5章 ルナーサ

第九十六話 再出発

 #5章は1日2話、10時と19時に投稿されますので、よろしくおねがいします。

 ということで、本日分は19時にもう1話投稿されます。

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 賑やかな宴から一夜明けて。

 名残惜しそうに見送る村人たちに手を振って我々はパインウィードを発った。


『もうちょっと鹿肉を堪能したかったが、また帰りに寄れば良いしな! その頃までに良い肉たっくさん用意しておくっていってたし!』

 

 腹をさすりながら嬉し気にマシューが語る姿がオルトロスの内部カメラから転送されてくる。念願だったのが相まって、宴の日に食べた鹿の味はかなりマシューを喜ばせたようだからな。


 残念ながら俺にはそれを味わうことが出来なかったが、あれはかなり旨そうだった……。


 マシューが嬉しげに村人達との約束を語っているけれど、何もなければ東街道を通るからね。パインウィードにはほぼ確実に寄ることになるだろうさ。


 今の所は遠回りになるらしい中央ルートには用がないし、なにより物流が復旧して本来の姿に戻ったパインウィードは見てみたいもの。

 

 うん、良い帰り道の楽しみができたね。


 パインウィードの物資問題――流通が途絶えていることについてはまだ完全には解決したとは言えないけれど、それについては移動しながら解決していけばよい。

 

 これから先、大きな街道に出れば商人と遭遇する事となる。

 そうなればどうせ向こうから声をかけてくるだろうから、その際にパインウィードの街道が復旧したと伝えれば、近道である東街道を選ぶはずさ。


 何より、今のパインウィードは物資が足りていないからね。良い商機と思って喜んで向かってくれると思う。


 それを何度か繰り返せば、商人ネットワークで以前同様の経路を使えることが広まって物資問題は解決するだろうさ。


「東街道沿いには小さな集落が点在してるくらいですので、次に宿をとれるのはリバウッドですわね」

「そこまでどれくらいかかるんだ?」

「わたくしは中央街道を通りましたので、人から聞いた話になりますが……馬車で3日程と言う事ですわ」

「3日か……思ったより結構かかるんだな」

「それでも十分に早いんですのよ? わたくしが通った中央ルートですと、リバウッドからフォレムへの分岐まで3日、そこからフォレムまで6日もかかりましたからね。

 東海道を使うルートならばリバウッドからフォレムまで遅くとも6日もあればつけますので、だいぶ違いますわ」

「中央街道からフォレムに伸びるフォレム街道は王家の森を迂回するようにぐにゃっと曲がってるからねー。間に小さな村はあるけど、パインウィードほど便利じゃないって聞くし」「ですわね。村によっては宿もありますし、補給も期待出来なくはないのですが……パインウィードと違って街道上にあるわけではありませんからね。街道からわき道に逸れて1時間、2時間……となってしまうので、寄るのを躊躇する商人が多いですわね」

『そりゃパインウィードがチヤホヤされるわけだ』


 色々と地理情報を得られたけど……正確な地図が無いからいまいちピンとこないな……。

 

 レニーが作った地図があるけれど、元になったギルドの地図がざっくりし過ぎていたので正確な距離感がつかみにくい。

 

 ああ、飛行ドローン的な物でも有れば空撮して直ぐにでも正確な地図を作れるというのに……!


 俺にそんな装備無かったかな……無いかも……はあ。


 その後もミシェルの解説は続き、幾つか役立つ情報を得られた。


 この先ルナーサまでに存在する大きめの村や街は6カ所前後……こまごまとした集落や村もいくつかあるらしいけれど、街道沿いの大きなところはその程度らしい。

 

 宿場町のリバウッドを過ぎると次は国境の町フロッガイ。

 この町は特殊な場所で、街の中央に大きな国境門が存在していて、門より西側がフロッガイ、東側がルナーサ側の国境の町フラウフィールドと名前が変わるらしい。


 厳密に言えば、2つの街が仲良く壁越しにくっつきあっている感じらしいのだけれども、元日本人として陸続きの国境と言う物を意識したことが無いため、なんだかとてもワクワクしてしまう。

 

 フラウフィールドを超えてしばらくすると、空気が完全にルナーサのものに変わり、ルートリィ、ラウリン、サウザンと村や町を越えて首都ルナーサへと到着するらしい。


 ちなみに、今言ったようにルナーサの首都はそのまま「ルナーサ」だ。

 なんだかややこしいよね。

 

 その理由をミシェルに尋ねてみたら――


「その昔、わたくしのご先祖様であるルナーサ・ルン・ルストニアが中心となって商人たちと小さな国を興したのですが、多数決によりルナーサの名がそのまま国名としてつけられてしまったそうなのですわ。

 当時は国と言ってもルナーサ一つしかなかったため、それでも問題なかったのですが……そのうち、周辺の村や町がルナーサの思想に賛同し、次々と編入されていきまして……気づけば今の規模になっていたらしいのですが、国名にしろ、街の名前しろ、今更変えると返ってややこしいと、今日までそのままになっているのですわ」


 これでは『ルナーサのどこから来たんですか?』『ルナーサです!』『だからルナーサの……』といった無限ループが始まる事もあるんじゃないか……?


