第百三十八話 再戦

 サウザン西部、ゲンベーラ大森林中央部にそれは……あった。


 巨木が茂る深き森の奥、突如として広く開けて広場のようになったその地に……神々しくそれは突き刺さっていた。


 これはまた……有名なゲームで見たような光景で……なんだか無駄に神々しいな……。


 淡い光に包まれたそれは報告通り剣のような形をしていて、静かにそこで俺達が来るのを待っていたようだ。


「あれは剣かな?」

「形からすりゃあ多分そうだと思うけど、流石にでけえなあ」

「大きい、というか長いというか……不思議な剣ですわね……」


 どれくらい地中に刺さっているのかは分からないが、光からかすかに見えるその姿は長剣のようである。


「さて、今からあの剣のセキュリティを解くが……分かってるな?」


「おう、まかせておけ!」

「私は直ぐに動けないかも知れないから二人とも頼むね」

「ええ、レニーも気をつけてね」


「では、スミレ頼む」


 ゆっくりと剣に近づき、ケーブルを伸ばす。


 シュルシュルと意思を持った触手のようにケーブルがバリアに届くとバチっと弾かれるような抵抗を受けた。


 これは外部からの干渉を防ぐセキュリティシステムの効果がきちんと発揮されている証拠だ。

 

 改めて輝力を流しながらゆっくりとケーブルを近づけると、先程あったような抵抗は消え去り、あっさりとそれを受け入れバリア内部へとケーブルを進めることが出来た。

 

「うむ、わかってはいたけれど上手くいったようだな」

「まあ、私達からすればいつものことですからね、カイザー」


 ケーブルをさらに伸ばして剣のグリップ部分に存在しているコネクタに接続する。

 武器に我々と互換性があるコネクタが存在している以上、今更ではあるがやはり我々のうち誰かの所有物で間違いない。


 俺はベース機体と言うことで、僚機専用武器であっても接続可能な言わばマスターキーのような端子を持っているのだ。

 

 接続できた所で、それはあくまでも専用装備だ。基本的には僚機しか使うことが出来ないが……合体すればその限りではない。オルトロス専用装備ならばオルトロスと合体すれば俺でも使用可能となるし、3機合体をした状態であればすべての装備品が装備可能となる。


 なので、見つかった装備品が誰のものであろうとも、戦力はきちんと増強されるし、俺としても合体すれば装備可能となるので万々歳なのである。

 

『接続完了……ダウンロードを開始します……』


 ここまでは順調だ。さてさて、これからどうなるかな……っと!


 突如として背後に風を感じ、バサリとした羽音をセンサーがとらえる。

 

 やはり来たな!


 間もなくケーブルにかかるテンションを感じ、獲物がかかったことを悟る。

 なんだかこれは……釣りをしている気分になるな。


 その様子を察知したスミレは俺が指示を出すまでも無く動き、作戦は次のフェーズに移行する。


「我々の装備品と思われる物体との接続中に敵対勢力による攻撃を確認しました。

 緊急事態と判断し、防護フィールドを再展開します」


 淡々と、そして素早く言い放たれたスミレのセリフと共に解除されていた障壁が再び光を取り戻す。

 俺という充電器から流れ込む輝力が接続先である装備品の輝力炉を満たし、やがて元よりも大きく強靱なバリアを展開した。


 バン、ともドン、とも取れる何かが壁に勢いよくぶつかったような音が鳴り響き、俺の身体もまた強い力で跳ね飛ばされ宙に舞う。


 こうなることは想定内だったが……備えていても少々びっくりしちゃうな……。


「あわわわわわわーーー!!」

「落ち着けレニー! 取り決め通り姿勢は俺が制御した! お前は前をしっかりと見て次の動きに備えるんだ!」


 前もってこうなると打ち合わせをして居たが……やっぱりレニーは慌ててしまったな。

 レニーを信じていなかったわけではないが、何かが起きては遅いので一部俺が制御すると決めておいてよかったな。

 そのおかげで背中から落ちることも無く、無事に足から綺麗に着地できたわけだが……やれやれ、レニーにはもっと訓練が必要だな……。


「それでお客さんの様子はどうだ?」


「対象は綺麗に弾かれ、落下しました。現在オルトロスとウロボロスの2機で囲んでいます」

「でかした!」


 単純な作戦だったが、見事に上手くいったな。

 鳥型魔獣が剣に触れる瞬間、バリアを再展開する。

 ただ、それだけの簡単な作戦だ。


 初めて触る武器は、まずデータのダウンロードを済ませなければ扱うことが出来ない。

 が、接続した時点で最低限のデータリンクは完了し、簡単な機能であれば制御することが可能なんだ。


 勿論、接続先の武器の種類が何かまではわからないので、例の箱に関しては今でももやもやしたままだけれども……。

 

