第百二十三話 オーバーラン
ルナーサ商人連邦最南部には、南のトリバ国境と近い街、マーディンがある。
大陸南部に位置するその街は、牡蠣の養殖が盛んで、海路を通じて直接イーヘイに輸入されているらしい。
陸路を使った場合、一度北上してフラウフィールドからフロッガイに抜け、そのまま街道をひた走りイーヘイにと行ったルートになるが、順調にいっても二週間近くはゆうにかかる。
通常の方法ではまず傷んでしまうし、仮に冷蔵庫的な魔導具を使った冷蔵車のような馬車を使ってしまえば、運搬にかかるコストは青天井となり、儲けるのが難しくなるだろう。
しかし、海路であれば話は別だ。
絶えず海水が使える船上であれば、特殊な方法で生かしたままカキを運搬することが可能で有り、移動時間も半分以下になる。
マーディンはルナーサにおける南の重要拠点というわけだ。
そしてマーディンから東に行くと、ビスワンという村がある。
ここもまた、小さいながらも重要な場所で、ルナーサ南端部で帝国領を見張る監視所があるらしい。
村と言っても元は自衛軍の拠点だった場所に商人が店を出し始めて村の体を成した様な土地なので、牧歌的な雰囲気というより、ルナーサには珍しく物々しい雰囲気がする場所なのだと言うことだ。
さて、何でこんな話をしているかと言えば……現在我々がいるのがその村なのだ。
「何処で何をまちがえたんだかなあ……」
衛星による補助が得られない世界なので、自分の足でマッピングした情報を元に現在地を割り出すという方法を取っている。
例えば今回の目的地は「大体この辺」とざっくり指で指し示された辺り、ちょうどルナーサとビスワンの中間地点くらいの場所だ。
一応そこに該当する場所を目指して移動をして居たわけだが、特に目印も無ければ特別リブッカに異変が見られる場所というのも見つからなかった。
一応マッピングはしていたつもりだし、神の山を基準点とした座標情報と照らし合わせて慎重に移動していたつもりなのだけれども……まだかまだかと移動しているうちに勢い余ってビスワンに到着してしまった……というわけだ。
けして我々だけのせいではないぞ。
アズベルトさんが広げた地図では確かに、現在地であるビスワンの辺りがリブッカのポイントであり、ビスワンはさらに南に有るように書かれていた。
この手の異世界物を読むたび、しばしば目にしてきたことだけれども、この世界の地図もまたその例にもれず非常にアバウトなんだ。
決して適当に書いたわけでは無いんだろうけれども、きっと正確に地図を作る技術、測量技術が発達していないからこうなるんだろうさ。
それ故、我々がうっかりビスワンに来てしまったのは仕方が無いことなのであった。
しかたないったらしかたない。だからスミレ、そんな目で俺を見るのはやめなさい。
止めなかった以上、君にも同様の責任があるんだからね？
「まあ、来てしまったのですから情報収集でもしたらいかがでしょうか？」
「今あたいもそれを言おうと思ってたんだ。折角だし調査していこうよ」
「あたしもだー！ あたしもそうおもうー！」
ミシェルの提案に他のパイロット達も乗っている。
ミシェルのは本心、二人のは建前。
どうせ
「まあいいや、一応宿屋もあるようだし、折角だから今夜はこの村に泊まろう。
その代わり……きちんと情報収集はするんだぞ？」
「「はーい」」
「勿論ですわ」
真っ先に良い返事をした二人は信用できんが、ミシェルはしっかりとやってくれることだろう。頼むぞミシェル、どうかうまく二人にも仕事をさせてやってくれ……。
先に宿を取っておこうと、村唯一の宿『マリンパークビスワン』に向かった。
マリンパーク、そうこのビスワンもまた海に面しているのだ。
港町というわけではなく、海からやや離れた高台に村が作られているのだが、海に向かってなだらかな道が作られていて、その先には小さな港がある。
それは漁港と言うよりは軍港と言った感じだけれども、それでも漁船は存在し、わずかではあるけれど水揚げがされているようで、村内の店では新鮮な魚貝を販売していた。
バックパックには大量の食料が熱々のまま入っているとは言え、流石にその場の雰囲気までは収納することが出来ない。
屋台で売られている食べ物は、買って直ぐその場で食べるのが何より旨い食い方だ。
