第百三十九話 鴉の恩返し
鳥型魔獣を従えるテイマー、それはレニー達と出会った異国の少女シグレだった。
お約束展開か! 等と言う、空気を読めない感想がほんのり芽生えたが、重く沈んだパイロット達を見るととてもそんな事を考えてはいられない。
シグレがどの様な存在なのか、詳しくはわからないままだが……これまでの関わりを考慮すると、今後も再び顔を合わせる可能性が高い。
次に顔を合わせた際、それが戦地以外だった場合……彼女との付き合い方をどうするのか、これは俺が判断することではない。
彼女と親交を深め、他人では無くなったらしい乙女軍団の判断に任せることにしたい。
あの日カメラに写ったシグレという少女もまた、なんだかとても辛そうな表情を浮かべていたからね……。
あれはレニー達を騙して利用していただけの人間が浮かべる表情ではないよ。
出来ればこんな日が来なければよかった、何故私達はこうして剣を向け合うことになってしまったのだろう……いや、あの場合はどうして仲良くなってしまったのだろう……そんなところだろうか。
俺はその手の専門家ではないので間違いかもしれないし、甘ったるい考えかもしれないけれど……シグレという少女は説得が出来ない存在ではないだろうと思う。
所属組織を裏切ってこちらにつくまでいかなくとも、どうにか上手く対立しないように出来るのではないか……そう思っちゃうんだよなあ。
はあ、どんなにカイザーとして取り繕っても、元が
とは言え、乙女軍団は重く沈んだままでまともに思考できるような状況じゃない。
折角の新装備、剣を回収して宿に戻ったというのに、まるでお通夜のような空気が流れたままである。
このままではいけない。新たな一歩を踏み出すためには話し合いが必要だ。
であれば、俺が話しを始める切っ掛けを投げてやるとしようじゃないか。
「例のテイマー……たしかシグレだったかな? 彼女について話して貰おうか」
俺の声にレニーがビクッと体を震わせる。
恐れているのだろうな。
俺が彼女を敵として扱う事を、殺さないまでも拘束し、アズベルトに引き渡して尋問させることを。
だが、俺が今みんなとしたいのはそう言う話ではない。
まったく導入を少し誤ってしまったようだ。
「あー……すまん。言い方が悪かった。皆が考えてる様な意味で聞いたんじゃないんだ。
敵としてのシグレの情報を知りたいんじゃない、君達の友達としてのシグレの話をして欲しいんだよ」
『……インカムであたい達の話を聞いてたんじゃ無いのか?』
「任務中であれば相互通話状態にしているけれど、流石に休暇中まで聞き耳を立てるような真似はしないよ」
……たまに様子を見るためちょっぴり聞くことはあるけどね。
『シグレちゃんは……、ルナーサの東から来たって言ってた。
てっきり帝国から来てフォレムに向かうハンターかなって思ったんだけどね……』
『彼女とは一緒に屋台を回って色々食べましたわね……。
何を食べても美味しい、美味しいって本当に嬉しそうな顔で』
『ああ、あたいもびっくりの食欲だったな』
『そして、何か奢るたび、必ずお礼を言ってくれたんだよね。ありがとうって』
『シグレは迷子だったんだよな? ああ、申し訳ないがその辺はまだこちらに音声が流れててな。そこだけは聞いていたんだよ』
『そうそう、なんだっけ、恰幅が良い鳥の看板の宿を探してるって言っててさ、なんだかあたしの顔を見てびっくりしてたけど……ああ、そっか。シグレちゃんはその時点で気づいたんだ』
『今まで何度か出会ってたのですもの、当然レニーを見て直ぐに気づいたでしょうね』
『でもよ、こちらに探りを入れるとか、罠を仕掛けるとかそんな事はしなかったよな』
『うん、なんだか普通に……ほんと普通に街を楽しんで、ちょっぴりお話をしてくれてた』
『宿まで送り届けたら何度も何度もお礼を言ってさ……良いって言ったのに変な奴だよな』
恐らく……その宿もまた、組織の特定に繋がる重要なポイントなのではなかろうか。
そんな所に敵対しているレニー達を連れて行く。
普通に考えれば罠で在り、何か盗聴器的な物が仕掛けられていてもおかしくは無い。
しかし、念のためにスキャンをかけたがレニー達には何も仕掛けられてはいなかった。
シグレは本当に迷子で在り、心から街を楽しみ、レニー達との時間を友として過したのだろうな。
シグレのことを話すレニー達の表情は怒りと言うより悲しげな表情である。
俺もまた、あの表情、レニーを見つめる悲しげなシグレの表情を見てしまった。
やはりシグレの件は慎重に取り扱い、出来れば今後敵対しない方向に持って行きたい。
「……さて、予め言っておくが本件に関しては俺は介入しないからな。
全て君達の判断に委ねることにする」
