第百三十五話 サウザン再び

 ――翌日


 昨日決めたとおり、夜まで自由行動をとりながら夜の会議に向けて作戦案を考えておくようにと伝え、乙女軍団を開放したのだが……残念ながら肝心の会議は良い案が出たような出なかったような……なんだかとっても微妙な結果に終わってしまった。


どんな会議内容だったかと言うと……


……

… 

 

『相手が身体を透明にするって言うならさ、塗料かなんかかけたらいいんじゃねえかってひらめいたんだよ。

 いやな、今日村を歩いてたら壁を塗ってたおっさんが塗料が入ったバケツを落としてなあ……下に居た若いもんがそっくりそれかぶっちまって……ああ、なるほど!ってね』

 

 マシューが思い出し笑いをしながら妙案を口にする。


 確かに、普通に考えればその手は悪くはないと思う。

 鳥型魔獣が使う光学迷彩が体表面に周囲の映像を移すことにって実現しているというのであれば、その上から塗料をかけてしまえば無効化することは出来るだろう。


 しかし――


『うーん、多分無理じゃないかな?』

『なんでさ? いくら透明になれるって言っても緑に塗ったら見えるだろ?』

 

『それなんだけどさ、上に乗ってた飼い主? わかんないけど、乗ってる人の姿も消えてたよね? だったら上から塗ったくらいじゃ平気な能力でも有るのかもしれないよ』

「確かにな。もしかすれば特殊なフィールドでも張って周囲の目をごまかしているのかもしれない。マシューの案も一応考えておくが、本命にはしにくいな」


『ちぇーだめかあ……』

 

『それなら、空気の流れを読み取ってみるのはどうかしら?

 一流の剣士はそれを読み取り目を瞑っていても避けられると聞きますわ』


 俺達に剣の達人のような真似をするのは流石に無理だが、センサーの対象を大気の流れに設定し、リアルタイムで観測・分析をした上でば姿を浮かび上がらせることは可能だろう。


 可能には可能だが……


「有効な手段の一つではあると認識しますが、おすすめはできません」


『何故でしょう? スミレさんの言い方からすれば出来るのでしょうけれども、貴方がおすすめしないと行っている以上、何か大きなデメリットがあるのですわね?』

 

「ええ、その通りです。確かにミシェルが言うような事は実現可能ですが、私やカイザーのシステムにその様な演算を実行するソフトウェアが存在していないため、やろうと思えば新たに分析機能を開発する必要があります。

 そして完璧なものを作るとなると、月単位で掛かってしまいますので、今回は作れても私が機能の一部として働く必要が生じる不完全なものになります。

 となれば、分析に割くリソース……ええとつまり、私やカイザーに少なからず負担がかかるため、戦闘に支障が出ることが考えられます」


 スミレは原作のスミレ以上に優れたAIを持っているようで、原作には存在しない機能を自ら作って実装する事が出来てしまっている。

 

 思えばこうして何気なくレニー達と会話をしたり、本を読んだり出来ているのもそのおかげだよね。


 けれど、これを、翻訳機能を実現するためにはかなりの年月を費やした。

 データを集め、プログラムを組み、無駄が無いよう練り上げ出来たのがこの世界専用の翻訳システムなんだ。

 

 ここで一番重要なのが無駄を省くという作業。

 演算ユニットにかかる負荷を極限まで減らすプログラムのダイエット。

 この作業は中々に手間と時間がかかるらしい。

 

 軽いノリで何かどうでもいいようなシステムの追加を頼むとスミレの機嫌が非常に悪くなるのはそのせい。


 今回やろうとしていることを、作戦の実行に間に合わせようとすればプログラムのダイエットどころではなく、スミレや、下手をすれば俺の一部までを実行システムに組み込み演算をする必要があるらしい。


 そんな不完全な物は危なくて使えないし、むしろ戦闘に支障が出る可能性が高い、なのでスミレとしては今回に限って言えばボツにしたい、そういうことだね。

 

『なるほど……たしかにそうですわね。安全が確認できる完璧な商品を作るまでにはかなりの時間が必要ですし、それを焦って失敗作を、それどころか逆に不利益を被るような物を作ってしまっては本末転倒ですものね……』


「俺やスミレがシステムに組み込まれるとなれば、間違いなく弱体化するからな。あまり無茶はしない方が良いだろうな」


「ですわね。スミレさん、説明ありがとうございました。納得がいきましたわ」

「いえ、こちらこそ良い案を聞けて助かりました。直ぐには無理ですが、いずれ実装しても良さそうな機能ですからね」

 

