第百四十八話 開戦

◇◆リリイ◆◇


「おい、誰も出てこねえぞ? 普通山賊が来たぞっていったら慌てて出てくるもんだが……おかしいな?」

「おかしいのはアランでしょ? 俺は山賊だ、と名乗りを上げる山賊は居ないわよ。恐らく変な奴が来たと思って警戒しているんでしょ。山賊と聞いて喜んで出てくるのはあなたくらいのものよ」

「そうか、そういう考え方もあるのか……しかし山賊だぞ? 狩りたいと思わねえか?」

「……帰ったら少しお勉強させた方がいいわね……」

「げぇ、そいつぁごめんだ!」


 この馬鹿、いきなり『俺は山賊だ!』なんて何を考えているのかしら……。

 身分を明かすわけにはいかない、それはわかる。

 

 わかるけど、だったらなぜ、名乗りを上げたの? 静かに仕事を済ませたらそれでいいじゃないの。なんなのこいつ、まったく理解出来ない。


 騎士道精神? それは相手が出てきてからやりなさい。


 あら? 探すまでもなく目的の物遺物がわかりやすいところに転がってるじゃないの。


 報告と違って雑に捨て置かれてるようだけど、壊れてしまったのかしら?

 ……まあいいわ。任務はアレを持ち帰ること。

 

 あれを壊さず無事に持ち帰れ、とは言われていないし、ましてトレジャーハンター達の殲滅なんて命令は受けていない。


 私たちは別に人殺しをしたくて来ているわけじゃない。

 やっていることは強盗みたいなものだけれども、大人しく渡してくれるというのであれば、さっさと頂いて帰るだけよ。


 あら……こんなこと言ってると私まで盗賊みたいだわ……まったく、少しアランが移ってしまったのかしら。


 けれど、馬鹿が騒いでしまったから、余計な戦闘が発生するかもしれないわね。

 はあ、このまま終われば楽な任務になるんだけどな。


 ……はーーー、ほら、ごらんなさいな。めんどくさそうな連中が来ちゃったわ。


「ば……アランドラ、機兵の駆動音を察知したわ。数は3、ギルド所属の機兵でしょうね」

「おっしゃあ! 待ってたぜえ! これが楽しみで俺は黒騎士やってんだからよ!」

「……忘れないでよ? あくまでも本命はアレの回収。

 ギルドメンバーの殲滅は任務に含まれてないんだから」

「わーってるよ! けどよ、アレの回収の邪魔になるようなら……しかたねえだろ!」

「はあ……何を言っても聞かなそうね。じゃあさっさと片付けて下さいね。民間の機兵なんだから直ぐ済むでしょうし……くれぐれも加減はするのよ?」

「……」 


 興奮した馬鹿は既に私の話を聞くことをやめたようだ。

 ギルドの人達も気の毒な事ね……今の私たちがやっていることは正当な戦闘行為ではなく、単なる略奪行為だ。私だって出来る事ならば避けたい所。


 けれど……メインパイロットの馬鹿は何を言っても聞かないからね。

 ごめんなさい、トレジャーハンターの皆さん……私だけは謝っておくわ。


「うおおおお! おい! 見ろよ! みたことねえ機兵だ! リリイ! この任務大当たりだ! くっだらねえ任務だとばかり思ってたが……少しは楽しめそうだぞ!」


 ああ、なんて事……追加任務が発生してしまった。あれは上から言われていた機体じゃないの……どうしてこう、アランは余計なことを引き寄せちゃうのよ。

 

 事前に聞かされていた追加任務……暗部から報告があったという推定遺物機アーティファクト、あの白い奴の機体名はカイザーと言ったかしら。

 

 カイザー率いるハンター達と遭遇した場合、それらを撃破し、可能であれば鹵獲せよ……か。

 

 ……無茶言わないでよ。


 いくら馬鹿が強くても情報が少ない敵機を3機など……馬鹿は兎も角私には荷が重い……。

 馬鹿は私を魔力タンクとしか思っていないようだけれども、残念ながら手綱を握っているのは私。


 相手の力量がはっきりわからない上に、そんな存在が3機もいるとなれば、私には荷が重すぎるわ。ああ、正直今すぐ何もかも捨てて撤退したい!


「おい、リリイ! 聞いてんのか! 突っ込むぞ! 魔力こめやがれ!」

「つっこ……? はあ……ほんっと、馬鹿なやつよね! わかったわ。けど無茶はしないでよ?」

「それは約束できねえなあ!」

 

 ……最悪、馬鹿のことは諦めて自分だけでも投降しよう……。



◆◇カイザー◇◆


 相手は『山賊である』と名乗りを上げているが……誰がどう見てもアレは黒騎士だ。

 身分を隠すためにそう名乗ったのか……いや、もしかすれば単なる馬鹿なのかもしれない……。


 連中は俺達がレーダーというこの世界からすればチート装備を持っていることを知らないはず。こっそりと近づいてライフルを奪って帰るという選択肢も取れただろうに……何故、わざわざ変な名乗りを上げるかな……まったく理解が及ばない。


 黒騎士と言うくらいだから、騎士団の矜持でもあるのかね?

