第百五十話 戦いの果に

「……黒騎士、来ます! 構えて!」


「いくらこちらの力を逃したとは言え……まだ動けますの!?」

「結構良いダメージ入ったと思ったのによ! 畜生、化物かよ!」


 スミレの声に各パイロット達が驚きの声を上げる。


 何ら問題ないかのように起き上がった黒騎士が、剣を片手にこちら目掛けてゆっくりと歩き始めたのだ。

 

 ……まだ動けるとはな……やはり上手く衝撃を逃して躱したようだ。

 一筋縄では行かない相手だとは思っていたけれど、まさかここまでの強敵だとは。


「だったら……リボルバァァア!」

 

 レニーがブレードからリボルバーに武器を変え黒騎士を狙う。

 

 「止まってえええええええええ!!」


 ガァン、ガァンとリボルバーの音が鳴り響く。

 打ち切ればリロードをしてまた撃って。ひたすらに弾幕を作り、黒騎士の動きを止めようと撃ち続ける。

 

 先ほどの一撃は致命傷というわけではなかったが、機動力が落ちる程度のダメージは与えられていた。今ならもしかすればリボルバーでもそれなりにダメージを与えられるのでは?


 そう祈りながら自体を見守っていたが、それは叶わなかった。

 先程までの勢いはないものの、ひらりひらりと最低限の動きで的確に弾を躱し、躱しきれないものは大剣で器用に弾いている。


 やはりこいつ……かなりの練度だ。敵ながら恐ろしいパイロットだよ!


「だめだレニー、奴に銃はあたらねえ! つうか、この距離ならブレードのがマシだろ!」


 マシューが叫ぶ。こうしている間にもどんどん距離は詰められている。

 もはや射撃武器が有利な間合いではない。


 こちらが下がって引き続き射撃を続けるという方法も無くはないが、今のレニーには引き撃ちのような真似は出来ないだろうさ。


 だったらマシューが言う通り、近接戦に持ち込んだほうがよかろう。


「うー! そうだね、わかった!」


 再度ブレードに持ち替え構えた所で、やつの間合いに入ってしまったようだ。

 黒騎士はこれまでのゆっくりとした動きから一転し、先ほどまでと変わらぬ速度で此方に踏み込むと、ギラリと黒い機体を光らせながら構えた剣を凄まじい速度で振り下ろす。


 思わず盾を構えて受けたが、まるで怒気が篭っているかのような一撃は先程よりも重い。

 騎士様は奇策めいた方法で攻撃を当てたのがよほど気に召さなかったらしいな。


 当然、相手の攻撃は一撃で終わるようなことはない。二撃三撃と次々に盾を打ち据える。

 このまま耐え、再び先程の作戦を使うか? いやだめだ。奴のことだ、既に見切って居ることだろうさ。

 

 我々のシールドが破壊されることはまず無い。ならばこのまま時間を稼いで――


 ――と、少し油断したのがまずかった。


 確かに破壊はされなかった。けれど、驚くべきことに剣撃のちからによってシールドがジョイントから外れ吹き飛ばされてしまったのだ。


 シールドは結構頑丈に固定されてはいるが、機体と一体化しているわけではない。

 外部から相当な力が加えられればポロリと外れてしまうのだ……想定外だけどな!


「なんのおお!!! まだまだあああ!!!」


 弾かれた盾を見て好機とばかりに上段から切り下ろす黒騎士。しかし、レニーが根性でそれにブレードを併せ、相手の大剣を受け止める。


 剣と剣が擦れギャリギャリとした金属音が鳴り響く。

 こちらとてただのロボじゃあない。決して力負けをすることはない。

 しかし……鍔迫り合いは単なる力比べではない……のだ。


「きゃっ!」


 唐突にブレードにかかっていたテンションが開放されバランスを崩す。

 黒騎士がたくみに重心を変え、こちらのバランスを崩させたのだ。

 

 狙っていたであろう、その一瞬を見逃す黒騎士ではなかった。

 無防備に晒すこととなってしまった俺の背中にソードが叩き込まれる。


 反応することすら出来なかった。鈍い音と共に俺の身体は地に叩き伏せられ、息をつく間もなく再度横からの強烈な一撃を受け転がされる。


 っぐ! 脚部パーツに追加の一撃か!

