閑話2 アランドラと言う男  

 こうして、トリバも、ルナーサも想定していない速度で海上を移動するマキャレルは、現在上陸ポイントまであと数日という場所まで来ていた。


 相も変わらず、つまらなそうな顔で海を眺めるアランドラは改めて今回の作戦について考えていた。


(目標は遺物の回収、だったな。そんなのトレジャーハンター共にやらせりゃいいじゃねえかよ。

 そもそもそいつがある場所っつーのもトレジャーハンターギルドなんだろ?

 ギルド同士で話をつけりゃいいだろ……ったく、わざわざ黒騎士出すようなもんじゃねえだろうによ)


 アランドラは知らなかったのだ。なぜ、わざわざ黒騎士である自分達が派兵される事となったのか。ただ『遺物を回収せよ』それだけ言われて渋々ながら船に乗り込んだのである。


 勿論、相手が純粋にトレジャーハンターギルドであれば、わざわざ黒騎士を出す必要は無かった。

 アランドラが考える通り、子飼いのトレジャーハンターを通じて話をつけさせても良かったし、それで話がつかないようなら、生身の暗殺者を数名送り込めば済む話なのだ。


 しかし、上層部はそうはせず、黒騎士を機体事派兵した。

 上層部はマシューの存在を知り、少なからず警戒していたのだ。


 トレジャーハンターギルドの若き頭領で有り、未知の機兵に乗っている。

 そしてその頭領はカイザーなる機兵と、ウロボロスなる機兵に乗るパイロットとパーティーを組んでいて、どの機体も人型で未知の強力な機体である――


 途中まで届いていたシグレの報告のお陰で、ブレイブシャインが遺物を追ってルナーサをトリバに向かって移動している事も軍部に伝わっていた。


 未知の機体が集うパーティーは何かに気づき、遺物を調べている。

 そして、紅き尻尾の頭領がパーティメンバーである以上、そのギルドホームに置かれている遺物を知らない筈はない。

 

 であれば、だ。

 ルナーサからトリバに向かう理由と言うのは遺物の回収が目的なのではないかと。


 メンバーである頭領が自ら使用するため、回収しようと向かっているのではないか?

 タイミング次第では不味い事になる。いくら腕利きの暗殺者を向かわせていようとも、相手が機兵、それも未知の強力な機体となれば話にならない。


 しかし、その場で鉢合わせするのが生身の暗殺者等ではなく、黒騎士であれば、アランドラであれば単機であっても撃破は可能で有ろう。


 シグレからの情報である程度ブレイブシャインの戦力を分析している軍部はそう判断したのだ。


 それは油断や驕り等ではない。それだけアランドラと言う男は強いのだ。


 アランドラは17歳という若さで黒騎士に抜擢された。

 

 かつてヘビラド半島にトド型の魔獣、トゥーヴァルガンが上陸したことがあった。

 漁村からの連絡を受け、派兵された小隊はその大きさに驚くこととなる。


 全長20m、あまりにも巨大なその魔獣は村で破壊の限りを尽くしていて、駆けつけた小隊もまた、それに敵わず次々に倒れていく。


 そんな中、若干14歳の若き帝国兵、アランドラ少年は最後まで諦めること無く立ち向かい、類い希な剣技でそれを討伐することに成功する。


 遅れて到着した部隊が見たのは、ぐったりと横たわるトゥーヴァルガンに跨り、長剣を突き刺したまま動かぬ半壊した量産機と、むき出しのコクピット内で気を失いつつも、何処か満足げな表情を浮かべるアランドラの姿であった。


 海獣殺し――それが当時アランドラにつけられた二つ名である。


 その後もアランドラは数々の魔獣を屠り、その名を上げていく。

 積み上げた功績は彼を一般兵から帝国騎士団にまで昇進させ、アランドラは益々の活躍を見せる。

 

 しかし、帝国騎士団において彼は浮いた存在であった。

 

 チームワークという概念を持たないアランドラは味方の命など考慮せず、目の前の敵を屠る事だけを目的に好き勝手行動をする。

 

