第百二十九話 サウザン

 ルナーサ商人連邦随一のハンターの街、サウザン。

 

 この街の西には「ゲンベーラ大森林」という大きな狩場が存在し、旧ボルツ領やトリバ北部にまで及ぶその広大な森には多種多様な魔獣が生息している。

 

 狩場と呼ばれるだけあって、王家の森に匹敵するほどに危険な魔獣が多く確認されていて、わざわざそこに立ち入る者と言えば依頼や狩目的のハンターくらいのものだ。


 商人の割合が多いルナーサにおいて、わざわざ危険地帯である森に自ら立ち入ろうとは考えない。何か用があればハンターに金を払って代行してもらうのが普通なのだ。

 

 しかし、それでも月に数度、ルナーサ北部に該当するエリアを通る街道を移動する商人の姿を見かけることがある。


 街道が存在している以上、その先には人が住む土地があるわけで。

 好んで近寄る者が少ないというだけであり、そこに向かう人が居ないわけでは無い。


 しかし、向かった先に何か大きな儲けを得られる商材があるわけでは無かった。

 その先に向かう商人、それはあくまでも善意から来る事情によってわざわざ危険を冒してまで自ら向かう優しい商人だったのだ。

  

 大森林を通り北上した先に存在するのはロップリングという小さな村だ。

 なぜそんな所に、わざわざ森の向こう側に村を作ったのだろう、そう思ったのだが、周辺環境を聞けば納得がいくものだった。


 ロップリングの周辺には大小様々な鍾乳洞が存在し、その内部では貴重な鉱物が発掘されることもあったという。

 

 貴重な鉱物資源の存在にルナーサは湧き上がり、多数の商人や作業員が訪れ、何もない山の中がにわかに賑やかになっていったらしい。


 テントが張られただけであった拠点にはやがて小屋が建ち、ますます人が集まるようになった。


 やがて鉱物資源の買取が活発化すると、家族を呼び寄せる者が増え、気づけば村と呼べる規模にまで人口が増えていたのだという。


 ロップリングはサウザンを担当する支配人が管理を担う傘下である村として認定され、それはそれは大いに盛り上がったらしい。

 

 しかし、10年ほど国を賑わせた採掘作業だったが、それはそれ以上続かなかった。

 当初の調査結果よりも埋蔵量が少ない事が発覚し、それは大幅に減った採掘量と言う現実をもって村に悲しいニュースを告げる事となった。


 また、鍾乳洞の多くに地底湖があり、そう簡単に新たに鉱脈を探すことが出来ないという事実がとどめを刺すこととなる。

 

 商人が一人手を引き、また一人、そしてまた……。

 最初の撤収から5年と持たずに鉱山の村として発展していた姿は過去のものとなり、すっかりさびれた山間の村と化していたのである。


 しかし、今現在でも村の体を成す程度の人口は残っている。


 それは一つの鍾乳洞、その存在が理由だった。


 ドラゴンスプリングと言う、大仰な名前をつけられた鍾乳洞、その奥深くには巨大な地底湖が広がっていた。


 水龍が棲むとも言われる清浄な水は、ほのかに甘みを持ち、それを用いて作られた酒は非常に品質が高く美味いのだという。


 現在におけるロップリングの特産物はその酒。

 一部の愛飲者から『水龍の涙』と大げさに呼ばれるそれは、他の地域では決して作る事が出来ない素晴らしい銘酒なのだという。


 村に向かう商人たちの中にはその酒目当てで向かう者が多いのだが、その殆どは村の出身者であり、幼き頃に過ごした村が少しでも楽になるようにと、流通を維持すべく、良心的な価格で商売を続けているのだそうだ。


 現在我々が護衛している商人、マグナルドもまた村の出身者で、かつては母と妹三人で慎ましく村で暮らしていたのだという。

 

 しかし、年老いた母には冬が厳しい村の環境は辛く、また医者もサウザンから呼ばねばならぬという状況が後押しとなり、一念発起してサウザンに移り住み、小さな酒屋を始めたらしい。


 さて、なぜ我々が商人マグナルドを連れロップリングを目指しているのか……。


 その話はルナーサを経ちサウザンに到着した日に遡る。



……

  

