百三十四話 謎の装備品
大抵の武器はシルエットで何となく想像が付く。
拳銃だったり、長銃だったり、大剣だったり……なんにせよぼんやりと見える特徴的な形から大体の正体は想像できる。
だが、目の前のこいつはなんだ、どう見ても……ただの箱じゃないか。
こんなにも箱らしい箱なんて……記憶を失っていなかったとしても中身が想像できないぞ。
しかし、調査員も良くこのポイントを見つけたものだな。
ゲンベーラの異変を調べる際に鍾乳洞も虱潰しにチェックしたのだろうが……こんな過酷なところよくもまあ……。
普通の装備ならまず凍死してしまうだろうに、なにか特殊なファンタジー装備でもあるのだろうか?
……と、先ずはあの箱の正体を探らなければいけないな。
俺か誰かの武器だろうとは思うけれど、形状から推測することは難しい。
先ずは接続してセキュリティの解除及び詳細データのDLをしないとな。
「というわけで、スミレ頼むぞ」
「なにがと言うわけなんだか……まあいいでしょう。一度
ちょこんとレニーの膝に乗りそのまま目を閉じるスミレ。
複雑な処理をする時は人形側まで処理が回らないようだ。
『外部接続用ケーブル放出……認証中……セキュリティロック解除を確認……対象との接続完了……言うまでもなく、我々の落とし物で間違い有りません。
しかし、これは……カイザーの物では無いようですね……データリンク開始……ダウンロード……」
バサッ
装備品のデータDLを開始した直後、センサーが何か鳥の羽ばたきのような音を捉えた。
「ぬうう!? な、なんだ!? 機体が……引っ張られる!」
「わわわわ!? な、なんですかカイザーさん! ちょ、踏ん張りが効かないんだってば!」
それから間もなくして直ぐ、何かに機体を引き寄せられるような感覚が。
「カイザー! 敵襲です! 現在データリンク中の武器を鹵獲し持ち去ろうとしています……ああ!」
ガキィン
金属が弾ける様な音が鳴り響き、接続が強制解除されてしまった。
「きゃああああ!」
凍結により不安定な足場で無理に踏ん張っていた所でケーブルが突然外れたものだからたまらない。逃しきれなかった後方への運動エネルギーに耐えきれずに俺が倒れ、レニーが悲鳴を上げる。
そしてそれを見逃す敵じゃない。バサバサと羽音をたて、俺から奪った装備品を抱えてゆっくりと上昇を始めている。
「マシュー! ミシェル! 奴を逃がすな!」
『言われなくたって!』
『ただで帰すつもりはありませんわよ!』
やはり鳥の魔獣の狙いは俺達の装備品だったか……。
恐らく、この魔獣は前回調査に向かった湿原で我々を監視していたのだろう。
そして我々がセキュリティを解除し、ハンドガンを手に入れたのを確認。
俺達に張り付いていればバリアから解き放たれた中身を回収し、依頼主の元まで持ち帰ることが出来るだろう、そう考えてしつこく付け回していたのだろうな。
事前にスガータリワ周辺に現れていたのは純粋に装備品が落ちているポイントの調査といったところか。
そこにたまたま我々が向かうと知った時……さぞ嬉しかったろうな!
こんな厳しい環境にも耐えられる鳥型魔獣というものには大いに興味があるけれど、今は取り敢えず……我々の物を返してもらうぞ!
逃すまいと迫るウロボロスとオルトロス。そしてそれをやや高所から嘲るように見下ろしている鳥型魔獣……!
オルトロスは手にトンファーナイフを出して握ると、壁を蹴って飛び上がりターゲットを目掛けてそれを振り下ろす……が、当たらない。
相手はただ飛べるだけではなく、随分と回避力が高いようだ。
ミシェルもまた雪月華で応戦するが、足場の悪さに上手く立ち回れず当てることが出来ないでいる。
敵を逃さず引き止められているのだけは救いだが、このままではスキを見て逃げられてしまうだろう。
そうなる前に奴が足で掴んでいる俺達の装備品を取り戻さねば……。
しかし、どうする? 相手は空を飛んでいる上になかなかに目が良い。
生半可な攻撃ではあっさりと躱されてしまうだろう。
……ならば相手のアドバンテージを一つ奪ってしまえばいい。
そこでどうにか一撃当て、動揺した所で勝負を決めてやる!
「ミシェル、マシュー! 奴をどうにか彼処に誘導してくれないか!」
『わかりましたわ!』
『誘導って、また気軽にいってくれるなあ……! けれど、やるしかねえよな!』
「いいか、レニー。お前が狙うのは足だ。武器を掴んでいるのは足。それをリボルバーで撃ち抜くんだ!」
「うー! 銃はまだ底まで慣れてませんが……ここは頑張って当てて見せます!」
ミシェル達が繰り出す攻撃が当たる様子はない。一撃、また一撃とそれを躱す魔獣からはどこか余裕のような物が見えていたが……しかし、それも長くは続かない。
じわり、じわりと確実に相手を壁際に追い詰め、不利な地形に誘導されたとターゲットが焦った様子を見せたが――既に遅い!
