第百五十七話 スミレ、暇を持て余す

 ◇◆スミレ◆◇


 カイザーがまたあの訓練を始めたようですね。

 

 シグレは訓練前のレニーやマシューよりも筋は良いけれど、ミシェルと比べてしまうとやはり制御が甘い。


 ミシェルはウロボロスの指導の元、幼い頃から訓練をしていたみたいですし、比べるのは酷でしょうけどね。


 そんな事より気になるのはカイザーのことです。

 カイザーはどうも何かを隠しているような気がするのです。

 

 申し訳無いと思いつつも、後々問題が出ても困りますのでデータをチェックしてみたのですが……特に妙な様子は見当たらず……

 

 ……いえ、見慣れない映像データが増えていましたね。

 カイザー権限でロックが掛かっていたので中身を見ることは出来ませんでしたが、まさかレニー達の見せられない様な映像が?


 ……いえいえ、カイザーに限ってそんな……。

 カイザーはAIです。パイロット達に劣情を抱くような事は……。


 けれど、カイザーは何処か人間のようなところがありますからね。

 人に近いAIを搭載しているとはいえ、食べ物に固執する姿もそうですし、なにより元の世界における話を聞くと、まるで自分が体験したかのようで、なんだか我々AIには有り得ない情報を持っているような……。


 ……この件については今後も調査を進めるとして、そろそろ彼のリクエスト、食べられる義体の製作に取り掛からないと本気で泣かれそうですね。

 

ま、もう暫くだけ我慢して貰いましょう。

 

 訓練を見ているのも飽きたので洞窟に入ってみれば、トレジャーハンターギルドの団員達が調査をしているようですね。


 奥の方、ゴーレムが眠っているあたりで何か騒いでいるようです。


「何かありましたか?」

「うお、びっくりしたスミレさんかー」


 若い団員が大げさに飛び退いた後、身を正しています。失礼な人ですね……。

 

「いやな、ここってどうも昔ルストニア王家が使ってた整備場みたいなんだよな」


 その通りです、よくわかりましたね。

 流石トレジャーハンターですね。


「かなり傷んでるが、興味深い技術が所々につかわれていてさ、せっかくだから修理してみようって皆盛り上がってるんだよ」

「なるほどそういうことでしたか。アズベルトさん……ルナーサの支配人も喜ぶと思いますよ」

「そう言われると嬉しいと言うより逆に緊張するんだが……」


 なかなか器用で知識がある人達が集まっているようですね。

 トレジャーハンターということで、古代技術の知識もありそうですし……。


 おや、ちょうどいい所にジンさんが居ますね、ちょっと聞いてみましょう。


「こんにちは、ジンさん」

「お、出やがったなスミレ! おもしれえもん作りやがって! 聞いたぞ、自分で作ったんだろその身体! カイザーが羨ましがってたぜ、がっはっは」

「素晴らしいでしょう? これは自信作ですからね。それはそうと、ジンに見てもらいたいものがあります」


「おう? スミレが言うんだ、つまんねものじゃねえだろう。どれ、見せてみ」


 ジン達であればアレを見せても問題はないでしょう。


「そこに照明が見えますか? その下にある布をゆっくりとめくって下さい」

 

 布で覆い隠された大きな「それ」は今も静かにその場で眠っていた。

 ジンはゆっくりと慎重に布をめくると驚いて目を剥いています。


「おいおい……これは機兵……? いや、妙な気配を感じるな、なんだいこれは?」

「これはルストニア王家の方がかつて製造したゴーレムです。

 カイザーのような物を、意思を持つ機兵を人の手で作ろうとしたようですね」

「これは壊れてるのか? いや、にしてもなんで照明がくっついてんだよ」


 ジンに掻い摘んで事情を説明しました。

 暴走して襲いかかってきたこと、その原因は内部の魔石だということ。

 そしてそれをいつか直すとマシューが張り切っていること。



「なるほどな……スミレ、あんたここからマシューに連絡できるかい?」

「ええ、出来ますが……なにか?」

「ちょっと久々にあいつと一緒にと思ってな。折角だし皆も呼んでくれねえか」


 まったく唐突な人ですね。

 ゴーレムを見て目をキラキラとさせて、まるで子供みたいですよ。


 皆ということでしたので、カイザーに連絡を取ると、もう直ぐ訓練が終わるとのことでしたのでこちらに来てもらうことにしました。


 間もなく、マシュー達がやってきました。

 以前とは違い、ピンピンした姿で現れたマシューとレニー。

 シグレは……かなり辛そうですが、大丈夫なのでしょうか。


 来るなりマシューはジンの元へ駆け寄りゴーレムについて意見交換を始めています。

 興味深いので二人のお話を黙って聞くことにしましょう。


「これはよ、マシューただの魔石じゃねえぞ」

「ああ? なんだよそれ!」

「確証は持てんが、俺らが知ってる魔獣の石じゃねえ……俺が知る魔石となにかが違うんだ」

「うーん、作った奴なら何かわかんだろ? だったら当時を識るものに聞いてみるしかねえな」

「おいおいマシュー、馬鹿な事を言うんじゃねえよ。こいつがどんだけ昔のもんだと思ってんだよ……」


「おーい、ウロボロスちょっと来てくれ」


「なんでウロボロスなんだよ」

「じっちゃん、知らんのか? ああ、言ってなかったっけ。ウロボロスは大戦時代に活躍した機兵の生みの親、つまり神話の時代を生きた技術者なんだよ。あいつはあの時代の生き字引ってわけなのさ」