「前に来た時も思ったけどさ、どことなくフォレム見たいな匂いがするよね、この街」


 レニーがなんだか妙にウキウキとした声色で話している。

 確かにこの街、サウザンにはルナーサでは珍しくハンターが多い。

 

 なので無骨な武器をぶら下げた機兵達がノシノシと歩き回り、獲物を乗せた荷車が轍を作る姿が珍しくは無い。

 ハンターズギルドも他の街より立派な佇まいで、その敷地に一歩踏み入ったものなら、ギラギラとした荒くれハンター共の熱い視線をたっぷりと浴びる羽目になる。

 そんな空気に慣れきっているレニーがなんだかとても生き生きとしている。


 首都ルナーサのハンターズギルドは立派な建物だったけれど、なんというかこう、綺麗すぎてどこか役所のような雰囲気が漂っていたからな。


 所属しているハンターの殆どが商家と契約している連中で、なんだかお行儀が良いハンターばかりだったから……絡まれるような事はなく、ある意味理想的な環境ではあったけれど、フォレムで揉まれたレニーにとっては少し居心地が悪かったのかも知れないな。


 俺がマッピングした地図のあちらこちらには印が付けられている。

 

 これはアズベルトさんが見せてくれた地図を元に怪しげなポイントをピックアップして付けた目印なのだが、そのうちの一つ、サウザン西部には二重丸がつけられている。


 そこは既に確定済のポイント、俺の、または僚機の誰かが使えるであろうオリジナル武器……近接装備と推定される物が確認されているポイントだ。


 俺達はそこを調査依頼第一の目的地としてサウザン入りしたわけだが、まずは何時ものお約束通りギルドに顔を出そうということになった。


 所在地の報告という義務的な意味合いもあるが、多数のハンターが集まるギルドは情報収集の場として最適な場所だ。

 

 僅かであっても依頼に繋がる情報がほしい今、噂を運ぶハンターが集うギルドに寄らない理由は無いのである。

 

 地元ハンター達のを難なくスルーしたレニーはそつなく報告を済ませると、そのままギルド内の食堂に向かい、マシューやミシェルと共にソフトドリンクをオーダーし、少々早いおやつの時間を始めたようだ。


 これは別に暢気に遊んでいるわけではなく、雑談をしている体で周囲の会話に耳を済ませ、密かに情報収集活動を行っているのである。


「聞いたか、マサのやつガッボ・マッゴにやられたらしい」

「ああ、それでかよ。あいつ昼間から飲んだくれてたぜ。全くマサも焼きがまわったもんだな。ガッボ・マッゴ如きにやられるたあよ」

「それがよ、普通のよりデカかったから負けたとか言ってんだぜ?」

「へっ、でたよ、得意の言い訳かよ。ったく、情けねえ奴だよなあ」


「ゲンベーラにラック・ノーンが増えているらしい」

「ラック・ノーン? そんなの多少増えても屁にもならねえだろ」

「そうなんだけどさあ、なんかあいつら気味悪くて嫌なんだよな」


 インカムを通して聞こえてくるハンターたちの会話にチラホラと魔獣異変について関わりがありそうなネタが混じっている。


 ゲンベーラ大森林はエリアが広いためか、ポイントとしてマーキングされているのは3箇所だ。

 

 そのうち1箇所は確定済みのポイント、サウザン西部のポイントだ。

 そこではガッボ・マッゴの変異種が確認されたとアズベルトさんが言っていたが……。

 マサと言うハンターを叩きのめしたの犯人はもしかすれば、その変異種なのかも知れないな。

 

 だとすればすまない……マサよ……顔も知らぬが、謝っておこう……ごめんなマサ……。



「表の機兵は貴方達のものですか?」


 と、俺がマサの今後を祈っていると……なにやらレニーが何者かに話しかけられている。

 カメラの映像を見てみれば、どうやら商人らしい風貌の中年男性だ。

 人が良さそうな顔をしているが、商人は油断が出来ないからな……レニー、いいように言いくるめられて妙な取引をするんじゃ無いぞ。


「ええ、そうですが……何かご用件でも?」


 と、この手の交渉事に少々頼りないレニーを案じていたが、どうやらミシェルが代わりに話を聞くようだ。


 ミシェルはこの手の状況ではめっぽう頼りになるけれど、相手が商人となれば尚更これ以上無い戦力。そうだよ、我々にはミシェルがついているでは無いか。

 