……


 ……と言った具合で、良い案が出たような出ないような……結局作戦に直ぐ使えるようなネタが出ないまま会議は終わり。


 流石にサウザンへの帰り道ではマグナルドがいるのと、何処で奴が見張っているかわからないために会議はしなかったが……恐らく会議をしていたとしても良い案は出ないままだったろうな。

  

 煮詰まってる時というのは本当に何をしてもネタが出ないものだからね。

 この子達の性格を考えると、ほっといたらウンウンとネタを考え続けてしまうだろうけど、その状況は非常によろしくない。これじゃあ出る案も出ないままさ。

 

 護衛依頼、最終日は昼過ぎに無事、サウザンに辿り着いて終了したので、そのまま昼食がてら遊んでこいと乙女軍団を開放してあげたよ。


 この子達はやっぱり遊ばせた方が良いネタを閃いてくれるからね。


 ◆◇◆シグレ◆◇◆


 不覚だった……私というものが……本当に不覚だ!

 

 あの白い機兵め、まさかガア助の足を撃ち抜くとはな……。

 

 装備していたあの武器、恐らく池から引き上げた遺物だと思われるが……形だけ似た別物だろうと思っていたが、銃だとはな。


 あの様に銃身が短い物が存在するとは……私の勉強不足。やはりあの湿原で強奪するのが正解だったようだ。


 しかし、あの力はなんなのだろう。


 遺物から発せられる魔導障壁を剥がすあの力……侮り難し。

 遠き過去に失われてしまった上級魔術を使っているのだろうか。


 生活魔術程度なら今でも使える物は居るが、障壁を剥がすのは無理な話。

 何しろその術式自体が失われているのだから、いくら魔力があろうとも使えぬのだからな。

 

 それに武器の扱い方、それに慣れすぎている所も解せぬ。

 

 手に入れてから間もないというのに、まるで元々自分の武器であったかのように扱っていた。あれは手に入れて一月二月の者の馴染みようではない。


 年単位で手に馴染み、命を預ける相棒としてふさわしい程にまで達した武器、その様に感じた。

 

 ……監視中に見た連中の姿と言えば、そこらの気が抜けた少女と変わらぬ感じだった。

 

 池で遺物を構えているのを見た時はふざけた連中だとばかり思っていたが、あれを銃と確信して引き上げたのであれば別だ。


 遺物を一目見て銃だと見抜き、まるで自分の愛用品のように直様構えてみせたと。

 

 ……上級魔術を使えるほどの知識や素質だけではなく、武器にまで造詣が深いパイロット……間が抜けた顔をして居ると思っていたが……なるほどなるほど、ふふ、なかなかやるようだ。


 流石はガア助を傷つけるだけの相手……それだけの力を持っているならば納得だ。


 ああ、今日の定期連絡は実の多い物となるだろうな。

 さて、今夜"鳥"が来る宿がこの辺りにある筈だが……。


 …………。


 ここは……一体何処なのだろうな?


 頭領は『おめえは方向音痴なんだからガア助から降りるなよ』と言っていたが、流石に街中で乗るわけには行かぬからな。


 それに、頭領が言うほど私は間抜けではない。きちんと地に足をつけて歩けば、迷うことなど無いはずなのだ。

 

 大体にしてなんだこの街並みは! 無駄に似たような建物が多すぎるのだ。

 故郷のように家ごとに趣向をこらせば良いものを、どれもこれも個性のない似たような家ばかり立てよって……!

 

 ああ、私ともあろう者が……こうなれば仕方あるまい……かくなる上は……!


「すまぬ、そこの者。私は今どこに居るのだろうか?」


 決死の覚悟で声をかけたのは銀髪の少女で……振り向いた少女は邪気のない顔をしてきょとんとしている。

 

 ……こやつ、何処かで……ああ、しまった、やってしまったぞ。

 こやつは例のパイロット、白い機兵のパイロットではないか……。


 あの時姿を見られたとは思わぬが……私ともあろう者が余計な接触をしてしまったな……。

 いや、このパイロットの事だ、鋭い感性で直ぐに私の正体を見抜き、そこな路地などに連れ込んで始末でも……と、思ったのだが、どうもそんな事はないようだ。


 パイロットの少女はこちらを見て首をかしげ、なんだか少々困ったような顔をしている。


「どこ? えっと、どこと言われても……私も旅人だから、ここはサウザンですよ、としか言えないよ」


「そ、そうか……いや、すまなかったな、引き留めて」


 そうか、失念していたが街を歩く者、その全てが地元民ではない……そうだな、至極当たり前の話だ……。

 

