第九十七話 カイザー職質される

 我々の旅は快調すぎるほど快調に進んでいく。


 東街道を行くリバウッドまでの道なりは平和そのもので、他人と言葉を交わすと言っても、時折すれ違うハンターと情報交換をする程度でイベントらしいイベントも発生せず。


 平和なのは良いことだけれども、正直に言えば少々退屈な旅路であった。


 いや、少し面白い事があったか。


 レニーはハンターと出会う度に、街道が復旧したことを伝えていたのだが、素直に喜ぶ者も居たけれど、それを疑う者も少なくは無かった。


 この場合、話しを疑うハンターの方が賢い……いや、腕が良いハンターと言える。

 何故疑うかと言えば、復旧がされない理由――ヒッグ・ギッガの情報をきちんと掴んでいて、その恐ろしさをきちんと理解しているレベルのハンターだからだ。


 あんな魔獣、普通に考えたらばそう簡単に討伐出来るような物じゃ無い。

 国から防衛軍が派遣されるか、フォレムのハンター達が大勢駆けつけるかでもして大規模な作戦を立てなければ敵う相手ではない。


 そしてそんな作戦が実行された場合、嫌でも噂になって耳に届くはず。

 未だその様な噂が流れていないのに、復旧したと言われても疑ってしまうのは当たり前の話しなのだ。


 なので……


『あたし達が村のライダー達と協力して討伐したんですよ』


 と、レニーが嬉しげにハンター達に伝えると、彼らはゲラゲラと笑い転げることになるわけで。


『ひい、ひい。お嬢ちゃん、冗談いっちゃいけねえ。確かにそこに強そうな機兵は居るけどよお、お前の機兵は……こ、この馬だろう? 珍しいが戦えるようには見えねえ……

 そ、それに……パインウィードのライダーとって……あんなボロい機兵に何ができんだ』


 なんて、ついつい言い過ぎてしまうわけで……彼らの言い分もわからんでも無いからね? 俺はそこまでムカつかなかったよ。


……俺はね。

 

『情報をきちんと理解し拡散して貰うべきですね』

 

 なんて、スミレが冷たい声で言ってさ、バックパックからヒッグ・ギッガを取り出してドスンと置くんだもん。開いた口が塞がらなかったね。


 勿論ハンター達はパニックを起こすわけで……場を収めるのが少しだけ面倒くさかったな……。


 少しだけ胸がスッとしたけれど、流石にアレはやり過ぎだった。場所が場所ならもっと酷い大騒動になっていただろうからね。


 その辺りをチクッとスミレに言ってみれば、しれっとした顔でこんなことを言うんだ。


『別に馬鹿にされて腹が立ったわけではありませんよ。きちんと脅威が去ったと理解して欲しかっただけです。実物は何より説得力があるでしょうから』


 絶対嘘だ……ただ単にムカついただけでしょ、スミレさん……。

 変な噂が広がると困るんだから、ほどほどにしておいてくれよな……。


 そんな具合に、少々のやらかしがあったけれど、そんな真似が出来るのもここまでだ。


 街道の先に見え始めたのは宿場町リバウッド、流石にここまで来ればひと気が多い。下手なことは出来ないしさせないようにせねば。

 

 リバウッドは中央街道と東街道、そしてオグーニ街道と3つの街道が交差する所に位置する大きな街だ。


 ここから北に行けばパインウィード経由でフォレムへ、西へ行けばボックストンや首都イーヘイ、そしてフォレムへ向かう街道、南に行けば街道名にもなっている穀倉地帯オグーニへ。


 そして我々が目指す先、東に向かえば……国境の町フロッガイだ。


狩りの街フォレム、穀倉地帯オグーニ、そして首都であるイーヘイへ向かう街道が交わるこの場所に商人達が目を付けないはずが無く。


 何時しかトリバでも1位2位を争う規模の大きな街に育ったのだという。

 

 ここから先は商人達と遭遇することが多くなる。ハンター達も俺やオルトロスへ興味を向けることはあったけれど、興味深そうに眺めるくらいで、根掘り葉掘り聞こうとする事は無かった。


 しかし商人達は別だ。少しでも金の匂いを感じると、目の色を変えて向かってくる。

 こちらとしても、東街道復旧の話を広めるという目標があるため、そこまで悪い話では無いのだけれども、あんまり数が増えると時間ばかり取られてしまうので善し悪しだよね……。