「はあー!?」


 面白くなってきましたね。

 数千年を生きたまま過ごすなんて人間の感覚ではありえないことでしょうから。

 確かにこの件について話を聞くならウロボロス以外適任者は居ないでしょう。


『ああ、その事かい。僕らは作ったと言うか聖典を翻訳してあげただけだよ』

『ええ、私達が初代アズベルトくんにちょっとね』


 ジンが嬉しがるような、泣きそうな、戸惑うような良くわからない表情をしています。 脳内の情報がオーバーフローを起こしているのでしょう、可哀想に。


『で、なんだっけその魔石? ああ、確かに今の魔獣のものではないね』

『そう、メカじゃない本当の魔獣から取った魔石よ。これはワイバーンの魔石ね……今は純粋なワイバーンは絶滅しちゃってるんだっけ』


「ほ、本物の魔石だあ? 動物のと違うのか?」


『うーん、今の時代、君達はいまいち動物と区別してないみたいだけど、かつては超常的な能力を備える有機生命体……今で言えば普通の動物の上位種のような存在のことを魔獣と呼んでいたんだよ』


『当時は火を噴く動物を動物とは呼ぶ人は居なかったわ。それは魔獣と呼ばれて騎士や達の討伐対象になっていたのよ』


『でも、それは徐々に数を減らしていった』

『殆どが今の魔獣に姿を変えたからね』


『動物の魔獣化が問題になっているけれど、最初に『魔獣化』が始まったのは元の魔獣なのさ。ああ、今も弱い細々とは生き残っているけどね』

『でも、本当に強い魔獣はほぼ絶滅している。その魔石はその魔獣のものよ』


 なるほど、つまりです。今いる魔獣達はなるべくして魔獣化したと言えるわけですね。

 強い魔力を備える生命体は魔獣と呼ばれていた、それは動物達が持つ魔石よりも大きく、より大量の魔力を備えることが出来た。


 故にそれだけ輝力の影響を受けやすく、機械獣に変異してしまうのは仕方の無いことだった……と。

 

 何だか少しデータがスッキリした気分です。

 私は……言うほど悪くなかったのでは無いでしょうか?

 そういうことにしてしまいましょう、ええ、ええ。


「どおりで、純度がたけえと言うか、やたら品質が良いわけだ。

 かなりの年月が経ってるだろうにまだ大量の力を残してるからな……」


「それでよ、じっちゃんこれ取れそうか?」


「難しいな……だが、例えばよ、ここをこうしてこう繋げりゃよ」

「あー、なるほどなるほど……」


 む、面白そうな事をはじめましたよ。私も介入しましょう。


「ちょっと見せてもらえますか?」

「お? スミレじゃん。いいぜ、何かわかったら言ってくれよな」


 なるほど、以前は良くわかりませんでしたが、この身体を作るにあたって集めた情報が役に立っているようです。

 

 ここをバイパスして……ここに制御パーツをつければ……。

うん、いけそうですね。

 

「制御パーツ……魔力の流れを穏やかにする部品というのを作れますか?」


「ああ、トランスフォーマーか。作れるぜ、というか機兵動作の要だぞそれは」


「トランスフォーマー? なんだかロボ好きとして胸が躍る単語だな? いや、口に出して良い単語なのかそれは」

「変圧器のことですよ、カイザー」

「なんだ……そうか……そうなんだ……」


 カイザーは一体何と勘違いしたのでしょうか……。


「エーテリンから得る魔力を均一化して魔導炉に送るにはトランスフォーマーが必要だ。

 だから作れって言われれば作れるが……ああ! なるほどな!」


「ええ、こことここをバイパスして、ここにトランスフォーマーを設置すると融合した魔石のまま安定しそうです。

 問題は行動パターンを収めたパーツに魔石が侵食しているところですが……そこはこうして削ってしまえば」


「……削るのはちょびっとでいいのか?」


「はい、ほんの僅かなところが干渉して暴走させていますので、それをなんとか出来れば後は先に言った方法で暫定的な修理は可能かと……」


「おーい、シゲ! モルモルもってこい!」


「ああ! モルモルか! 流石じっちゃん、あたい忘れてたわ」


「モルモルとはなんですか?」

「ん? ああ、遺跡にたまに出る変な生き物だよ。魔石をゆっくり溶かして食うんだってさ」

「モルモルならよ、多少時間はかかるが問題の箇所くらい溶かせると思うぜ」


 ふむ、ハンダを吸い取るような感じでしょうか?」

 しかし、ずいぶんと変わった生き物が居るようですね……。


 間もなく、シゲと呼ばれた少年がモルモルと言う生き物が入った容器を持ってきました。


「な!? す、スライムじゃないか! それ魔物じゃないの?」


 モルモルを見たカイザーが妙なことを言っています。

 私には単なるゲル状の物質にしか見えないのですが……言われてみればなるほど……中に小さな魔石が見えますね。


 全く不思議な生命体が居るものです。


『ああ、そうそうモルモルも立派な魔獣だよそれ』

『細々と"魔獣化"を避け生き残っている貴重なよ。大切にしてあげてね』


 ……貴重な……オリジナルですか……。

 ほんのりと……私のデータがチクリと痛みました。

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