 

 そのまま奴は後方に跳躍し、俺から距離を取ると背中に背負っていたらしいサブウェポンを取り出している。

 あれだけシールドを切りつけていたのだ、あのソードはかなり傷んだんだろうな! ざまあみろ!


 ……しかし何故距離をとった? あまりいいたくはないが、今の隙だらけな俺ならば、その場で武器交換をしても問題なく追撃できそうなもんだが……。


 チャンスを捨ててまでなぜ……反撃を警戒して距離を取ったのか? 

 わからんが……その行動はありがたい。


 僅かだが考える余裕ができたな……。

 さあ……束の間の作戦タイムといこうじゃないか。


「みんな、大丈夫か!」


「ああ……なんとか……な」

「いてて……ごめんみんな……あたしが油断したから……」

「そんな話はまだですわ。まだ、終わってないのですから」


 パイロットたちはなんとか無事のようだ。

 では、の状態はどうだろう……。

 先程追加で貰った一撃、アレはとても良くない筈だ。誰でもない、俺達が一番わかっている。俺達の体だからな……。


「スミレ、損傷状態を報告してくれ」

「……左脚部、ウロボロスに重大な損傷を確認……修復可能ですが今は時間が……」

「不味いな……まさか俺達にここまでダメージを与える機兵が居るとは……」

「ええ……遺憾ながら敵機体の性能には目を見張りました……」

「この損傷では立ち上がるのも難しいか……」

「もう少し修復の時間が稼げれば良いのですが……どうやらそれも難しそうです」


 カメラがこちらにゆっくりと向かう黒騎士を捉える。


 立ち上がれない、それを聞いたパイロット達は悲痛な表情を浮かべている。

 一歩、また一歩と……遊んでいるのか、ひたすらにゆっくりとこちらに向かう黒騎士。

 

 万策尽きた……コクピットにそんな諦めにも似た空気が漂い始める。


「最後まで……諦めちゃ……だめなんだあああああ!!」


 うつむいていた顔を上げ、歯を食いしばりながらコンソールを力強く押しながらレニーが咆哮を上げる。


 気合とともに俺の体がブレードを支えにゆっくりと立ち上がる。

 正直戦える様な状況ではない、けれど、機体を起こし、地に足をつければ自ずと勇気が湧いてくる。


「そうですわね……諦めない限り……勝機はありますわ!」


 盾は遠くに吹き飛ばされ、もはやこの無防備な機体を護るものはない。

 片脚は動かず、頼れるブレードは杖代わり……けれど、けれど。


「あたい達は最後まで諦めない、それだけだ!」


 けれど、俺達はただやられる訳にはいかない。

 ああ、そうだ、そうだな。俺達はブレイブシャイン! 


 このまま相手に良いようにされるわけにはいかない。

 もはやこうなれば勝てるとは思えない。けれど、俺達はここでやられるわけには行かない。


 好機を作り出し、どうにかここから離脱しなければいけない。

 みんなと約束したからな。


 ……必ず生きて帰る……と!


 俺達は最後の力を振り絞り、剣を構える。

 相手は俺達の姿を見て油断しているはずだ……そこをつけば!


「みんな、来るぞ!」


 剣を肩に担ぎ、のんびりとこちらの間合いに入る黒騎士。

 もはや立っているのもやっとであろうと、じっくりいたぶってやろうと思っているのかもしれないが……あいにくコチラにはまだ力が残されているんだよ!


 無防備に間合いに入った黒騎士を見逃す俺達じゃない。

 レニーの、マシューの、ミシェルの輝力がコンソールを通じて流れ込む。

 土壇場で湧き上がった勇気のおかげなのだろうか、理由はわからないが、普段以上に濃厚な輝力が俺に流れ込み、全身に力が漲っていく。


 これなら――やれる!


