間は我々の戦力状況のために活用させて貰った。
なにより最優先で取り組んだのはシグレの輝力コントロール訓練だ。
この間の初フライトでわかったことだけれども、輝力という存在すら知らなかったシグレは当然そのコントロール方法なんてしるわけがない。
なのであわや墜落という目に遭ったわけだけれども、この先の戦闘では勿論のこと、大陸からリーンバイルまでの飛行を安定させるには輝力のコントロールは必須。
以前のレニーやマシューほどでは無いけど、やはり無駄に輝力を消費してしまっているため、細く長く繊細なコントロールをする訓練を集中的にやってもらった。
今日までレニー達を見ていて気づいた事だけど、輝力は訓練すればするほど総量が増えていく。
訓練で輝力を増やしつつ、コントロールも上手になればリーンバイルまでの飛行も十分に可能となることだろうさ。
この訓練の間、スミレは甲斐甲斐しく洞窟前に建造しているギルドの駐在所や洞窟内の整備を覗きに行っている。
彼女からすれば単なる暇つぶしのようだけど、スミレには俺と共有しているデータベースの知識があるため、建造や修復に関して適切なアドバイスをしてくれるとジン達から重宝されていた。
時折スミレカメラから送られてくる映像が最近密かに楽しみなんだけど……えっちらおっちら遺物を運ぶゴーレムの姿を見た時はやっぱり嬉しかったな。。
かつてルストニアの人々が使っていた頃にもああやって資材の運搬を手伝っていたのだろうと思うと、やっぱり何かこみ上げる物があるよ。
「オヒメサマ、オヒメサマ」と、ミシェルを慕う姿は何だかとっても癒されるしね。
パイロット達に昼食を摂らせ、じっくり休んで貰った後は飛行訓練に移る。
翼の制御自体はシグレの役割であるため、割合的には一番負担がかかるのだけれども、他のパイロット達も黙って乗っていればいいわけでは無い。
レニーはレニーで本体の姿勢を制御し、飛行を安定させシグレの負担を減らす役割がある。飛行が安定すればそれだけ輝力の消費が抑えられるからね。
そして手足の出力を担当するミシェルやマシューは適度に輝力を流すサポートをしなくてはならない。それが上手に出来るとレニーの姿勢制御が非常にやりやすくなるんだ。
そして飛行が安定すればそれぞれの作業負担がぐっと減る。つまりそれぞれのパイロット達の輝力消費量が減ることとなる。
4人がきちんと力を合わせられれば皆の負担が減るわけだ。
逆に言えば4人の力を一つにまとめなければ最高効率で飛ぶことは叶わない。
なんだかいよいよ持って合体ロボットらしくなってきたよね。
そして当然だけれども、合体においてパイロット達の相性も大切な要素だ。。
息を合わせる事が必要になってくるため、メンタル面も馬鹿に出来ない要素なのだが、幸いな事に乙女軍団は仲良しである。
これで下手に男パイロットが一人居るようなハーレム状態だったならば、綻びが生まれたかも知れないけれど、仲間には人間の男は存在しないし、俺の性別もまたアレだしね。
カイザーは声や口調から男としてみてもいいのかもしれないけど、自分はロボだから無害なものだ。
原作の連中はたまに喧嘩をして合体不良を起こしてたけど……うちの子達にはそんなイベントなんてこないだろうな……。
と、空から下界を見つつ、益体無い事を考えていると……唐突にマシューから質問が上がった。
「あのよ、カイザーって水に浮くのか?」
「どうした? 早速墜落の心配か?」
「いやさ、シグレから聞いたんだけどリーンバイルまでは結構距離があるんだとよ。
シグレはガア助で飛んだらしいけど、それでも三回海で休憩を取ったらしいんだ」
「なるほどな。だが今の会話に質問の答えが少しだけ隠れているな。
ガア助は俺の僚機、つまりは俺と同様の仕様だ。ガア助が浮くと言うことは?」
「なるほど、カイザーも浮くのか! 浮いたまま休憩出来たりするのか?」
浮いたまま休憩……ね。
なるほどそう来たか……マシューが言わんとしていることはわかるけど、その質問には直ぐに答えない。ちょっと確認が必要だからね。
データからすればYESなのだけれども……アレが無ければNOになるからな。
念のために備品チェックをすると……
想像通り俺の一部として認識されているようで、装備品とは違ってあの日に射出されていなかったようだな。
よしよし……ふふふ。
「それは海に行ってからのお楽しみ、と言う事になるが、まあ結果から言えば可能だな。