というわけで、ミシェルには申し訳無いけれど、ずらりと行列が出来るらしい門に備えて俺は人型に戻っている。


 この姿も目立つと言えば目立つけれど、馬形の機兵という金のなる木と違って、商人達に群がられることは無いからね。街道と違って、ここには沢山の商人達が居るし、順番待ちで皆暇そうな顔をしているんだ。


 こんな場所でユニコーン形態になっていたら……アリの行列に蜜を垂らしたようになってしまうに決まっている。騒動はごめんなので、人型に戻っているってわけさ。

 

「いやあ、ほんと立派な門ですねえ!」


レニーがしみじみとした顔で門を見上げている。そう、見上げているのだ。

 

 流石はロボットが実在する世界と言えようか。フォレムのゲートも俺が易々とくぐりぬけられる大きな物だったけれど、この街の門は其れよりも大きくて、また、綺麗に装飾がされているせいか、かなりの迫力がある。


 スキャンによれば門のベースは金属でしっかりとした作りをしているんだけど、その表面は彫刻が施された木材で覆われていて、見た目よし、中身よしの美しいスポットになっている。


 フォレムの無骨なゲートも好きだけど、リバウッドの門も大したもんだな。


『レニー、マシュー。ここには商人だけでは無く、が集まりますわ。どうか今日は大人しくしてくださいましね』

「はーい。変に目立っちゃうと面倒くさいもんね」

『目立つなって言う方が無理だけどな! あはは!』

 

 何時になくピリピリとしたミシェルの警告、それは門の周辺を警備している今まで見ることが無かったタイプの機兵の存在がその理由だろうな。


 我々の前後に並ぶ機兵達はなんらかの魔獣をベースとした、最早見慣れたタイプの機兵達だけれども、門を護る機兵や、明らかに警備をして居るであろう機兵達は非常に洗練された姿をしている。


『門を護る青い機兵がトリバの防衛軍機で、向こうにに立っている銀色の機兵がルナーサの自衛軍機ですわ。ルナーサとトリバは同盟を結んでいますからね。国境付近の街には我が国の軍機も派遣されてきているのですよ』


 これが噂に聞いていた「人型」か。確かにどことなく俺に似ているが、西洋甲冑を身に纏っているようなデザインで正直向こうの方がカッコいいのでは無いかと軽く嫉妬する。


 同盟を結んでいると言うだけあり、トリバとルナーサの関係は非常に友好なようで、その二つの機兵もカラー以外に見た目的な違いはそこまで無く、同じような機体デザインをしている。


 ミシェルによれば、ルナーサが所持している聖典を元にトリバの意見を取り入れて設計されたと言う経緯があるからだそうだ。


 ううむ。魔獣素材で作られた独創的なロボも嫌いじゃ無いけど……やっぱり王道的なロボっていいよね……。

 

『いやあ、しかしこうしてみるとほんとカイザーと軍機って似てるよなあ』

「間違えて連れて行かれちゃったらどうしようね?」

『……悪い冗談ですわよ、レニー』


 ほんとだよ。こんな所で変なイベントでも起きたらまた足止め喰されちゃうじゃないか。


 妙なフラグは立てるもんじゃないぞ、レニー……――


「む、そこの白いの! ちょっとこちらに来て貰おうか!」


 ほーーーーーらきた!


 青い機兵、トリバ共和国防衛軍所属機と思われる機兵のパイロットが開かれたハッチからこちらに声をかけ、こいこいと手招きをしている。

 

 明らかに此方に声をかけているだろうに、レニーはキョロキョロと周囲を見渡している……。俺以外に白い機兵、居ないだろう?


「おい! 白い奴、お前だ! 早くこちらへ!」

「え? あ、あたしですかあ?」


「なに? 女……? ちょ、ちょっとハッチを開けて姿を見せろ!」


 レニーが素っ頓狂な声を上げるとその声と姿に驚いた声を上げ、こちらに向かって歩いてきた。

 

 なんとも無礼な態度だが、平和を守る存在というのはこう言う一面も無ければいけないからな。少し偉そうにしないと舐められてしまうし、しょうが無い事なんだよ。スミレさん、妙な真似はしないようにね?