『どりゃあああああ!!』
マシューが投擲したナイフが敵を掠め、パラパラと金属の翅が舞い散った。
『……!』
『あたいのナイフは1本じゃないんだぜ!』
マシューの追撃を受け、たまらず下がるが――
――その先は壁だ! もう逃げ道はないぞ!
『もらいましたわ!』
好機とばかりに飛び込んだウロボロスの雪月華が襲いかかる。
側面からターゲットの頭部を狙った一撃は決まったかに見えた――
――が、しかし。
キィン
『やりますわね……!』
そう、簡単に行く相手であればここまでの苦労はない。
鋭い一撃だったが、それはあっさりと弾かれウロボロスの姿勢が大きく崩れる。
そして、それを幸いとターゲットはウロボロス達2機の間をすり抜けると、こちらに見向きもせずに飛翔する。
魔獣が勢いそのままに向かうは出口。我々をからかうのをやめ、真面目に撤退することにしたようだな。
しかし、その判断は誤りだ! 逃げ道が決まっている以上、待ち伏せをしないわけがないだろ!
「レニー! 今だ! 撃ち抜けええええ!」
「うおおおおおおおおお!!!」
ダァン……ッ!
リボルバーから浪漫効果音と供に放たれるはフォトン弾。実弾よりも圧倒的に当てやすいそれはスミレの補助と、パインウィードでの訓練のお陰でまっすぐにターゲット目掛けて飛んでいく。
音を聞いて慌てて回避行動に入ろうとした魔獣だったが、もう遅い。いくら高機動だとは言え、フォトン弾の音を聞いてから避けられるような魔獣は居ないだろうさ!
「……!!」
光の弾丸はキィンと高い音を立てて敵の脚部を二本まとめて撃ち抜いていた。
流石にそれだけでは致命傷とならなかったが、それでもバランスを崩し、ふらりふらりと下降していく……のだが、高度が下がった敵の背に何かが……見えた。
「えっ!? 人が……乗っている!?」
敵機が完全にステルスを解いている今がチャンスと、簡易スキャンをかけてみれば、たしかに鳥型魔獣の背部にしがみつく小柄な人間の存在が確認できた。
いくらテイムをされている魔獣だとは言え、単体で諜報活動などどうやってるのだろうと思っていたが……パイロットならぬ、騎乗者が居るとはな……いや、鳥とはいえ、相手は魔獣。そのサイズは我々と等しいほどに大きいのだ。人の一人や二人、乗っていてもおかしくはない。
「カイザーさん! どうしよう! 盗んだものを離してくれないよ!」
「むっ!」
見れば確かにしっかりと我々の装備品を足で掴んでぶら下げている。両足にはかなり深刻なダメージが入っているだろうに、それでも離さないとは敵ながら見上げたやつだ!
いや、敵を褒めている場合じゃないぞ。もう一度、今度こそ確実に回収できるように狙って――
「まずい! レニー、避けろ!」
「え? ええええ!? ああっ!」
俺としたことが油断した! 相手は魔獣、しかしその上にはパイロットならぬ、騎乗者が居るんだ。敵は魔獣だけではない、それを失念していた――
キィィイイイインン
「やられた! 閃光弾だ!」
『なんだこりゃあ! 目潰し玉か? なんもみえねえぞ!』
『だめですわ! レーダーが効きませんわ!』
『だめね……強烈な音と光でセンサーが悲鳴を上げているわ』
『悪いね、カイザー。僕らのちからを持ってしても暫く索敵が出来ない』
強烈な閃光弾、それは我々のセンサーをも狂わせる。
事前にわかれば防ぎようは有るのだが、情けないことに俺を含めて誰一人、一機としてそれに気づいて対処することは出来なかった。
『すみませんカイザー……私が騎乗者の存在に気づけていれば』
「いや、スミレ。彼処まで上手く潜んでいたんだ。それは無理な話だよ……」
カメラから入る外部の様子はノイズまみれでまともに情報を得ることが出来ず、また、音響センサーもすっかり目を回しているためコクピット内にはパイロットと僚機達から贈られてくる通信の声以外、何も聞こえない。
完全に周囲の情報が得られないこの状況ではまともに動くことすら出来ない。
この状況から回復するまで待っているような相手ではない。
……。
誰も言葉にはしなかったが、俺達は敗北を悟り、ただ静かにその悔しさを噛みしめる……。
まずいよなあ、敵に……
……
…
失意のまま宿に戻り、長距離通信を使ってアズベルトさんに報告を入れる。
「というわけで……申し訳ない。見事にやられてしまいましたよ。油断していた我々の落ち度です」
『そうですか……装備品を……。しかし、あれはカイザー殿達以外には使えないのでしょう?』
「それはそう……なのですが、中には無理やり改造して使えるようにしている人もいますからね……解析されたらと思うと、少々まずいかなと」