なんにせよ海上では補給が出来ないのだから、出発前に食料はたっぷり仕入れておけよ」
「あー、海上を移動するとなればカイザーの中でメシ食ったりすることになんのかな?」
「うっかりこぼしてしまえば大変なことになりそうですね……」
「そうだねカイザーさんの中でスープとかこぼしたら……きっと酷い事になるよ……」
「しばらく匂いが籠もりそうですわね……」
「……コクピットで汁物を食べる際には本当に気をつけてくれよな。多少の汚れは直ぐ綺麗に出来るが、スープはその、困る……」
車内でカップラーメンを食べ、盛大にスープをこぼした男の末路を
しばらくの間、ラーメンの匂いで車内が満たされ酷い有様だった。
その後導入した芳香剤が大失敗で、ラーメンの匂いにそれが加わり大惨事に。
俺のコクピットは汚れも破損と同様に「修復」されて綺麗になるけれど、それでも修復されるまでの間スープの香りに悩まされることになるはずだ。
匂いだけは感じられる身なんだ、そんな真似はほんと勘弁して貰いたい。
まあ、次の旅ではそんな目には遭わないと……思いたいが。
……
…
こんな具合で日々を過しながら連絡を待っていたが、今日の昼過ぎにアズベルトさんからの通信が届いたらしく、ウロボロスからリンクするよう連絡が入った。
はやる気持ちを抑え、パイロット達を呼び集めてウロボロスとリンクをすると、アズベルトさんの申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
「待たせて済まなかったね、カイザー殿。さっきようやく返事が届いたんでね、早速連絡させて貰ったんだ」
「いえいえ、訓練をする余裕ができましたし、それには及びませんよ」
「そう言って貰えると助かるよ。でね、レインズ殿が君達に直接会うとの事だ。
大統領としてでは無く、ギルマスとして話を聞きたいって事だけど良いよね?」
「ああ、それは勿論構いません。では、レニーが上手く話せるよう打ち合わせを……」
「いやいや、レインズ殿は君から直接話を聞きたいそうなんだ。
流石に大統領相手に君の事を伏せるのは得策では無いと思ってね。
勝手ながら君達の事もちょっと報告させて貰ったよ」
「それなら話は早いですね。俺もそろそろ自分のことを隠すのを辞めようかと思って色々
「あはは、商人達の間で噂になってるのは知っていたけど、ワザとだったんだねえ。
まあ、隠して行動するのは色々と面倒だろうしね。
それに……レインズ殿からも改めて言われると思うけど、君たちは
となれば変な輩から目をつけられることも減ると思うよ」
「それは本当に助かります」
一通りの打ち合わせが終わった後、アズベルトさんに洞窟内の整備状況やゴーレムの報告をすると非常に喜んでいた。
今は忙しいから無理だが、暇になったらゴーレムを見に来たいとの事で、その際は俺達が迎えに行く約束をした。
ゴーレムもアズベルトさんの顔を見たらきっと喜ぶだろうからね。リーンバイルの件が済んだ後にでも連れてきてあげよう。
そしてレインズ氏、
アズベルトさんの話だと悪い人では無さそうだけど、やっぱ偉い人と会うのは緊張するよな……。
前世ではあり得ないよ。国家の代表に会うなんてさ。
アズベルトさんもまあ、そうなんだけど、彼は仲間の父親だからな。友達のお父さんに会ったような物だったから、緊張はしたけれど、そこまでの物じゃあなかった。
けれど、これから会うのは大統領でしょう? なんだか余計に緊張しちゃうな。
夕食中、パイロットや紅き尻尾のメンバー達に明日出発することを告げるとそのまま壮行会の流れになってしまった。
唯一飲める年齢であるミシェルが代表として標的にされちゃったけど明日を考え程々にしてやってくれと
……のだけれども……ミシェルを取り囲む連中ときたら。
『おーおーわーってるわーってる』
なんて言って、ゲラゲラ笑っててさ、ミシェルもなんだか楽しげにカッパカパグラスを空けてるし……明日大丈夫かな……少し……いや、かなり心配だ。
盛り上がる宴を少し離れた場所から眺めているとジンが片手を上げながらやってきた。
強めの酒で顔をすっかり赤くし、なんだか上機嫌な顔で俺の足下に座り込んだジンがコップの酒をくいっと呷る。
「カイザーよ、こうやって送り出すのは2度目だが、くれぐれもマシューのことを頼むぜ」
酒でやや目がとろりとさせながら、俺をバンバン叩き……ぽつりと言う。