 しかし助かった。

 

 いくら訓練を受けた身だとは言え、標的と長時間も共に過すのは神経がすり減ってしまう。

 

 妙な事になるまえに早く宿を見つけ姿を隠さねば……むう、まごついているうちに先程のパイロットがまた戻ってきたぞ……しかも何やら――


「この子が迷子ですの? 想像していたよりも随分大きな迷子ですのね……」

「そんな言い方しちゃダメだよ……」


 ――先ほどの少女が別の者を連れて戻ってきてしまった……。

 

 確か此奴は紅い機兵に乗るタチの使い手……それを連れ戻ってきた……か。

 なんてことだ、私の正体は既にバレており、仲間が近くに来るまで時間稼ぎをしていたというわけか。

 

 ふふ……それでこそ我が好敵手! なかなかにやるではないか!

 しかし奴とて街中で戦おやろうとは思わぬはずだ。私とて、無関係な者は巻き込みたくはないからな。奴ほどのパイロットであれば私同様、そこはそれときちんと考え、何処か人気のない所まで……うん?

 

「さっきはお役に立てなくてごめんね。えっと、この人はミシェルで私はレニー。で、あそこで肉を食べてる赤いのがマシューね」


「はじめまして。わたくしはミシェルですわ。サウザンは迷いやすい街並みですから、気にしないでくださいな」

 

 なにやら……様子がおかしい。てっきり私の正体に気づき、この間の雪辱戦でもするのかと思ったが……此奴らの言葉には裏がない。


 ……まさか此奴、本当に私が心配で戻ってきたというのか? 

 油断は出来ぬが、少し様子をみてみよう……下手な事をすればこちらからボロを出してしまいそうだからな。


「お、お主、この街の者では無いのだろう? 何故わざわざ戻ってきたのだ?」

「私はよそ者だから詳しくないけどさ、こっちのミシェルはルナーサの人なんだよ。

 サウザンも案内出来るーって言ってたから、行きたい場所があれば聞いたら良いよ」


「ええ。全部知っているというわけでは有りませんが、宿や店ならばある程度案内できますわよ。遠慮なく聞いてくださいな」

 

 なんと……なんと温かい言葉だろうか。

 此奴らの……裏がないこの、純粋に温かな言葉……本心から見ず知らずの私を助けようとしている……。

 

 国から離れ、気に入らぬ任務が続いて心が疲れかけていたところにこれは染みるな……。

 

 見ず知らずの私のため、わざわざ地の利が有る者を連れてきてくれるなんて、連れてこられた者も嫌な顔ひとつせずに情報をくれようとしている……。

 

この優しさ、少々甘いと思わぬ所が無いわけではないが、これだけの事を言ってくださっているのに断るのも失礼というものだ。


 敵対している相手だが、どうやら正体はバレていないようだし、ここは一つ……少しだけ甘えさせて頂こうじゃ無いか。


「ありがとう! レニー殿! ミシェル殿!」

「うん、気にしなくていいよ。それでえっと、貴方はなんて呼べばいいのかな?」

「おっと、名乗らず失礼した。私はシグレと呼んでくれ」

「うん、わかったシグレちゃんね!」


 ……しまった。思わず名を名乗ってしまったぞ。ヒサメでもアマネでもいくらでも偽名があったではないか……ぐぬぬ、これも奴らの作戦か? いや、違うな。此奴からはその様な邪気は感じられぬ。


 まあ良い。名前が漏れたとしても、この大陸に居る以上辿れるものなどあるまい。

 ここは気にせず、自然にしておこう。自然に、自然にな……。

 

 なあに、宿の場所さえわかればさっさと別れればそれで良いのだ。敵を利用してこそ一流というものだ。悪く思うなよ、レニー殿、ミシェル殿。

 

「それでだな、ミシェル殿。ふくよかな鳥の看板がぶら下がっている宿屋を探しているのだが、どうにも見つからんのだ」


「ふくよかな鳥の看板……ああ、それなら西通りにある『梟の巣』ですわね」

「そ、そうか! ありがとう、ほんとうにありがとう! ではすまぬがこの辺で!」


 と、急ぎ駆け出そうとしたのだが……マシューとやらが腕を掴んで引き留める。

 っく、今の動き、なかなかのものだ。此奴は確か短刀の使い手……あの投擲技術にはガア助も泡を食っていたからな!