『つまり、それはどういうことなんだ?』
「シグレと敵対するのか、対話して友となる道を歩むのか。
それを選ぶのは君達が相談して決めて欲しい」
『カイザーさんってほんっとカイザーさんらしい事をいいますよね』
「なんだよそれは……」
『あたい達がどうするかって……どうしたいのかわかって聞いてるんだろう?』
「……さてな」
『わたくしは人を見る目には自信がありますのよ』
『あたいだって目は利くぜ?』
『私は自信がないけど、大丈夫!』
「なんだい、その根拠のない自信は」
『……あたし、次に会ったらシグレちゃんとお話しするよ』
『ああ、例えシグレが立ち向かってきても話をしよう』
『それでもダメならあきらめますし、そうじゃないならお友達ですわ』
恐らくまた、次のポイントで再会することだろうさ。
そこでシグレの件に蹴りをつける。
出来れば良い方向に話が付けば良いが、それは乙女軍団に委ねるしか無いな。
……
…
2日後、俺達はラウリン西部にあるポイントに来ていた。
ここはまだ武器の発見はされていないが、見慣れぬ魔獣の目撃報告があったため念のためにマークされていた場所である。
ルナーサ承認連邦西部の調査ポイントはここが終点で在り、ここの調査を終えたら一度首都ルナーサに帰還し、アズベルとさんに報告を入れることになっている。
そして調査の結果から言えば……ここは当りであった。
俺が装備できるシールドが地面に埋まっていたのだ。
ここに居たのは周辺には生息していないはずのブルーボアが魔獣化したもので、体長5m程の大蛇のような魔獣だった。
これはミシェルがあっさりと雪月華で寸断し撃破してしまった。
ほんと、近接揃いなのを除けばなかなかに強力なパーティになったよなあと、しみじみ思う。
他に同種の反応も無かったっため、シールドを回収して任務はあっさりと終了。
普段であれば、さあ帰って軽く打ち上げだと言う流れになるのだが……
予想していたとおり、この地のイベントはこれだけでは終わらなかったのである。
盾を回収し、そろそろかなと思った瞬間、まるでここで合う約束をしていたかのように、現れたのだ。
しかし、何時ものようにバサりと俺の脇を掠めることは無く。
姿を見せたまま、ゆっくりとホバリングをした後、我々の目の前に降り立った。
魔獣に乗る少女は足に包帯を巻いていて、痛々しくもあり、なんだかとても気まずそうな顔をしてこちらをチラチラと見ている。
少女――シグレは何か言葉を発しようとしているのだが、決心がつかないのか、考えたくは無いが、なにか企んでいるのかモジモジとしたまま動かない。
それにしびれを切らしたのはレニーだ。コックピットハッチを開け放ち、直接顔を出して相手に言葉をかけた。
「シグレちゃん! やっぱり怪我させちゃったんだ……ごめんね、吹き飛ばしちゃって……」
それを聞いたシグレは少し驚いたような顔をして、それに答えた。
「いやはや……レニー殿。貴方に心配されるとは思いませんでしたよ。
私は貴方達をずっと付け狙っていた刺客ですよ? あなた方の敵なのです」
「敵だ味方だなんて関係ないよ。友達を怪我させたら謝る、これは当たり前なんだよ」
「……まだ私を友と呼んで下さるか……レニー殿にはほんと敵いませんなあ……」
くしゃっと表情を緩めたシグレは……なんだか泣くのをこらえているかのように見えた。
念のため動作を監視して居るが、特に何か仕掛けてこようとしているわけでは無いようだ。
では何故ここに現れたのだろう。向こう側に引き込むべく説得をしに来たのか、あるいは……。
「っと、カイザー殿と言いましたな。そんな鋭い視線で見ないで下さい。
今日私は戦いに来たのではないのですから」
「……こちらの情報はやはり筒抜けというわけか。ああ、そうだ。俺の名前はカイザーだ。
すまないが俺は君のことをよく知らないんだ。
だからレニー達ほど甘い目で君を見られない。少しでも怪しい動きをしたら……わかっているね?」
『カイザー!』
「カイザーさん!」
レニーとマシューに怒られてしまった。
しょうがないだろ、一人くらい監視する目が無いと何かあったら大変だし。
それにこういうシーンで憎まれ役ってのは大事な存在なんだぞ……多分。
「ははは、レニー殿達は良き指導者をもってますな。
今日は皆さんに情報を持ってきたのです。これを信じる信じないは自由。
攪乱と思われるかも知れませんが、どうか聞くだけ聞いて下さい」
「情報……?」
なぜ情報をくれるのだ、そう尋ねようと思ったが有無を言わさずそれを語りはじめた。
「皆さんお気づきでしょうが、一連の騒動は帝国領のとある組織が関与しています。
そしてその目的は素材を目当てとした新種の作成と既存魔獣の変異化実験……と言うことでしたが、この間、私が貴方達から奪ったアレで帝国の方針が変わりました……」
