第九十五話 訪れた平穏

 ヒッグ・ギッガ討伐後、我々はさっそく次の街へ……とは当然いかず。

 引き続き慌ただしい日々が続くこととなった。


 奴の討伐は街道復興に必要な作業で言えば下準備でしかない。

 まずは災害復旧の障害となるヒッグ・ギッガを討伐し、ここからようやく本番の復旧作業に入れるわけだからね。


 戦いは終わったけれど、復旧作業はまだまだ続き、我々の旅もまだまだ再開できないってわけだ。


 砦にはミシェルによるヒッグ・ギッガへので大穴が開いたけれど、バリアのお陰なのか、偶然なのかは知らないけれど、大きく破損したのは轟雷槍設置個所周辺くらいで、砦のほとんどは無傷だったため、丁度よく通り道が出来た形になった砦はそのまま新しい南門として利用してしまうらしい。


 これまで使っていた門よりも大分頑丈だし、門が南部に後退したことによってこれまで門外にあった畑が門の内側で護られる事になって多くの村人が喜んでいるらしい。


 マシューに言わせれば地形的に丁度良かったからたまたまそこに作っただけだと言う事だけど、村人たちはそうは思っていないようで……

『きっと終わった後も想定していたのだ』『流石俺達の親方だ』

 と、マシューが妙にチヤホヤされていて、凄く困った顔をしてたよ。


『まったく、困った奴らだよなあ』


 なんて言ってたけど……スミレ大先生が『あの反応、喜んでるんですよ』なんて言ってたからね? まあ、素直に喜んでおけばいいさ。君はそれだけの事をやり遂げたのだから。


 そして今回メインの目的である街道の土砂災害及び破損個所の修復も、多数の機兵でかかればあっという間に片がつく。


 そこでふんぞり返って作業をさせないで居た奴も今は動かぬ大きな素材でしかない。

 遠慮無く現場入りした機兵達が流出した土砂を綺麗に埋め戻し、崩れ落ちた法面を巨岩を置いたり、石垣を組んだりして元より頑丈に補修した。


 魔獣狩りを生業とするフォレムのハンター達とは違い、ここのハンターの本業はあくまでも生身での狩り、文字通りの狩人ハンターだ。

 

 機兵はあくまでメインで使う物ではなく、村に害をなす魔獣の討伐や木の切り出し、土木作業で使うらしくって、確かに機兵で器用に土木作業をするわけだよ。


 この村のハンターたちは一応はギルドに登録はしているけれど、昇級が目的じゃあ無くて、あくまでも魔獣を買った報酬金額を受け取るための登録で、最低限の狩りしかしていないわけだ。


 村のハンターズギルドからいくら要請を出したところで応援が中々来ないというのは、ギルドとしての成績が低く、その発言力が低くなっているのも原因なのだと、スーがぼやいていたのはそれが原因なんだろうな。


 魔獣を狩る姿を見るに、3級サードは軽く取れる腕前だったし、うまくすれば2級セカンドだって狙えそうだった。それを考えるとなんだか少し勿体ないけれど……彼らには彼らの生活があるからな。妙なアドバイスはやめておこう。


 討伐からさらに6日が経過して、街道も無事修繕され……これでようやく目標達成というわけで、本日俺達は村の広場に設けられた会場、祝勝会に来ている。


 ヒッグ・ギッガを倒した晩もちょっとした宴はやったんだけどね。

 今回はそれとは別に、さらに盛大なお祝いとして祝勝会が開かれているんだ。

 

「じゃあ、あれだ。総司令! 乾杯の音頭を頼む」


 皆がグラスをもって集まる中、唐突にマシューから無茶ぶりが飛んできた。

 っく……こう言うの苦手なんだけどな……賢い方の司令官、ミシェルじゃダメ? ダメかー。


 もうすっかり俺が喋ったりうろついたりするのに慣れてしまった村人達が『はやくしろ』と目で訴えかけている。


 ええい、しょうがないな! 滑っても知らないからな!


「みんな、本当にご苦労だった! 共に戦地で戦った者達、バックアップに徹してくれた者達、そして俺達を信じて送り出してくれた者達! ここに居る者たち全員の協力が無ければヒッグ・ギッガ討伐、そして街道の復興は成し得なかったことだろう!

 思えば、ふとした偶然で立ち寄る事になったパインウィードだったけれど、全てを成し遂げた今、こうしてみんなの笑顔を見ているとそれも神が与えて下さった素晴らしき縁だったと感じるよ。

 さあ、みんな! 今日は思う存分食って飲んで話して楽しんでくれ! それでは乾杯!」


「「「乾杯!!」」」


 ガチン! とグラスが当たる音が鳴り響き、あちらこちらで喉を鳴らしている。ああ……旨そうだ……ちくしょう……。

 

 機械の身体になっても食への欲求は何故か消えないからな……腹が減る事はないけど……ああ、このビール的な……エールかな? 酒を飲んでいる姿を見るとダメだ……俺もキンッキンに冷えた奴をグビグビとやりたいよお!