 だったらちゃんと騎士であると名乗りそうなものだが……いくら身分を隠すとは言え、盗賊だーはないだろ……。

 

 なんにせよ、だ……。

 盗賊と名乗りをあげ、絶賛こちらに向かって嬉しげに駆け出している辺りからして……あれは戦いたくて仕方がない馬鹿だ……戦闘は避けられないな。


「敵は賢そうには見えんが、油断はするな。あの機兵は中々の機動力を持っているようだからな」


「機動力かあ、3人で分担してなんとか足止めすれば……」

『なにもあたい達が3人で同時に切りかかる必要はねえからな』

『1対3ですもの、数では勝っていますわ。それぞれ役割を分担してうまく連携を取れれば、格上とはいえ勝機も見えますわね』

 

「そうだな。数の利を活かしたコンビネーション、それは何よりの武器になるだろう」

「そうですね、私もそれを推奨します」


 同意したように頷いたスミレが素早く戦略を述べていく。 

 流石戦略サポートAI、こんな時は頼りになるね。


「対象は帯剣していることから近接型と推測されます。

 まず様子を見るため、レニーはリボルバーで牽制射撃、ミシェルは距離を取りつつレニーを補うように槍で攻撃して下さい」

「リボルバーか……まだちょっと慣れてないけど頑張るよ」

『相手の技量が分らない以上、雪月華で打ち合うのは危険ですものね』

『なあなあ、あたいはどうすりゃいいんだ?』

「マシューはまっすぐ飛び込んでトンファーで攻撃して下さい」

「あたいはふところに……か。もちろん不満はないけど、レニー達とやる事が少々違くないか?」


「マシューはとにかく引っ掻き回して下さい」


「なんかあたいだけ雑じゃないか!? まあいいさ、あたいはカイザーよりは硬くて素早いからな! 多少の攻撃なら避けて見せるし、せいぜいひっついてやるさ!

 そんかわりレニー、ミシェル! 援護頼んだぜ!」


「うん!」

「任せて下さいな!」


「行けそうならそのまま戦いますが、怪しい部分もあります。

 ある程度データ……情報が揃ったら合図を出しますので距離を取って下さい」


「……あれをやるのか?」

「はい、最悪の場合は……少々不安もありますが」


「……よし、作戦は決まった!お客様をお出迎えしてやれ!」


『『「おー!」』』


 トンファーを携えるオルトロスを先頭に俺を除いた2機が黒騎士に向っていく。

 黒騎士もこちらのやる気に気づいたのか腰からソードを抜いて構えを取った。


 しかし、良く分からない相手だな。事前の情報では槍を好むと聞いていたが、任務上邪魔だったのか、別の理由があるのかはわからないけれど剣を装備している。


 

 ……いや、アレは何なんだ? 作戦なのか、ただの馬鹿なのか……俺には何も考えず、ただただ剣を振り回して目に付く物全てを斬ろうとしているようにしか見えない。

 

 ……狂戦士……なんだかそんな印象が強い。


「レニー、そろそろオルトロス達が接敵するぞ! リボルバーだ!」

「はい! カイザーさん!」


 出来れば脚部に当てて機動力を削りたいが、レニーにそれは無理な相談。

 下手に細やかな指示を出してしまうと緊張して命中率が下がるだろう。

 それはスガータリワであった対シグレ戦からも明らかだ。


 だからシンプルに簡単な命令だけを伝える。


「いいか、黒騎士に当てることだけ考えろ! 大丈夫だ! 俺とリンクしている以上、味方への誤射はまずないから!」


「それを聞いて安心しました! じゃあ,撃ちまくりますよ!」

「……リロードも考慮して撃ってくれよな」


 かっこいいからという理由だけで無駄につけられている、本来ならば聞こえるはずがない実弾銃のSEと共に光弾が次々に放たれていく。


 "光子フォトン"と名付けられては居るが、アニメ設定におけるそれは「光子で構成された弾」というだけであって、射出されたその速度は通常の弾丸とそう変わらない。

 別に光速で飛ぶとか、何か極端に高威力であるとかそういう物ではなく……所謂いわゆる浪漫武器というだけであり、なにか特別な強さを持っているわけではない。


 いや、それでも何も対処せずに直撃すれば、少なからずダメージを与えることは出来るし、並の魔獣であれば十分に効果を発揮することとなるのだが――相手次第ではその限りではない。


 それが今まさに証明されてしまったのだ。


 光弾は黒騎士の胸部、コクピットに向って真っすぐ飛んでいったのだが、奴は斜めに構えたソードでそれを受け流してしまった。

 