「アレ、というのは装備品か……。まさか、それ自体に目を向けたと?」
「はい。そもそも私が貴方達についたのは実験に使っていたキャリバン平原に近づく者の監視というのが理由でした。
しかし、貴方達は池からアレを……遺物を取り出した。
帝国がいくら手に入れようとしても触れることが叶わなかった遺物を取り出したのです。
そこで一つ、奴らの動きが変わりました」
「取れる状態にさせ、横から奪えということだな?」
「ええ。そしてまんまとカイザー殿からアレを奪った私は連絡を入れ、それは帝国に流れていきました。
その後、どうなったのかは分りませんので、あくまでも推測ですが、ある方のお眼鏡にかなったのでしょう。
今度はなんとしてでもアレをかき集めよ、その様に命令を変更したわけです」
「なぜ、その情報を我々に話す? その情報がわかった今、今後俺達はより一層警戒をするし、場合によっては開放作業を一時的にやめるかもしれない。
この情報が漏れてしまえば、アレが欲しい帝国は困るのではないか?」
「帝国のことはもうどうでもいいのです。
それより、お忘れですか? 誰であろうと手に取れる状態の遺物があることを。
それは堂々と目立つ場所にあり、その気になれば強奪できると言う事を」
『おいおい……まさかそれって……うちか?』
「はい、マシュー殿の御実家であるトレジャーハンターギルド、そこに備え付けられている武器……その情報もまた、帝国に伝わっています」
「じゃ、じゃあさ、シグレちゃん。教えてくれてるって事は見逃してくれるんだよね?」
「……正直に申し上げましょう。この件について私の役割は終わりなのです……。
私は本国へ帰還し、本件に関する任務は……赤き尻尾での強奪任務は別の者に引き継がれる事になります……」
「そんな……」
「そしてその者は……帝国の黒騎士、陛下直属の精鋭部隊の一人、アランドラです。
彼はとても強い……貴方達でも勝てるかは分りません。
しかし、帝国の機兵が無許可でトリバに入ることは出来ません。
なので彼は船を使い、大陸をぐるりと迂回し、トリバ北部より赤き尻尾に向かうようです。
アランドラの出発は5日後……それから恐らくは20日から30日程度で到着するでしょうから今から急いで向かえば親しい人を逃がす時間くらいはあるでしょう……」
そして、言いたいことは言った、そんな顔をしてシグレは魔獣に乗り込んだ。
「この話を信じるも信じないもあなた方次第です。
……あの日、みなさんと共に食べたご飯はとても美味しかった、みなさんと過ごしたあの時間は、生まれてから一番楽しく素晴らしい時間でありました……さようなら、みなさん……」
寂しげに笑顔を浮かべたシグレはその言葉を告げると、レニー達が何か言うのをまたずに高く飛び上がり東の空へ消えていってしまった。
「シグレちゃん……」
『……じっちゃん達……ぜってえ抵抗するっていうだろうな……』
『アランドラは聞いたことがあります。漆黒の機兵を駆る精鋭部隊の若き騎士。
何故彼を送り込むのかはわかりませんが、マシューの実家にある物はそれだけ価値があるものなのでしょうね……』
なんだか不味い方向に話が動いているような気がする……。
かつて巫女が止めたと伝えられている機兵大戦。
なにか、世界がその流れに再び乗ろうとしているような気がする。
ロボ同士のバトルはそりゃ大好物さ。戦記物で好きな作品はたくさんあるしね。
けれど、それがリアルで起ころうとしているならば話は別だ。
防げるのであれば防ぎたいし、起きてしまうのが確定しているのであれば、最小限で抑えたい。
それに巻き込まれようとしているのは大切な仲間達だ。
なんとしてでも……悪い流れは止めなければいけない。
「皆、予定変更だ! これより我々ブレイブシャインはトレジャーハンターギルド赤き尻尾へ向かう!」
「当たり前だよ! 今すぐ行かなきゃジンさん達が大変だよ!」
『ありがとうカイザー! 一人でも向かうつもりだったんだ!』
『マシューの実家には一度お邪魔したかったんですの。
こんな機会なのは残念ですが、是非みなさんの紹介をして下さいね』
『ああ、紹介してやるし、とびきりのもてなしをしてやるさ!』
こうして俺達は急遽予定を変更し、トリバを目指しルナーサを後にすることになった。
なるべくなら大事にならずに済ませたいが……様々な根回しは必要だろうな。
なんだか何処から手を付けたら良いのかわからないが……どうにかなるさ!
「では、ブレイブシャイン、トリバへ向けて出動だ!」
「『『おー!』』」
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