『確かに、それはそうですが、今回は完全に失敗とは言えませんよ』
「と、いいますと?」
『鳥の魔獣は何者かが使役し、それに搭乗する形で情報を集めていた、それがわかったのは大きな前進です。
人が乗っていると言うことは……どうにか捕らえられれば、そこから情報を得ることだって出来るかもしれません。相手が魔獣ではそれは無理な話ですが、搭乗者がいるとなれば話は別です」
「なるほど……難しいがやってみるしかないか。装備品の行方を探るためにもそれは必要なことだと思いますし」
「カイザー、アズベルトさん。敵について一つ分かったことがあります」
戦闘データを分析していたスミレが発言する。
「この映像を……と、失礼しましたアズベルトさんには見えませんね……。
申し訳ありませんが、私の解説だけ聞いて下さい」
スミレが戦闘中の映像を映写する。そんな機能まで義体につけていたのか……。
「この場面です。敵の背に居た人物が閃光弾を投げた瞬間、足下を見て下さい」
「撃ち抜かれた足が二本……見えるが……おかしいな? やっぱり完全に足がだめになってダラリと下がっているじゃないか。それなのに……何故俺達の装備品は奴の足元から落ちなかったんだ……?」
「よく見て下さい、ここです」
スミレが足の部分に赤丸をつける。
そして赤丸がつけられた部分が拡大され、大写しになり……なんだと?
「ええ? まさかそんな事って?」
「おいおい、これじゃあ流石に……」
「そんな……ズルいよ! 頑張って二本まとめて撃ち抜いたのにこんなのってないよ……」
鳥の魔獣から生えている足の数……それは二本では無く三本であった。
ロボット的な言い方をすれば……サブレッグ、とでも言うのだろうか?
普段は使わないであろう、三本目の足がしっかりと俺達の武器を握っていたのだ。
「アズベルトさん向けに説明しますと、敵対パイロットが騎乗している鳥型魔獣に3本目の足が確認されました。レニーが足を2本まとめて撃ち抜いてはいましたが、その第三の足によって装備品は掴まれていて、取り戻すことが叶わなかった……ということですね」
『ありがとう、スミレくん。まさか3本足の魔獣とは……ね。もしかして4本目の足も会ったりしてね』
「アズベルトさん、そういうのはフラグになるので……」
『フラグ?』
「いえ、なんでもありません。しかし……なんにせよ厄介な相手……だな」
アズベルトさんが言う通り、4つ足の鳥類……グリフォンみたいな魔獣かも知れない。
ドラゴンと遭遇したんだ、グリフォンだって居ないとは言い切れないし、それが魔獣化した物となれば……もしもそうであれば、想像以上に厄介な相手だぞ。
俺達のセンサーを誤魔化す高度なステルス性能……それに光学迷彩まで使っていると慣ればこちらから打って出るのは少々難度が高いよなあ。なんたって何処に居るかわからないのだから。
「探そうと思えば厄介な相手ですが、おびき寄せる事は簡単ですよ」
「そう……だな。奴からすれば俺達のおかげでまんまと装備品を鹵獲できたわけだ。
二匹目のドジョウを狙って次のポイントでも俺達を狙う可能性は高い」
「ええ、そして次に我々が向かうであろうポイントは相手に知られていると思って間違いないでしょうね」
「アズベルトさんが言っていたポイントだな。
そこで罠を張って奴を嵌め、捕らえられれば言うこと無いな」
やられたらやり返すしか無い。
何よりあの謎の箱……まだデータリンクが終わっていないんだぞ?
見た目から正体がわからないものがそのままなんてモヤモヤするよ!
ああ、ちくしょう、ちくしょうめ!
「なんとしてでも奴を捕らえるぞ……!」
「うん! やられっぱなしは嫌だもん! がんばりますよ!」
「ああ、素早いつってもよー、だんだんと目がなれてちょっとは攻撃が当てられたんだ、次は全部当ててやる!」
「うふふ……雪月華のサビにしてやりますわ!」
『ミ、ミシェル? なんだか少し攻撃的になってないかい?』
「そんな事はありませんわ、お父様……うふふ」
『そ、そうかい……』
とは言え、相手は巧みに姿を消す忍者みたいな鳥だ。
いつ何処で見られているかわからない以上、まともな方法で罠にかけられるとは思わない。
本当ならば明日は回収品の調査に回すはずだったけれど、奪われてしまったからな……。
かといって、マグナルドを置いてさっさと帰ることなど当然できないわけで。
不本意ながら空いてしまった明日は……パイロットたちに自由行動をさせながら良い案をひねり出してもらう日ということにするかね……。
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