 頑張り抜いて火照った身体に冷たいビールって最高だよね……。

 ああ、気が抜けたのか、空気に酔ったのか知らないけれど……なんだか久々に人である部分が強く出ている気がするなあ。


「うおお……こ、これが、これが名物の鹿肉……ううっ……うまいなあ、うまいなあこれ……」


 マシューが泣きながら鹿肉を堪能している。薄く切った鹿肉を炭火に乗せた金網でじっくりと焼き、何か特性のタレにつけて食べるらしいが……焼き肉みたいな物だろうか? 肉が焼ける音にたれの香り……味わうことは出来ないが……聴覚センサーと嗅覚センサーが『これめっちゃうまいやつだ』と告げていて非常に悩ましい。


「今朝獲ったばかりの物で申し訳ねえ。本当はもう少し熟成させてから御馳走したかったんだが」

「んぐんぐ……十分だよこれで! 村に来てから結構経つけど、なんだかようやく目的を達成できた気がする……うまい……うまいよ……ううっ……うまあい……」


 だから泣きながら食うのはよせって……。

 

 しかし、村に来てから2週間と少しかあ。

 当初の予定ではルナーサにとっくについていて、今頃何か面白イベントでも起きていたかもしれないけれど……これはこれで良い寄り道になったな……結果的にパイロットの二人も一皮むけた感じになったし、ミシェルだって、なんだか成長したような気がするものな。3人にとっても、俺にとってもいい経験になったよ。


「カイザーさん、なんだかわたくし達だけ楽しんでいるようで……申し訳ありませんわね」


 グラスを持ったミシェルが微笑みながらやってきた。今日はまだほどほどに抑えているのか、顔は火照って赤くなっているけれど、この間のようにヘロヘロではない。

 

「ああ、別に俺のことは気にしなくていいぞ。皆と語らい、場の空気を共に吸う。宴にはそういう楽しみ方もあるのだからな」


「ええ、わかりますわ。ゲストのお話を聞くだけでも十分に楽しめますからね。

 けれどカイザーさん、貴方は妙に人間くさい所がありますから……どうも自分達だけ料理や酒を楽しむのが申し訳なくって」


『彼女中々鋭いですね。先ほどからカイザーが我慢しているのを見抜いているようですよ』


 俺だけに聞こえる声でスミレがそう指摘する。くっ、スミレにはバレバレだった!


「いやいや、本当に大丈夫だから! な? 気にせず楽しめ! ほら! 明日にはまた旅を再開するんだ!」

「ああ、そう言えばそうでしたわね! 思いがけず長逗留になってしまいましたが、ルナーサに向かうという本来の目的……忘れないようにしないといけませんわ」


 おいおい、ミシェル……今朝話したよね? 明日出発するから用意するんだって。

 なあ、レニーが感染ったんじゃないのか? 大丈夫か?


 ああ、そうだレニー、レニーの姿が見えないがどうしてるんだ?

 また場の空気に酔ってとんでもない事でも……あ……居た……。


 レニーは村の隅に置かれたヒッグ・ギッガに登っていて……戦いの激しさについて語っているようだ。


 ……なにやってんのあの子……。


「その時です! カイザーさんを掠めるように奴の前足が抜けていきます! 

 掠っただけでバランスを崩す強烈な一撃、あたしは背中に冷たい物を感じ飛び退くとまもなくそこに――」


 ……幾分か盛られているが、概ねその通りの解説をしているな。

 妙に話が上手いせいか、聞いている村人達から時折歓声が上がる。

 いや、レニーの話がそれなりに上手いのもあるけれど、何より目の前に実物が転がっているアレが話により強烈なリアリティを与えているのだろうな。


 うむうむ、やはりあの時やった俺のプレゼンは間違いではなかったな。


「あっ! カイザーさん良いところに! ちょっとパンチの構えをしてもらっていいですか? そうそう! そのままでいてくださいね――

 ――そしてここで! あたしとマシュー二人の力が重なって――」


「「「うおおおおおおおお!!!」」」


 体よく小道具に使われてしまった。俺が現れたことにより生々しさが増し、村人達のテンションが最高潮に達している。


 小道具としてだけではなく、ステージ代わりに使われているヒッグ・ギッガを少々不憫に思うが……まあ、奴もこうして罪滅ぼしが出来て本望だろうさ。


 ちなみにこのヒッグ・ギッガだけど……村の復興費用として役立ててくれと言ったのだが、断られてしまった。

 

 デカすぎて解体するのに手間がかかるだの、解体が済むまで邪魔であるだの、なによりさっさとどっかにやらないと不気味で仕方ないだの……なんやかんや言い訳をして受け取ろうとしないんだ。


 だったらギルドに押し付けてしまえと思ったのだけれども、その申し出はギルド係員、スーに否定されてしまった……いや、それどころか完全に押し付けられることになってしまったのだ。


討伐後、一応報告でもとギルドに行った所、それはそれは凄い勢いで土下座をされてしまったのだ。


……


 一体何事だ、良いから頭を上げてくれとお願いをすると、少しだけ顔を上げ、何かすがるようなまなざしで一気に説明をされてしまった。

 

「ヒッグ・ギッガ討伐成功、おめでとうございます! 

