第百四十五話 早めの里帰り

 翌朝、日の出と共に俺たちはフォレムを発った。

 

 工房のゲートにはリックがアルバートと共に見送りに立っていて、珍しく二人が仲良く揃って早朝から起きているものだから、レニーが雨でも降るのではないかと驚いていた。


 じっとこちらを見つめる二人に視線を返し(任せてくれ)と頷くと、二人もまた(任せたぞ)と力強く頷き返してくれた。

 

 赤き尻尾までの移動ルートは初めてそこに向かった時と同様、森を最短で抜ける強行ルートを取る。


 というか、今回の場合はそれ以外に選択しようが無かったのだ。

 

 商人たちが使う通常ルートは2つ有る。そのうち一番安全なのは道幅が広く、魔獣がめったに出ない安全な中央ルートなのだが、そちらを使おうとすればフォレムを南下し、中央街道に入り、そのままひたすら西に走って北上、大陸西部の街『ザイーク』を経由して東に向かってようやく紅き尻尾に到着……となるのだが……正直言ってこれはめちゃくちゃ時間がかかるのだ。


 そしてもう一つは森を通る林道のような狭い街道を通るルートなのだが、こちらは道がそれほど良いわけではなく、魔獣と遭遇する危険性が高いことから、ここを通ろうと思えばハンターを雇う必要がある。


 2つのルートに一体どれだけ距離の差があるのかといえば、王家の森を抜けるルートでフォレムから紅き尻尾まで移動する距離と、フォレムから中央街道に出る距離がほぼ等しいといえばわかってもらえるだろうか。


 勿論、後者の道は走りやすいため、純粋な移動時間と慣ればその限りではないのかもしれないが、中央街道を使うルートの場合、そこからさらに3倍ほどの距離を移動しなければならない。


 中央ルートを使った場合は……簡易な地図を元に導き出した数字だが、ざっくり10日はかかってしまう。


 しかも、これは何事もなくスムーズに行けばの話であり、様々な要因を考慮すれば最速で12日程度……とてもじゃないがそんな遠回りをしている余裕はない。


 森を通る林道ルートはそれと比べれば圧倒的に近いけれど、森の浅い所をぐるりと迂回し、グレートフィールドに抜けるような道になっているため、我々の足でもそっくり1日は軽くかかってしまう。


 以前に森でひどい目に遭った際に『林道ならば4時間程度で』と思っていたが、思ったよりも結構迂回することになるようだ。


 なので俺達が使うルートはそのどちらでもない、道なき道を駆け抜ける森林突撃ルートなのだが……これは前回とんでもない目にあったが、パイロット達、特にレニーの練度が高まった今ならば間違いなく数時間で駆け抜けることが可能だ。


気になるのは黒騎士の現在地だが……シグレから聞いた情報とアズベルトさんからの情報、そして僅かながら収集していた大陸周辺の環境データからシミュレーションをしてみた結果、現在地は大陸西部周辺、ケルベラック付近の海域まで10日から12日といった場所である。


 現在地から紅き尻尾までは今日中に余裕で到着する。

 シグレから話を聞いてから本日で11日……思った以上に速く帰還できてしまったな。


 紅き尻尾到着後、黒騎士は到着まで11日前後の距離……これならば戦わずして作戦は成功するかもしれないけれど……しかし、それはあくまでも黒騎士がで移動していた場合だ。


 帝国に関しては話に聞いただけの情報しかないが、黒騎士が乗る機体はかなりのハイスペックだと聞く。それに我々の装備品を使い、故意に魔獣化を図ろうとする柔軟で危険な思考ができる得体のしれない国家だ。


 その技術力はあまり楽観視出来ない高度なものであると伺える。

 となれば、アズベルトさん達も知らない優れた移動方法を持っている可能性が高い。

 

 普通に考えれば、最速20日と聞けば、もう少しゆとりを持った移動を考えるのだが、そうはせずに急いだのはその「もしも」に備えたかったからだ。


 ……常々俺は物事を悪い方向に考えすぎてしまうが、かと言って出来ることをしないで後悔するような真似はしたくないからな。


 ……それに、どうも嫌な予感がすると言うかなんというか。

 これはホント俺の悪い癖なのかもしれないけれど、虫の知らせのようなものを感じるのだから仕方がない。

 

 というわけで、今回も前回同様、街道を途中で抜けて森を突っ切るルート、レニーにとってはトラウマ物である、道なき道を走るルートを選択したわけだが、今回はスミレ先生が事前に考えてくれたルートで、以前よりもさらに内側の深い場所を通るより距離が短く……過酷なルートだ。