 一応は僚機であればそれは可能なんだけれども、それが出来るのはあくまでも自分の装備品だけだ。


 しかし、メイン機体であり、マスターキー的な役割を担う事ができる俺であれば誰の武器であろうとそれが可能なため、今回の作戦では俺がその役を引き受けたというわけだ。

 

 最低限のデータリンクが完了すれば緊急防衛モードを再起動するなど容易いこと。

 問題はなぜか自分もそのバリアに弾き飛ばされてしまうと言う事だが、アレ事態には殺傷能力は無い。

 

 対象に触れさせないために展開するバリアだから、触れた状態で発動すると反動で吹き飛ばされてしまうというわけだ。

 

 しかし、それも前もって知っていれば十分に対処可能。

 予め計算により位置を調整していれば、ある程度好きな位置に飛ぶことが出来る。

 俺は悠々とつかの間の空の旅を楽しんだわけだが……――


 そんなトラップがあるとは知るよしもない鳥魔獣はデタラメな角度で吹き飛ばされ、制御不能であろうきりもみ状態となってしまった。

 

 その状態ではいくら鳥型魔獣とは言え、上手く姿勢制御をすることなど叶わず、そのままバランスを崩して落下。

 

 現在僚機達に取り囲まれ、捕獲寸前というわけだ。


 しかし様子がおかしいな……。


 いくら落下したとしても逃げ出すなり、隙を見て攻撃を仕掛けるなりしようとするはずだ。

 

 しかも落下後で万全ではないにしろ、俺が居ない分戦いやすいはず。

 なぜ、何もせずに睨み合ったままなんだろうか。


「カイザーさん、あれみて! 搭乗者が、テイマーの人が魔獣から落ちてるよ!」


 見れば、魔獣の背後でテイマーであろう人間が地面に座り込んでいる。

 怪我をしたのだろうか、動けないで居る搭乗者の前にそれを護るかのように魔獣が羽を広げて立ちはだかっている。


 反撃こそしないが、間合いを詰めようとするマシュー達を睨み付け、クチバシで牽制している。


 ……これは本当に飼い主を想い、護っているのかも知れないな。


 こういうの弱いんだよなあ……ちくしょう、何だかやりにくいよ……。


『カイザー! レニー! 無事だったか! 見ろよ、とうとう相手を追い詰めたぞ!』

『やはり近接戦は苦手なようですわ! 相手は防戦一方で逃げようともしませんの』


 二人とも後ろに落ちているテイマーに気づいていないようだ。

 言えばやりにくくなりそうだが、敵とは言え大切な情報源。

 このまま本気で戦えば生身の搭乗者だ、その命は容易く失われてしまうことだろう。


「二人ともよく見てくれ、魔獣の後ろにテイマーが落ちてるんだ。

 魔獣はそれをかばって動かないで居るようだぞ」


『なるほど……どうりで逃げようともしねえし、避けようともしないわけだぜ……』

『わたくし達が見張っているとは言え、チャンスは何度も会ったはずですわ。何故テイマーはさっさと鳥に乗らないのでしょう?』


「恐らく怪我をして動けないんだろうな……」


 ……申し訳ないが、これはこちらのチャンスだ。

 このまま捕獲させてもらう、悪いようにはしないからどうか、妙な抵抗はしないでくれよ。甘いようだが怪我はさせたくないんでね。


 と、距離を詰めようと思った瞬間――パイロットが動くのが見えた。

 立ち上がることは出来なそうだったが、何かを手に持っている……


 ――まずい!


「閃光弾がくるぞ! 各機センサー及びレーダーをオフにしてカメラを切れ!」


 前回喰らったアレはカメラの撮像素子を焼いたばかりか、何かわからないが、センサーやレーダーをも狂わせていた。

 

 一時的に完全な暗闇状態となるが、相手も閃光弾の炸裂中に攻撃をするような器用な真似は出来ないだろう。


 ……そろそろいいかな……?


 数秒カウントし、様子を見るためにレーダーから起動する。


 レーダーをオンにすると鳥の魔獣がゆっくりと動いているのが確認できた。

 俺達が眩んでいる間にテイマーを乗せようとしているのだろうが、そうはいくか!

 

 閃光弾敗れたり! と、次の行動に移ろうとした時、スミレが嬉しくない報告を入れる。


「カイザー! 新手です! テイマーの背後、間もなく目視で確認できます!」


 レーダーを見れば大きめの反応が見える。

 敵の仲間か、と思ったがどうも様子はおかしい。


「各機、センサー及びカメラを復帰させ俺の指示に備えろ! 新手だ!」


 俺もカメラを戻すと敵のテイマーも新手に気づいているようで、座り込みつつも武器……刀のようなものを構えている。

 レーダーの反応からすればそこそこ大きな魔獣だ、少なくとも生身で何とかなる相手ではない。

 鳥型魔獣もまた、主を守ろうと前に出ようとするが、後ろに迫る俺達を気にしてまともに動けないで居る。


 このままでは……俺達がMPKしてしまうようなものじゃあないか! 

