第百三十一話 カイザーの噂
サウザンからロップリングは馬車で2日程度の距離である。
つまりは、早朝に出発すれば1泊、ゆっくりめの出発ならば2泊と、どちらにせよ野営をする必要があるわけだ。
俺達は変に騒ぎになると厄介事を呼ぶという理由から、今のところは極力自分達の機能、AIによって実現している「会話」と「自立機動」を隠している。
ただし、場合によってはそれを公表した方が何かと便利な場合もあるため、相手次第ではあるけれど、これまでも何度か打ち明けてきているわけだ。
パインウィードを例に出せば、あの状況で会話や自立機動を隠して行動していたら、作戦実行までに倍以上時間が掛かっていただろうと思う。いや、下手をすれば作戦の実行自体出来なかったかも知れない。
なので、状況に応じて動きやすくなるように秘密を打ち明けてきているのだけれども、実はそれ以外にも思うところがあって少しずつ俺達の秘密を知る人を増やしている。
それは何かというと――
現在野営の用意が終わり、皆で焚き火を囲んでいるところだ。
アイテムボックスは早々に隠すのを辞めた。
理由は単純な話だ。道中に討伐した魔獣の素材が勿体なかったからである。
商人に見せるのは不味いかな? とも思ったが、今の我々にはミシェルの家という大きなバックがついている。
ルストニア家の娘が駆る機兵とその僚機ともなれば、さほど面倒な事を言うやつは居ないだろうという事で、なんだかずるいような気もするけれど、ミシェルからの提案もあって甘える事にしたのである。
討伐したラック・ノーンやガッボ・マッゴを収納する度、マグナルドは羨ましげな声を上げることはあったが、けして欲しがることはなく、ただただ感心していた。
それも建前ではなく、心からの気持ちであり、小狡い商人にありがちな嫌らしい視線で値踏みをするような事は一切無く、彼の信頼度が我々の中でジワジワと上がっている。
「さて、俺はここでマグナルドに喋って動けることを打ち明けようと思う。
彼は俺達を利用するような類の人間では無さそうだからな」
『いんじゃね? カイザーが指示を出せば説得力がすげーあるしさ、なんかあった時楽だよ』
『彼はこの国の商人ですので、わたくし達に変な気は起こさないでしょうしね』
『マグナルドさんは悪い人じゃなさそうだし、私も良いと思うよ』
と、言うわけで、パイロット達の同意も得られたので、マグナルドに正体を明かす事に。
驚いて気を失うかもしれんが……まあ、その時はごめんなさいだ。
「しかし、唐突に俺が喋るというのもなんかアレだな……。
レニー、なにかそういう流れを作ってくれないか」
『流れ、ですか?』
「ああ、バックパックだけじゃなくて実はもっと凄い隠された能力があるとかなんとか言ってくれ。
そのタイミングで俺が打ち明けるから」
『なるほど! それならきっとショックが少ないですよね! 私に全部任せて下さい』
謎のやる気を見せたレニーがスクっと立ち上がり、俺の脚をバンバン叩く。
その音にマグナルドは『何事ですか』とレニーを見る。
さあ、レニー頼んだぞ。
「マグナルドさんはカイザーさん達のバックパックを見て凄いなあとおっしゃってましたね」
「ああ、あれは良いな! 馬車に付けられたら流通に革命が起こるよ!」
「実はカイザーさんにはもっと驚くべき隠された能力があるんですよ!」
「な、なに!? ま、まさか喋るとか……? 動くとか……そういう?」
「うふん? あう、あの、おおおん! まずはとくとご覧あれ?」
先に言われてしまってレニーが変な声を出して動揺している。
やばいぞこの流れは予想外だ。ああ、本当にやばい。俺もなんだか気まずくなってきた!
この状況で『そうなんです』と言ってもなんだかとっても微妙な感じになってしまう……けれどこのままじゃレニーが報われない。
ええい! ままよ!
「……というわけで只今紹介に預かりましたカイザーだ……。
マグナルドの予想通り意思を持ち、喋って動ける機兵、それが俺、カイザーだ」
「お、おおおおお!!!」
導入は盛大にコケてしまったが……なんとかリカバリ出来たようだな。
気絶もしていないし、腰も抜かしていない、成功といってもいいよね? ね?
「噂はほんとうだったのですね……。
白く凛々しい機兵、それは意思を持ち、言葉を発して自ら動く機兵だと……まさかと思いましたが、本当だったとは……」
「噂……ね。何処でその話を?」
「商人達の間で最近話題になってますよ。
パインウィードを救った機兵、それは機兵ではなく機兵の神、機神だと」
機神か……実際、現在の機兵における親のようなところはあるけれど、神と来たか。
なんだか俺の存在が大げさになって広まってしまっているが、まあ良いさ。
じわりじわりと俺の噂が広がっていく、これは想定内だ。
巡り巡って悪いやつが来るかも知れんが、今は一人ではない。
オルトロスが仲間になった時点で俺は考えを少し変えたのだ。
――レニーとマシューにもきちんと相談した上で決めたこと、それが噂の伝達による緩やかなカミングアウト。
大騒ぎにならないような場所でコツコツと自分達の正体を打ち明けていけば、噂となって漏れていくだろう。
そして噂が広まりきれば、それは真実であると語られるようになる。
そうなれば街で堂々と普段どおりに行動していてもあまり大騒ぎにならないのではないか、ちょっとした有名人が来たくらいに扱われるのではないか……そう言う都合がいい作戦なのである。
『国に目をつけられたら面倒なことになりそうですね』
と、その話を聞いたアズベルトさんが苦笑いをしていたけれど、
『まあ、私の娘とそのご友人が乗る機兵の事ですからね。他国で何かあったらルナーサ総支配人の権限を使って介入しますよ』
と、なんとも頼もしいことを言ってくれたんだ。
国際問題になるのは不味いのではないかと、一応言っては見たのだけれども、
『そもそもカイザー殿は物ではなく、人に近い存在です。
いざとなったらルストニア時代からのルナーサ国民であると言い切ってしまえば良いんですよ』
と、なんだかいろいろな意味で無茶苦茶なことまでいっていた。
確かに俺が『トリバのレニー所有の機兵』ではなく『ルナーサ国民のカイザー』という存在になれば、今以上に他国の者がうかつに手を出せなくなるとは思う。人権的な問題も絡んでくるだろうからね。
その場は半分冗談として笑って流しておいたけれど、いざとなったらその手を使うしかないかもしれないな……。
「機神等と呼ばれている事から分かる通り、噂が独り歩きしている様な状況で俺が自由にしていたら街は大騒ぎになってしまうだろう? なので相手を選んでこっそりと打ち明けているわけなのさ」
「確かに結構な大騒ぎになるでしょうなあ……それこそ自衛軍が駆けつけるような事になりそうです。
とは言え、神機殿に護衛させてしまうなんて……ほんと、失礼な事をしてしまったもんです」
だから神機って呼ぶなってば……。
その呼び方、結構来るものがあるんだよなあ。別にそこまでの存在じゃあないのに神様呼ばわりされてるのがなんかこう、くすぐったいと言うかなんというか。神絵師とかもそんな気持ちだったりするんだろうか……いや、これは話が違うか。
ともあれ、これで身軽になったぞ。
さあ、明日はロップリングに到着する。
今のところはまだ鳥型は現れていないが……気を引き締めていかねばな。
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