第百四十三話 パインウィードにて。

 リバウッドを出てから一昼夜駆けて。

 俺達はとうとう……パインウィードまで戻ってきた!

 

 村はすっかり見違えていて、中央広場には商人達の屋台が数多く立ち並び、多くの人々で賑わっている。

 広場を見渡してよく見てみれば、見知った村人も屋台を出していた。

 どうやら名物である鹿肉の串焼きやシチューを売っているようだ。


 以前のパインウィードがどんな村だったのかは知らないけれど、ここまでにぎやかになっているんだ、かなり復興したと思って良いんだろうな。


「あ! カイザーさんだ! おおい! みんなー! ブレイブシャインが戻ってきたぞお!」


 俺達の姿に気づいた若者が大きな声で周りに声をかけている。


 商人達はなんだなんだという顔をして居たが、事情を知る者からヒッグ・ギッガの件を聞かされて成程と感心したように頷き、次々に此方に向かって頭を下げる。

 

 そして――たちまち俺達は村人達に囲まれて動けなくなってしまった。


 ここでも一泊する予定だったし、仕入れはフォレムでするつもりだったから……今日の所は村の連中とたっぷり交流しておくとしようじゃないか。


「村が随分と見違えたな、正直驚いたよ」


 俺の足下に駆け寄った狩人に声をかけると嬉しそうな顔を浮かべる。


「へへ、そうだろう? 商人達の屋台が立ち並び、鹿肉の焼ける香りが広場に漂う!

 賑やかなこの姿が本来のパインウィードなのさ。

 それもこれもブレイブシャインのおかげだぜ、なあ皆!」


「そうだそうだ!」

「おーいおーい! マシュー親分ー! 俺だー!」

「レニー! 飲めるようになったかー!」

「ミシェルー結婚してくれー!」


 皆口々に好きなことを叫んで盛り上がっているが……いやほんと好き勝手言い過ぎだな? みろ、乙女軍団達が微妙な顔……苦笑いをして困ってるじゃ無いか。


 全くしょうが無い連中だよ、ほんと。


「なあ、カイザーさんよ。折角だから何日か泊まっていかねーか?

 皆あんた達が帰ってくるのを待ってたんだ、何日かかけてぱあっとやろうじゃないか」

「ありがたい申し出だが、ちょっと急ぐ旅の途中でな。

 折角だから今夜は一泊していくが、明日の朝にはもう出発する予定なんだ」

「そうかあ、残念だがカイザーさん達だからな。またすげえ事に首突っ込んでんだろ?

 じゃあ仕方ねえや! そん代わり今日はめいっぱいお礼をさせてくれ!」

「そうだそうだ! 今よ、うちのカカア達が早速準備を始めてんだ。今日は広場でたっぷり楽しんでってくれな!」


 何やら宴の方向に話が進んでいるが……俺は飲食が出来ないんだよなあ、ちくしょう。

 ふと気づけばマシュー達は既に宿屋前にそれぞれの搭乗機を停め、村人と話を始めている。全く素早い奴らだな。


「おっと俺ばかり話しててわるいなレニー。お前も村の連中と話をしたいだろう? 向こうに俺を停めて降りると良いさ」

「え? ああ、いやあ、なんだかびっくりしちゃって固まってました。

 こんなに熱烈な歓迎を受けるなんて思ってなかったし、ほんとびっくりです」

「レニー達がそれだけの事を成し遂げたって事さ。こう言う時は素直に胸を張っておけ。

 その方が村の連中も喜んでくれるだろうからな」


「ふふ、そうですね。じゃ、カイザーさん行ってきますね」

「ああ、楽しんでこい」


 ここからフォレムまでの距離はそこまで遠くない。

 移動ペース次第では軽く挨拶をしてそのままフォレムに向かう予定だったが、幸いな事に予定よりも余裕がある。


 若干急ぎすぎかと思う行程だったが、今日の事を思えば正解だったな。


 スミレはいつの間にかコクピットから降りて普通に飲み食いに参加している。

 村人達は事情を聞いて納得してるのかも知れないが、商人達はなんだか凄い顔で見ているな……俺がスミレと逆の立場で同じ事をしていたら、きっと『何を考えているのですか? その様な迂闊な行動は後にトラブルを呼びますよ』なんてお説教を始めるに違いない……そういやリバウッドの件、まだ説教してなかったな。


