百三十三話 スガータリワ

 日が変わり、我々ブレイブシャインは早朝からスガータリワに向かった。


 それとなく村人から情報を得ようとするたびに――


『なんだってスガータリワなんかに? 観光ならドラゴンスプリングがいいぞ。同じ鍾乳洞でも向こうにゃでけえ地底湖があるんだ。見るならそっちがいいんじゃねえかな』


 ――なんて言われたけれども、俺達の目的は調査だ。

 確かに巨大な地底湖、なんて物は気になるけれど、それは色々と落ち着いてからゆっくり観光目的で向かうとするさ。


『なんだか景色が寂しくなってきたな』


 マシューがつまらなそうに口にする。

 今の季節は夏である。

 通常ならば草木が茂り、虫や小動物などがチョロチョロとしているはず。


 しかし、目に映る景色は寂しいもので、低木と地衣類が僅かに生えている程度だ。

 センサーで外気温を見てみれば……なんと2度をさしている。

 ロップリングの気温は20度程度と、サウザンよりは涼しめではあったが、流石にここまで低くはなかった。


 洞窟内だけ寒いのだと思っていたが……想像以上に広範囲が寒い。これは異世界特有のファンタジーな理由なのか……もしくは――


「あ! 見て下さい、カイザーさん。あれが入口みたいですよ」


 レニーが指差す方向には岩山にぽっかりと空いた大穴が。

 永い年月をかけ、浸食されて出来たのであろう大穴は、幸いな事に我々のサイズでも悠々と入ることが出来るものだった。

 

 最悪、スミレの引率でパイロット達だけでの調査になるかと思っていただけにありがたい。


「スガータリワ……ウロボロスで入れそうで助かりましたわ……。

 ご覧なさいな、この気温……」


 各機のパイロット達はモニタに映る内部の気温を見て震え上がっている。

 恐ろしいことに外気温を示すモニタにマイナス25度と表示されているからだ。


 前世で俺が住んでいた土地も冬はそれなりに冷えるところだった。

 水の元栓を落とさないで寝ると翌朝水が使えなくなっていることはしばしばあったし、酷いときにはシャンプーや化粧水が凍る日だってあった。


 北海道の友達から『化粧水は冷蔵庫に入れな。凍らないからさ』とアドバイスされたのはいい思い出だが……それでも地元ではせいぜいマイナス12度がいいところだ。

 

 マイナスの25度と言えば日本寒さランキングのベスト10に入る寒さである。

 現在測定しているのは入口からほど近い部分。

 

 これで奥に行けば行くほど、どんどん気温が低下していく――なんてことになったらとんでもないぞ……。


「報告通り、僅かですがこの中から輝力反応がありますね」

「ああ。しかしこの様子だと魔獣が産まれなかったのも、実験が行われていないというのも頷けるな」


「そうですね、周辺はあまりにも過酷です。一体何故ここまで冷えているのでしょうか」

「それはそれで気になるよな。ファンタジー的な理由ならいいのだが……念の為に調べていこうか」


 この環境を考えれば恐らく魔獣は居ない。かなり奥までレーダーで探知してみたけれど、魔獣の反応はもちろんのこと、動物の反応すら無い……さすがにこんな寒いところに棲むような物好きは居ないようだ。

 

 けれど、鳥型の魔獣の存在は気がかりだ。

 奴の存在がちらつく以上、何が起きるかは分からないので慎重に進んでいく。

 

「わあ、きれい……」


 暗視モードで映された洞内には大小様々な鍾乳石上から下から顔を出していて、これまた幻想的な景観を織りなしている。

 

 俺のサイズと比較してもかなりの大きさだ。ここまで生長するには長い年月がかかっていることだろうな。

 

 ……ただ、我々が移動するということは少なからずそれに触れてしまうわけで……。

 時折あちらこちらでそれが折れている音が聞こえ、非常に胸が痛む……。


 地球だったら怒られるどころの騒ぎじゃないよなあこれ……。


『しかしほんとオルトロスで入れて良かったよ……。

 見ろよ外の気温、さっきよりさらに下がってるぞ』


 現在外気温はマイナス42度。

 確か地球の最低気温の記録だと一番寒くてマイナス71度くらいだったはずだ。

 それがどんな世界なのかは想像が付かないが、少なくとも生身で外に出たいとは思えない。


『スガータリワの話を聞いた時、整備して氷室に使えば良いのでは? と考えたのですが……。

 これは無理ですわね。並の機兵では機密性を考えるとライダーがこの寒さに耐えきれないでしょうし、それを解決する機兵を開発してまでここを整備するメリットがありませんもの……』


 俺達だって見た目上は隙間だらけである。

 どう考えても機密性は高くは無いのだが、何故か外気温の影響を受けず、水も入らず、宇宙空間は勿論のこと、ある程度過酷な環境でもパイロットの命を護り抜くことが出来る。


 それはアニメの謎設定のおかげ。


 基本的に一つの街を舞台にして居た物語は最終的に宇宙空間での戦いに発展する。

 その際、パイロット達は平気な顔をして居るが、それこそがアニメ特有の謎設定の力だ。


 そのおかげで……今乙女軍団が悠々としていられるというわけだ。アニメ由来の機体と言うのはほんと有能だよ。


『む、妖しい光が見えるぞカイザー!』

 


