第百十九話 調査進展……か

「はあああああああ!!」


 槍から日本刀リーンソード雪月華セツゲツカ】に持ち替えたミシェルは昨日とは打って変わり、水を得た魚のようにリブッカを次々と屠っている。


 聞けば別に上手く扱えないから苦手なのでは無く、槍の方が上品に扱えるから、刀を握るとどうしても荒々しくなってしまうから持ちたくはなかった……そういう事らしい。


 なので『刀を振る姿というのはたおやかで美しく見えるものだよ』と、柄にもなくウロボロスのような事を言ってみた所、なぜだかとてもやる気を見せ、意気揚々と鞘装備用のパーツをウロボロスに取り付けさせていた。


 前に居合の動画を見せてもらったことが会ったけれど、あれは本当に美しかったからなあ……時代劇の殺陣なんかもそうだけれども、上手い人が扱うと本当にきれいなんだ。

 

 ミシェルも苦手と言っている割には結構な腕前で、地形による有利不利もあるのだろうけれど、刀を振る姿のほうが槍よりずっと様になっている。


 ウロボロスが刀を振る姿がとても綺麗で―― 


「流れる水の如く美しい剣技だな」

 

 ――と、思わず口に出してしまったけれど、ミシェルがとても嬉しそうにしていたからよかった……。


 スミレはニヤニヤしていたけれど。


 3級サードを持っているだけあって、流石の強さだ。今後は槍と刀を切り替えながら良い活躍をしてくれることだろう。


 ……近接職が3人という頭が痛い状況なのには変わりないけれども。


 この日はリブッカを計12体も討伐と、中々の結果を得られた。

 事前にアズベルトさんから『獲物はギルドに卸していいよ』と言われていたため、これは後でギルドに寄って査定してもらうんだ。


 食べざかりのパイロットが3人も居るからね。お金はいくらあってもありがたいのさ。

 

 帰り道、またスミレが空を気にしていたけれどやはり何も反応はなく。

 しかし、リブッカの件もあるため、怪しい気配は放ってはおけない。


 どうせ納品するためにギルドに寄ることだし、ついでに職員から話を聞いてみることにしよう。


……

  ハンターズギルドの解体所にリブッカを預け、その間にギルド職員、ライラから話を聞くことにした。


 スミレが感じている気配……もしかすれば噂の正体かもしれない存在も気にはなるけれど、まずは先ずはリブッカについての詳しい情報からだ。

 

 図鑑があるからと、特に生態を聞かずに調査に出ていたが、図鑑には載っていない生のネタも大切だからな。

 

 思ったよりも生息数が多く、調査のためにより詳しい情報を仕入れたかったので話を聞くことにしたんだ。


「リブッカの生息地は本来ですとゲンベーラ大森林の浅場か、キャリバン平原なんですよ。

 ルナーサで狩られるリブッカの殆どはゲンベーラ産なのですが……グレートバンブーに現れているのはほぼ確実にキャリバン平原から北上した個体でしょうね」

「キャリバン……平原ですか」

  

「ええ。キャリバン平原は大体ルートリィからまっすぐグレートバンブーを越えたあたり……ビスワンから見れば北部に広がる平原ですね。

 その辺りは帝国との国境に面しているため、街や村はおろか街道も無く未開の地になっています。

 平原への進入は制限されていて、なにかの依頼で向かう際には許可証が必要となりますので、気をつけてくださいね」

 

 国内であればどこでも自由に行けると思っていたが、そうではないらしい。

 トリバではそのような面倒なことは無いみたいだけどね。

 

 これはルナーサ商人連邦独自の決まりで、未開地に誰が入ったのかをきちんと管理することにより、勝手な開発を防ぐというのがひとつめの目的。

 それと、街道すら無い未開地であり、帝国との国境というのもあって安全面を考慮しての制限というのがふたつめの目的のようだ。


 未開の地で不幸にも倒れてしまっても、届け出がされていれば帰還予定日より大きく遅れた場合に救助依頼が出される仕組みになっているらしい。


 また、何かしの理由で帝国とトラブルが発生し、連行されてしまった場合にも勿論、同様に救助依頼が発生すると……。


 ううむ……それを聞くと中々に物騒で近寄りがたいな。


「前にも何度か依頼で向かったパーティーが居ましたが、概ね10日以内には帰還していましたのでもし行くのであればそのくらいの予定で届け出を出すと良いでしょう」


「ありがとうございます。それで、グレートバンブー周辺で空を飛ぶ魔獣……なんて報告はありますか?」

 

