7章 黒き影
第百四十話 いざ赤き尻尾へ
シグレからの報告に『こうしちゃ居られない! トリバに行くぞと』目をギラつかせるレニーとマシューだったが、飛び出す前にミシェルとスミレによって止められていた。
気持ちはわかる。俺だって今すぐにでも向かいたい。
けれど、今回は……相手が
シグレの話が真実ならば、これは例の件、アズベルトさんから受けている依頼の延長線上にあるネタなのでは無いかと推測される。
つまりは、国家同士のあれやこれやが絡む様な繊細なネタだ。
下手をすれば大事になる案件なので、飛び出す前にまずは上に報告をし、判断を仰いだ上で慎重に行動すべきなのだ。
冷静チームに止められた熱血チームは納得がいかない顔をしていたけれど、怖い顔をしたスミレ
ミシェルはなんとも言えない顔――困ったように苦笑いをしていたし、その言い方はどうなんだって思うけど……まあ、実際そのとおりなんだよね。
相手が大きすぎて我々だけでは対処出来ないことが多すぎる。
そういった面でバックになってくれている人が居るのだから、相談をしない手はないのさ。
というわけで、我らの頼れるバックであるアズベルトさんに報告をするため、そしてしっかりと旅の支度をするために一度ルナーサへと帰還した。
通信機で話を済ませることも出来たけど、流石にこれはきちんと顔を合わせてすべき話だ。これで既に国境付近まで移動していたのならば話は別だけれども、ここからならルナーサに戻ってもそれほどロスにはならないからね。
……
…
「……帝国のとある組織、と濁しているのに、黒騎士の名を出しては意味が無いよね。
そのシグレと言う少女がわざと漏らしてくれたのかなのか、天然なのかはわからないけれど、なんにせよ、これは今現在僕が追っている問題に繋がる案件だと思う。
黒騎士のアランドラを使うとなれば、帝国でもかなり上の者が絡んでいると見ていい。
黒騎士は特務部隊であり、皇族の警備を受け持つ組織なんだ。誰それと動かせるもんじゃない……動かせるのは皇族か、上位の貴族か……何れにせよ、これで事態が大きく進展するかもしれない。ありがとう、良く報告してくれたね」
「流石にこれは個人で取り扱う案件では有りませんからね……」
「そうだね、良い判断だよ。これで勝手に飛び出されていたら……ちょっと面倒な事になっていただろうから」
嬉しげに微笑むアズベルトさん。バツが悪そうに目をそらす熱血チームと、それが司会に入ったのか、苦笑いを浮かべるミシェル……。
「アランドラが狙っているのは赤き尻尾の拠点です。
下手をすればトリバ領内で交戦してしまうことになると思いますが……」
「うちでやるというのなら……良くはないけどやりやすかったんだけどね。
突然襲われて交戦するわけじゃなく、来るのがわかっての事だから、きちんとトリバの大統領にも話を通さなければいけないね」
涼しい顔でウンウンと頷くアズベルトさん。
変な話、紅き尻尾のギルドホームがルナーサにあるのならば、今こうしてアズベルトさんに相談をした時点で交戦許可が得られたと言っても良い。
けれど、ギルドホームが有るのはトリバ領内。
後々のことを考えれば、きちんとそちらにも話を通すべきなのだが、俺達はトリバ共和国のお偉いさんとパイプがあるわけじゃあない……。
単なるハンターでしかないブレイブシャインが『大事な話があるので大統領に合わせて欲しい』と言った所であわせてもらえるはずはないし、トリバの首都まで行くような時間は……無い。
けれど同盟国であるルナーサの代表ならば、トリバの代表にうまく話をつける事が出来るかもしれない……なにかこう、遠距離通信が出来なくてもさ、ギルドみたいにファックスっぽい何かを使うとかそういうのでトリバに連絡して貰えたりは……。
どうにかしてくれないかなー ちらっちらっ……と、遠回しに視線でお願いしてみたら……なんとか伝わったようだけれども……苦笑いをしているな。
「ああ、そんな顔をしなくてもいいよ。わかってる、そこは任せてくれ。
これでも僕はルナーサの
ただ、情報の提供元が問題だ。シグレ君といったか、彼女を疑うわけでは無いけれど、発言の責任を追求できるような相手ではないのは少々まずい。
これで信頼できる提供元からの情報であれば、大義名分をもって我が国もトリバも堂々と軍を動かすことだって出来るのだけれども……」
「やはり少し厳しいですか」
「ああ、いや。だから任せてくれといっただろう?
