第百四十一話 トリバ入国
予定通りの日数でフラウフィールドに到着した俺達は、観光したいのを我慢してそのままフロッガイに抜けた。
フラウフィールドは帰りにじっくりと観光しようと思っていたため、なんとも後ろ髪を惹かれてしまうが……『トリバに入るまでは宿を取らない』と言ってしまっていたために、いくらフロッガイの直ぐお隣さんだとは言え、ここは心を鬼にしてのスルーだ。
今日も凄まじい数の人々で混み合う国境門だが、今回は時間をかけては居られないため、
普段ならば申し訳無くて使う事は無い
恨めしそうな顔で我々を見送る商人達の顔を見ると本当に申し訳なく思う……ほんとこれはいざという時しかつかわないようにしような。
並ぶなら並ぶで、屋台で買い食いをするという楽しみもあるし、これはほんとに緊急時用のウラワザにしよう。
無事にトリバ入りを済ませた我々は、前回立ち寄った時と同様、フロッガイの宿『うらら』にて宿泊手続きを済ませ、色々な意味合いでの補給タイムに突入した。
旅に必要な食料などを調達するついでに、パイロット達に夕食までの自由時間を与えたのだ。物資だけではなく、
これはここまでの強行軍でのストレス、これから挑む案件に対する緊張……それらを少しでも楽にして貰うために必要な時間なのさ。
この貴重な時間はルナーサをかっ飛ばしてきたからこそ出来たものだ。
いわば、皆が我慢をした結果得られたご褒美。だから遠慮せずにじっくりと堪能して頂きたい。
「いいか、はやる気持ちもあるだろうが、休める時はしっかりと休むことも大切だ。
何もかも忘れて楽しめとは言えないけど、きちんと心も休ませてくるんだぞ」
「もちろんだ!}
「言われなくたって!」
「任せて下さいな!」
「まずはギルドで報告をしてからですからね」
「「「はーい」」」
出発前のミーティングを済ませ、なんら遠慮することなく元気いっぱいにスミレと共に出発した乙女軍団を見ていると、なんだかいつもの旅と変わらない光景だなあと、ほっこりと気が抜けそうになるけれど……。
今現在も黒騎士は海を渡り赤き尻尾を目指して移動を続けているんだ。
パイロット達にはああは言ったけど、それを考えるとどうも落ち着かなくてしかたがない……。
はあ……どうやら俺が一番ダメなようだ。
暫くあれやこれやと考えてしまって、何やら非常にモヤモヤとしてしまっていたけれど、スパッと気分を切り替え、今後の予定を改めて確認する事に決めた。
どうせモヤモヤとするなら、いっその事仕事をしてしまおう!
何もしないでボンヤリしているとネガティブな思考に陥りがちだしな!
パイロット達には心を休ませろと偉そうに言ったけれど、まあいいじゃないか。
俺には俺の落ち着き方があるって事で。
今後、我々はリバウッドからパインウィードに抜けてフォレムに向かう。
パインウィードやフォレムでゆっくりとしたい気持ちはあるけれど、今回の所はほどほどに。
フォレムで軽く補給をすませ、リックに世話になって一泊したらば翌日早朝に王家の森を抜けて紅き尻尾のギルドホームまで移動する。予定では昼前までには着くはずだ。
紅き尻尾のメンバー達への説明は俺よりマシューの方が良いだろうな。
身内が話した方が緊急避難の説得もスムーズに行くはずだ。それが済み次第、貴重品等と共に避難先へ移動を開始してもらう。
彼らが
可能であればウロボロスとフォトンライフルのデータリンクを済ませ、戦力に加えておく。
ミシェルは前衛として優秀だが、今回の作戦に狙撃手は喉から手が出るほど欲しい。
フォトンライフルをウロボロスの広範囲レーダーと組み合わせればきっと鬼のように強力な狙撃手となるだろう。
問題なのは避難開始前、まだ支度をしている最中にに黒騎士が到着してしまった場合だが……。
例え交戦することになるとしても、後の事を考えれば先に手を出すのは不味かろうからまずはマシューを話し合いに向かわせる。これはあくまでもこちらが相手の事を何も知らないぞと、あくまでもいきなり現れた
聞いている相手の性格を考えると……少々厳しいかも知れないけれど、それでもなるべく時間を稼いで貰い、その間に赤き尻尾のメンバー達には出来るだけ遠くに逃げて貰う。
黒騎士の目的はあくまでもフォトンライフルなのだろうから、逃げるメンバー達がそれを置いて去って行くのを見れば、残った俺達の事も気になるだろうから無理に追うような真似はしないだろうさ。
話し合いで帰ってくれればいいのだけれども、流石にそれは上手くいかないというか、僅かな時間稼ぎにしかならないだろうな。
護衛として仕方がないとは言え、俺達みたいな機兵がその場に居る以上、黒騎士だって撤退の確実性を上げるために始末しようと思うはずだもの。
流石に武器を装備した機兵を放ったままスタコラサッサとライフル担いで逃げるような真似はしないだろうよ。俺なら背中を撃たれるのを警戒して先に片付けようと考えるもの。
というわけで、話し合いに持ち込めたとしても、それはまず決裂するとして……だ。