「スミレ、大丈夫だからここは素直に指示に従っておこう?」

『わかっていますよ……ああいった組織に逆らうと面倒なことになりますからね』

  

 言葉とは裏腹に、渋々と言った具合にスミレがハッチを開け、レニーがそこからひょっこりと顔を出す。


「あのー、何か私達悪いことでも……?」


 コクピットから顔を出したのは幼さが残る少女だったわけで。

 明らかに兵士が動揺していて面白い。


「む、あ、ああ、いや。その機兵、軍機では無い……のか? 認識票プレートは……肩か。では少し見せて貰うぞ」


 あーこれ、妙な既視感有ると思ったらお巡りさんから職質されてるアレだよ……。

 高校生の頃に一度されたっけなあ……あの時は不安で怖くて仕方が無くって、おまわりさんにめっちゃ謝られたっけ。

 

 あれは不審者のチェックをしているのもあるけれど、深夜徘徊をする子供への指導や盗難自転車チェックも兼ねているんだ。

 

 俺の場合は深夜に小腹が空いて、近所のコンビニに向かっている時に止められちゃったんだけど……自転車の登録番号の確認をされた後、


『君みたいな子がこんな時間に一人で出歩いちゃダメだよ? 気をつけて帰ってね。何かあったら直ぐ通報するように』


 なんて、優しい声で解放されたっけ。まあ、コンビニがあると言っても田舎だからね。所々街灯が無くて暗い場所もあったし……変な人もたまに出てたから心配してくれたんだろうな。


こうしてプレートの番号照会をされていると、なんだか自分が自転車になってしまったようで面白いな。おまわりさーん俺は盗難機兵じゃ有りませんよーなんつって。

  

「なるほど……登録はされているようだな。君、一応ギルドカードも見せてくれ」


 レニーが俺の身体を軍機に近づけ、コクピットから手を伸ばして向こうのパイロット――トリバ兵であろう男に手渡す。

 

 こういう解放したコクピット越しのやりとりって好きだし、めちゃかっこいいと思うけど、それぞれ下りてやったほうが楽だよね……。

 

 しかし、この状況。パイロット視点であればどうという事は無いのだけれども、ロボ視点だと少々アレである。


 俺とよく似た顔の機兵が「近い」のだ。相手はロボだし、AIを持たない抜け殻とは言え……顔と顔が触れそうなこの距離はなんだかちょっぴり……照れちゃうな……。


 気を紛らわせるため、パイロット達のやりとりにカメラを回すと、兵士が受け取ったカードを手に何かの端末を弄っているのが目に入った。


 なにか光の線がカードをスキャンしているように見えるな。むう、ここに来てそんなハイテクな端末を見ることになるとは。


 しかもどういう仕組みで再現しているのかは分からないけど、兵士が持ってる端末、どう見ても7インチ程の小形タブレットにしか見えないぞ。レニー達にあげた端末によく似ているけれど……どうやら中身はただのデータベースのようだな。いや、それでも十分凄いけどね。


「うむ、確かにレニー・ヴァイオレット、3級ハンター、搭乗機がカイザーとなっているな。

 失礼な態度を取って済まなかったね。盗難した軍機と思われる機兵に乗っている者が居ると噂になっていてね、その様な事実は無いが、念のため調査をしていたわけさ」


「あー、カイザーって軍機によく似てるからな」


「君が乗っているのもよく似ているけどね。まあ、君の機体はヴァイオレット君のカイザーと違って軍の意匠とは違うから疑われることは少ないかも知れないな。

 けれど、君たちの機兵は目立つ。くれぐれも問題は起こさぬよう、何かあれば直ぐ我らに相談するようにな」


「はい、ありがとうございます!」

「肝に銘じておくよ」 


 ふう、大事にならなくて良かった……。

 

 データベースを見て『ヒッグ・ギッガを倒したのは君達だったのか!?』なんてはじまってさ『実は困っていることがあってな、詳しくは兵舎の方で……』なんて強制イベントでも始まるのかと身構えたけれど、そんなことは無くてよかった……。


 そう言うテンプレイベントは嫌いじゃ無いけれど、もし起きるなら3機揃ってから改めてお願いしたいところだね。

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