第百三十六話 鴉の子

 ◆◇◆レニー◆◇◆


 シグレちゃんは旅行でからルナーサに来たらしい。

 

 わざわざ『東の方からルナーサに来た』と言っているあたり、多分帝国の人なんだろうけど、国同士の関係を考えてハッキリと言えなかったんだろうな。

 

 帝国はトリバと違ってルナーサと友好な関係を結んでいるわけじゃないし、それどころかちょっぴり関係が緊張していて、まだ戦争にはなっていないけれど、いつ起きてもおかしくないーとか言われているし。

 

 だからきっと入国する際にはいっぱい面倒な手続きを取ることになったはずだよ。

 そうまでしてルナーサに来たのなら少しでも楽しませてあげなくっちゃ。


 旅行の醍醐味と言ったら……やっぱりおいしい物だよね。

 普通に考えれば先にご飯を食べる所だけれども、あちこち歩きながらいろいろと食べるなら……うん、まずは……甘い物からだ。


 甘いおやつを食べておなかの準備運動をしておくとまた違うからね!

 甘いのを食べてから食べるしょっぱいのってまた嬉しい感じがするしさ。

 

 サウザンは冒険者の街。それに商人の国、ルナーサの特性が相まってすんごいたくさんの屋台が並んでいるんだ。


 正直言って、目移りしちゃってどれを買おうか迷う所だけれども、シグレちゃんに試してほしい獲物はもう決まっているんだよね。


 初めて見た時は見た目にちょっと驚いたけど、おっかなびっくり食べてみたらびっくりするほど美味しかった奴。目で見て楽しくて、食べておいしいなんて思い出にはぴったりだよね。


「はい、これ食べてみて」

「む? 良いんですかって、これは……緑色をした……一体なんなのでしょう?」


 案の定、戸惑っている。ふふ、そうだよねそうだよねー!

 まさかこれがお菓子だなんて思わないよね!


「まあまあ、まずは一口一口!」

「そ、そこまで言うなら……ええい!…………あれ、美味しい……」


 何か妙な覚悟を決めて口に入れてたけど、お口に合ったようで何より!

 ああ、ぱあっと笑顔になっちゃって可愛いなあ……シグレちゃん……。


「これはね、トッギスって言うんだって。緑豆を使ったお菓子みたいだよ」

「ほほう、なるほど言われてみれば緑豆の味と香りがほんのりとしますな。

 しかし、なめらかな舌触りにこの甘み、緑豆を甘未として食べる調理法があるとは……」


 ルナーサは商人の国だけあって、見たことが無い程に手が込んだ食べ物もいっぱい売っているんだ。

 ハンター主体のトリバだと雑な料理が多いから大違いだよねえ。


「おっと食べ物のことならあたいにまかせてくれ! なな、シグレ! 次はこれを食ってみな!」

「これは一体……? 香りからすると魚ですか……む! これも旨い!」

「へへ、だろう? これはトッバ・ケッサとか言う料理らしいぞ。

 塩漬けにしたケッサを丸干しして、熟成させた物を短冊に切ったものだってさ」

「ケッサ……ああ、あの大きな魚ですな! 日持ちしそうですし、携行食にも良さそうですな。しかし、丸干ししただけでこの旨味が出るとは……私はケッサを少々なめていました」

「ああ、良さそうだな! 軽く炙るだけで旨くなりそうだしさ」

「スープの出汁にしても良いみたいですわよ」

「ほほう……では、私も個人的に後で仕入れることにしましょう」


 なるほど、携行食か! そうだよね、確かにシグレちゃんが言う通りこれなら変に安すぎる星肉を買うよりよっぽどいいよ。


 カイザーさん達のオウチをすっかり便利に使ってるけど、普通は携行食も必須だもんね。

 ああ、急ぐ旅じゃなかったらシグレちゃんも旅に誘っても良かったんだけどなー。

 きっと楽しい旅になるはずだよ。シグレちゃんにご飯食べてもらうの楽しいしさ。


 なんて、女の子人とカイザーさん達でわいわいやってる光景を想像していると……ミシェルがお盆に器を乗せて戻ってきた。


「ふふふ、皆さん、サウザンに来てこれを食べないで帰るのは損ですわよ!」


 ミシェルが渡してくれた器からは湯気が立ち上っていて、何か黒い物が見える……なんだこれ、私もまだ食べてないぞ。


「これまた凄い見た目ですね……黒くてドロリとしていて、何やらお伽噺の魔界を彷彿とさせますが、これもきっと食べたら……旨いのでしょう?」


「これはまた……あたいも知らない料理だ……なんか白いのも入ってるな? うう、香りは甘いが味が想像できねえ」


「だよね、私も見たことがないよ……ミシェルの顔を見れば美味しいのは間違いなさそうだけど」


「さあ、皆さん、熱いうちに召し上がって下さいな! わたくし、これが大好きですの!」


 では、いただきます!