直ぐに斬り合いが始まるのか、騎士らしく距離を取ってから始まるのかは知らないが、どちらにせよ、戦闘が始まるとなったら即時ミシェルに狙撃をして貰う。
それは別に当たらなくとも良いんだ。
何処かに狙撃手がいるというだけで相手には十分なプレッシャーとなるからな。
俺やオルトロスの攻撃をさばく間も絶えず何処かに潜む狙撃手に警戒を続ける羽目になるはずだ。
それは何処かのタイミングで決定的な隙を生み出し、上手くすれば我々に勝利を、そうでなくともこちらに撤退の隙を与えてくれるだろう。
そして対黒騎士戦において頼りになりそうなのがこの間手に入れたシールドとブレードなのだが……ブレードが俺用だったならばかなり良いなと思ったけど、残念な事にブレードはオルトロスの専用装備だった。
いや、それでも合体してしまえば僚機の武器は使用可能になるので問題ないんだ。
あのブレードはアニメ作中でも『カイザーブレード』として結構な頻度で使われていたけれど、アレがオルトロスの武器として使われていたのは最初の内だけ。
まだきちんと思い出せないけれど、薄ぼんやりとした記憶によれば、合体したカイザーが必殺剣として使用した回数のが多かったはず。
事実上のカイザーの武器だというのに、わざわざオルトロス専用武器という扱いになっているのは、恐らくは
ブレードがオルトロス用で、シールドが俺専用。剣と盾を揃えるにはそれぞれが付属する両方のキットを買わなければならない……そもそも完全合体をするためにはもう一機、ウロボロスも買う必要がある……と。
アニメの仕様と言うよりも、大人の事情、スポンサーである玩具メーカーの事情ってわけだね……他作品のキットにも強化パーツは別のキットに付属――なんてエグい話は良くあることだったからなあ……全くロボットトイは財布に厳しいよ……。
と、レニーから通信が入っていることに気がついた。
作戦立案に夢中で気づいてなかった……ごめん。
「わるいわるい、どうしたレニー、なにかあったか?」
『あーーー! やっと出た! あのですね、ザックと再会したんですけどね?
カイザーさんのお人形がすっごい良い出来で! あ、じゃなかった。
お姉ちゃんに夢中で返してくれないんですよ-』
周りを気にするように、ヒソヒソとした声で状況を伝えてくれているようだが……いまいち何を言ってるのかわからない……。一体どういう状況なんだこれは。
「うん? レニー、お前は一体何を言ってるんだ……?」
『えっとですね、ザックが私の肩に座っていたお姉ちゃんに気づいちゃいまして、これは何処で買った? だの、誰が作った? だのすっごく食いついてきちゃって……。
流石に本当のことは言えないから適当に誤魔化してたら今度は「スケッチさせてくれ」ですよ。
あたしには判断出来ないし、ザックが居るからお姉ちゃんは喋れないし、前から後ろからじろじろ見られてお姉ちゃんの目がどんどん曇っていくんですよ……カイザーさん……助けて下さい……』
「なるほどそいつは少々面倒な状況になってるな……しかし助けろって言われてもな……ああ、そうだマシュー達は一緒にいるのか?」
『え? マシュー達ですか? それなら近くのお店に居るはずですけど……』
「そうか、じゃあお前はそこで待ってろ。スミレにはもう少しだけ耐えて貰え」
『わかりました……『ん? レニー独り言か?』ううん、なんでもない! ほ、ほら! そっちの人形も見せて? ……じゃ、お願いしますね』
まったくスミレは……俺と共に大人しく留守番していればこうはならなかったろうにのう……。
これは俺を置いて一人だけ楽しもうとした天罰だぞ、大いに悔やむが良い!
……ザックの事だからな……ほっとけば日が暮れるまで拘束されるに違いない。
そうなれば巻き込まれたレニーが気の毒だし、流石のスミレもすっかり萎れてしまうだろう。しょうがないな、今回ばかりは助けてやるとするか。
時は一刻を争う。レニー達からほど近い場所にあるという店に居るらしいミシェルに通信を入れる。
『あら、カイザーさん? わざわざ連絡を入れるなんてなにかありましたか?』
「何かあったと言えば……まあ、そうなんだが。マシューも一緒に居るんだよな?」
『ええ、一緒にお買い物をしてますの』
「楽しんでいるところすまないが、一度宿に戻ってウロボロスとオルトロスに乗って出てくれないか」
『敵襲……ですの?』
「いや、そうではないが……もっと厄介なものだ……。
レニーが、いやスミレがザックの奴に見つかってな……」
『ああ……なるほど……状況が手に取るようにわかりましたわ』
「流石はミシェル……マシューと二人でそれぞれ機体に乗って二人を迎えに行って欲しいんだよ」
『ウロボロス達でザックの気を引いてスミレさんを開放させるんですわね』
「ご明察だ。マシューにも伝えて置いてくれ、ほんとすまん」
はあ……、平和な時であればザックの熱意は好ましいのだが……流石に今回ばかりはな。
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