 いくら現実的な速度だとはいえ、弾丸の速度に反応し、傾斜をつけて受け流すとは……やはり黒騎士、なめてかかってはならないというわけか。


 しかし、それは少なからず隙を作る事となる。

 そしてそれはこちらの作戦通り! 光弾はあくまでも隙を作るために放ったものだ。


「レニー! 射撃一旦停止! その場で次の支持を待て!」

「了解!」 

 

 若干ではあるが、今の射撃で体勢を崩した黒騎士にミシェルが槍を突き入れる。

 それはまっすぐに黒騎士の胴体に吸い込まれたかに見えたが……黒騎士は返す刃でそれを受け止め、そのまま力任せに跳ね返してしまった。


 ウロボロスは直ぐに体制を整え、次々と突きを入れるが、黒騎士はそれを全て剣の腹でいなし、身体にかすらせもしない。


『くっ、中々やりますわね!』

 

ミシェルはそれでも負けじとひたすら胴体狙いの突きを放つ。

 何処かつまらなそうにそれをさばいていた黒騎士だったが、それこそがミシェルの狙いだったようだ。

 

『らあああああ!!』


 ウロボロスの槍は下方に軌道を変え、穂先ではなく柄でもって黒騎士の脚部を払い店頭を狙う。


 しかし、黒騎士はその動きも見切っていたのか、あっさりとバックステップで躱されてしまった。


『なんて器用な動きを! でも……! マシュー!』


『待ってたぜえええ! うおらああああああああ!!!』


 ミシェルに注意を引かせ、ひっそりと黒騎士の背後に回り込んでいたオルトロスがトンファーで殴りかかった。


 ひらりひらりと舞うように黒騎士に食らいつき、避けられても気にせず次々に攻撃を加えていく。


 黒騎士もまた、何処かオルトロスと踊るかのように優雅にそれを避けているが……トンファーの起動を全て読みきれなかったようだな。


 体をひねるようにして放った一撃がとうとう当たった……けれど、寸前で上手く身体を動かされ、胴体ではなく腕で受けられてしまった。


 しかし、腕部装甲にダメージを与えたのは良かったぞ!


『くそ! だったらもう一撃だ!』


 トンファーに弾かれた黒騎士は体勢を整え切れていない。

 これをチャンスと再度トンファーで殴りかかるオルトロス。しかし――

 

 ――油断していてしまったのか、先程よりも大ぶりで放ってしまったのと、こちらの予想以上の機動力を見せつけた黒騎士によってそれはあっさりと躱されてしまい……カウンターで放たれた回し蹴りをモロに腹部に喰らって吹き飛ばされてしまった。


『うわああああ!!』

「大丈夫かマシュー!」


「……ちくしょう……ああ、視界がぐるぐる回ったせいでちょっとだけくらくらするけど……体は大丈夫、動けるよ」


 相手の機体スペックは馬鹿にできないレベルに仕上がっている。

 パイロットの練度が高いのもあり、こちらの攻撃はほぼ躱されてしまう上に、かすった程度ではまともにダメージを与えることが出来ない。


 このまま戦いを続けていても勝てはしないだろうし、撤退させてくれるとも思えない。

 ならば……。


「カイザー、アレしかありませんよ」

「そうだな、ここぞという時が来たようだ」


 実戦ではまだ使ったことがないアレを試す時が来たようだ。

 少々不安はあるけれど、何度か訓練もしている。ここはパイロット達を信じるしか無いな。

  

「マシュー、ミシェル! 一度距離を取ってこちらに集まるんだ!

 レニーは僚機の退避が完了するまで援護射撃! 皆が集合するまで時間を稼げ!」

「了解です! カイザーさん!」

 

 リボルバーの射撃音が次々に響き渡る。

 装弾数は12、リロードタイムは2秒。


 はじめは慣れないリボルバーに悪戦苦闘していたレニーだが、今となっては慣れた物。

 12発目を打ち出すと同時に素早くリロードに入り、僅かな隙しか作らずに見事な弾幕を作り出している。


 ……命中率はまあ、お察しだが、これはあくまでも相手の動きを阻害するためのものだからな。十分良い仕事をしてるよ、レニー。

 

 黒騎士は苛立たしげにそれを払いのけたり、避けたりしているが……当たらないのはお前の性能やパイロットの力量のお陰じゃないぞ、うちのパイロットのお陰だ!……って言ってて悲しくなってくるな。


 しかし、あれだけ上手い連携をしてもわずかな傷をつけるのが精一杯か。

 こちらも訓練しているとは言え、相手は軍人、プロの戦闘員だ。


 レニー達も訓練をしているとはいえ、まだまだ幼く経験が浅い少女達。

 本職の黒騎士とまともにやっても歯が立たないのは当たり前の話……。


 ならば、パイロットの力量差が大きいのならば、機体スペックでそれを凌駕してやるぞ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る