第百五十二話 ヤタガラス 

一夜明けて。


 無事に機体とシステムの修復を終え、再起動を果たしたガア助は以前の記憶を取り戻していた。


『いやあ、拙者としたことがまさかカイザー殿と敵対してしまうとは……ふがいないでござる……』


「そこは気にするな。俺だってお前に関する記憶を失っていたわけだからな。

 それにオルトロスとだってやりあったんだ、そこまで気に病む事じゃないさ。」


『そうだよーカイザー強かったねー』

『こっちも負けてなかったけどね~』


「それで、その妙なゴザル口調……は気になるけど置いといて、一体何時からリーンバイルで世話になっていたんだ?」


『ああ、それはでござるな……長い話になるのだが……』


 と、本当に長々と時間をかけてヤタガラスが語ってくれた話は納得がいく無いようだった。


 あの日、溶岩流に俺の身体が飲み込まれようとした瞬間、ヤタガラスもまた他の僚機と同じく射出された。

 

 しかし、の場合は落下した先がまずかった。ドボンとした感覚に我に返り、周囲を見てみればそこは大海原のど真ん中。

 

 はてさて、一体どうしたものかと暫くそのまま漂っていたが、やがて防衛モードが起動しスリープ状態に入ってしまったのだという。


「永きに渡って海に流されていたのが悪かったのか、スリープの入り方が悪かったのかはわからぬが……それを最後に記憶が消え失せてしまったのでござる」


「いや、記憶に感しては仕様だ。緊急防衛モードの弊害で、俺からのリンクが完全に切断されるとな、どうもそれまで共有されていたデータが失われてしまうらしいんだ」

「なるほど……機密保持でござるか……」


 ほんと厄介な仕様だよな。敵対組織に鹵獲された際にハッキングされても芋ずる式にデータを盗まれる事を防ぐ――とかそういう理由だったと思うのだが、それが仇となってヤタガラスの存在に気づく事が出来なかったのだから。


 今のなら、この手の合体ロボなら完全合体で背中にもう一機つくっしょ!

 と、何も疑う事なく思えるのだけれども、ヤタガラス――ガア助とリンクするまでそんなメタいネタまで忘れてしまっていたのだから恐ろしい話だよ。


 カイザーが持つデータだけでは無くて、俺が私だった頃の記憶というか、知識というか……そんな物まで四分割されていたのではと思うと……背中に冷たい物を感じるよな。


 ロボなので汗はかかないけれど。

 

「それで、ある日拙者は眠りから覚めたのでござるが、先ほど申したとおり記憶が失われて居てなにもかもがわからない。

 周囲を見れば何処かの建物の中で、自分が何者なのか、そして何故ここに居るのか?

 何もわからず、少々不安になったところで拙者を取り囲む多数の人間の姿に気づいたのでござる」


 知らない天井どころじゃなく、何もかもがわからない状態。

 そもそも自分が何者なのかわからない状態で目が覚めたガア助は周りの者達に声をかけ、


『ここは何処なの? 僕は一体誰なの?』


 と、問いかけたらしい。


「ここから先のお話は私の方から。いいですね、ガア助」

 

横で話を聞いていたシグレが、時は来たとばかりに立ち上がる。

 ガア助側からの説明だけでは万全では無いだろうと言う事だが、確かにガア助がしゃべり出した時の周りの気持ちという物は気になる。


 ガア助もこくりと頷いていたので、そのままシグレに引き継いで貰う事にした。

 

「そこに居たのが若き頃の先代、つまりは私のお祖父様です。代々神獣の像として祀ってきたものが喋ったものですから、それはもう大騒動ですよ」


「神獣の……像?」

「ええ、なんでも3本脚の鳥が神獣として登場する書物があったとかで……それと同様の姿をした物がリーンバイルで発見されると、直ぐに社が建てられて祀られたのです」

 

鳥の神獣が登場する書物……ヤタガラスと同様の存在が此方の世界にも居たのか……?

 ドラゴンの存在がまことしやかに囁かれるような世界だから、その手の神獣のネタがこちらにもそっくりそのまま有る可能性もあるが……ヤタガラスとなると、なんだか少々引っかかりを覚えるな。

  

「それからガア助は神獣として家につき、稀に為になる知識を皆に与えて……そうこうしているうちに父上や母上と友になり、そしてその子供である私ともこうして仲良くしてくれているというわけです」


 なんだかこう、何処かのネコ型ロボットやらなんやらを彷彿とさせる馴染みっぷりだが……何にせよ、良いお家に拾われて良かったねとしみじみ思う。


 ヤタガラスという機体は原作ではゴザル口調ではなく、少し子供っぽい僕っ子タイプで、仲間思いで良い奴なのだけれども、ちょいちょい抜けているところがある放っておけないようなキャラだったんだよな……。