 今回の件とまとめてしっかり説教してやろう。


 

 ……しかし、ほんとこの村は見違えたな。


 ヒッグ・ギッガ討伐作戦のために作った砦は予定通り村を護る外壁として使われていた。

 

 あの時の物にさらに手が加えられ、それに継ぎ足すように広範囲にわたって伸びている。

 そのお陰で魔獣が入り込めない安全地帯が増え、村に新たな農地を齎していた。


 そして、その周辺には新たに何件か家が建てられている。聞けば土地があると聞いてフォレムからやってきた農業志望者達が家を建て、畑を耕しているのだという。


 酷い目に遭った村だけれども、結果的には前より賑やかになっていっているわけか。

 これもまた、ヒッグ・ギッガ討伐効果のひとつと言ってのいいのかな?


 いやほんと良かったなあ。

 

 しみじみと生まれ変わった村を眺めていると、ギルド係員のスーがこちらにやってきた。


「カイザーさん、その節はお世話になりました」

「おお、久しぶりだね、スー。元気そうで何よりだ」


「ええ、おかげさまで。いやあ、あの後ナナイ先輩……いえ、リバウッドの職員から怒られちゃいましてね……あはは」


 ピコピコと動いていた猫耳がしょんぼりとたれ、尻尾もへにゃりと地に垂れた。

 マシューもそうだが、獣人族は耳や尻尾に感情が表れて可愛らしいな。


「そう言えば、何だか親しそうに話していたようだったけれど、リバウッドのナナイ嬢はスーの先輩だったんだな。先輩より出世するなんて凄いじゃ無いか」


「いえいえ! 支部長というのは名前だけですからね? 別にギルマスに近い存在ってわけじゃないし。

 ただ単に村の駐在員みたいなもんですよ。小規模なギルドはマスターの代わりに職員を兼ねた支部長がつくことになっているだけですから……」


「なるほどな、そうやって実績を積んでマスターを目指すってわけか」


「そうなんですが、その他にハンターとしての経験も必要なんですよ……。

 このへなちょこな私がギルマスになるなんて何百年かかることか……。

 っと、世間話もしたい所ですが、カイザーさんにお知らせがあるんですよ」


 来たか、ナナイ嬢が言いかけて辞めた話だな。

 パインウィードには思い入れがあるが、今は優先すべき事がある。

 何か依頼を頼むようなら、ここは心を鬼にして断らないと……。


「む、なんだ? こう見えて俺達は今ちょっと忙しいからな。依頼は受けられないぞ」


「ああ、違いますって! あれだけの事をしてくれた恩人にこれ以上甘えませんってば。

 依頼じゃあなくてですね、話したかったのは良いお知らせについてなんです」


「良いお知らせ? なんだ? 何かくれるというのか? 別に俺達はギルドに対して恩を売るような真似はしていないはずなのだが……」

 

「うふふ。お見通しですよ? ギルドの情報網をなめないでください。ブレイブシャインがルナーサでをして居る、というのはバレバレなのです!」


「なに! スー、お前は一体何処まで知っているんだ?」


 驚いた。

 

 ルナーサで我々が受けた依頼は、国の代表から直に依頼された極秘の物だったはずだ。

 外部に漏れるような行動は取っていないはずだったが、まさかトリバの諜報部隊?

 シグレのような存在がトリバにも居て俺達を監視していたとでもいうのか?


