第百四十二話 ザック再び
通常、パイロット達の自由行動中にはインカムの通話は切っておくのだが、現在は状況が状況なのでレニーに通話状態のままにしてもらっている。
暫くの間は食い下がるザックと、遠回しにお断りをするレニーのなんともしょうもないやり取りがひたすらに聞こえてきていたのだが……どうやらオルトロスとウロボロスがザックの元に着いたようで、マシューが呑気な声でザックに挨拶をする声が聞こえてきた。
……ふう。これでもう間もなくすれば……全て丸く収まるはずだ。
造型師であるザックに姿を見られてしまえばどうなるか、賢明なスミレさんなら理解していただろうに……まったく、無防備について行くからこんな事になるんだぞ?
彼は別に美少女フィギュアに興味があるわけではなかろう……と思う。
ただ純粋に精巧な妖精型稼働フィギュアに興味があるだけだ……のはずさ。
そして、彼の興味はスミレだけではない。自分以外にも精巧な可動フィギュアを作ろうとする者が居ると思ったらどうだ。
同好の士ととしても、好敵手としても大いに気になるわけで、一体それを何処で誰から手に入れたのか気になるのは当たり前の話。
まさかそのベースとなった物が自分が作った機兵フィギュアだとは夢には思わないだろうし、目の前に居るフィギュア本人が自ら改造したのだとは思うまい。
それを知った時どんな顔をするか……教えたいようなそっとしておきたいような気がするけれど、今は残念ながらそんな暇はない。そのお楽しみは後に回すとして、とりあえずこの状況から脱出してもらわないといけないね。
……何やら興奮したザックの声が聞こえるな。彼がオルトロス達を見て興奮するだろうことは予想していたが、ちょっとこれは想像以上だぞ。
『凄い! 凄いなあ! こっちの機兵は前に少しだけ見た機体だな! 今度会ったら是非お仲間の機兵もって思ってたんだけど、また一機増えてるじゃないか!
ああ、ああ! どちらもデザインが洗練されていて素晴らしい! 頼む、いや、お願いします! せめてどちらかだけでいいので……スケッチさせて下さい! お願いします!』
うまいこと僚機達に興味が移ったようだが……なんだか結局スケッチを強請る流れになってるな。いやまあ、相手はザックだからな。対象がスミレから僚機達に変わるだろうとは思ってたけれど……まあ、何も考えていないわけじゃないんだ。
どうせ今日はこのままこの街に泊まるから、どうしても急いで別れなければいけないというわけではないんだよね。
ただ、パイロット達が拘束されるのが不味いと言うだけで。
ミシェルもきっとそこは汲んでくれているはずだ。頼むよ、ミシェル。
『よろしくてよ。ただし、わたくし達は今回時間に余裕がありませんの。今日の所は短時間だけで勘弁してくださいな。
その代わりと言っては何ですが、それぞれ30分ずつ、2機のスケッチを許しますわ』『お、おおお! いい、いいです! それで良いです! 時間は短いけど……うん、なんとかなります! 2機ともスケッチさせて貰えるなんて! ありがとうございます!』
さすがはミシェル。概ね俺が思っていた通りの流れ……流石、交渉の女神だね。
ウロボロスかオルトロスのどちらかを夕方くらいまで生贄にして、なんとか切り抜けられたら良しと思っていたけれど、一時間で済ませるとはやるじゃないか。
スケッチ自体を断るという選択肢も有ると言えば有るんだけど、ザックはこう、今後も何かと付き合いがありそうだと言うか、何かしら頼む事が有りそうなんだよなあ。
あの腕はフィギュア製作だけじゃなくて、ロボの装備品の設計にも活かせると思うんだ。
直ぐすぐの話じゃないけれど、いつかリック辺りと組ませてみたらヤバい物を生み出してくれるのでは……なんてね。
だから少し甘いようだけれども、彼はあんまり邪険にしたくなかったんだ。
スケッチの対象がスミレから僚機達に移したのにはわけがある。
彼らは気の毒にもこの後1時間ほど拘束される事となるわけだけど、別にパイロット達が一緒に待つ必要はないんだ。
他人に解除する事が不可能なセキュリティを搭載しているから、そこらに停めたままでも誰彼が好き勝手に乗り込んで盗むなんて事は出来ないからな。
それに今や端末経由でバックパックに物資を転送できるから、補給作業に支障が出ることもない。
これでスミレを夕方まで生贄に……となったらば、スミレさんならそこはなんとかお人形さんの振りをして乗り切れるだろうし、なんなら本体に思考システムを移せば何の我慢をする必要も無いんだけど……凄まじく拗ねるだろうし、暫くの間ネチネチと言われそうだからね……いやいや、お説教したいのは俺の方なんだけれども。
ともあれ、これで全て丸く収まった……よね?
