第百三十話 ゲンベーラの噂

 ロップリングまでの護衛を頼みたい、マグナルドは硬い笑顔でそういった。

 ハンターに護衛を頼む商人は多い。

 思えばミシェルとの出会いもそれが切っ掛けだったな。


 けれど、ここはハンターズギルド。しかもルナーサで一番ハンターが集まるサウザンのだ。

 

 周りを見渡せば我々以上に頼りになりそうなハンターたちがうじゃうじゃと居る。

 パインウィードの件で我々に恩を感じているらしいけれど、それでもわざわざ我々に頼む必要はないのではないか、そう思ったのは俺だけではなかった。


「護衛依頼であれば……わたくし達に頼まずとも、もっと適した方々がいらっしゃると思うのですが?」


「それが、その……、今ロップリングまで行ってくれるハンターが居なくて……」


「はあ? こんだけハンターがいるっつーのに、変な事言うなよ」


 思わずマシューが大きな声で言いながら周りを見渡す。

 瞬間、気まずそうに目をそらすハンター達。

 この余りにも露骨な態度……こりゃなにかあるな……と、一人のハンターが立ち上がり、マシューの所にやってきた。


 ヤバいぞ、喧嘩が始まってしまう――と、思ったけれど、どうやら違うようだ。


「お嬢ちゃん、俺達が腰抜けだと思われちゃ叶わねえから教えとくぜ。

 最近のゲンベーラは妙ちくりんな事になっているのよ。

 妙なガッボ・マッゴが出るようになったって噂もあるが、それはまだ良いんだ。

 その程度ならまあ、数を集めりゃなんとかできるだろうからな……」


「それ以上に強力な魔獣でも出るんですか?」


 レニーも話に食いついていく。

 

 妙なガッボ・マッゴとは、例のポイントに現れる変異種で間違いないだろうな。目撃者が余り多くはないようで、その存在を信じているハンターは少ないようだけれども、それでもこのハンターはそれを数を集めれば狩れると判断しているし、確かにここのハンター達であればそれも叶うのかも知れない。


 俺の目の前に止められている機兵達はどれもこれもが歴戦の戦士と言った風貌で、ざっくりとチェックした感じだとそこそこ上位の魔獣素材を使って作られているようだ。


 そんな立派な機体に乗って維持が出来るようなハンターで有れば確かになんとか出来そうだ。


 もしも彼らがヒッグ・ギッガ戦に参戦していれば、きっとあの様な罠を張らずとも正面からなんとかなったとおもうしね。


 しかし、そんな力を備えているハンターでも敵わぬと弱音を吐く相手が居るようだ。

 



 そしてハンターは原因の本題、森に入れない理由を続けて話す。


「鳥だよ鳥! スガータリワに向かう街道によ、黒くてでけえ鳥が出るんだよ!」


「鳥の魔獣? 外に銃を担いだスメラタイプの機兵が停まってましたよね?

 狙撃特化型のスメラなら撃ち落とせるんじゃないんですか?」


 鳥みたいな顔をした機兵、あれはスメラタイプというのか。

 そう言えば前にジンが言ってたっけ。


『鳥型魔獣スメラ・イグルは目が良いんだ。こいつの眼球を使えば良いスコープが作れるってわけさ』


 彼はそれを使って作ったゴーグルを装着して魔改造を施した光子フォトンライフルで狙撃していた。

 そのスメラ・イグルの頭部を使った機兵であればスナイパータイプと言うのは納得だ。


 もっともなレニーの質問に、別のハンターが答えてくれた。


「ああ、それは私の機兵ね。確かにあの子の目は凄く良いから飛んでる魔獣だって狙えるわ。

 でもね、それは見えている獲物だけよ。

 例の黒い奴、あれはね、狙おうと思って矢を向けた瞬間姿を消しちゃうの。

 まるではじめから居なかったかのように……」


「そ、そそそれっておばけじゃねえかよ!」


 マシューが怯えたように震えた声をだしている。

 普段は男勝りで元気いっぱいなマシューがまさかこの手の話題に弱いとはな。

 別に馬鹿にしたりはしないけれど、なんだか意外な弱点があるものだなと驚いちゃったなあ……。


 しかし消える魔獣……ね。普通に考えれば光学迷彩かな?