 

 神の山の脇を通った所で森の街道から抜け、そのままケルベラックを目指して森を駆け抜ける。


 また、このルートにはまともな林道ルートでは得られない利点がある。


 それはケルベラック北の海岸が索敵範囲に入る事だ。

 

 黒騎士が上陸するのはケルベラック北側の海岸。通常の林道ルートや、前回と同じルートを通ってしまうと、どちらにせよ王家の森から西側にでた際にグレートフィールドに出ることとなる。


 そこから海岸がギリギリウロボロスの広範囲レーダの範囲外になってしまい、万が一黒騎士が想像以上に速く到着していたとしても気づくことが出来ない。


 しかし、今回のルートならばその心配はない。

 なんと行っても、森から出た我々が踏むことになるのはケルベラック東部だ。


 そこからなら十分海上を含めてそっくり索敵範囲に収まってくれるため、周囲の海域に居ようが、既に上陸して移動を始めていようが、考えたくはないが紅き尻尾に到着して居ようとも手にとるように場所がわかるというわけだ。


 先に相手の位置を抑えておけば、多少は有利に動くことが出来るからな。

 少々無茶な道を通ることになったが……まあ、仕方がないことなのである。


……


「レニー、随分上達したな」


「へへーん、でしょう? 私もあれから随分と経験を積みましたからね!

 私だっていつまでも間抜けなレニーのままじゃないんですよ!」


 予定通り、途中から街道を抜けて現在森を急ぎ移動中である。

 以前はあっちにこっちに引っかかったり、足を滑らせたりと……俺に結構なダメージを与えてくれたレニーが素晴らしき成長をみせてくれている。


 どこかおっかなびっくりだった操縦も今では堂々としたもので、まるで我が身のように操縦しているからな。全く人の成長というものは速いものだなあ。


『そう言えば、に来る途中、森で何度も転んだって言ってたっけ』

『そうなんですの? まったくレニーさんらしいですわね、うふふ』


「だから! あたしはもうころばなっ――うわあああああ」


「調子に乗るからだ……ほら、ゆっくりと立ち上がるんだ。

 いいか、レニーは成長した。それは間違いない。けれど、それでも油断はするな。

 どんな状況においても油断は危険を招く、しっかりと胸に刻んでおけ」


「うん! わかったよ、カイザーさん! あたしもう転ばないから!」


 そういう事では無くて、調子に乗るなと言ってるんだけど……まあ、いいさ。なんにせよやる気があるのはいいことだ。

 

 無駄に凹ませてしまうのもなんだし、ここは許しておこうじゃないか。


 ……

 … 

 

 その後……宣言通りレニーが転ぶことは無かった。有言実行ってやつだな。

 

 前回の様に転びまくって200kmの移動に10時間もかかってしまうようなことは無く、それどころかスミレがはじき出していた予定時刻より早めに目的のポイントに到着したのだから驚いた。

 

 盗賊団の砦……ではなく、紅き尻尾のギルドホームが建つ方角からヤバげな煙が見えると言うことも無く、目視でわかる範囲は以前と変わらぬ平和そのものだ。


 とりあえずは間に合ったと思うが……索敵を済ませるまでは安心できないな。


「ウロボロス、やってくれ」


 ウロボロスに広範囲レーダーの展開を頼む。彼らの参戦は本当にありがたいな。

 今ここに彼らが居なかったらば、ケルベラックの頂上まで登って周囲を探る――等、時間と手間がかかる真似をしなければならなかっただろうからな。


『広範囲レーダー起動……うん、周辺に怪しい反応は無いな』

『ギルド内に機影が見えるけど、これは大丈夫な奴?』


 ウロボロスがオルトロスに映像を回しマシューに確認を取らせる。」


『うーん、そうだな。位置的に仲間のものだと思う。

 ちっこい点は人だろ? ほら、このチョロチョロしてるの見習いのマンジだわ』

『光点の動きだけでよくわかりますわね……』

 

 ギルドは変わらずいつも通り、というわけか。

 とりあえず、なんとか黒騎士を出し抜くことが出来たようだな。

 

「よし、ギルドに急行して避難指示を出すぞ!」


「『『おー!』』」


 現在の時刻は9時を少し回った所か。フォレムから約4時間と、予定よりも1時間ほど速い到着だ。この巨体で道なき道を歩いたと思えば十分な成果ではなかろうか。

 