「失礼を承知で伺いますが、貴方達はハンターで間違いありませんね?」


「ええ、3級サードパーティ ブレイブシャインですわ。こちらがリーダーのレニー、こちらがマシュー、わたくしはミシェル・ルン・ルストニアですわ」


「お……おお、やはりあなた方はブレイブシャインの……そして貴方はルストニア商会のお嬢様でしたか……突然お声をかけて失礼しました」


「いえ、構いませんわ。それにわたくしは今、一個人としてハンターをやっていますの。ルストニアの娘としてではなく、ハンターとして扱って下さいな。それでええと……」

  

「おっと話しかけたのはこちらですのに名乗らず申し訳ない。私はこの街で酒屋を営むマグナルドといいます」


「ええと……? その酒屋さんがあたい達に一体何の用なんだ?」


 なにか警戒しているらしいマシューがキツめの視線で睨み付けたものだから、マグナルドなる商人が一瞬ひるんだ表情を見せる……が、直ぐに元の笑顔に戻り会話を続ける。


「パインウィードのお話を聞きました。あの街道が解放されたのははブレイブシャインの、貴方がたのおかげだと」


「私達はただ手伝っただけだよ」

「ああ、そうだな。アレはあたい達だけじゃ無いよ。村の人達全員の協力があってのものさ」

「わたくし達はあくまでも手を貸しただけ、そう思っていただけると嬉しいですわ」

  

「なるほど……わかりました。とは言え、パインウィードからの流通が回復したおかげで今年もなんとか仕事を続ける事ができそうなのです。皆様に感謝をする気持ちは変わりませんよ」


「そう言う事であれば、素直に受け取っておきますわ。けれど、わざわざわたくし達に声をかけてきたのはそれだけではないのでしょう?」

 

「ええ、実は今日声をかけさせて頂いたのは、ブレイブシャインの皆様に依頼を出させては頂けないかという相談なのです」


「依頼……ですか? ええとその……」

『レニー、取りあえず話だけ聞いてみよう。今行っている調査に繋がる話が出るかも知れないからな』


 困ったように視線を泳がせていたレニーにそっと助言を送る。

 現在の我々はアズベルトさんからの依頼を受けている最中ではあるのだが、別に他の依頼を受けられないわけじゃあない。


 勿論、調査依頼の範囲から大きく離れる場所への移動が必要となるもので有れば別だが、ルナーサ国内で完結する物で有れば問題は無いし、一見無関係の様に見える事柄が調査対象に結びつく事も十分に有りうる。


 妙な取引を持ちかけてくるようならば問答無用でお断りだが、純粋になにかの依頼を出してくるとなれば話は別。


 ……まずは内容を聞いてみてだけどね。

 

「ええと、まずはお話を聞かせて貰って良いですか?」

 

「はい、それはもう、勿論ですとも。

 私はこの街で酒屋を営んでいるのですが、酒を売るだけではなく、その材料に使うハーブを酒造に卸しているのです。

 そのハーブはパインウィード近郊で育てているものなのですが、リバウッドの加工場まで速やかに運ばなければ香りが飛んでしまう厄介な物なのですよ」


「パインウィード近郊のハーブというと……ああ、ホピアンナですわね。

 なるほど、ロップリングのビアーナですわね」


「おお、流石ミシェル殿! ご存知でしたか。ビアーナの季節が近いと言うのに街道は復旧しないまま。

 中央街道を経由するルートですと、どうしてもホピアンナの品質が落ちてしまう。

 今年はだめかと思っていたら貴方がたが解決してくださったのです。本当にありがとうございました」


「いえいえ、そんな! 私達もついでだったから! ね? みんな」


「ああ、あたいはシカを食いたかっただけだしな!」


「頭を上げてくださいまし。それで、依頼内容と言うのはどのような物なのでしょうか。

 お話からすると……ホピアンナに関係する事だと思うのですけれども」


 ミシェルからさっさとぶっちゃけろと催促をされ、やや硬い笑顔を作ったマグナルドが本題を語り始めた。


「ブレイブシャインの皆様にロップリングまで護衛を頼みたいのです」

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