 カメレオン型の魔獣とかなら話はわかるけど、光学迷彩で姿を隠す鳥形の魔獣?


 確かに天然の迷彩模様を持つ鳥類は多いけれど、それを光学迷彩にまで昇華させるような物が存在するのだろうか。


 いや、ここは地球の常識が通用しない異世界だ。そんな生命体が居ないとも限らない。

 けれど……ううん、こんな事ならもっと色々な本をおくんだったなあ。


「まあ、アレの正体がなんなのかはわからねえ。兎に角そんな変なのが最近出るようになっちまったんだよ。

 それにな、アレに限った話だけじゃねえ。まだハッキリとした情報があるわけじゃねえが、他にも未知の魔獣があちらこちらにわいてるらしくてよ、それがめっぽう強いときたもんだ。

 俺達がこうして昼間っからギルドで飲んだくれてんのは今のままじゃ危なくて仕事がしにくいからなのさ。まずは情報を集めてからってな。

 もっとも、何人かはこんな状況に耐えきれずフォレムに出稼ぎに行っちまったがね」


 熟練のハンター達を警戒させ仕事を滞らせてしまっている。

 これもまた、新種の蒔いた厄介事というわけか……。


 ほんと、なんというか凄く凄く申し訳ない……。

 それが発生する過程は兎も角、ほぼ確実に我々の装備品が鍵となっているのだろうからなあ……なんとしてでもキッチリ解決しておかないといけないな……。


『カイザー』


「わっ びっくりした! 急に声をかけないでくれよ」


『すいません、カイザー……ふふ、おばけが怖いんですか?』

「断じて違う! 考察に集中していただけだ」


『冗談はさておき……姿を消す鳥型の魔獣……気になりますね』


「スミレも気になったか」

『はい、ビスワンで乾物屋の男が話していた特徴に近い魔獣と言うのがまず気になりましたが……これはたまたま似たような魔獣が存在しているとも考えられますので、その時点では保留しましたが……忽然と姿を消すという話、それを聞いて見逃せなくなりました』


「鳥でいながら光学迷彩……妙な話だよな」

『はたして消すのは姿だけなのでしょうか?』

「なにか気づいた事でもあるのかい?」


『空から見張られて居るような気配、グレートバンブーやキャリバン平原ではしばしばそのような反応がありました』


「しかし、それは微弱で何かノイズのものだろう、そう言っていたね」


『ええ、しかしそれがレーダーに反応しない、ステルス性が高い物だったらどうでしょう』


「何者かがその手の魔獣を操り、仕掛けたポイントを監視している……?」


『グレートバンブーではリブッカの様子を、キャリバン平原では池の様子をそれぞれ調査していたのではないか、そう考えられます』


「そしてゲンベーラでは各ポイントのチェックを……か」


『カイザー、ロップリング周辺にも一つポイントが有ります。

 西のポイントを見たら行く予定でしたし、この依頼受けても良いのではないでしょうか』



 フォレムで魔獣使いテイマーの話を聞いたことがあった。

 魔獣はいくら飼いならした所で機兵として登録する事は出来ない。けれど、手懐けた魔獣を所有してはいけないという規則はなく、牧場の見張りをさせたり、畑を耕させたりと仕事を手伝わせている者はそれなりに居るらしい。

  

 だとすれば……国家が抱える諜報部隊がステルス性能が高く光学迷彩が使える魔獣を使うと言うことは有りうる話なのではなかろうか。


 む……色々と繋がってなんだかとってもきな臭くなって来たぞ……


「ミシェル、商人の依頼を受けてくれ。噂の鳥は恐らく俺達に用がありそうだからな。

 街道に現れるというならば好都合だ。此方から逢いに行ってやろうじゃないか」



 こうして俺達はマグナルドの依頼を受けることになり、ロップリングを目指して森の街道を北上することになったのだった。

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