まして、高台にある村には海が一望できる展望台がある。
そこで食べる屋台飯はさぞや旨いことだろうさ。
マシュー達が目の色変えて『寄ろう』といった意味が良く分かるよ……ちくしょう。
……レニー達がきちんと仕事をして居るか聞き耳を立てるとしよう。
予めインカムはきちんと装着して貰っている。
なのでその気になればいつでもあちら側の音声が聞こえてくると言うわけだ。
盗み聞き？ 失礼な。きちんと仕事をしているか確認するだけだよ。
『なあ、おっちゃん最近変わったこと無かったか？ あ、その貝焼いたの３つ』
『はいよ、火傷すんなよ。変わったことか？ そうだな、迷いリブッカが増えたって軍が言ってたな』
む……意外なことにマシューはきちんと仕事をしているようだな……。
買い食いはしているが、ただで情報は得られないからな。まあ、許してやろう。
しかし北だけではなく、こちら側にも移動してきているわけか……中々に良い情報が得られたな。
『えっと、そこの紅い魚３匹……いえ、4匹下さい！ 塩たっぷり振ってね！ あと、何か変わったことありませんでしたか？』
『変わった事って言われてもなー……ああ、乾物屋のシゲが変なもん見たって言ってたな。
っと、魚おまちど！ 熱いうちに喰えよな！』
レニーは焼き魚を買ってるのか……くう、スミレの分まで買ってるのがにくい、本当ににくい……いやいや、俺まで任務を忘れてどうするんだ。
ええとなになに、乾物屋か……どれ、頼りになる者を向かわせてみるとするか。
「ミシェル、乾物屋のシゲという人が何か変な物を見たらしい。
乾物を仕入れるついでに聞いてみてくれないか？」
『了解ですわ』
狭い村なので店はどれもが固まって建っていて、海に降りる道沿いに商店街のように並んでいる。
情報収集は店のほうがやりやすい、というわけでミシェルもまた店を回っていたようで、間もなくミシェルが乾物屋に到着したらしい声が聞こえてきた。
露骨に情報収集をすると言う事はせず、あくまでも買い物ついでの雑談という体を取っている。
この辺りは流石だな。情報収集は自然に！ と言ったのをレニー達なりに解釈した結果があれなのだが、改めて比較するとレニー達のは露骨すぎるよな。
その点ミシェルは……。
『あら！ 珍しい、これはイカで出来たコップですの？』
『ああ、これに暖めたリーン酒を入れて飲むと酒好きにゃイチコロなんだぜ』
『それじゃあ、それを５つほど頂けます？ ザルのように飲む知り合いがいますの。きっと喜びますわ』
『はっはっは、そりゃいい土産になるぜー、お嬢ちゃん……っと、
お嬢ちゃん見慣れねえが、旅人はこんなとこに来ねえよな、商売かなにかかい？』
何もしていないのに、特に誘うような話術を使っていないのに自然と流れが質問しやすい方向に向かっていく。
この世界に【スキル】というものが有るのかどうかは知らないが、話術スキルの類が発動していると言われてもおかしくはないな……。
『マーディンに当店で契約している養殖棚がありましてね、それの様子を見に来たのですが、最近首都の方にもリブッカが出るようになって困っていましてね。この辺りはどうかなと様子を見に来ましたの』
『ほう、首都にリブッカが？ ああ、そういやここらでもリブッカが増えたって話は聞くなあ』
『やっぱりこの辺りにもでますのね……タケノコの被害が酷くって……父の好物なものですから嘆いてましたわ』
『ああ、そりゃあいけねえ。グレートバンブーのタケノコはうめえからなあ。
しかしリブッカねえ……ああ、そうだ関係あるかは知らねえけどよ、俺ぁこの間変なのを見ちまったのよ』
『変なもの……ですの？』
『ああ、見た事ねえ真っ黒い魔獣でよ、それもな、空を飛んでたんだ！ あそこらにゃ飛ぶ魔獣は居ねえからな、恐らく帝国側から飛んできた魔獣かも知れねえなあ』
飛ぶ魔獣、つまりは鳥形の魔獣と言うことか？
射撃武器が無い当パーティーにとって非常に相性が悪い敵だ。
たまたま見かけただけで、リブッカとは関係ない……と言うのならいいのだが、それが原因となると非常に面倒だな……。
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