……


 現在時刻は17時。19時には完全に日が沈むため、そろそろ野営の支度を始めなければいけない時間だ。

 

 おうちを使うにしろ、野営場所は何処でもよいというわけではない。あれを出せるような広いスペースが必要になるのは勿論の事、たいらで、出来れば周囲の様子を伺いやすいところが好ましい。

 

 以上の点をスミレに伝え、周辺の好ましいポイントを探ってもらっているところだ。


 本日の移動は商人達と出会うことは無かったので非常にスムーズに進むことが出来た。


 現在この街道ですれ違うのは途中にチラホラ存在する狩り場に魔獣や獣を狩りに来るハンター達くらいのものだ。


 街道が封鎖されているという情報は商人たちの元に届いているだろうけれど、それが解除されたという情報はまだ広まり切っていないはず。


 なので、わざわざこっちを通る商人など、今の所は存在しないわけだけれども……

 この先、中央街道まで出ればまた、商人達とも多く出会う事になるだろう。


 そうなると、今のようにスムーズな移動は叶わなくなるけれど、その分、東街道が復旧したという情報を広められるので、それはそれで悪くはない。


 パインウィードが真に復興するのは、商人達が再びあのルートを通るようになってからだからね。


『カイザー、良い具合のスペースを発見しましたよ。あと数分で到着します』


 スミレの報告から間もなくして視界がわっと開け、広々とした原野が姿を現した。

 見通しも良いし、これなら俺やオルトロスも見張りやすい。周囲から丸見えになるのが難と言えばそうだけれども、今はあまり人が通らないし……まあいい事にしよう。


……


 マシューとレニーがそれぞれ"おうち"を設営し、寝床を確保した女子達がいそいそとバックパックから食材を取り出してなにやら夕食を作っているようなのだが……。

 野外で調理環境が整っていないというのもあるけれど、これは中々……乙女らしからぬワイルドなご飯だな……。

 


 そして、やがてジュウジュウといい音が聞こえはじめ、マシューの『まだか』の声が5回聞こえた後少しして……乙女たちの夕食が始まった。

 

「やっぱり美味しいですねーこれ! 頑張った甲斐があったあ」

「カイザーさんのバックパックですか? これ本当に便利ですわよねえ……安心して生物を運べるんですから」

「ああ……最高だよ……うめえ……うめえよ……」


 マシューが泣きながら食っているのはパインウィード名物、鹿肉の串焼きだ。

 祝勝会の後、しれっとマシューが何処からか鹿肉を調達し、オルトロスにしまい込んでいたらしい。


 通常、野営で食べるものと言えば干し肉や焼きしめたパンなどの保存食が多い。。

 理由は言わずもがな、なま物など持っていった所で傷んでしまうからだ。

 

 この世界の技術力があれば徒歩は無理でも馬車用の冷蔵庫なんてものなら作れそうなものだが、冷蔵庫自体まだ見かけたことが無いんだよな。

 

 冷蔵庫があれば常備菜を作って保存することも容易くなるし、冷凍まで可能になれば食材だって今より長く保存することが出来るようになる。


 大きな冷凍室なんてものが普及すればパインウィードの様に物流が途絶えても、多少は持ちこたえられるようになるはずさ。


 これはなんだかお金のにおいがするよ。何処かで使えそうな魔獣でも見つけたら資金稼ぎに考えても良いかもしれないな。


 しかし……女の子3人ともなればもう少し華やかな旅になるのかと思ったが、先程から耳に届く彼女達の話は肉で染まっている。


「鹿肉ってパインウィードではじめて喰ったけど旨いよなあ。肉と言えば鳥やイノシシばっかだもんな」

「肉といえばさ、中央街道西部のボックストンだよ。牛を飼ってて、名物として有名だよねえ」

「まじか! あたいがボックストンに行ったのはちっちゃいころだからなあ……覚えてねえわ。くいてーなー牛ー!」

「牛肉は美味しいですわよー。ルナーサでも飼育している農家がありますの。そうですわね、せっかくですしお家に着いたら御馳走してさしあげますわ」


「「やったあ!!!」」


 こんな具合だ。うら若き少女たちの恋バナとかを聞かされても甘酸っぱくて即死ダメージを喰らってしまうことうけあいだけれども、なんというか……もう少しこう、華やかさが欲しいよ。


 ちなみに「鹿」だの「牛」だの「イノシシ」だのと日本同様の呼び方なのは翻訳機能のおかげだ。

 

 便宜上、その様に訳されているだけで有り、鹿と呼ばれている物は鮮やかな青い毛を持つ3本角の獣だし、イノシシに至ってはマシューの髪のように燃えるような赤い色をしている。


 魔獣や異世界特有の道具の様に同様の物が日本に存在しないものは概ね現地語をカタカナ変換した様な名称になっているが、可能な限りは俺の知識にあるアニメや漫画等を参考に無理矢理日本語変換されているというわけだ。


 そのままの発音にすればマシューが言う鳥は「クック」で鹿は「リブカ」。

 イノシシが「ホッグ」で牛は「ウォック」だ。


 そしてそれはそのまま魔獣の名前に受け継がれていて、鶏型の魔獣が「クッカ」で鹿型が「リブッカ」イノシシ型が「ヒッグ・ホッグ」……となる。牛は知らない。手持ちの図鑑になかったから……。


 この世界の機械生命体、魔獣はもとをただせばどれもが普通の動物だ。

 誰かたちのせいでそんな事になってしまったわけだけれども、中には機械化の影響を免れた種もいて、それらはかつて魔獣たちが呼ばれていた名前のまま今日も元気に生身で生き延びているのである。


 ……もう輝力炉が外部に妙な影響を及ぼす事はないし、新たな魔獣が生まれる事は無い……だろう。多分!

 


 盛り上がる少女達。肉の宴はまだまだ続きそうだ。

 今のうちに周囲のマッピングでもしておきますかね……。


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