閑話 忍の矜持
◆◇◆シグレ◆◇◆
作戦失敗だな……。
いや、それはどうとでもなる。
元よりこの任務はどうでも良いのだ。
頭領より命じられた真の任務には響かぬ些細なことであるからな。
はあ……。
この下らぬ任務を受けている以上、いつかは、いえ、確実に本日起きてしまうであろうと覚悟はしていたが……いざそうなってみて……まさかここまで胸が痛むとは……。
顔を……見られてしまったな……。
短い付き合いだったとは言え、友と言ってくれたレニー殿。
次から次へと賑やかに楽しませてくれたマシュー殿。
案内をしてくださり、美味いものを馳走してくれたミシェル殿……。
彼女達の気持ちを裏切るのを承知であの地で相まみえたというのに。
いや、レニー殿とてその気になればあの時私を斬ることすら出来たであろうな。
けれど、レニー殿は武器を振ることはなく、狙い撃てただろうに銃で撃ち落とすこともなく……私はそれを幸いとおめおめと逃げおおせてしまった……。
また……返せぬ恩を重ねられてしまったな。
忌々しい任務で敵対して居なければ直ぐにでも礼を言いに向かい、何かふさわしい礼でも渡せたというのに……もう、それはもう叶わぬでは無いか……。
忌々しい任務を受けていたからこそ、レニー殿達とと出会えたのだと思うけれど、この胸の痛みはなんだ。これでは……始めからあの様な出会いなど、つかの間の幸せなど……!
ガア助が私を咥え飛び立つ瞬間、コクピット越しにチラリとレニー殿の顔が見えてしまった。
困惑したような、泣きそうな……そんな顔をしていたな。
怒った顔をして居ればまだ良かった。
敵だったのか、素知らぬふりをして近づいたのか、そう怒ってくれれば……どれだけ良かったことか。
レニー殿が私を恨み、敵として対立するのであれば、次に戦場で相まみえた際に心置きなく武人としてタチを交えることも出来たであろうに。
しかし、あんな顔をされてしまってはどうすれば良いか分らぬでは
あれは敵を見る顔では無く、親しき者を心配する眼差し……幼き頃に両親や兄が見せてくれた表情と同じではないか……。
あのような状況でもまだ私を友とでも思っていてくれたのだろうか……。
『シグレ。任務は大切でござるが、友はそれ以上のものだとは思いませぬかな?』
「そうは思うが……しかし今更私にどうしろと言うのだ?」
『それが分らぬからシグレは半人前だと頭領に言われるのです。
護るべき
……。
こいつは何時も生意気な口をきく。
物心ついた頃から共に修行をしたこいつは幼馴染みと言うものなのだろうな。
友のように思うこともあるが、どちらかと言えば家族に近い存在だ。
弟の様に思うこいつから説教じみたことを言われると少しムカムカする……。
しかし、こう言う時に、迷いが生じた時にいつも助けられているのも事実。
こいつの言葉は不思議と心を穏やかにし、考える余裕が生まれるのだ。
生意気なことにいつも的確な意見を述べてくれるのだからな……。
しかし忍の矜持ですか……。
忠誠を誓った主の手となり耳となり影に溶け……ただ忠実に任務を遂行する。
無論、裏切りなどは考えてはならず、その命は主と共に在り、主散る時その身も共に散らせ……か。
忠誠……。
この任務は別に忠誠によるものでは無い。
本命はまた別に在り、忠誠……とは少々違うが、近い物もまたそこにある。
ならば矜持とやらは何処にある? この任務にそこまでの物が果たしてあるのだろうか?
……。
む、密書鳥か。
そう言えば定時連絡の時間でしたな。
「ご苦労だったな。では代わりにこれを頼む。
帝国から休まず来たのだろう? 少し休んでから行くと良い。
ほら、豆もあるぞ、遠慮無く食べろ。水も飲め」
ふふ、鳥はいいな。
何処へでも飛んでいける。
その気になれば任務を投げ出して好きなところへだって行けることだろう。
私もガア助で飛び逃げ去ってしまえたら良いのだが……そう簡単に決心が付けば苦労は無いのだよなあ。
さて、密書を見なければな……。
ふむ……レニー殿達の情報だな……。
なんとミシェル殿はルナーサの大店の娘であったか……。
どうりで街の事情に明るいわけだ……。
レニーは……良く分からぬな……。
フォレムの機兵工房に世話になっているが孫……と言うわけでは無いのか……。
ある日突然フォレムに現れハンターになったと。親兄弟は不明……か。
ふふ、平和そうな顔をして居るのに謎が多いなど、レニー殿らしいな。
そして最後に書いてあるのはマシュー殿だな……。
この分だと機兵に関しての情報は無しか……っと。
ほう、トレジャーハンターギルドの……しかし帝国の本部とは関係は薄いようだな。
しかしトリバ随一のギルドの頭領であるか……マシュー殿はああ見えて実は凄いのだな……。
ふむ、マシュー殿の所にはその様な物まで……備えて……――
――……!
「帝国の……彼奴が動く? 成程、それでレニー殿達に私をつけたのか……
彼女達をこちらで始末できれば良し、それが叶わずとも足止めが出来れば……か」
『これはこれは……なるほど、どうにもこうにも奴らにとって大変な事態でござるな。
して、シグレ。
「私は……」
『シグレの事を頭領にいちいちどうこう密告せぬでござるよ。
拙者とてシグレの友にござる。シグレの決めたことには目を瞑り、手を貸し共に動こうではないか』
「……かたじけない」
これまでのことが有るし、顔を見られた今、彼女達のもとに顔を出せばタチを抜かれることになるやも知れぬ。
例え抜かれずとも……私の言葉を信じて貰えるとは限らない。
しかし、友に訪れるであろう窮地を黙って見過ごすのは嫌だ。
どんな顔をされようと、どんな仕打ちを受けようとも私は飛ぼう、友の元に。
友の元に飛び、彼女達があの優しき笑顔を失ってしまわぬよう、力を貸してこそ真に友と呼べる関係ではないか。
「恐らく、レニー殿達が次に向かうのはラウリン西部。
今ならまだ間に合うはず……先回りをして来るのを待とう!
もう……飛べるな? ガア助!」
『うむ、拙者の身体は既に万全! 心得たぞ! シグレ! さあ、拙者の背中に!』
「ああ、頼む、ガア助!」
友と呼べるほど長く過した訳ではない。
しかし、あの短くとも幸せな時間は私が恩を感じるに十分なものだった。
待ってて下さいね、レニー殿、ミシェル殿、マシュー殿!
私のことを友と呼んでくれるかはわからない。
けれど、改めて友と呼ばれるよう、私は今、羽ばたきます!
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