 紅き尻尾に到着した俺達を出迎えたのは驚いた表情を浮かべる懐かしき顔達。

 何人かはグレートフィールドまで発掘に出ているらしいが、半分以上がギルドに残っていた。


「おっと、お前ウロボロスか? てこたぁマシューも一緒か。なんでえ、カイザーもいやがる。お前らもう戻ってきやがったのかよ!」


 オルトロスの足下にやってきたジンが口調だけは不機嫌そうに、隠しきれない笑顔を浮かべながらガンガンと蹴りを入れている。


 ウロボロスがズシズシとコチラにやって来たと思ったら、バシュンとコクピットハッチが音を立てて開く。


 その音にジンが顔を向けると、ハッチから顔を出したマシューがこれまた口調だけ不機嫌そうに答えた。


「ああ、しょうが無く戻ってきてやったよ! じっちゃんの顔にゃまだ飽き飽きしてんだけどね! あーあ、10秒も見ちまった。これでまた当分見たくなくなったな!」


「へん、この野郎が! 相変わらず口が減らねえ頭領だよ」

「何言ってんだよ、あたいが居ない間はじっちゃんが頭領だろがよ!」

「俺ぁもう引退してんだよ。ただの代理だよ、代理」

「そうかよ。だったらほら、代理! 人を集めてくるんだよ! おらおら働け働け!」


「ったく、偉そうに。へへ、まあいい。おいマンジ、皆を呼んでこい。頭領様が何かお話があるんだとよ」

「ウス!」


 マンジと呼ばれていた見習いの少年を使いに出したジンは改めて俺達を眺めている。

 その視線の先にはウロボロスが立っていて、互いに興味深そうに見つめ合っている。

 

「へえ、おめえらみてえなのがもう一機居たのか」

「ああ、ウロボロスだ。パイロットは……」


 俺がちらりとウロボロスの方を見ると、そのタイミングでハッチが開き、ミシェルがひょこりと顔を出す。


「始めまして、わたくしはミシェル・ルン・ルストニア。

 ルナーサの支配人、アズベルトの娘でウロボロスのパイロットですの。

 よろしくお願いしますわ、ジン様」


「ああん? ルストニアだぁ? おいおい、マシューはなんて大物を連れてきやがったんだ?

 ルナーサのお姫様じゃねえかよ。いやはや、お宅の商会には俺達も世話になってるよ。

 あと、ジン様はやめてくれ、俺のことはジジイとでも呼んでくれや」

「それは流石に……ではジンさん、改めましてよろしくお願いしますね」

「ああ、それでいいや。で、さっきからじっと俺を見てるがよ、どうせおめえさんも喋れるんだろ?

 俺達の前じゃあ遠慮なんていられねえ、おめえさんも自己紹介くらいしろってんだ」


『……まったく強烈な爺さんだな……僕はウロボロス。

 ご覧の通りミシェルの愛機でカイザーの僚機さ』

『そして私もウロボロス。オルトロスのこと知ってるなら理解が早そうね。

 私達も二人で一人、二人一組の機兵なの』


「へっ、ほら見ろやっぱり変な機兵じゃねえか。

 うちのマシューが世話ぁかけてんね、ありがとうよ、お嬢ちゃん、ウロボロスもな」


 既に事情を知ってるというのもあるが、こうして驚かずに受け入れるのはちょっとびっくりするよな。

 

 それを言ったらリックもそうなんだけど、噂がもっと広まってこれが普通になってくれたら嬉しいなあ。いちいち驚かれたり、騒ぎになったりすると自由に行動できないからな……。


「それで……まあ、ジンなら何か察しているかもしれないが、俺達が戻ってきたのはマシューの里帰りというわけじゃあないんだ」


「だろうね。いつかふらっと帰ってくるだろうとは思ってたけどよ、あまりにも早すぎるし、なにやらそんな穏やかな雰囲気じゃねえからな。

 なあ、ここでまた何かが起きるのか? ……そうなんだろう?」


 朗らかだったジンの表情が真剣なものに変わった。

 紅き尻尾を束ねる頭領として、ギルドメンバーを守る者としての責任を背負う表情だ。


 ギルドに残っていたトレジャーハンター達が揃ったようだな。


「マシュー、頼む。みんなに説明してやってくれ」


 予定通り、マシューに説明するよう促すと彼女は真剣な眼差しで力強く頷くのであった。

 

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