第百三十二話 ロップリング

 昔ナショナルなんとかと言う黄色い本で見た発展前の中国に確かに存在していた仙人が住んでいると言われれば、そうだろうと納得ができる神秘的な風景……。

 

 到着したロップリングにはまさにそんな雰囲気が漂っていた。


 霞に覆われた細い岩山が立ち並び、その壁には苔のように草木が生えている。

 まるで巨大な盆栽があちらこちらに並んでいるような景観はまさに絶景。


 依頼を抜きにしても来てよかったと言える。


 かつて、それなりに賑やかだったのだろうロップリングには今でも数多くの建物が立ち並びその名残を見せている。


 しかし、その建物全てに人が住んでいるというわけではない。

 過疎化が進んでいるため、建物の大半は人が住んでおらず、中には半ば崩れかけている建物も存在する。

 

 それでも、まだ村の体を為せる程度の人口は残っているようで、中心地を歩けば賑やかな声が聞こえてくる。

 

 その中心地から少し離れた所にレンガ造りの大きな建造物が立ち並んでいる。

 少々目立つ立派な建物で、それが何かと気になり聞いてみれば、それこそがビアーナを作っている酒造だということだ。

 

 マグナルドからホピアンナを見せてもらった時から予想をしていたけれど、ビアーナという酒はまんまビールと呼べるものだった。

 

 いや、厳密に言えばビールそのものでは無いなのだろうが、爽やかにホピアンナが香る麦の発泡酒。成分的にも特徴的にもビールとほぼ同一の物で間違いないだろうさ。


 まったく、俺が一口味見できればな。もっと確実に『ビールですわ』と断言できるのにな! あーあ、全く残念だな! ほんと……残念で仕方ないよ……はあ、酒造での試飲……好きだったなあ。たまの連休に友達と遠出してさ……楽しかったなあ、美味しかったなあ。

 


「取り敢えず無事に到着できました。有難うございます」


「う、うむ、帰りは3日後だったな」


「はい、3日後の朝、岩龍亭の前で待ち合わせしましょう」

「と言ってもこの村にはそこしか宿がありませんわよ」

「泊まる場所いっしょじゃんか」

「ああ、それもそうでしたね、ははは」


 今回の護衛依頼はサウザンに帰るところまでがその内容に含まれている。

 往復分の契約をすれば様々な手間が省けるので楽であるというのも有るのだが、ロップリングにはギルドが存在しないため、そうでなければ帰りの護衛に悩むことになるのが一番の理由なのだ。


 トリバでは村として登録されていれば、どんなに小さなところでもギルドが出張所を作るのだと、レニーが言っていたけれど、そこはそれ、さすがハンターの国、トリバというべきだね。


「というわけで、諸君。今日は休憩を兼ねて情報収集だ。

 明日明後日は探索をして、その次の日にはサウザンに戻る。

 時間は限られている。遊ぶのも構わんが仕事もきっちり頼むぞ」


「任せてくださいよ、カイザーさん。取り敢えず変わったことが無かったか聞けば良いんですよね」

「ああ、それと大きな鳥についても聞いてくれ。結局道中に現れることはなかったが、やはり気になるからな」


「そうだな。もしかしたら今もこっそりあたい達を監視している可能性もあるんだ。

 奴に関する情報収集もまた大事だと思うよ」


「日暮れまで時間がありませんし、急ぎましょう。

 日が落ちたらあそこの酒場で合流してご飯を食べつつ情報収集といきましょう」


 そして乙女軍団は宿から弾丸のように飛び去っていった。

 ああ、これは……遊ぶ気満々だよな……まあ、そういう時間も大切だからね。特に咎めはしないさ。ただ、監視されているかもしれないというのは……考慮しておいてくれよな。


……

  

 乙女軍団が俺の元から発進してから間もなくして……鬼のような速度でストレージの収納ログが流れていった。

 

