第百四十六話 撤収

「信じられねえかもしれねえが、真実だ。どうか、あたい達の指示に従ってくれ! 頼む!」

 

 マシューの口から一通り説明を聞いたギルドメンバー達は複雑な表情をしていた。

 何人かが何か言いたそうに口を開きかけていたが、じっと黙っているジンの様子を見て再び口を閉じる。


 まずはジンがどういう反応をするのか、それを待っているのだろうな。

 

 ジンはきつく腕を組み、何やら難しい顔をして唸っていたが、スッと顔を上げて、マシューの顔をじっと見つめる。


 僅かな時間、けれど長く感じる視線のやり取りの後、ジンは何かを決心したかのような顔をしてマシューに言葉を返した。


「色々と納得できねえ、できねえが……俺もお前らの作戦に賛成だ」


 その声を聞いたギルドメンバー達が堰を切ったかのように口を開く。

 

「おいおい、頭領そりゃねえよ」

「マシューや嬢ちゃんたちだけでどうするってんだ!」

「いくら強い機兵があるつってもよお! 俺達だって居るんだぞ!」

「頭領! 俺達にも戦わせてくれよ!」


「うるせえ!」


 怒気が篭ったジンの一括に立ち上がったギルド員達がへにゃりとへたり込み、場に静寂に包まれる。


 ピンと張り詰めた空気、困ったような、泣き出しそうな顔をするギルドメンバー達を一通り見渡したジンは大きく一つため息をした後、言葉を続けた。


「おめえらはちゃんと話を聞いていたのか? カイザーだって別にわざわざ賊と戦うように仕向けるとは言ってねえだろうが。

 目標は俺達ギルドメンバーの避難、そしてそこに転がってる鉄砲の回収だ。

 俺だってよ……むざむざここを放棄して避難なんてこたあしたくねえ」


 ぎゅっと拳を握りしめ、ジンは話を続ける。


「だがよ、帝国から黒騎士が出張ってくるんだ、黒騎士だぞ? 俺達の機兵なんざそこらのゴミクズ同然だ。

 そうなりゃどうなる? 足手まといが雁首揃えて残ってどうなるよ? 共に戦うどころか、嬢ちゃん達の邪魔にしかならねえよ。

 そりゃ、俺だって思う所はある。けどなあ、物事には出来ることと出来ねえことがあるんだ。やれるやつがやれることをして、出来ねえやつは出来ねえなりに精一杯出来ることだけをしなきゃねえ時ってのはあるんだ。