 しかし、二人との会話で油断させておいて肉に夢中と思わせた3人めで背後を取るとは……やはり一連の流れは作戦だったか。

 見事に騙されかけたが……ふふふ、わかった以上もう油断はしないぞ……と、思ったのだが、またしてもなにやら様子がおかしい。


「あの、シグレさん? 失礼ですけれど、貴方西通りがどこかわかりますの?」

「むう? ここは西通りでは無いのか?」

「ほらな、レニー。あたいが引き留めて正解だったろ?」

「でもいきなり腕を掴むのは無いよ。シグレちゃんびっくりしてたじゃん」

 

 なんと言うことだ、通りを間違えている私が駆け出さぬよう、身を挺して止めてくださったのか?

  

 この赤いの……マシュー殿か……言葉遣いや行動からしてなかなかにがさつなやつだとばかり思っていたが……なかなかに気が利く良き娘ではないか。


 それに、此奴からは人並み外れた野生の勘のような物を感じる。

 

 ふふ……その素晴らしき勘でもってで私が道を知らぬのを見抜いたのであろうな。

 流石は私とガア助を彼処まで追い詰めた冒険者パーティだ。 


「いいですか? シグレさん。西通りは方向が逆ですわ。ここは東通りです。

 貴方を見ているとなんだかレニーを見ているようでハラハラしますし案内しますわ」


 なんと……私の想像以上にこの街は複雑な作りをしているらしい。まさか逆方向にいるのに気づいていなかったとはな……なんとも異国というのは恐ろしいものだ。

 

 しかし、いつまでも標的と一緒に居るわけには行かぬ。

 此奴らと供に居るのはなんだか心地よい気分になるが……いずれ刀を交える相手、このままではいられまい。ええい、ここは心を鬼にして!

 

「いやいや、見知らぬ方にそこまでお世話になるわけにはいけませぬ。

 何、場所がわかり申したし、そこまで聞けば――」


「ううん。遠慮しなくていいんだよ、えっとシグレちゃん。自己紹介をしたらもうお友達なんだからさ、見ず知らずの相手じゃあないよ。ね、ミシェル、マシュー」


「そうですわ。見たところ、わたくし達と同年代のようですし、ほっとけませんもの」

「ああ、シグレとか言ったか? 諦めな。レニーが友達だって言ったらもうお前はあたいらの友達なんだからさ」


 友達……。


 私の記憶から消えかけていた単語が……耳を通して心に染み込んでいく……。


 父上……いや、頭領から任務に就くに当たって甘い感情は捨てろと、心を許せる相手は作るなと常々言われてきた。


 それは回り回っていつか必ず己の弱点となると。

 

 そこまで言われずとも、元々厳しい修行の日々……私に友など作る暇など無かった。

 唯一友と呼べる者はガア助くらいのもの……いや、それどころか街で遊んだことなど一度も無い。


 そんな私が……友か……。


 ……。


 っく!


 惑わされるな……。

 うむ……そうだ、任務だ。

 

 潜入任務、そう、そうだ! 潜入任務なのだこれは!

 

 標的の事を寄り深く知るためには懐に入るべし、頭領も言っていたでは無いか。


「どうしたのシグレちゃん? 友達って言われたの、嫌だった?」

「うっ……い、いや、そ、そそ、そうではないのだ!」


 何故だかわからない、わからないがレニーという少女が見せる不思議な笑顔を前にするとどうしても甘えたくなってしまう……なんだ、この優しげな表情は……くっ!


 ええい任務だ、これは任務だ任務! そう、任務ならば仕方あるまい!

 私は此奴らを謀って情報を探る、そう、そうなのだ、任務なのだ!


 だから……私は頭を下げ……結局レニー殿達に案内を頼んでしまった。

 

「そういう事であれば……短い間ではありますがよろしくお願いします」

「うん、任せてよ! あ、でも私じゃなくてミシェルに任せた方がいっか、あはは」

「あははじゃねえよレニーはさ。ま、そんなわけで行こうぜ、えっとシグレ!」

「私達はこれからご飯を食べに行きますの。良かったらシグレさんも一緒に、ね?」


 こうして私はつかの間のと数刻だけの短い休暇潜入任務を過すこととなってしまったのである……。

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