「うおおおおおおお!!! カイザアアアアブレエエエエエ……」

「えっ!? ちょ、シートが!? な、なん……」


 気合い十分にレニーが雄叫びを上げ、剣を上段に構えて振り下ろそうとした瞬間、コクピットからミシェルの戸惑うような声が聞こえ、それに続くように脚元から嫌な音が、何がガスが抜けるような……聞こえた。


 それはウロボロスとの合体が強制解除された音、脚部パーツウロボロスが強制的に分離された音であった。


 損傷により合体の維持が難しくなった場合、強制解除されることがある。

 合体ロボットアニメにありがちな演出だが……くそ! 何もこんな時に!


『きゃああああああ!!』

「ミシェ……わああああ!」

「ぐおおおおお!?」

 

 突如脚部が通常状態に戻されてしまい、大きくバランスを崩し前のめりになる。

 射出されたウロボロスはロボ形態に戻って横たわっている。


 ……脚部状態で受けたダメージは当然そのままその機体に残る。

 ……ウロボロスは暫くの間動くことが出来ないだろう。


「合体が……部分解除されちゃったの……?」

「くっ……ミシェルがはじき出されちまったのか……通りで上が重くてフラフラするぜ……」


「だめ! レニー! 構えて!」

「えっ!? ああっ!」

 

 スミレの声にレニーがモニタを見ると、目前では黒騎士が新たなソードを構え上段に構えている。

 どうにか剣を構えてそれを受けようとするのだが、大きく機体のバランスを崩している今、素早くその行動に移る事など出来なかった。


 機体に被さるように影が落ちる。ああ、黒騎士が機体毎斬りかかってきたのだ。

 操縦に強制介入し、コクピットを護るように両腕を動かす。

 ……悪いな、オルトロス。後で必ず直してやるからな……。


 腕パーツであるオルトロスに謝りながらコクピットを護る。まるで亀のような格好になっているが構う物か。今は何よりパイロット達をまもらねばならぬのだ。


 何処かで視界が遮られ剣が当たる音が聞こえた。

 同時に大きな衝撃を受け俺の身体が横に吹き飛ばされる。


 くっ……コクピットを護って脇腹をやられたか……意趣返しって奴かよ、ちくしょう!


 脇腹に重篤なダメージを……と思ったのだが……なにやら様子がおかしい。

 音と衝撃はあった、だが衝撃は斬撃によるものではなく、何か重い物が当たったような感覚。

 

 そして今目の前で視界を遮っているこれは……?


「カイザー……先ほどの衝撃による機体ダメージありません。

 どうやらこれは……鳥の魔獣、シグレの魔獣がやってくれたようですね……」


「シ、シグレちゃんが?」

「シグレだって!?」


 魔獣が頭を俺の身体にぐいっと入れ、ゆっくりと起こすように立ち上がらせてくれた。


 クリアになった視界に映ったのは俺をかばって剣を受けた魔獣の姿。

 剣を担いでこちらをつまらなそうに見ている黒騎士の姿。

 

 そして……やや離れた所でシグレが立ってこちらを見ていた。


 魔獣は致命傷を受けたのか、俺から離れるとそのまま力なく地に横たわった。

 

 くっ……俺達だけではなく余計な犠牲まで……!

 俺は……俺は! 一体何をやっているんだ、くそ! くそ! くそっ!


「こうなったら……レニー、マシュー。君達を緊急射出する……! 俺が黒騎士を引きつけるから、その間にミシェルを連れて――」


「カイザーさん!」

「カイザーの馬鹿野郎! 何て事を言うんだよ!」

『っく……そ、そうですわカイザーさん……私達は仲間ですよ……」


「だが! 他にお前達を護る方法は!」


 パイロット達の怒りはごもっともだ。けれど、俺にも譲れない物は有る。

 俺は最悪……輝力炉が残っていれば回復することが出来る。

 そこまでボロボロになったらどれだけ時間がかかるかはわからないがね……。


 けれど、パイロット達はそうじゃあないだろ。失われてしまった命はもう戻らないんだ。

 死なないにしろ、身体に重篤なダメージを負ってしまったら……どうするんだよ。


 だから……すまないが、みんな。ここで暫しのお別れだ。


「スミレ……緊急脱出だ」


 スミレが難しい顔をしてじっと俺を見ている。スミレにだって言いたい事があるのだろう。けれど、ここは俺の意見を通させて貰うぞ。


「スミレ、聞こえなかったのか……?」

   

「待って下さいカイザー! 敵機の様子が……?

