第九十八話 リバウッドのギルド

 無事を乗り越えた我々は門での身分確認もスムーズにクリアしていよいよリバウッドへと足を踏み入れた。


 大きな街道が街の中をそのまま通っているため、大通りはやたらと立派だ。

 街の規模としても、フォレムより大きく、なんだか随分と都会に来てしまったもんだと少々落ち着かない。


「じゃあ、先にハンターズギルドに寄らせて貰うね。ミシェルもう少しだけ我慢してね」『ええ、構いませんわ』


 ハンターはギルド支部がある町や村に着いたら顔を出すのが半分義務化しているらしいからな。それに今回は東街道復旧の件もある。既にギルドには話しが言っていると思うけれど、きちんとレニーからも報告しておかなければいけないだろうさ。



 レニー達がギルドに入ってからまもなくして、ギルド職員、ナナイと名乗る猫耳の女性がレニー達を別室に通し報告が始まった。


 無駄に感情を込めて熱く語りすぎるレニーの説明をマシューがザックリと簡潔に補い、それをミシェルが綺麗にまとめるという見事な連携でなんとか報告が進んでいく。


 そしてなんとか無事に報告が終わって解放されそうだ……と思ったんだけど、どうも途中から雲行きが怪しくなったんだ。

 

「――これでまた近道を通れるようになりましたので、商人さんが護衛依頼等に来た際には伝えて下さいね。それじゃ、報告はこんくらいですし、もう行っても良いですよね?」

「はいそうですね……って、待って、待って下さい! これは軽い報告だけで済ませられるお話じゃ無いんです。ちょっとした事後処理がですね」

「えー? つってももうパインウィードですませたしさあ、ここのギルドですることなんて無いだろ?」

 

「いやそれがそうもいかないんですよ……少し説明させて頂きますね」


 ……おかしいな。パインウィードでしっかりと報告を済ませてきたから、もうあの件については面倒な処理なんて無い筈なんだけど。


「東街道に繋がっているのはパインウィードだけでは無く、リバウッドも同様です。

 当ギルドとしましても、災害箇所の調査依頼を出し、その情報を元にして討伐依頼をギルドに貼り出して討伐者を募りました。

 しかし、誰もそれを剥がしません。調査依頼ですら……です」


「あー……ありますよね、そういうの。報酬と内容が釣り合っていなかったり、美味しすぎたりするようなのは明らかにヤバい依頼だったりしますもんね」

「ミシェルの奴みたいにな!」

「ううう……もう言わないで下さいな」

  

「そうですね。ハンター達は勘が良いですからね……。

 内容がシンプルなのに報酬が高い依頼には余り手を出したがらない……そう、今回の依頼のように!

 ……そうしている間にもパインウィードの支部長さんからは定期的に泣きが入ったお手紙が届くし……商人達からもなんとかしてくれと言われるし!」


「確かに、商人にとって東街道が使えないとなると不便ですからね。

 わたくしは護衛の者から『申し訳ないが街道が封鎖されたようなので遠回りします』としか聞かされてなかったのでまさかあんなことが起きていたなんて知りもしませんでしたが、間もなく商人ギルドの方でも問題に上がっていたはずですわね」


そうです、そうなんです、それくらいの大事だったんです、この街でも――と、ナナイさんが力強く頷きながら相づちを打っている。


 つまりは、この件はパインウィードだけでは無く、この街でもそこそこ重要視していた災害で、リバウッド支部としてもきちんと調書を取りたいとかそういう感じの流れなのかな……なんて思ったら、また話しが妙な方向に転がっていく。

 

「それで、こんな事を聞くのもアレなんですが……あの、パインウィード支部からきちんと報酬が支払われましたか……?」

 

「ああ、それなら一部現物支給で貰いましたよ」

「げ、現物支給ぅ?」


「はい、現物支給です。討伐報酬を直ぐ払えないとかで? 取りあえず」

「パインウィード支部なら……まあ、そうなりそうですけど……あの、ヒ、ヒッグ・ギッガを? 現物支給……じゃあ、それはまだパインウィードに?」

 

「ああ、いえいえ。私の機兵は良く分からない機能で恐ろしい収納力を持っているんで、そっくり持ってきていますよ。スーさんからも『邪魔なので持って行ってくれ』と土下座されましたからね……」


「うう……あの子らしい……ごほん。

 それが本当なら是非を確認させて頂きたいのですが、ヒッグ・ギッガとなれば場所が問題ですね……。

 この町のギルドにはフォレムのように大きな解体場もありませんし、あってもアレじゃあ……うーん、そうだ! 部分的に何か討伐証明になるような物を出すことは出来ますか? もし本当ならそれくらい簡単にできますよね」


 あ、これちょっと疑ってる奴だな? まあ、そうだろうね。あのデタラメな機能は普通に考えたらあり得ない存在だもの。


 ……というかストレージ機能もあんまりおおっぴらにしない方が良いような気がするんだよなあ……まあ、もう今更だけどさ。


 しかし、討伐証明か。何を出してやったら良いかな?