 ほんと悪い貴族や何かに拾われなくて良かったよ。きっと良いように使われたり、虐められたりしただろうからな……。


 その他にも話してくれた内容から推測すると、どうやらヤタガラスの目覚めは俺の起動……正確には輝力炉とそれに伴うスミレの起動に反応したものだったと思われる。


 そして我々の本部基地が無い今、遠隔アップロードによるシステムの復元及びデータ復旧は当然行われる事はなく、俺や他の僚機の事は勿論の事、自分についての記憶も薄ぼんやりとしか覚えて居なかったらしい。

 

 そして、今日までずっと『幻獣モード』のままだったのはシステムが損傷を受けて一部のデータにリードエラーが発生していたのが原因だ。

 本来であれば緊急射出後は人型モードとなり、幻獣モードになれる事を忘れるのが普通なのだけれども、どうもシステムエラーによりスリープに入る直前に幻獣モードになってしまい、何らかの原因でシステムが損傷してしまった結果、以後そのまま戻れる事を忘れてしまっていたようだ。


 システムの損傷による不具合のせいだとはわかっていても……原作の少々抜けているヤタガラスの事を思えば、天然のヤタガラスならば仕方ないと思ってしまう。


『あれれ、僕もカイザーみたいになれたんだっけ? お腹空いたら忘れちゃってたよ』


 なんて台詞が頭をよぎる……此方のヤタガラスは何故だか原作のそれよりもしっかりとして見えるが、きっと化けの皮が剥がれれば天然の奴が姿を現すに違いない。

  

「というわけでな、シグレ。ここまでの話で察しがついていると思うのだが、俺の僚機であるヤタガラス……いや、ガア助も俺達同様、人型に変形できるぞ」


「それは本当ですか!?」

「ああ、勿論だ! さあ、本来の姿……と言ったらおかしいが、もう一つのヤタガラスを皆に見せてやってくれ!」

 

「はい! わかりました! よし、ガア助ちょっとこっちに……でな……そうだ」

『なるほど、それは良き案でござるな……』


 シグレがガア助の背に飛び乗り何かやってるが……ああ、そのまま変形するつもりか。

 あの状態で変形しても悲しい事故が起きる事はなく、何故かきちんとコクピットに収まるはずだからな、アニメでも似たようなシーンはあったし問題あるまい。


 ガア助が変形すると聞いて、まだ寝起きの頭で眠そうにしていた乙女軍団の瞳に光が灯り、わっとこちらに駆け寄ってきた。


シグレ達からやや離れたところに仲良く座り、キラキラとした眼差しを向けている。

 楽しみだよな、俺もそうさ! 今度こそ本当に……全機体が揃ったんだからな!

 

「では、いくぞガア助! 超変化壱の型!」

『応! 壱の型ァ! 疾風迅雷!』


 ……?????

 な、なんだかわからんが……謎の掛け声と共に変形動作に突入した。

 そうか、上にまたがって何やら話していたのはこの打ち合わせか?


 まさか即興でオリジナルの変形演出を思いつくなんて……シグレもやるじゃないか。


 ちゃっちゃかパーツ達が変形していき、シグレがそれに吸い込まれていった時には乙女軍団から不安げな声が上がったけれど、スミレが『大丈夫、あのままコクピットに格納されます』と説明をして皆を落ち着かせてくれたようだ。


 ……正直な話、俺もちょっとヒヤッとしたもんね。設定資料集でちらっと雑に説明されていたのを読んでいたし、勿論アニメでも同様のシーンを見ていたけれど、実際目の前でパーツに飲み込まれて行く姿を見るのは……心臓に悪いよ。


 少々肝を冷やす演出もあったけれど、間もなく変形が終わりスラリとした女性型のロボットが現れた。

 

 身軽な動作とステルス性から忍者と呼ぶのが相応しいその姿。

 ……改めてこうしてみると、正しく拾われるべき家に拾われたと言わざる得ないな。

 やっぱりこれは……を疑っちゃうよね。


「シグレ、中からじゃ見えないだろう? ほら、これがガア助の真の姿だ」


 俺のカメラがとらえている映像をガア助に転送し、コクピット内のモニタに映してやると、シグレの嬉しそうな声が聞こえてきた。

  