 単機で魔獣の群れに飛び込むならまだ良いが、時には僚機毎魔獣を斬ることさえあった。

 勿論、他の騎士達からは毎度毎度クレームが入るのだが、何を言われても気にする様子はなかった。


「勝てばいいだろ、勝てば」


 それがアランドラの口癖である。

  

 上官の命令に背くことが多く、しばしば処罰を受けてはいたが戦歴だけは立派なため、そこまで厳しい処分を受けることはなかった。


 そんな扱いをされているため、ますますアランドラは調子に乗ってしまう。

 上官からの心証が最悪なため、役職持ちになる事は勿論なかったが、そもそもアランドラはそんな物には興味が無い。


 ただ、気ままに喧嘩が出来ればよいと。

 強い魔獣と殺し合いが出来ればそれでいいのだと、何ら気にせず過ごしていたのだ。


 そんなアランドラに目をつけたのが黒騎士団、団長のジルコニスタ・ヴェンドランである。

 

「飼い主の手を噛むくらいが猟犬には丁度いい」

 

 ジルコニスタは皇太子にそう進言し、彼が皇太子と共に計画を進め、新設される事となった黒騎士団にスカウトされた。


 入団直後、最初こそ面倒くさそうにしていたアランドラだったが、強者揃いの黒騎士団での訓練は歯ごたえがあり、戦闘狂のアランドラにとって天国同然。


 また、黒騎士に回ってくる任務は他所で持て余した高難易度な物ばかり。

 討伐対象となるは魔獣も機兵もどれもが強敵揃いで、アランドラは仕事を与えられるたび胸を躍らせていた。


(はあ……なんでまた……俺がゴミみてえなトレジャーハンター共を狩りに行かなきゃねえんだよ……。

 久々の対人任務だと聞いて喜んで受けてみりゃこれだもんな。さっさと片付けて帰るとするか……)


 くそ、くそ! と船の壁を蹴ってモヤモヤを発散させるアランドラ。


 そんなアランドラを溜息一つ付いて見つめているのがリリイ。

 パートナーでありお目付けである彼女は24歳の青色の髪が麗しい結構な美人さんだ。


 黒騎士団専用機シュヴァルツは旧機兵時代の技術を応用して作られた機兵であり、それを動作させるにはエーテリンではなく、パイロット自身の魔力が必要となる。


 カイザー達同様の仕組みで輝力の代わりに魔力を使用して動かす仕様で、エーテリンの補給が要らないという、話だけ聞けば夢のような機兵であったが、勿論それにも欠点はある。


 それはパイロットが持つ魔力量だ。


 魔力量には個人差が有り、それが少ないものはいくら技術が優れていたとしても長時間の操縦は不可能である。


 そして、その魔力量に恵まれていないのがアランドラであり、恵まれているのがリリイだった。

 

 入団後、魔力量が多くはないことが判明したアランドラは機体が変わった事で長時間の戦闘が出来なくなり、悔しい思いをすることが多かった。


 しかし、それもわずかな間だけの事。間もなく複座のシュヴァルツ弐式が新造されたのだ。

 

 シュバルツ弐型は魔力量が乏しいパイロットを補うべく、副操縦士から魔力を得る設計で、ある意味で……いや、そもそもこれを作るきっかけとなったのがアランドラにあるのだから、これはまさにアランドラ専用機と言える機体。


 そしてその副操縦士として、魔力タンクとして抜擢されたのが当時通信士として働いていたリリイ・モイアであった。


 二人三脚の操縦に最初こそは苦戦したが、今では黒騎士団の中でもかなりの戦力になっている。


「おい、リリイ! わかってんだろな? 着いたら即出発するからな!

 ボヤボヤしてたら俺一人でいくからな?」


(まったく、私が居なけりゃまともに動かせないくせに。

 生意気なやつ! バチが当たればいいのに)


「はいはい、わかってるわよー」


 まるで血に飢えた狼の様な男、アランドラ。

 カイザーが何とはなしに紅き尻尾のメンバー達を先に逃がしたのはまさに英断であったと言えよう。


 アランドラに掛かれば軍人も民間人も等しく狩りの獲物でしかないのだから……。


 そして3日後――


 獰猛な狼を乗せた船が接岸ポイントに到着した。

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