我々が大々的に組織を動かして対処することは難しいだろうけれど、君達が独自に動く分なら……なんとか出来る」
そもそも俺達ははじめから独自に動くつもりだったからそれで問題ないならありがたいのだけれども、情報提供元がもしも確実に信頼できる相手だったとすれば……軍が動いてたのか……。
いや、当たり前の話だよね。帝国軍による侵犯行為、それも軍が押し込み強盗の様な真似をするのだから、相手が軍を出す以上、トリバも軍を出して対応しなければならないはずだ。
わかっちゃいたけれど……これは本当にヤバい流れに巻き込まれてしまっているよね……。
「これが発端となって大戦が始まる……なんてことはありませんよね……」
「私としてもそうならない事を祈りたいよ……まあ、恐らくは今回の事がきっかけでと言う事にはならないさ。あちらさんは堂々と入国するわけじゃあないだろう?
例え、黒騎士を撃退してしまったとしても帝国は目立つような反応はしないと思う。そもそも、トリバ領内に帝国軍が居るのがおかしいのだから」
「それを聞いて少し安心しました……」
「けどね、くれぐれも油断はしないでくれよ? 黒騎士、アランドラは非常に強敵だ。
万が一彼と戦う事になったとしても、敵わないと思ったら無理をせずに直ぐに撤退して欲しい。
これはカイザー、君の友人として、そして娘の無事を祈る親としての我が儘だけれども……頼むよカイザー、僕は悲しい報告を受けるのは嫌だからね」
「ええ、それは勿論です。 命あってこそ……ですから。優先するべきものは何なのか、わかっているつもりですよ」
「そう言って貰えるとありがたいよ。
アズベルトさんとの話し合いを終えた我々ブレイブシャインは、逸る気持ちを抑えながら食料などを買い込み、一晩ゆっくりと屋敷で休ませてもらってルナーサを発った。
さて、ここからの我々だが……ちょっと無茶な移動方法を取ることに決めたんだ。
本来ならば街毎に宿をとって心と体を休ませながらのんびりと移動したいところだが、今は事情が事情だけに、せめてトリバに入国するまでは時間を切り詰めて移動したい。
では、どうやって時間を切り詰めるか?
これは自立機動が可能な我々ならではの力技なのだが、夜になっても止まらず自立機動で移動を続けてしまうのだ。
流石に適宜トイレ休憩は取るけれど、食事も睡眠も基本コクピット内で済ませてもらう。
そしてこの雑で無茶な作戦を実行するのは先に言ったとおりルナーサを出るまで。フロッガイに到着したら、移動速度こそは普段よりも速めにするが、きちんと宿で休みながら移動する予定だ。
いくらシートが結構フカフカらしいとは言え、ずっとそこに座りっぱなしじゃあ体に負担がかかるし、何よりストレスがたまってしまうからな。
前世で釣り好きの父に付き合って車中泊をしながら港を釣り歩く……と言った夏休みを過ごしたことがあったけれど、楽しいのは楽しかったけど、だんだん体のあちらこちらが痛くなってくるわ、夜にちゃんと寝付けないわで結構疲れたからなあ。
やっぱり人間、お布団で寝ないとだめになってしまう。
なので、この強行軍はフロッガイでひとまず終わり。
そこからなら泊まりながらでも紅き尻尾のギルドホームまで1週間もかからない。
移動の後半にゆとりを持った移動ができれば、紅き尻尾に到着した時点でのコンディションは悪くないはずさ。
紅き尻尾へは内回り、パインウィード経由で向かうので、宿を取るのはフロッガイ、リバウッド、パインウィード、フォレム。
パインウィードか……村は今一体何処まで復興してるんだろうなあ。
……
…
そんなわけで、我々ブレイブシャインは興味深そうな目を向ける商人やらハンターやらをガン無視してえっちらおっちらフロッガイ目指して疾走中なのだが、何時もながら機内は非常に賑やかだ。
