閑話 帰りの船上にて

 ◇◆リリイ◆◇


 波の音が聞こえる。

 私は……眠っていた? 一体どのくらい眠っていたのか……!


「っつう……」


「お、起きたか。まだじっとしてろ。結構な怪我してんだからよ」


 そうだ、私はあの時……


 連中が妙な真似をしたとは言え、練度はアランドラの方が圧倒的に上。

 連撃に防戦一方で勝負はそのまま決まるかに思えた。


 けれど、敵は肩から火を噴き出し……こちらも攻撃の手を緩めざる得なくなった。

 魔導具を仕込んでいるのか、そう言うパーツなのかはわからないが、まさかあんな所に仕込んでいるなんて……。


 火力こそ高くはなかったけれど、キャノピー越しに迫る火炎は恐ろしかった。

 アランすらコクピットをかばっていたからね。あの炎は決してこけおどしでは無かったのでしょう。


 けれど、私は気づいた。

 

 この炎は目くらまし。純粋な攻撃ではないと。

 こちらの手を緩め、隙を作るのが目的の攻撃だと。


 間もなくカイザーから発せられる駆動音が変動する。

 これは……踏み込んでくるわ! 剣撃を狙ってる!


「アランドラ! 左に飛んで!!!」

「ああ? ちぃ、そう言う事かよ!」


 シュヴァルツとは言え、あの一撃は危険。

 コクピット毎斬られる恐れがあった。


 私は叫びながらありったけの魔力を魔導炉に込める。

 それに合わせる様にアランドラはそれを駆動に回し……飛んだ。


 ギリギリだった。


 剣撃は完全には避けられなかったけれど、なんとか致命傷は避けられた。

 けれど……どうやら私は魔力枯渇によりそこで意識が途絶えてしまったらしい。

 私の記憶に残ってるのはそこまでのお話。後の事はさっきアランドラに聞まで知らなかった。


 アランドラによれば、アランの跳躍後、私は頭を強く打ったらしい。

 通りで側頭部がズキズキと痛むわけだ……。


 アランはそれで私が気を失ったとばかり思ってた様で、しきりに心配していたけれど……ふふ、たまに可愛いところを見せるのよね、このアランは。


 本当は魔力枯渇で気絶していただけなのだけれども……面白いから黙っていましょう。


「それで……見たところアレの回収は出来たようだけど……奴らは始末したの?」

  機兵は回収出来たの?」


 私の質問にアランドラの顔が曇る。


「いや……戦闘不能にはしたが、そのまま捨て置いた……」


「捨て置いた? 貴方らしくも……まさか……私のせいで……?」


「……いや、そうじゃねえよ。気にすんな」


◇◆アランドラ◆◇


 確かにあの時……リリィが落ちたのは不味かった。おかげで想定していたよりも大幅に活動可能時間が減っちまったからな。


 けれどよ、あの一撃を貰っていたら俺もどうなっていたかわからねえ。下手をすれば奪われたのはあの変な銃じゃなくてシュヴァルツだったかもな。


 リリィが魔力を全部ぶっ放してくれたからこそ、俺はこうしてここに居るんじゃねえかよ。ちっ……そんなしけたツラぁしてんじゃねえ。


 それによ……あの後の戦いも悪くは無かったんだ。

 帰りのことを考えなきゃねえから動きが制限されてよお、おかげであいつらとの戦いがおもしれえったらもう。


 これは団長にも感謝しねえとな。いつも通り槍で適当にあしらってやるつもりだった俺に剣を持っていくように言ってくれたんだからよ。


 ああ、愛剣にヒビいっちまった時は焦ったな。幸い背中に予備があったから助かったけどよ、そうなる前に勝負を付けられなかったのは不味かった。


 予備に変えた時点で俺の魔力は残り僅か。帰りを考慮しなけりゃどうとでもなったが、そうもいかねえからな。


 次で決める、残りの魔力をギリギリまで放出して一気に決めてやろうと距離を取った所で奴らの脚が外れやがった。


 自然と頬が緩んじまったのはしょうがねえだろ? 

 戦場では油断するなって団長はうるせえけどよ、勝ちが見えたら誰だって喜んじまうだろうがよ。


 全力に近い速度で踏み出して、体重を乗せた重てえのを当ててやったと思ったが……要らねえ邪魔が入りやがった。アレはなんだ? 魔獣か? たまたま魔獣が迷い込んだのか?


 わからねえ、わからねえが……クラリとしやがった。

 ったくなさけねえよな。リリィがいねえとこの様だ。


 ……リリィが居なけりゃ、限界までやり合ったかも知れねえが……ったく、おれらしくもねえ。


 まあ、勝負は曖昧になったが、任務は無事に達成と。

 文句がねえわけじゃあねえが、次の楽しみも出来た。

 だからリリィよう、そんなツラァすんじゃねえよ……。


◆◇リリィ◇◆  


 アランが変な顔をして黙りこくっている。

 あんまり見たことが無い顔……。


 ……討伐対象との勝負に拘るアランがそれを捨て置いた……か。

 きっと、私が気絶したせいで継続戦闘時間が減っちゃったからでしょうね。

 アランの魔力量を考えれば、船までの移動を考慮して連続戦闘可能時間は10分と言ったところかしら。シュヴァルツは魔力喰だからね……。

 

「私が……シュヴァルツの魔力が足りなくなったから……だよね。

 もう少し上手く私がやれていたらアランにそんな顔をさせないで済んだのに」


「あーうっせえな! 気にすんなって言ってんだろ! お前が気ぃ失っただけでなんも出来なくなる俺がわりいんだよ。だがよ、目的は達成できたんだ、それでいいじゃねえかよ。

 それに、奴らにもかなりの痛手を負わせることだって出来たんだ、満足してんだよ!