 かさばらないような物で、それとわかるような物……そうだ、奴の魔石でも出してやろう。ひびは入っているがアレだけデカい魔石はそう無いだろうし、いくらでかいと言っても3m程度だ。あれなら街中でも邪魔になる事は無かろうよ。


 その事をレニーにそっと伝え、それくらいの物を置ける場所に案内するよう伝えさせた。


「なるほど、本当に魔石を出すというのであれば表で……いや、裏の解体場に行きましょうか。そこならヒッグ・ギッガを収納しているという機兵も一緒に入れますしね」


 というわけで、戻ってきたレニーが俺に乗り込みギルドの裏手に移動する。

 先頭を歩くナナイさんが時折此方をチラチラと見てくるが……やはり珍しいんだろうな、このタイプは。

 

 魔獣の解体場と聞いて、なんとなく生臭いイメージを浮かべてしまったけれど、ここの魔獣は生ものでは無く機械だ。

 

 案内された場所は血生臭い市場のような場所では無く、車の解体場……いや、リックの工房のような広々とした施設だった。


「ここなら良いでしょう。では魔石を出してみて下さい」


 半信半疑で俺越しにレニーを見つめるナナイさん。

 ふふふ、その疑いに溢れた眼差しが……一体どんな目に変わるかな。


「じゃ、そこに出しますので気をつけて下さいねー」

「出す? えっと、置くじゃ無くて? …………わっ!」


 ゴトン、と音を立てて何も無いところに巨大な魔石が姿を現す。

 大きくヒビが入っているが、内包された魔力は健在のようで、淡く青い光を発している。

 ……なんだか近くに居ると身体に悪そうに見えてしまうのは、きっと俺だけなのだろうな。


「わ、わわ……! た、たしかにこれは……大きな魔石……む、むむむー、ほ、本当にこんな……ちょ、ちょっと待ってて下さいね!」


 バタバタと凄い勢いで何処かに駆けていき、直ぐにバタバタと戻ってきたナナイさんは人を連れて……いや、引きずってきた。


「はあはあ……彼は……サジ……解体場の……責任者……です……」


 全速力で走ったのだろう、息も絶え絶えに紹介している……けれど、連れてこられた方はそれに輪をかけて死にそうな顔をしている……大丈夫?


「僕……は……はあはあ……サ、サジで……す……よろし……く……さて……おお!これは……大きい……はあはあ……とても大きいですね……はあはあ……」


 彼もまた、息が荒い……。そのせいでなんだか少々会話がいかがわしく感じてしまうけれど……そんな事を考えてしまっているのも……俺だけだろうな。

 

 サジは今にも倒れそうにしていたけれど、魔石を見ると直ぐに目の色を変え、妙に生き生きとした顔で鑑定を始めている。


 あちこちペタペタと触りながら、時折拡大鏡かなにかで覗き、なにかの道具をあてながら全体を細かく調べている。


「ナナイさん。こりゃあヒッグ・ギッガの魔石で間違いない。しかも見てくれ、このサイズ。ハグレにしてもかなりのデカさだよ。スゲえな、お嬢さん方。よくまあこれを討伐したもんだ」


「えへへ……私達だけの力じゃ無いですから」

「ああ、そうだ。村の人達と、このミシェルの協力あってのもんだからな」

「あら……私はそこまで……うふふ、ありがとうございます」


 これで収納しているってのも信じて貰えたかな? というか、どうしてそこまでそれに食いついたんだろう。なにか引っかかることでもあったのだろうか。


「確かに貴方の機兵が持つ特異な能力については理解出来ました。そこでその、確認ですが、魔石以外の証明部位を出すことは出来ますか?」

「魔石以外の?」

「ええ、出来れば私どもに譲っても良いと思える物で、ヒッグ・ギッガの物とわかる物が望ましいのですが……魔石は流石に値が張りますので、別の物が有れば是非」


 どういうことなんだろう? 資料として買い取りたいとかそう言う事なのかな?

 お金はいくらあっても構わないし、ヒッグ・ギッガの素材も今のところあっても困るだけだからな……ああ、そうだ。どうせ対の片方はスーに渡しちゃったんだし、顔のパイプをどんと1本渡してしまおう。