 今はカイザー達の言うとおりおとなしく避難しようじゃねえか、なあ……」


「……すまねえ頭領……カイザー達も……」

「そうだよな……、俺達じゃ何も……すまねえ、カイザー……俺達……なんも……」


 悔しげに言葉を絞り出すジンの声に冷静を取り戻したギルドメンバー達が弱々しい声で口々に詫びる。


 まったく勘弁してくれ、そんなのらしくないよ。

 紅き尻尾の連中はもっと力強くて、呑気で、弱音を吐かない連中じゃないか。


「みんな、頭を上げてくれ。こんな事になったのもある意味ではは俺のせいなんだ。

 だから俺が君達を助けるのは当然のことだし、紅き尻尾のギルドホームは大切な仲間であるマシューの家だ。俺達が手を貸すのは当たり前だろ」


「カイザー……だがよお、俺達は……」 


「そうだぞ! お前ららしくもねえ、しゃんとしろよ! あたいがいない間に随分と腰抜けになっちまったんじゃないか? やっぱ頼れるあたいが居ないとだめなのか?」


「頭領……いや、それだけはないわ」

「だなあ。マシューは元気だけが取り柄の別に頼れる頭領って感じじゃ……」

「お前ら……後で覚えておけよ!」 


 マシューとのやり取りで少し元気を取り戻したギルドメンバー達。やはりこういう時は身内の言葉というのは頼りになるな。俺がどんな言葉を重ねるよりも効果的だよ。


 でもな、俺には彼らにちょっとした贈り物があるんだ。

 これを聞いたらもう少し元気になってくれるんじゃないかな。


 まだ少し不安げな表情をしているメンバー達を見渡してさらに言葉を続けた。


「ちょっと今回は妙なことになってしまっているが、何もなくとも紅き尻尾に依頼を頼みに来る予定はあったんだよ」

「依頼だあ? おい、カイザー。俺達に一体何をさせるつもりなんだ?」

「どうやらそこに転がってると同様、俺達の装備があちこちに散らばってるのは間違いないようなんだ。

 大戦前にちらばった装備達は言わば遺物みたいなものだ。となれば君達の得意分野だろ? だから捜索を手伝ってもらおうと思っているんだよ」

「大戦前……? なるほどそいつぁ……ちょっと面白そうな話だな」

「だろう? だから君達はまず無事にここから避難をして、無事に仮拠点ができたら俺達の武器を探す仕事をして貰いたい」


「仮の拠点については当家の洞窟を使って下さいな。

 お父様から許可は得ていますし、遠慮なく使っていただいてかまいませんわ」


ミシェル、いいタイミングだ。

 正直な所、頑固そうな紅き尻尾の連中をどう口説いたら良いか悩んでいたんだ。

 勿論、マシューの言葉だけで済めばそれでいいと思っていたけれど、それでも拠点を捨てるような事になってしまう以上、アフターケアと言うか……心の拠り所と言うか。


 何かもう一つ欲しいと思ってたんだよな。

 それを知ってか知らずかはわからないけれど、ミシェルがアズベルトさんに掛け合って洞窟の使用許可をもぎ取ってくれたんだ。


 あそこならきっと……みんなも気に入ってくれるだろうさ。

 なんの偶然か、あの洞窟の真の名前はギルドの名前と親和性が高いからなあ。

  

「ルストニア商会の洞窟……? そりゃ一体どこにあるんだ?」

「それが、ここから意外と近くにありますの!」

  

 いたずらな笑みを浮かべ、ミシェルがジンに洞窟への地図を渡す。

 受け取ったジンは指でなぞりながら地図を眺めていたが、何かに気づいたのか、顔をギュッとしかめ、心底嫌そうな表情を浮かべた。


「おいおい、ここって悔みの洞窟じゃねえかよ……」


「どうやら世間ではその様に呼ばれているようですわね……けれど安心なさって下さい。

 当家の許可を持つあなた達ならば、噂になっているような目には遭いませんし、もう中には何も……いえ、遺物が眠っていますが、それはそっとしておいていただければ……何一つ面倒事は起きませんので」


「眠ってる遺物ってよ……まあいい、わかった! 嬢ちゃんを信じるぜ!

 翌々考えてみりゃあよ、遺物に塗れた俺達にゃお似合いの場所じゃねえか。

 となれば、こうしちゃいられねえな! おめえら! 荷物まとめろ! ずらかるぞ!」

「そんなこと言ってるとほんとに盗賊みたいじゃないっすかー」

「ちげえねえ」


「「わっはっはっはっは」」

「うるせえ! 余計な事くっちゃべってねえでさっさと荷物まとめやがれ!」

「あー、荷物はそこらに置いてくれ。あたいがオルトロスで運搬車の荷台に積んでやるよ」

「そりゃ助かるぜ、マシュー! お前らもわかったな? わかったら散れ散れ! 仕事しろ!」

 

「「うっす!」」


 ジンの一声でギルドメンバー達が再び散り、荷物整理に向かっていった。

 統率の取れた良いメンバーたちだ、1時間もあれば撤退準備は完了するだろう。

 

 問題なのは外に出ているメンバーだ。携帯可能な通信端末なんて便利なものは無いわけで、今も事情を知らない探索組はグレートフィールドで仕事をしている最中だろう。


 外にいるメンバーについて、どうするかジンに相談してみた所……


『王家の森に行くんだ、途中でグレートフィールドを通るだろうがよ。

 街道から遠いところにいるかも知れねえが、狼煙を上げりゃあ直ぐ合流出来るさ』


 と、言われてしまった。そうか、そうだよな……普通は街道沿いに移動してグレーとフィールドを通ってくるんだもんな……ついつい俺達の感覚で森を突っ切るものだとばかり思っていたよ……俺も何処かのタイミングで少し休んだほうがいいかもしれないな……。

 