「おお! ガア助凄いぞ! まるで母上の様な素晴らしい影の姿だ!」

『本当でござるか? か、カイザー殿! 拙者の映像データをこちらに!』


「……シグレが見れているんだから、お前も見れるだろう? しかし俺の記憶より忍者らしい雰囲気が増しているな……」

『おおお! 言われてみれば確かに! ぉおおお! タマキの様な影の姿でござるな! おお……これが拙者……素晴らしいでござる』


「……いやいやいや……流石にもう自分の姿は思い出せるだろう? 何をそんな」

『いやなに、過去のデータと今あらためて見るのとではまた感動が違うではござらんか。

 それにやはり、どこかの拙者と比べ、雰囲気がよりに近くなっているというか……』


 なるほど、そう言われてみればまあ、納得だ。

 ヤタガラスだった頃の自分ではなく、ガア助としての自分を改めて目で見る感動……か。


 ある意味ではガア助も俺と同じ様な感動を覚えているのかも知れないなあ。

 彼女の場合はまた事情が特殊だけれども……。


「……こうして4機並ぶと……壮観ですねえ……」


 感極まったレニーがずらりと並ぶ俺達を足下から見上げてシミジミと言う。

 そうだな、今度こそ本当に全機揃ったんだ……うう、俺に涙を流す機能が備わっていたら今頃レニーは水浸しになって居たろうな……俺もぐっときているよ。


 戻ったのは機体だけではなく、の記憶も……だ。


 シャインカイザー最終話のシーンも今でははっきりと思い出せる。

 つまり本当に余すところなく失った仲間たちが全て集結したということになる。


 4機合体をして、より感動を深めたい気持ちが強いが今はまずやるべきことを優先させねばな。


 その事を伝えると、乙女軍団が揃って残念そうな顔を浮かべるが、しょうが無いだろう?

 お楽しみはやるべき事を済ませてからだ。


……

 

 朝食を済ませた俺達はガア助に乗るシグレを含めた4機編成で洞窟を目指し移動を始めた。

 

 機兵に乗ったことがないというシグレに『にして上に乗って移動したら』と伝えたが、今後のために鍛錬をしたい、無理ならガア助で飛ぶというのでロボ形態のまま移動を試してもらうことになった。


「……なんでかなあ」

「どうしたレニー?」


「ミシェルやマシューはわかるよ。練習してたわけだからさ。

 でもさ、シグレちゃんは違うよね……どうしてかなあ」


 シグレが操縦するヤタガラスガア助は危なげ無く見事なバランスで歩いている。

 森の中という不安定な場所なのにもかかわらず、転ぶこと無く歩みを進めている。


 コンソールの使い方に戸惑っていたのも最初だけ。直ぐにその使い方を身につけて他のパイロット達を驚かせていた。


「機兵の訓練はしていなくとも、ああいう仕事をしている以上は肉体的な鍛錬を幼い頃からやってたんだろ。

 俺達の操縦は一般的な機兵の操縦とは違うからな。ただ操縦桿を動かせばいいってもんじゃない。パイロットの精神力や運動神経も大いに関わってくるんだ。

 幼い頃からウロボロスに乗る訓練をしてきたミシェル、トレジャーハンティングで慣らしたマシュー、鍛錬を続けてきたシグレ……皆下地があったんだよ」


「そう言われてみれば……そうでした。そっか、私にはそういうの何も無かったもんなあ」

  

「いや、違うぞレニー。君だってハンターとして努力してきたんだろう? 最初こそ酷いもんだったが、今はもう皆に負けないくらいに上手く俺を乗りこなしてるじゃ無いか。

 君は俺のパイロットとして立派にやれている、俺とスミレがちゃんと認めているよ」


「……カイザーしゃあん……あたしの事をそんな評価してくれてたんでしゅねえ……。

 あ、ありゃがとうごじゃます……うう……ぐす……」


「わか、わかったから泣くな! ほら、転ぶから! ちゃんと前見て操縦しろ!」


 レニーのいいところ、それは頑張りやさんで努力家であるところ。

 何か目標が出来れば失敗しても諦めず、何度も何度もただひたすらに向かっていく所。


 俺はレニーの熱血主人公めいたところをとても買っている。

 他にも生存力が高い……というか、運がいいと言うか……主人公ポイントがやたらと高いんだよな、レニーはさ。

 

『レニー、マシュー聞こえるかい? 洞窟の反応を拾ったよ。マークしていたギルドメンバー達の反応、全て健在だ』

『動きからするとみんな平気そうね。さあ、早く元気な顔を見せてあげましょう』


 コクピットに嬉しそうなウロボロスの声が流れ込む。

 その様子ならどうやら赤き尻尾の連中は無事に辿り着いているようだな。


「よっしゃあ! ありがとなウロボロス!」

「ジンさん達なら平気だろうって思ったけど……ほっとしたよ」

「さあ、最後まで気を抜かず行きますわよ」

「では殿は私におまかせを!」



 そして間もなく俺達は新たな仲間と共にジンの元、紅の洞窟に到着した。

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