 リックに見せれば何かしら使い道を見いだしてくれそうだけれども、そんなことを言ってたらきりが無いからな。


 レニーとマシューに通信を入れて相談すると、静かに頷いて了承してくれたので、話しをその様に運んで貰った。


「そうですね。1本はパインウィードに証明部位として納品したので片方だけとなりますが、顔部分の大型冷却パイプを納品しますね」

「おお! ヒッグ・ギッガのパイプを!? ナナイさん、なかなかお目にかかれる物じゃ――わわわっ!? い、今どこから?」


 話しが長くなりそうだったので、ドスンとだしてやると、解体士のサジが驚いた声を出している。ナナイさんもびっくりした顔をしているが……まあ許して欲しい。


「……ありがとうございます。これならば討伐証明として十分です。さて、納品をお願いした理由ですが……――」


 ナナイさんの話しによると、パインウィード支部長のスーは元々ナナイさんの後輩で、近年出来たパインウィード支部の支部長として栄転したのだという。


 しかし、何処か抜けているため、ちょいちょいやらかし癖が有る子らしく……今回我々に提案した現物支給という提案はあり得ない事らしい……。


「討伐報酬を後払いにしたのは良いでしょう。あのギルドはその、アレですので。

 しかし、本来ならば討伐したハンターの所有物である獲物を、増して協力者があなた方に権利を譲った物を報酬として渡すなんてあり得ない事です。

 ……あなた方がそれで良いとおっしゃったのであれば、余り叱ることはできませんし、出来れば上の方にも軽くすませて貰えるようにしたいところなのですが……」


 まあ、その辺りは俺達も少し変に思いはしたけどね。でも、そもそも我々はまともに依頼を受けてやったわけじゃあ無いし、報酬が欲しいわけでも無かったからなあ……ギルドも流通が止まってカツカツなのもわかってたしさ。


 レニー達もまた、そんなことを言って宥めようとするが、ナナイさんは収まらない。


「しかし、そんな事ばかり言っているとギルドが成り立たなくなりますからね。ハンターとギルドの信頼関係は無くてはならない物なのです。そこで……補填というわけではありませんが――」


 と、提案されたのが冷却パイプの納品である。

 既にパインウィードで討伐クエストの報告は済ませているし、ヒッグ・ギッガ討伐依頼は完了しているのでは? なんて思ったのだけれども、それについてナナイさんからしっかりと説明がされた。


「ヒッグ・ギッガによる東街道封鎖は我々リバウッド支部としても頭が痛い問題でした。ですので、先にお話したとおり、討伐依頼を出して報酬を用意していたのです。

 さて、パインウィードとリバウッド、どちらのギルドからも依頼が出ていた場合、両方受託しておくとどうなるのでしょうか?」


「え、えっと……も、もしかして両方に報告出来るんですか?」


「その通りです。貢献度は流石に重複させる事はできませんので、同一性が認められる依頼に関してはいくら報告をしても1件分として本部データベースに記録されます。

 けれど、報奨金は別です。パインウィードはパインウィードの事情で、こちらはこちらの事情で賞金をかけて居るのですから、両方から貰えるのは当然の事なのです」

  

「なるほど……つまり、後付けでブレイブシャインが受託していた扱いにして、リバウッド支部からも報奨金を支払うということですのね」


「そうなりますね。パインウィードはこの町と縁が深い町ですし、何よりうちのギルマス……ギルド長が胃を痛めていた原因を解決してくれたわけですし、受け取って頂く理由は大いにありますよ……スーの事も有りますしね」


 なんだか狐につままれたような気分になったけれど、貰える物は貰っておきたい。お金はいくらあっても困らないからな。


 と言う事で提案を快諾し、パイプと交換に報奨金を受け取ると、ナナイさんのお勧め宿である「清流荘」にそそくさと移動した。


 なぜ、そそくさと移動したのか? それは報酬を受け取った後のレニーとマシューがポンコツと化してしまったからである。


 金貨二十枚、それがその報酬だったのだが……。


「少ないけどごめんなさい」といってナナイさんから渡されたその金額、それ自体も少ないという割にはかなりの金額だったのだが、報酬金にはそれ程酷いリアクションを見せなかった……レニーの手はその時点でも軽く震えては居たが。


 問題はその後、サジがぽつりと漏らした一言である。


「はあ、しかしこの機兵の収納箱にはヒッグ・ギッガがまるごと収まっているのかあ。

 ボコボコにしたとは言え、売ったら一体いくらになるんだろう……。

 ヒッグ・ギッガは珍しい上に大きい、そして丸々一つ持ってるとなりゃあ……ああ、こりゃ家が3件は軽く建っちまうな……」


 家が建つ、それを聞いた瞬間、レニーとマシューが動かなくなってしまった。

 言葉の意味について、ミシェルに尋ねてみればそれは白金貨の隠語であると。


 白金貨は日本円にして約一千万円、3件分、白金貨3枚相当の素材がストレージにしまい込まれている。

 そんな話をされた二人は驚きの余り何も考えられなくなり、動かなくなってしまったのだ……。


 その後は酷かった。ミシェルが二人を無理矢理それぞれのコクピットに押し込み、俺やオルトロスの自立機動で宿まで移動する羽目になったのである。


 ヒッグ・ギッガの価値は兎も角として、思いがけず旅の資金が出来たのは良かったな。

 今回の件はこれからギルド長の方に話が上がるんだろうが、面倒な事になる前に明日は早く町を出よう……。

 のんびりしてると妙なフラグが立って厄介ごとに巻き込まれかねんからね!。

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