紅き尻尾だけを送り出すのはやっぱり少々心配に思うけれど、どうせ奴らの目的はあくまでもフォトンライフルだ。


 ケルベラックの裏からこちらに向かう以上、街道を森に向かうジン達とは遭遇することはないだろうし、俺達がフォトンライフルと共に待ち構えていれば、例えジン達が移動する姿が遠くに見えていたとしても、それを追うような真似はしないだろう。

 

 なんたって、ここにはフォトンライフルだけではなく、俺も居るんだからな。

 帝国の連中に俺が装備品の保護フィールドを解除できるという情報が知られている。


 場所を抑えておきながらも触れることすら出来ない遺物を手に入れられる鍵、そんな俺を帝国が欲しがらないわけがない。


 大方、フォトンライフルを手に入れたら次の作戦は俺の鹵獲だろう。

 そんなターゲットである俺がここでのんきな顔をして立っていたら……きっと喜んで向かってくるはずさ。


ジン達と共にフォトンライフルを担いでおさらばするという手も考えたけれど、それをしてしまえば、ギルドホームは無残に破壊されてしまうかもしれないし、何よりジン達の行方を追ってしつこく追い回される羽目になるだろう。

 

 だから、ここできちっと勝負をつけておく。

 勝てるかどうかはわからないが、ここで勝負をつければひとまずの平穏は訪れるはずさ。


 ……問題を先送りにするようなもんだけれどもね。


「さて、ジン達が支度をする間にフォトンライフルを試しておくか」


「おっ、いよいよアレを普通に使える時がきたってわけか」

「そうだそうだ、あれカイザーさんやオルトロスだとだめなんだよね」


「前に言っていたウロボロスの装備品……ですわね」

「ああ、ウロボロスを僚機だと疑った時からずっとこの時を待っていたんだ! 有るのに使えないというのは非常にストレスがたまるからなあ!」


『どおりで妙に必死だったわけだ。まったく困ったカイザーだなあ』

『でもしょうがないわよ。使える武器があるのに使えるロボが居なかったんだから』


「そうだぞ。俺やスミレがどんなに悔しかったことか。なあ、スミレ」

「いえ、私はそこまでは……」

「スミレぇ……」


 というわけで、さっそくウロボロスに装備をしてもらう。

 フォトンライフルがあれば対黒騎士戦に突入したとしても良い戦力になってくれるはずだ。

 

 威力は既にお墨付き。

 従来の運用方法では手間や危険がつきまとっていたが、正規の方法ならそんなことはない。きっと照準アシスト機能も万全に働いてくれるだろうし、かなり離れた場所からでもかなりの命中力を実現するんじゃないかな? うう、胸が熱くなってきたぞ!


『じゃ、接続するよ……ケーブルを出してっと……』

『接続開始……ん? あら? ちょっと! なによこれ入らないじゃないの』


「はあ? 入らない? そんなバカな!」


『いやいや、ほんとなんだよ。これはだめだ、接続不可能だよ』

『カイザーのと違って私達のは専用端子なんだから……無茶させないでよね。コネクタが傷ついちゃうわ』


「そんな……まさか……スミレ、どういうことかわかるかい?」

「うーん、どういうことでしょう……? ジンが弄ったことにより端子が変形してしまったとか……」


「みんなの端子はそれぞれ違うと言っても微妙に違う程度だからな。

 少しでも歪みが発生すると上手く刺さらなくなるかもしれないな……」


 前世でPCのCPUを換装しようとしてやらかしてしまったことを思い出す……。

 あれちょっとやらかしただけでピンが曲がって面倒な思いをするんだよね……。


 装備品にも自動修復は適応されるけれど、それはあくまでも対応機体とリンクしている時に限られ、装備品そのものはその機能を持っていない。


 だからジンの魔改造によって歪みが生じてしまっていれば、我々の誰とも適合しないというのも頷ける。


「しょうがない……今は時間もないし後で修理を試すことにしようか」


 これが使えれば助かったんだけれどもな……残念だが、別のプランでいくしか無いか……。

 はあ、いつまでも眺めていても悲しいだけだ、さっさと収納しておくか……。

 フォトンライフルをロックし、バックパックに収納する。


 ……あれ?


 アラートと共にエラー表示が現れバックパックに収納することが出来ない。

 おいおい、嘘だろ? 今度はバックパックがぶっ壊れたのか?