 俺が伝えた通りレニーが例の話を一応聞いてくれている。

 

 スミレに限って気のせい、ということはあまり考えられない。

 前にギルドの職員から『見慣れない魔獣がいるらしい』とも聞いていたから、何か詳しい情報があればそれも知りたいんだ。


「見慣れない魔獣……の報告はありましたね。ただし、それが飛行する魔獣かどうかまではわかりません。

 報告に上がっていたのは、竹林になにか黒い魔獣がいたという話と、近寄ろうとした瞬間、姿を消してしまったという信憑性が薄い情報でして……」


「そうですかー。じゃあもし何かわかったらこちらからも報告しますね」


「ええ、未知の魔獣報告は我々としても助かりますので、その時はお願いしますね」


謎の機体についての情報はイマイチだったが、リブッカについて大きな収穫があったな。

 図鑑に記載されていたリブッカの生息地はゲンベーラ大森林だけで、キャリバン平原の名はなかった。


 それは恐らく、進入に制限がかかっている場所だからみだりに行こうとしないように考慮されたからなのかもしれないね。


 リブッカがキャリバン平原にも生息していて、ギルドがそこから北上していると判断しているとなれば……調べないわけには行かないよね。


……

  

 本日もまた、ルストニア家に戻って早々に汗を流した乙女軍団が現在我々の基地と化している格納庫でまったりとしながら作戦会議をしている。


「でさあ、どうする? あたいは別にこのまま竹林で駆除を続けてもいいんだけどさあ」


「うーん、気になるっちゃ気になるんだよねえ。ヒッグ・ギッガもそうだけどさ、本来の生息地ではないところにいる魔獣って厄介なことに繋がるからねえ」


「と言いますか、リブッカの件は既に厄介事として話題に上がってますし、わたくしとしては原因を突き止めたいですわ」


「ヒッグ・ギッガの場合はボスの座を追われた個体が迷い込んだのだろうと推測できるが、群れで移動しているリブッカだとまた話が違うからな。

 俺が居た世界でも似たようなケースはあってな、本来シカが生息しない地域にいつしか群れで現れ、繁殖までしてしまってな。畑の作物を食い荒らすもんだから大問題になったんだよ」


「へえ、そっちにもシカっているんだな。それで、原因はなんだったんだ?」


「ああ、色々だな。人間によって生息地が開拓され居場所を求めて移動するパターン。

 逆に異常に繁殖した群れが餌を求めて本来の生息地を外れて大移動したというパターンも有るし、気候の変化によって暖かくなった土地に移動した……と言うケースも有る」


「それってなんにしろ『お腹がすいたから、もっと食べたいから』ってのが理由につながりますよね?」

「そうだな、生き物である以上、生きるために食い物は必要だ。となれば……」

「キャリバン平原になにか異変が起きている、その可能性はありますわね……」



 職務を終え、格納庫にやってきたアズベルトさんに会議内容を含めて本日の報告をする。


「成る程、キャリバン平原になんらかの異変が発生し、餌を求めてこちらにやってきたか……。

 移動するにしても南のほうがより過ごしやすいと思うんだけど、わざわざこっちに来る理由が気になるね。

 平原は少々危険だけど……調べないわけには行かないね。引き続き君たちに調査をお願いしていいかい?」


「あたいはかまわないぜ」

「勿論、依頼とあれば何処へでも!」

「ブレイブシャインとしての初仕事ですもの、やり遂げますわ!」


 パーティの結束は固く、誰ひとりとして意見を違えるものは居なかった。

 許可証が必要なほどに危険な場所だと言うのに、弱音を吐くような者はいない。流石は乙女軍団、流石はブレイブシャインだ。

 

 では、早速明日の行動予定をと、話し合いを始めた時、バァンと音を立てて屋敷へと繋がる扉が開かれた。


「ミシェル! 帰ってたのね! 帰ってたのなら言ってくれればいいのに!!」


「お、お母様? 言ってくれもなにも……お母様は居なかったじゃありませんか……」


 ミシェルにお母様と呼ばれた綺麗な女性がうるうるとした瞳で駆け寄ってくる姿が見えた。

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