 ええい、ちくしょう!


「レニー!」


「はい! いきましょう!」


 爪先で地を捕らえ、腿にためたエネルギーを開放して跳躍すると……新手の姿をカメラがとらえた。


 ヒーガ・マッゴ……アズベルトさんが言っていた、この辺りに現れるらしい変異種。

 数々のハンターに傷を負わせた変異種の姿がそこにあった。

 

 こいつはガッボ・マッゴの変異種で赤いクマ型の魔獣だ。

 変異種であるこいつは大型に片足を突っ込む体格で、元々攻撃的な魔獣であることからかつてのレニーであれば苦戦した事だろうさ。

 

 けれど、こんな如き……ヒッグ・ギッガとの戦いを思い出せば可愛く見える。

 なあ、レニー?

 

 言葉には出していなかったが、俺の気持ちに答えるかのようにレニーはヒーガ・マッゴの姿を捉えても表情一つ変えずに冷静に操縦を続けている。


 ふふ、ほんと立派になったもんだよ。まだまだ甘いところはたくさんあるけどね!

 

 レニーの操縦によって跳躍した俺は、テイマーを護るようにヒーガ・マッゴの前に降り立ち、力強く踏み込む。

 

 うむ、なかなかに、良い踏み込みだぞ、レニー。

 そのまま一気に対象との距離を詰め、胸元に潜り込んでガントレットを振り抜いた。


 鈍く重い音が鳴り響く。


 ヒーガ・マッゴは油断もあったのだろう。

 閃光弾の影響もあったのかも知れない。

 いずれにせよ、俺の拳に反応する事は出来ず、それをまともに喰らって数メートル吹き飛んだ。


「レニー、トドメだ!」


 右手からガントレットが消え代わりにリボルバーが現れる。

 

「森でゆっくりと眠りな……クマさん……ッ!」


 謎の決め台詞と共に引き金を引き、ヒーガ・マッゴの額を撃ち抜いた。

 魔獣とは言え、殆どは頭部に脳の代わりとなるパーツが搭載されている。

 そこを破壊されたヒーガ・マッゴは目から光を失い動かなくなった。


 突然現れた新手に少々ヒヤヒヤとしたが……レニーがしっかりと成長していて本当に良かったよ。それも僚機の手を借りず、単騎で仕留めるとは……ほんと凄いよ、レニー。

 

 さて、本命の相手はまだ残っている。搭乗している魔獣、搭乗者であるテイマー共々傷を負ってこの間のようには戦えない状態だとは思うけれど……慎重に行こうか。


「相手は怪我をしてるんですもんね。悪い泥棒さんだとしても、乱暴なことは……え……そ、そんな嘘でしょう?」

  

 と、テイマーの方を振り向いた瞬間……レニーが言葉を失い、操縦の手を止めてしまった。


 コクピット内に移されているテイマーがゆっくりと拡大されていき……その顔がはっきりと映し出された。


「あれ……やっぱり……そうだ……そんな……どうして? なぜ……そこに居るの……?」


 レニーの口から出た言葉は、まるで顔見知りがそこに居たかのように、居ては居ない者が居るかのようだ……。


 テイマーは魔獣にしがみつくように立ち上がり、こちらをじっと見つめている。

 顔を覆っていた布はほどけてぶら下がり、明らかになった素顔は困ったような……いや、なんだか今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。。


「……」


「ねえ、どうして? シグレちゃ……――!」


 そしてその後の行動は突然だった。

 レニーの言葉を遮るかのように魔獣が少女を咥え飛び上がる。


 テイマーを口にくわえているためだろうか、上手くバランスが取れずにフラつきながら飛ぶ魔獣。


 フラフラと頼りなく、子供の目でも追えるほどにゆっくりと飛行する魔獣。

 今なら十分にリボルバーで狙えるはずだ。


 しかし、レニーは動けなかった。

 事情を悟った俺もまた、自立機動で狙うことが出来なかった。


 マシュー達は、と見てみれば突然のことに反応が出来なかったようで慌ててこちらに駆けよってきた。


「おい、なにやってんだよレニー! カイザーも! 折角のチャンスだったのに逃げちまっただろ!」

「一体何が……なにか特殊な攻撃でもされたのですか? レニー? カイザーさん?」


「それが……さ……あた、あたしもわかんないんだけどさ……。

 わかんないんだけど、わかんないんだけど! 魔獣のテイマーさ、シグレちゃんだった……」


 ぽつりと、絞り出すように言ったレニーの言葉。


 それを聞いた二人は言葉を失い、呆然とした表情を浮かべた。

 

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