 …………!


「「「おいしい!」」」


「でしょう? これはバット・ズッキと言う料理で、柔らかく煮た黒豆を砂糖と共に練り込んだ物でスープを作って、小麦で作った太い麺を入れた料理ですの」

「へえ、メンってルナーサで良く食われてる奴だよな。

 塩辛いスープに入ってるのは食ったけど、甘いのもあるのかあ」

「同じ豆でもトッギスとはまた違った風味ですな。これはこれでとても美味しい……」

「甘さが優しくて良いよね、麺もモチモチでおいしいし、これはまた食べたいかも」


「おっ、あっち見てみろよ! なんかスゲエ肉焼いてるぞ!」

「おお……あの様な肉塊……見た事がありませんな」

「ああ、あれはサウザン名物の……」

  

 ……こんな具合でシグレちゃんに餌付けをしながら歩いていたらすっかりお腹がいっぱいになっちゃって、結局屋台巡りでお昼ご飯が終わっちゃったよ。


 ま、でもこれはこれで楽しかったからいいよね。どこかお店に入っちゃってたらこんなにあちこち回れなかったと思うしさ。


 そして気づけば大きな梟の看板が目に入り、お別れの時がやってきてしまった……。


「おお、恰幅の良い鳥の看板! ここです! 私はここに来たかったのです!

 案内だけでは無く、結局ご飯を奢って貰ってしまってなんとお礼をしたらいいものか……」


「いいんだよ、シグレちゃん。ルナーサに来て楽しいことがあったなって思ってくれたら、私もマシューもミシェルも皆嬉しいんだからさ」


「そうそう! 旨い飯は面白い奴と食ってこそさ!

 シグレ、また何処かで会ったらさ、今度は鹿肉食わしてやるよ! うめーんだぞーあれ!」


「ははは、ええ、何時かその時が来れば……是非お願いしたいです」


「こういう情勢ですし、此方には中々これないかも知れませんけれど、是非また遊びに来て下さいな」


「ええ、機会があれば必ず!」

「シグレちゃん、絶対だよ? これっきりなんて嫌だからね!」

「え、ええ……そうです……ね。出来ればその……また皆さんとこうして食べ歩きが出来る日が来ると良いのですが……」

「大丈夫だよ! 例えシグレちゃんが他所の国から来ていたとしてもさ、世界は繋がっているんだよ。お互いに行きてればきっとまた会えるし、また遊べるよ」

「そうです……ね。ええ、今日は本当にありがとうございました。私、ここまで楽しい日ははじめてで……一生分の思い出になりましたよ」

「まったくシグレは大げさなんだからよー」

「うふふ、楽しんでいただけたようで何よりですわ」

「じゃ、またね、シグレちゃん!」

「ええ、また今度……レニー殿、ミシェル殿、マシュー殿……」


 シグレちゃんは何度も何度もお礼を言って宿に入っていった。

 こういう出会いって凄く良いけれど……なんだか寂しいもんだよねえ。

 またいつか、本当にまたいつか再開して美味しいご飯を一緒に食べたいよ。

 

 ……さて、私達も帰ろっかねー。


 ◆◇◆シグレ◆◇◆


 ……なんと言う事だ……。

 私とあろう者が普通に休暇として堪能してしまった……。

 

 当初の予定では油断した奴らから情報を引き出そうとして居たはず。

 しかし、得られたネタは連中の名前と旨い飯の情報だけ……!


 ……。


 うぬう……連中め、間抜けな顔をして中々に策士!

 私としたことがすっかりとしてやられてしまったな……。


 ……。


 ……ギットス旨かったな……あれは数日ならば持つらしいし、街を出る時買っていくか……。


 次会った時は鹿肉を食わしてやる、か……。

 あの赤いの……マシュー殿は馬鹿だな。


 次に我らが会う時は戦場いくさばで、刃を合わせる時だろうに……。


 恐らく連中が次に向かうのはゲンベーラ……であれば、然程間を空けずに再会することになるだろう。

 

 奴らに個人的な恨みがあるわけではない、それどころか余るほどの恩ができてしまった……。

 しかし……依頼を受けた以上、任務の手を抜くわけにはいかぬ。


 あの人が良すぎる連中が……ガア助に乗る者が私だと知った時どんな顔をするのだろうな。

 甘っちょろい連中のことだ、それが私であると気づけば刃を向けるのを止めるやも知れぬ。


 普通に考えればその隙はこれ以上無いほどの好機だが、その時……私は奴らを斬れるのだろうか?


 ……ええい、ええい! 忌々しい!


 今日は今日、明日は明日だ!

 私は鴉、闇に舞う闇鴉!


 闇鴉には光は無用なり……!

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