……
…
『いやあ! またこんな素晴らしい日が来るなんてな! 最高だよ、ああ、最高だ!』
レニー達が買い物から戻ってもまだザックは一生懸命筆を動かしていた。
一体どのように描いたのか、少々気になったため、レニーに頼んでカメラをONにした上で、彼のスケッチブックをのぞき込んで貰った。
スケッチブックには2機のロボが前から後ろから横からしっかりと書き込まれていた。
重要なパーツは丁寧に、俺と似ているパーツは大体に、時間が短かったせいか、そんな具合に効率よく描いているようだな。
『そうだ! なあ、レニー! さっきの人形の作者、本当に分らないのかー?』
『……良いから今は筆を動かして! ほらほら、時間が無いよ!』
『うおお、もうちょっと! もうちょっとだから!』
手を動かしながらも、まだ諦めていないのかスミレの情報を探ろうと食い下がるザック。
しかし……そんな事をしている暇は無いぞ……っと、ほらみろ。
無情にも広場の鐘が十六時を告げるべく鳴り響く。
タイムアップだよ、ザック。
『……残念ながら時間ですわね。申し訳ありませんが、わたくし達は急ぐ旅ですので続きはまた今度ということで』
今回は時間に余裕がない。鐘が鳴ったのを幸いとミシェルがピシャリとスケッチタイムの終了を告げた。
『ええ~? そ、そんなあ……うう……わかった……』
ザックは少し残念そうにしていたが、それでも得るものはあったと嬉しげに感謝を述べていた。
そして、前回の礼として約束どおり俺のフィギュアがレニーに渡されたようだ。
完全変形は流石に無理だったようだが、それでもロボ形態と馬形態とそれぞれ作ってくれたようだ。カメラ越しに見えたが、ほんとこのザックという職人は凄いな……。
金属パーツだし、フル稼働だし……これなら5万までなら出しても良いわ……。
そうだ、この精巧な俺フィギュアをベースに食事可能な義体をスミレに……なんて思いついたのだけれども……宿に戻ったレニーが大切そうにしているのを見て諦めることにした。
……冷静に考えれば自分のフィギュアを魔改造とかちょっとアレだしな。
そうだ、餅は餅屋ということで、この件が終わって余裕ができたら俺の義体についてザックと相談して見るのも良いかもしれない。
勿論、その時はレニー経由では無くて俺から直接話すつもりだ。
徐々にでは有るけれど、俺の正体……『喋る機兵』が居ると言う噂が広まりつつある。
それはきっとザックの耳にも入っているだろうし、そうなれば俺が語りかけても以前の状態よりはあまり驚かれずに済むのではないかと思っている。
うん、そうだね。次に来た時には俺の事をザックに打ち明けて、共に熱いロボトークでもしてみよう。きっと楽しい時間になるはずさ。
……
…
フロッガイでは
レニー達はフロッガイで大量に買い込んでいたから、リバウッドではそれほど仕入れをする必要はないだろうし、その分ゆっくりと休んでくれたら良いさ。
リバウッドのハンターズギルドに顔を出したレニー達を待っていたのは満面の笑顔のナナイさんだった。
ルナーサからやってきた商人やハンター達が、以前のように数多く東街道に抜けていったのだと、レニー達が改めてお礼を言われている。
「ほんっと、ブレイブシャインの皆様にはなんとお礼を言って良いかわかりませんわ。
あ、パインウィードの支部長にはきちっと
あなた達の顔を見ればきっと
……笑顔が少し怖い。
「ええ、勿論東街道を通る予定ですし、あれから村がどうなったか気になってましたからね。しっかりとギルドには寄らせて貰いますよ」
「そうですかそうですか、あ! それと……ってパインウィードに寄るんですよね?
だったら今ここで言う必要はありませんね」
「えっ……? 何か私達に用事でもあるんですか?」
「あると言えばあるんですが、まあ、向こうで済む用事ですので」
……何かまた面倒な事でもおきてるのかな?
だとしてもちょっと今は余裕が無いぞ……いや、にこやかにしているからそう面倒な話では無いのかも知れない。いかんな、行く先々でトラブルに見舞われてばかりだから、少しの事でも過剰に構えてしまう。
心にゆとりをー ゆとりをーだ。
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