第百十一話 ファーストバイト
昇降機で上に戻ると、先程お茶をご馳走になった部屋はちょっとしたパーティ会場のような姿へと変貌していて、立食形式なのだろうな、メイドさんが控える各テーブルの上には様々な料理が所狭しと並べられていた。
つやつやとした鳥の丸焼き、ローストビーフの様な何か、分厚いステーキ……といった、うちの乙女軍団が泣いて喜びそうな肉オールスターズ……そして、如何にも手が込んでいそうな煮込み料理に何かパテのようなもの……さらにはスープバーのように並ぶスープ達。
そして……ルナーサという恵まれた漁場に育まれた海産物!
ぷりぷりとしていそうな大ぶりのエビ! ジューシーな身をフワリと魅せるカニ! ああ、彼処で湯気を立てているパリっと焼かれたタイのような魚……やばいなあ……。
並べられている料理たち……それら全てが数値データで「これらはうまい」と現されている。
「うわっ! め、めしだぁ……」
「こら! マシューお行儀が悪いよ!」
そういうレニーも涎が垂れかけている。
全くしょうがない奴らだ、恥ずかしい……。
「はっはっは、カイザー殿、そんな顔をしないで下さい。いったでしょう、遠慮はいらないと。
レニー殿、マシュー殿。遠慮なく召し上がって下さい」
その声を聞くやいなや、「いただきます!」と素早く叫び取り皿とともに各テーブルを駆け巡る二人。
いや、遠慮が要らないにも限度というものがあるんだぞ、レニー、マシューよ……。
「おいひい、おいひいよ、このえび~~」
「やばいな、ルナーサやべえな! 肉も美味いし魚もカニもうまい!」
ここまで旨そうに飯を食うやつはなかなか居ない。
その姿はアズベルトを微笑ませ、ミシェルを和ませ、そして俺を悩ませる。
食欲というものを忘れかけていたと言うのに、プリプリのエビや艶やかなカニ。
そして何と言っても湯気を立てているタイの様な魚の塩焼き……。
あれを食べつつ日本酒でもやったら最高だろなあ!
ああ……ああ! 機械の体であることが本当に恨めしい!
中途半端にデータで「旨い」と知ってしまっているのだ、尚更恨めしい、恨めしいよお……。
みればスミレもあっちやこっちのテーブルを文字通り飛び回りながら舌鼓を打っている。
あのスミレですら夢中にさせるのだ、俺の食欲が甦るのも決しておかしな話ではない。
……ん?
いやいや! おかしい! おかしいだろ!
「おい、スミレ!」
「むぐっ、食べているのに急に呼ばないで下さい、カイザー」
「おかしいだろう? おかしいだろう!? どうして君がご飯を食べているんだ?」
「おかしなことを言いますね? 私だってブレイブシャインの一員であり、皆と共に苦労をした身。
ご相伴に預かる権利はありますし、私の小さな体くらい1つや2つ増えた所でレニー達の取り分は減りませんよ」
「わ、
頭がぐちゃぐちゃになって思わず感情的な声を出してしまう。
それを聞いたスミレは少々考え、ああ! というような顔で口を開く。
「それでしたら簡単な話です。この身体を作る際に魔獣の消化システムを参考にした輝力吸収システムを造りましたから。
待機中やパイロットから得られる輝力以外にも、他の物質から輝力を得られるようにしたのです。
つまり、食事機能ですね。これで何かの時は単独行動をしても輝力切れになりませんよ」
反則だ……。
単独行動時を想定してーみたいなことを言っているが絶対に建前だ。
俺は知っているぞ、楽しげに茶を飲み甘味を食べ飯を食うレニー達を羨ましそうに見ていたのを。
データ収集が趣味のようなスミレにとって、
スキャンしたデータ以外にも自ら味わってみたかったんだろう?
わかる、わかるぞ! わかるからこそ!
「ど、どうして
「何を言っているんですか? カイザーにはその立派な御身体がありますよね?」
「わ、
「えっ……!?」
スミレがポカンと『その発想はなかった』という顔をしてこちらを見る。
たしかにオリジナルのカイザーであればさ、飯に憧れを持つなんてことはなかったろうよ。興味を持つことはあってもここまでじゃあ無いはずだ。だって彼は
うちのスミレは原作のそれとはまた別の存在と言えるものと化しているけれど、それでも彼女が持っている基礎データの殆どは原作準拠のものだ。
カイザーとはこういう存在であり、こういう性格で、こういう思想なのだ――そういった俺のパーソナルデータを元にして俺との付き合い方を適切なものにしている……んだと思う。
なので、
輝力ではなくごはんを食べて得たエネルギーで動いていた生き物だ。
『カロリーの数値は旨さを現している! なに? 1180キロカロリー? 構わんやってしまえ! 明日の自分が処理をする! なあに、喰った分運動すれば良いのですよ! ……する時間があるかどうかはおいといて』
……そんな人間だった記憶が残っている以上、飯に対する想いはスミレ以上にある。
けれど、ロボの身体では叶わぬと諦めていたんだ……なのに、なのに……。
「カイザー……まさか貴方も私と同じく探求者だったなんて……。
気が付かなくてごめんなさい、ほら見て下さいこの魚! 塩がきいてとても美味しいですよ。今データを共有しますね」
「スミレからのデータじゃなくて自ら得たいんだよ……その情報をさ!」
「うーん……私的にカイザーがその身体以外で動くのは望ましくないのですが……。
そうまで言うのであれば、何か考えておきます……今日の所は我慢してください、カイザー」
と、それだけいうと、スミレはニッコリと笑みを浮かべて素早く飛び去っていき、またハチドリのようにあっちへこっちへとテーブルを飛び回っては料理を蹂躙していく。
ぐぬぬ……おのれ、おのれスミレ! ほんとうに、本当に頼むぞ!
美味そうに料理を食べるスミレを指を加えてみていると……我々のやり取りを見ていたらしいミシェルがこちらにきて頭を下げる。
「ごめんなさい、カイザーさん……。まさか貴方が食事を摂りたがっていたなんて知りませんでしたわ……これまでカイザーさんの前で美味しい、美味しいと無遠慮に食事を摂っていましたが、その度カイザーさんを傷つけていたのですね……」
「い、いや、大丈夫、大丈夫だからミシェル。ほら、顔を上げて? 別にそこまで気にしてないからさ。この体は別に食べなくても平気だし、腹だって減らない。今の自分にとって食事というのは単なる娯楽的な物でしか無いのさ。ただ、スミレが食べられる様になったなら自分も――って、好奇心が湧いただけなんだよ。気を遣わせてしまったね、ごめん」
「そんな、謝らないでください……いえ、うん、そうですね。じゃあこうしましょう? いつかスミレさんに身体をなんとかしてもらえたら、その記念に私が美味しいお酒と料理をごちそうしますわ!」
「それは嬉しいね、その時が来たら是非頼むよ!」
思いがけず出てしまったいい笑顔で約束すると、それに満足したのかミシェルもまた、にっこりと微笑んで。
「それではまた、後ほど」
と、会釈をしてレニー達のところへ歩いていった。
向かった先で両手で海老を握ったマシューを見つけて苦笑いをしている……ああ、ほんとマシューはもう……でも、いいなあ……いいなあ……海老……。
本当に、本当に頼むよ、スミレ……!
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