「ああ、任せてくれ。マシューは俺にとっても大切な仲間……家族みたいなものだからな」
「家族か……マシューはよ、実は俺の本当の孫じゃねえんだよな」
言葉を出さず、話の続きを促すと酒に浮かぶ氷をカラリと鳴らし、ジンが言葉を続けた。
「あいつはよ、禁忌地で拾ったのよ。もう12年くらい前か……」
ジンは遠い目をしながらマシューの生い立ちについて語った。
「その日は仲間とパインウィード東部の森を抜けた所にある谷で仕事をしてたのよ。
禁忌地はそういう名前で呼ばれているだけで、別に入っちゃいけねえわけでは無いからな。
何処の国にも属さず、人の手が入ってねえから荒れ放題で、部分的に汚染されてるとかでよ、まあ迂闊に入れねえ危険な場所なのさ。
だから禁忌地なんて大げさな名前をつけて素人共が入り込まねえようにしてるんだがよ」
いつの間にかやってきていたスミレが器用にビンを持ってジンのグラスに注ぐ。
どうやらスミレ先生もお話に興味があるようだな。
「お、スミレありがとな。
でよ、谷間を降りたところで仲間が妙な声を聞いたんだ。
魔獣かと警戒して武器を構えたんだが、所が違った。そいつぁ人の子の声だった。
慌てて駆けつけて見ればエンラ……猿の魔獣が赤子を担いで歩いてるじゃねえか。
どうしたもんかと思ったが、エンラは賢いからな、それが幸いだったよ。
こちらが4機で取り囲んでよ、武器を構えて見せたら赤子をおいて逃げていったのさ」
「その赤子がマシューなのかい?」
「ああ、そうだな。特徴から同族の猫族かと思ったんだが、尻尾が違うんだよな。
よく見たらよ……今じゃあまり見かけねえ犬族の娘だったんだ。近くを探したが、親らしき姿は無くてよ。
しょうがねえからそのままパインウィードに連れて行って暫く世話をすることにしたのさ」
「……今もギルドに居るって事は結局親は……」
「ああ、拾った周辺をよ、当日も後日も何度か探したんだが、結局なんも見つからなかった。もしかすると禁忌地に隠れ住む旧ボルツ国民の末裔だったのかも知れねえが、俺達ですらあの地を奥まで探索するのは難しいからな。申し訳ねえが、そのまま育ててたってわけよ」
「その話を俺にしたってことは……」
「ああ、お前らの装備なら……空も飛べるんだ、そのうち探しに行けるんじゃあねえかなってね。
役に立つかはわからねえが、マシューのやつ、首飾りつけてんだろ?
あれは赤子の頃握りしめてた奴でな、それに「マシュー」って書いてあるのよ」
「名前はそこからつけたのか」
「ああ、それが名前なのかも知れねえし、違うのかも知れねえ。
ただよ、血は繋がってねえとは言えマシューは大事な家族なんだ。
ほんとよ、カイザー……マシューのこと頼むぜ……」
「ああ、何かあったら連絡するよ……そうだ、スミレあれを」
通信デバイス――インカムをスミレからジンに渡して貰う。
「これは通信機――遠く離れた俺達と連絡を取れる道具だ。
リーンバイルまで行ったらわからんが、この大陸内なら連絡が取れると思うよ」
「へえ、おもしれえの作るのな! スミレよ、これもう一個くれねえか?」
「……リバースエンジニアリングする気ですね……まあ、ジンなら特別に許可しましょう」
「り、りば? わかんねえがくれるならいいや。うん、同じ物を作れねえかなってな」
「……この洞窟は将来的に私達も使うかも知れません。これの技術を解析するというのであれば、上手く物にして組込んで下さいね」
「あー、なるほど、そいつは面白そうだな、まかせてくれ! こんなおもしれえもの……いや、大事な仕事だ、やってやるさ!」
小さなグラスでジンと乾杯するスミレをやや羨ましく思いつつも、俺も心の中で酒を呷り、リーンバイルのこと、帝国のこと、マシューのことに決意を固めた。
なんだか落ち着く間が無い程に色々なイベントが舞い込んでくるけれど……一つずつ確実に解決して……全部終わったら皆でのんびりとピクニックにでも行きたいものだね。
とか言ってると……片付けた側からまた何かイベントが起きそうな気がするけれど……うん、そうなったらまたその時考えれば良いさ。
今は取りあえず……目指せリーンバイル!
シグレのお宅拝見と行こうじゃ無いか。
※本日はこの投稿の後、11時に設定資料メインキャラ編とサブキャラ編が投稿されます。
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