 本来であれば、主軸なって討伐を達成したブレイブシャインの皆様には討伐報酬を支払う義務が当ギルドにはあるのですが……正直なところを申し上げますと、大した活動報告を上げていない当ギルドの予算は貧弱で、魔獣災害の支度金を本部からもぎ取ってしまった今、追加のおねだりもしにくくてですね……とても今回の討伐報酬を皆様にお支払いする事が出来ません」


「ま、待ってくれ! 俺達は別にクエストとしてやったつもりはないし、もし報酬があると言われても辞退するつもりだったんだ、どうか頭を上げてくれよ!」


 俺がそう言ってなんとか納得してもらおうと頑張ったのだがスーも譲れぬ物があると頭を上げやしない。


「いえ! それはそれで困るんです! まずこれは後付けでクエスト扱いにさせて頂きます。恩人に返せる物が無いと困るというのもそうですが、報告して頂くことによりこれはギルドの成績にもなるんです。

 希少種ユニークですよ? しかも本来の生息域から大きくずれた場所での討伐。

 これはかなりの好成績となり、貴方達の昇級査定にも関わる大きな仕事です。

 これを報告すると当ギルドの予算も少なからず増えることでしょう……!」


「なるほど……俺達だけじゃなくて、村のギルドのためにもなると……じゃあさ、ヒッグ・ギッガはギルドに寄贈するからさ、どーんと本部に送ってビビらせてやってはいかがかな?」


「もう! だから言ってるじゃ無いですか! 支払いが出来ないって! どうせカイザーさんはお優しいので、こっそり無償提供しようとかいうんでしょうけどね、ハンターズギルドがハンターから得物をただで受け取ったなんて知れたらもう、大変な事になるんですからね? と、言いますか、大恩人であるカイザーさん達にそんな真似はさせられませんよ! 

 それに……そうじゃなくてもですね! アレを本部に売りつければ追加予算という名の購入金額を受け、報酬をお渡し出来るでしょう。けれど! それだって半年以上先です! 本部はいつだって仕事が遅いんですから! え? 全額後払いでいい? それでは支部長である私の気が済みません!」


 あれ、この人支部長だったの? っていうか……ええっとこれは……怒られてるの? 褒められてるの……? どんどんまくし立てられていてよくわからなくなってきたぞ。


「かといって、獲物を受け取らねば功績として残すことは出来ません。

 今回この様な形で皆さんにご迷惑をおかけしたのも、当ギルド支部が貧弱だから、それに付きますからね! 正直に申し上げますと、功績、喉から出るほど欲しい~~! です!

 ですので、ヒッグ・ギッガの討伐部位である顔のパイプの一部を預からせて頂きまして、討伐報酬と買い取り代金を本部に申請します。

 代わりに、残りは現物支給という形であなた方、ブレイブシャインへの報酬とさせて頂きますので、それは皆さまでご自由になさってください。

 村の方々もそうしろとおっしゃってますし、これが双方最大限に譲歩した一番良い案だと思いますが、どうでしょうか!」


「あっはい……」


……

   

 てな具合で……わーーーーっと凄まじい勢いで言われてしまい、思わず「は、はい」と言ってしまったわけで……。

 

 渋々それを承諾し、明日出発前に収納して行くことになったわけだ。

 いやしかしあんなデカいのどうしろって言うんだ……。リックへの土産にするしか無いが、こんだけデカいと流石にあそこでも邪魔になるぞ……いや、入らないかもしれない……。

 

 何時までもストレージに入れておくのもなんだか気持ち悪いし、いつか良い保管場所を考えないといけないな……。

 

 やれやれ、まったく面倒な物を押しつけられたもんだ。


 こうしてパインウィードの一件は幕を閉じてようやく俺達の旅が再開される事となった。

 

 東街道を抜け、その先に待っているのは宿場町のリバウッド、そして国境の町フロッガイだ。

 

 フロッガイを抜けてルナーサに入国すればミシェルの家を目指すのみ。

 せめてそこまでは何事も起こらぬよう、神に祈っておくとするか。


 神様……どうか……旅の安全を……そして……俺にあのBD-BOXを何卒……。


 空に煌めく星々が『それは無理ー』と答えたような気がするが……旅の安全くらいは保証して貰いたいものだ。

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