 試しにそこらに転がっていた何かの遺物を収納してみると……


「あれ、入るな……壊れたわけじゃないのか?」


 しかし、フォトンライフルをしまおうとすると入らない。

 一体全体どうしたことなんだ。


「ううん、スミレ先生これは一体」

「誰が先生ですか……いやしかしこれは私もはっきりとは言えせんよ。

 ……何かしらの制限がかかっているのはわかりますが」


「制限? それは一体」

「本来、装備品は正規の機体のみが収納・装備可能ですからね。カイザーはやはりフォトンライフルの対象機体ではないのでしょう……しかし妙ですね」


「妙?」


「はい。現在の状況は本部が存在せず、殆どの権限を我々が持っています。

 ですので、私かカイザーの何方かの判断で僚機の装備品であっても収納可能なのですが……」

「たしかにそれは妙だね」

「付近に正規の機体がいる場合はそちらが優先されるので、そのせいかもしれませんが」


 フォトンライフルはコネクタの破損が原因と思われる不具合により、現状誰もリンクする事が不可能だ。


 しかし、リンクが出来ないと入っても、正規の機体には代わりはない。俺が無理でも2機のうちどちらかが収納できるだろう、そう思ったのだが。 


 試しに僚機達に収納させてみたけれど、誰もしまうことが出来なかった。


 ここまでくればお手上げだ。やっぱり何処か致命的な所が壊れてしまっているのだろう。

 

 そもそもこのフォトンライフルは防御シールド発生装置が破損していたし、そのせいでジンに好き勝手魔改造されていた。


 ガチャガチャと弄り回したせいでセキュリティさんを完全に怒らせてしまったのかもしれないなあ……。


 ……これはすべてが終わって洞窟に行ったらジン達と一緒に調べてみよう。

魔改造した本人と一緒なら何より心強いからな。

 

「おーいカイザー、みんな準備できたってよー」

「お見送りしましょー」


 パタパタと駆けてくるレニーと、オルトロスからこちらを呼ぶマシューが見える。

 ミシェルはバックパックから食料を取り出してギルドメンバー達に配っているようだな。


「そいじゃ、俺達は先に行くぜ。カイザー、マシューを頼んだぞ」


「ああ、直ぐに追いつくから安心して避難してくれな」

「へん、避難じゃねえよ、休暇だよ休暇!」


「ったく、ほんっと口が減らないじっちゃんだな! ま、年寄りは年寄らしくあたい達に任せてさっさと逃げな!」


「口が減らねえのはどっちだよ……ま、無茶すんなよマシュー。

 よっしゃ、おめえら行くぞ! ぼやぼやしてたら置いてくからな!」


「「「うっす!!!」」」


 メンバー達が揃ってこちらに礼をして森を目指して走り去る。

 運搬車と彼らが呼ぶ妙にでかい荷車を引く機兵の他にも武器を持った護衛の機兵が居るが、それは以前よりも4機ほど数が増えていた。

 

 きっと前に俺達が集めた素材で作ったんだろうな。役に立ったようでなによりだ。


 しかし……思ったよりも防衛力が高そうな構成だな……彼らの練度は結構ありそうだったし、あの分なら森の街道で魔獣と遭遇したとしても大丈夫、無事にたどり着けるだろうな。


 徐々に小さくなっていく紅き尻尾の面々は陽射しの中、遠くにゆっくりと消えていき。

 ギルドホームに残った我々にはなんとも言えない寂しさが漂っていた……けれど、寂しがっている場合じゃあないな。


「では俺達はこのままここで待機だ。いつ黒騎士が来るかわからないが……気を張りすぎるのも良くはない。油断しすぎない程度に体を休めておいてくれ」


「いつでも動けるよう、あたしはカイザーさんに乗ってるよ」

「うん、あたいも今日はオルトロスから降りねえ」

「ウロボロス、索敵頼みましたわよ」


 俺達の覚悟は決まった。

 勝てる戦いではないかもしれないが、やれるところまでやってやろうじゃないか。


 勿論、優先すべきはパイロット達の命だ。いざとなったら自立機動で有無を言わさず撤退をするよう、ロボ会議でこっそりと決めている。


 パイロット達は怒るかもしれないが、命あってこそだからな……。

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