 マシューが横穴の先にある妖しげな光を見つけたようだ。

 そんな光を出す物と言えば俺達の武器くらいのものだ。


 ……しかし輝力反応はまだ先のポイントからだ。となれば、こいつは一体何なのだろう。


「気になるな、調べてみよう」


 横穴はさほど長くは無く、直ぐに光の場所にたどり着いた。

 

「不思議な光ですね……」


 横穴の先は大きめの体育館くらいはある空洞になっていて、その床全体が淡く青色に光っている。

 特徴からすれば俺達の武器がありそうなもんだが、輝力反応は無い。


「スミレ、調査を頼む」


「はい、ではスキャンを開始します……床の材質は氷、かなり厚い氷で141.2mもあります。

 元は地底湖だったのだと思われますが、その全てが凍結しているようですね……」


 深い。めちゃくちゃ深い。

 日本にもかなり深い地底湖があるけれど、それがそっくり凍っていると考えれば恐ろしいな。


「んん、ウロボロスちょっと手伝って下さい……」


『はいよ、じゃあデータリンクするね』

『ああ、なるほどね。氷の厚みと慣れないデータで測定が難しいのね』


 スミレとウロボロスが協力して地底湖を調べている。

 どうやら湖底に何かがあるらしい。


「これは……凄い……。なるほど一体がここまで冷えるわけです」

『いやあ、納得したねえ。でもこんなのが居るなんてね』

『ま、寝る子を起こす必要は無いしほっときましょう、ね?』


「君達、俺達にも分かるようにせつめ……うお」


 データから復号された映像が流れ込んでくる。

 同時にモニタにも表示されたのかパイロット達からも驚きの声が上がった。


「ななな、なんですかこれは! おねねえちゃん?」

「何と言われましても……姿かたちから推測するならば……」

『これって、お伽噺のアレじゃねえか?』

『青龍……ほんとに居たんですのね……』

「ええ、お二人がおっしゃるとおり、ドラゴン――龍と思われます」

「えええええ!? りゅ、龍!?」

  

 氷の湖底に眠るのはどう見ても青いドラゴン。

 ミシェルの話によれば青龍という呼ばれているもので、氷のブレスを吐くドラゴンである……と、言い伝えに残っているそうだ。


 そんな存在が我々の目の前、厚い氷の下に居る。状況からすればどう考えても行きているようには見えないのだが、ゆっくりとではあるがキチンと呼吸をしているようで……その体から滲み出る冷気……いや、世界観に合わせて言うのであれば氷属性の魔力といったほうが良いのかな? それによって辺りをキンキンに冷やしているようだ。


 今日まで聞いたドラゴンの名前と言えば火山の伝説で出た火龍くらいで、青龍なんてものは今初めて聞いた……ていうか、さっすがファンタジー世界だな……ドラゴンなんてものが実在してるとは。


 このドラゴンはずっとずっと昔から、もしかすれば俺が来る前から眠り続けていたのかも知れない。長い時をかけてじっくりじっくりと放出された魔力はやがて洞窟の外にまで達っするまでになったと。

 

 ……スガータリワの特異な気候はファンタジー要素が原因だったというわけかあ。


 なんというか……寝ながらやらかしてしまっているっていう所にこう……妙な親近感を覚えちゃうね……。


 それはさておき、だ。


「俺が居た世界に『触らぬ神にたたり無し』と言う言葉がある。

 余計なことをしなければ厄介事に巻き込まれないという意味なのだが……言わなくてもわかるよな……?」


 俺の言葉に反論する者は居なく、皆真剣な表情を浮かべて『うんうん!』と強く頷いていた。


 ロボ好きな俺だけれども、ファンタジーだって好物だ。エルフやらドワーフやらと言った異世界特有の種族に会ってみたいと思ったことは有るし、ドラゴンのような如何にもと言った具合の存在にだって有る種の憧れはある。


 なので青龍に興味が無いわけでは無い……のだけれども、こいつは機械の身体を持った『魔獣』ではなく、正真正銘本物のドラゴンだ。

 

 何かを誤ってこんな存在と敵対してしまったら……考えるだけで頭が痛い。

 龍と戦うロボットアニメに覚えがないわけではないけれど、実際にそれをやれと言われてもゴメンだね。仲良くなれと言うなら喜んでなるけれど、なんにせよこのドラゴンの相手をするのは今じゃない。


 伝説は伝説のままお眠り頂いて、俺達は本来の目的地に急ぐとしようじゃないか。



……

 

『あら、こっちの光は白いんですのね』


 先ほどより狭い小部屋の中にポツンとそれは転がっていた。

 全体から白く淡い光を発するそれは……


「えっ? ええと……なんだこれ……?」


 光からほんのり見えるそれは……外見から正体を想像できない何か箱のような物だった……。

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