 なっ……? 撤退していきます……間違いありません、敵機撤退を開始しました」


「なんだって……? 見逃してくれた……? そんな訳はないよな……」


「理由はわかりませんが、ライフルを回収し撤退するようです……」

「そうか……敵機は撤退したか……」

 

「ライフルとられちゃったかあ……」

「んなもん後で取り返しにいきゃいいんだよ、レニー」

「そうですわ! わたくし達もカイザーさんも生きていればまた強くなれるのですから!」


「そ、そうだ! シグレちゃんが……!」


 突然の撤退に、なんとも思考がまとまらずに一瞬呆けてしまったが、レニーの言葉にカメラを向ければ、シグレが魔獣の所に駆け寄り、愛しげに撫でながら泣いている姿が写り込んだ。


『ガア助……すまぬ……無茶をさせたな……すまぬ……』

 

シグレが泣きながら……相棒である魔獣に声をかけ、頭を優しく撫でている。

 あいつ……俺をかばってあんなに酷い損傷を……。

 

 コクピットから飛び降りたレニー達が駆け寄りシグレに声をかける。

 スキャンをするまでもない、視覚情報からも損傷の酷さはわかってしまう……。

 俺に代わって背中を切られたシグレの魔獣……黒騎士の剣は内部機構にまで到達していたようで、その傷は決して浅くは無い……いや、致命傷だ……。


「この子……ガア助っていうんだ……ありがとう、おかげで助かったよ」

「でもひどい傷ですわ……なんとか助けてあげられませんの?」

「あたい達のせいでこんなの……あんまりだよ……なあ、カイザー、スミレ、ウロボロス!」

 

 俺としてもなんとかしてやりたいが……この傷ではな……。

 残念ながら俺達にカイザーチームに衛生兵タイプのロボは居ない。


 治せるのは自らの損傷だけで、他のロボやメカを直すような機能はない。

 いや、時間をかければ修理作業は可能だが、それはただの機械に限った話。

 機械生命体であるガア助を直すことは……不可能だ。


「いや……これは返しきれない恩と詫びだとガア助がいってますので……」


「シグレちゃん、ガア助の言葉がわかるの……?」

「いえ……その……ガア助は……」


『シグレ……拙者の命はもう長くはなさそうにござる……。

 最後に拙者の口から直接皆に詫びと挨拶を……』


「そっか、そうだな。皆、驚かないでくれて感謝します。

 ガア助は……魔獣ながら人語を解して……」


「ちょっとまて、ガア助お前……」


『おお……お主はカイザー殿……拙者同様喋れるのですなレニー殿の銃撃は見事……』


 こいつ……言葉を話せるのか……そういう魔獣が存在して居た……?

 いや、待て……この違和感は何だ。ガア助の声から感じる妙な感じ……これはオルトロスやウロボロス、俺にスミレにあってレニー達からは感じられないこの感じ……。


 この……何処かで、別作品で聞いたことがある様な声……これは……まさか!


「おい、スミレ!」

「はい! もうやってます……カ、カイザー! 間違いありません!」


「カイザー殿? ガ、ガア助が一体!?」

「シグレ、ガア助は助かるぞ!」


「へあ? い、一体どうやって? で、でも助かると言うのなら……! なんでもします!お願いしますガア助を! 助けて下さい!」


「ああ、助けるとも! スミレ! 頼んだぞ!」

「はい! カイザー! 第サブ接続ハッチ開放……ケーブル放出開始……ガア助に接続を試みます」


 これでまで装備用だとばかり思っていた接続ハッチからするすると伸びるケーブル……それはガア助の背中にあったコネクタに無事接続されたのだった。

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