 一体何事だとデータを見てみれば……恐ろしく大量のビアーナが収納されたようだ。


 レニーはまだ酒を飲めない、というか一応飲めないことになっていると言うだけで飲んでも捕まるようなことはないのだが、それでもきちんと法を守り飲もうとしない。


 そんなレニーが酒をたんまり買い込んでいる……なるほどこれはお土産だな。

 

 レニーはリックに一生分くらいの恩があるからな。これくらいの事はしなくっちゃと張り切っているのだろうな。

 

 なんだかほんと、凄まじい量を買っているけれど……まあ、ジャンク屋のおっちゃんと二人仲良く飲むことだろうし、問題なかろうさ。


 聞き込みをしろとは言ったが、ゆっくりと村で買い物が出来るのは今日くらいだしな。

 ろくに調査ができていなかったとしても、今日だけは目をつぶってやろうじゃないか。


……


――そして夜になり、岩龍亭にてブレイブシャインの作戦会議がはじまった。


「それでは、集めた情報を発表してもらおうか」


『では私から行きますね、カイザー』

「うむ、たまにはスミレからというのも良いだろう、って君も聞き込みをしたの?」

『はい、とは言ってもこっそりとあちらこちらから聞いた噂話ですけどね。

 まず、鳥の話ですがやはりこの辺りに出没するというのは真実のようですね。

 最も新しい目撃例はこの村から西側、旧ボルツ領にほど近い場所にある鍾乳洞の周辺ですね』


『あたいもそんな話を聞いたな。その洞窟はスガータリワと言う名前らしい。

 なぜだか知らんが、やたら寒くて夏でも氷があるって聞いたよ』


『地図を確認しましたが、位置的にそのスガータリワも例のポイントで間違いなさそうですね』


『でもさ、不思議と変な魔獣の話は聞かなかったよ。

 アズベルトさんやお姉ちゃんの話によるとポイントには新種の魔獣が居るんだよね?』


『わたくしの方もそれは不発でしたわ。寒すぎて魔獣になる前に息絶えてしまうから……

 なんて理由があるのかもしれませんわね』


「変異の元はあっても、その対象となる動物が来ないため、新種の魔獣が産まれることはないと。

 しかし、鳥型魔獣の目撃例はそこそこ上がっている……その魔獣が変異種というのも考えられなくはないが、状況からすればやはり何者かにテイムをされた魔獣がポイントの監視をしていると考えたほうが良さそうだな。

 レニー、スガータリワに行くとなれば例の銃の出番が来るかもしれないな」


「う、うん! パインウィードを思い出してがんばるよ!」


 スガータリワ周辺で新たな魔獣が発生しない理由が寒いからというのは案外馬鹿に出来ない話だが、そういう場所にはそれなりに適応した固有種が生息している事が多い。


 鍾乳洞に生息する目が退化した魚類や甲殻類なども存在するからな。

 ただし、アズベルトさんの話を聞いている分にはそういった固有種を変異させるのではなく、外部から動物を連れ込みわざわざ変異させている可能性が高い。


 そうと仮定すれば、変異が終わって魔獣化した動物の何体かは無力化した上でサンプルとして連れ帰っているのだろうと推測されるが、殆どはその場に残して本能のままに生殖させ、数を増やさせようとするだろう。


 しかし、環境が厳しすぎてそれが出来ない場所であればどうだろう。

 ポイントはここだけではない。他のよりよい環境で実験をした方が効率的だ。


 そもそも、スガータリワに要調査マークが付けられているのは新種が確認されたからではなく、謎の発光体があるとの噂があったからだ。


 であれば、やはりここでは実験などされていないのかもしれない。

では、なぜ鳥の魔獣はこの周辺に姿を現していたのだろう?


 奴が俺達の監視をしている、その可能性は大いにあるし、俺もスミレもほぼ確信している。


 しかし、それ以前からスガータリワに現れていたというのは流石に別件だろう。

 俺達の会話が盗聴されていて、先回りをされているという線が無くはないが、鳥型魔獣が確認されたのは俺達がスガータリワに向かうと決める前からの話だ。


 俺達の監視でも無く、魔獣化でも無く……また何か別の目的があって監視している……のか?

 

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