 それによ……俺にも今後の楽しみが出来たと思えば……悪くねえんだ」


 アランドラはニヤリと笑ってパンパンと拳を手のひらに打ち付けている。

 これは本気で言ってるのだろうな。魔獣を狩る時と同じ目を、楽しそうな目をして居るもの。

 ……敵ながら厄介な奴に目をつけられたと同情するわ。


 しかしこの珍しいアランの態度……これは私をかばってくれているの? 

 まさか気を遣ってくれているのかしら?


 出逢った頃は拾ってきたブレストウルフみたいな子だったけれど、少しはデレて来たのかしら?


 うふふ、これはちょっと嬉しいわね。 


「でも凄いわね。あの時点、私が気を失う直前まではまだカイザーは元気そうだったわよ?

 貴方の魔力量でよく戦闘不能まで持ち込めたわ。船まで戻る魔力だって必要だったろうし」


「そらよお、あいつらはお前に怪我をさせたんだぞ? 俺だってただで帰るわけには……いや、なんでもねぇ」


 ぷいっと後ろを向いてゴニョゴニョ言うアランドラはなんだか照れているようだ。

 ふうん、そんな顔もできるのか……うふふ、私のために怒ってくれたんだ……。


「ま、結果的に任務は達成できた事だし、奴らの情報も得られたし……大満足の結果だったんじゃ無いの?」


「ああ、パイロットは兎も角あの機兵は凄いな。未知の技術が満載だった。よくわかんねえが、機兵達がこう、わっとくっつくのは凄かったな。

 パイロットの連中はまだまだ弱っちいが、あいつらがどこかで鍛えられたら……くく、楽しみで仕方ねえよ」


「強敵の存在を知って喜ぶなんてほんと相変わらず変な奴よね……。

 まあ、貴方らしいといえばそうなんだけど……」


 あの風変わりな機兵達、カイザー達にはきっと何か凄い秘密がある。

 ケチな上層部はろくに情報をくれないけれども。


 大体にして、上層部は遺物を集めて何をしようとしているのだろう。

 気になるのは、偶然耳にした妙な噂だ。

 なにやら上層部は外部の諜報まで雇って何かをしているらしい。

 上辺だけ耳に挟んだだけだけれども……あんな悍ましい事を本当にしているとは考えたくは無い。


 あの事をナルスレイン殿下はご存知なのだろうか。

 この作戦が団長から出された以上、もしかすれば殿下もご存じなのかも知れない。

 

 殿下は騎士道精神を重要視する真っ当な御方。

 今回の任務のように他国に密入国を――いや、戦争を仕掛けているとしか思えないような真似をさせるような作戦は考えそうにない。


 団長もまたそうだ。殿下も団長も穏健派で、他国との緊張を和らげ、同盟を結ぼうと言うお考えだったはず。


 そんな殿下が今回の作戦を許すとは思えないし、もし仮にそうだとしても団長がそれを止めたはず。


 それを押さえつけられるとすれば……最近暴走気味の貴族派の連中かしら?

 一人二人であれば無理でも、上位貴族達が声を揃えれば……

 ……流石にこれだけの強行作戦はいくら連中だとしても無理ね。そもそもこんな作戦……陛下が許すとは……いえ。


 陛下は年々……性格がキツくなっているというか、稀に以前とは人が変わったかのように妙な指示を出して上の連中を混乱させているらしい……。

 

 黒騎士を動かせるのは殿下と……陛下。


 ……まさか陛下があの様な悍ましい計画を……?

 殿下の命令であれば、今回の無理がある作戦が強引に通されるのも頷けるし、噂通りに遺物を使って妙な事をしているというのであれば、わざわざ危険を冒してまで回収させているというのも……納得がいく。


 ……。


 ……ううん、この話を考えるのはやめましょう。

 私が追求して言い問題じゃあ無いし、したところで何の得も無い。

 噂は噂でしか無いかも知れないじゃない。


 今は無事に帰れることを喜びましょ。

 

 うん、そうよ。今回の作戦だって終わってみれば悪い物じゃ無かったわ。

 結果としては成功したし、なによりアランドラの珍しい表情も見られたことだし……ね。


 ふふ、私のためにねえ……あの生意気な小僧がねえ……ふふふ……


「リリイ? どうした、何か良いことでもあったのか?」


「さてね! ほら、私お腹が空いたわ。確かまだモーサの茶漬けが残ってたでしょう? 作りなさいよ」


「はあ? なんで俺が……つうか、モーサの茶漬けって、そりゃ俺の秘蔵品じゃねえかよ」


「あいたたた……ごめん、アラン……まだちょっと頭が……」


「ちっ! 今日だけだからな! ったく、国に着いたら特訓だ特訓! 覚えとけよ!」


「はいはい、ほらほら! 今は私に茶漬けを作るのが先よ! ほら! 早くお湯を沸かして!」



 こうやって穏やかな海に揺られているとこの間の戦いが嘘のような気分になる。

 はぁ……こんな日がずっと続けば良いのにな……。

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