「おわっと、急に動かないで下さい! 潰れますって! ていうか何怖い顔してるんですか! 違いますよ! 別に何か情報を盗んだとかそう言うのではありませんからね」


「いやしかしだな……」

 

「ルナーサの支配人、アズベルト・ルン・ルストニア様からトリバに連絡がありましてね。

 ブレイブシャインがルナーサで発生している事態の収拾に貢献していること、現在もその依頼のため動いていること……それらの情報がギルマスから直接各ギルドに共有されたんです。いやあ、私みたいな下っ端がギルマスから直々に連絡されるとか……心臓が破裂するかと思いましたよ」


 そう言えばトリバの大統領に話を通して置いてくれと頼んで置いたんだったな。

 アズベルトさんの言い振りからすると大統領とは何やら親しい間柄の様だったから、無事に俺の頼みは聞き入れられたようだけど、そこからなぜギルドに情報が回されたんだろう?


 今回の件は国家同士の問題に関わってくるだろうから、ギルドではなく国に話を通すという事だったはず。


 確かにギルドにも話が通っていれば動きやすくなるけれど……何処まで話したのかは知らないが、ルナーサで発生している事態云々の時点で結構な機密情報だろうに、ギルドに話を下ろして良かったのだろうか。


 それに……むやみに広めて良いような内容では無いと思うのだが。


「えっと、なんでまたトリバのギルマスにそんな話が来るんだ? アズベルトさんから大統領に連絡が行くのはまあ、わかるけれど、そこから先がどうしてなのかわからんぞ」

「うん? あ、あー……もしかしてカイザーさんはご存じないのですか?

 トリバの大統領、レインズ・ヴィルハート氏はハンターズギルド本部のギルマスなんですよ」

「なっ……? そうか、なるほどそう言う事なのか……。

 そうか、ハンターの親玉が大統領か……まったくトリバらしいと言えばらしいな」

「うふふ、ですよね。それでですね、今後の任務で必要になるはずだからと、ギルマスから指示が来てまして。後ほど最寄りのギルドに行って手続きをして下さいね」


「手続き? 一体なんの手続きだ?」


2級セカンド昇級手続きですよ。ほんとは今日ここで私が手続きさせてもらえてたら嬉しかったんですが、、という事でしたので……私にはその『次のポイント』というのはわかりませんが、それで丁度2級セカンド昇級の条件を満たすらしいです。

 はあ……出来れば私がやりたかったんですけど、上からのお達しなので仕方ないです……」


「そっかそっか。報告ありがとうな、スー。君が我々の任務について何処まで知ってるかわからんが、これからちょっとキツい仕事が待っていてね……だから、この報告はパイロット達への良い燃料になると思う」


「そう言って頂けると嬉しいです。お暇になったら是非また来て下さいね。

 そして今度はスミレさんのように一緒にご飯を食べられるようになってると嬉しいです。私もカイザーさんとお酒を酌み交わしたいなって思いますので」


「……それは俺もほんとそう思うよ……」


「あ、ちなみにカイザーさん達がルナーサで受けた依頼の話を知っているのは各地のギルマスとギルドの重役だけですから。

 この話は勿論、ナナイ先輩も知りません。こんなキナ臭いネタをむやみに広めるわけには行きませんからね」


「それを聞いて安心した。配慮感謝する」


「こちらこそ。依頼……頑張って下さいね! 影ながら応援してますからね!」


 ぺこりとお辞儀をしてスーがレニー達の所に駆けていった。

 昇級の件をパイロット達にも説明するのだろうな。


 リバウッドのナナイはスーに『昇級のお知らせ』の役目を譲ったというわけか。

 なんやかんやスーとはすっかり仲良くなっているからな。きっと彼女もその話を聞いた際に、早く我々に伝えたくて仕方が無かったに違いない。

 

 それを『ああ、昇級な。リバウッドで聞いたわ、サンキュー』なんて言ってしまったら……きっと、酷く可哀想な事になるだろう。

 

 まったく……後輩思いの良い先輩だよなあ。


 2級セカンド昇級が今後の我々にどのように絡むのか……『必要になるだろうから』と言われているあたりから多少の嫌な予感……というか、何か面倒な話が舞い込む予感がするのだが……いやいや、今は素直に喜んでおくことにするか。


 ほんと、直ぐに妙なフラグと疑ってしまうのは悪いクセだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る