ただし、現在話題に上がっているのは黒騎士の話で、何時もと違って若干のピリついた空気を感じている。
まあ、そこはそれ、何処か暢気な乙女軍団なので、いずれ話題は食べ物や趣味の話に転がっていくのだろうけれど、今回は相手が相手なので、出発直後の今は過剰なほどにやる気が漲っているのだ。
彼女達だって立派なハンターだ。これから戦うかも知れない相手がかなりの格上だろうと、認識しているからね。
相手の力量、機体性能、得意武器等々、こちらが有利に戦うための作戦に繋がるネタに興味が尽き無い。
……勿論、パイロット達だけではなく、俺だって相手のことは大いに気になるわけで。乙女軍団の
「黒騎士のアランドラ……か。奴はどんな機兵に乗っているんだ? かなり有名な奴のようだが、そこまでの存在ならその機体も明らかになっているのだろう?」
『ええ、勿論ですわ。わたくしは写し絵でですが、見た事があります。
彼の……といいますか、黒騎士が乗る機体は所属している部隊名の通りに黒一色の機兵で、カイザーさんにどことなく似た雰囲気の人型機兵ですわ。
特徴からすれば恐らくは、旧機兵時代に作られた機兵の模造品。けれど、その機動力は他の機兵の群を抜き、それに憧れ黒騎士団を目指す者は少なくはないみたいですわ』
『へえー、カイザーっぽいのかあ。あたいもいろんな機兵を見てきたけど、流石に黒騎士は見たことないね。
話だけ聞いてると凄く強いんだろうなあって思うけど、ピンとこないよ』
「俺っぽいか……自惚れるわけでは無いが、なんだかカッコイイっぽいな……いいか? 見蕩れて油断しちゃだめだぞレニー」
「み、見蕩れるとかそんなのありませんよ! 失礼ですね、カイザーさんは!」
「ルナーサで街を歩く機兵達に釘付けになっていたのを私は見ていましたよ、レニー」
「お、お姉ちゃん! 流石に戦闘中はわきまえるってば!」
いやほんと頼むぞレニー? 毎度毎度危ない橋を渡っているけれど、今回は特に気をつけなければいけないんだからな。
情報によれば、相手は槍を好んで使うらしいじゃないか。
インファイターしか居ない我々にとって、あまり相性が良いとは言えないだろうよ。
まして、相手は軍属、レニー達とは比べものにならないほどに練度が高いパイロットだろう。当たり前に正面から武器で斬り合ったら勝負にならないかも知れない……。
いざとなったらレニーのハンドガンやガントレットに頼む事になるかも知れないな。
ほんと頼むぞ? レニー。
けれど、目的を見誤ってはいけないな。今回の第一目標はあくまでも赤き尻尾の保護だ。
勿論、フォトンライフルの確保もしたいところだが、それは状況次第で諦める事も考えている。
欲張って取り返しのつかない事になったらどうしようもないからな……。
『ま、そんだけの相手だ、かなりの歯ごたえが期待出来るよなあ!』
「こらこら、マシュー。相手パイロットは格上の存在、出来ればまだ戦いたくない相手だ。状況次第では戦闘を避けてジン達を連れて共に避難する選択肢もある……昨日の会議でそう話したよな?」
「わかってるわかってるって! もしも戦う事になったらばって事だってば。それにさ、逆に言えば戦う選択肢だって有るんだろう? だったら気持ちだけでも備えておかないとな! にひひ」
まったく、自分の実家に危険が迫っているというのに暢気なもんだ……。
それに自分達の練度と相手の力量を考慮してるんだろうか? 少々調子に乗ってる感があるぞ。
ま、油断大敵では有るけれど、あまりピリピリしたままでも疲れてしまうからな。
今日の所はこの辺にしておいてやろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます