第九十四話 燃ゆる拳
背後から迫る轟音、それに追いつかれぬようにレニーが必死に俺を前に前にと走らせる。
背面カメラで様子を窺うと、マシューはしっかりと背に突き立てたナイフに掴まりつつも、隙を見ては器用にもう片方のナイフでザクザクと手が届く範囲を切り刻んでいた。
奴はそれを気にして時折身を大きく揺らし、身体が万全ではないのと相まって今朝ほどの速度を出せずにいるようだ。
そのおかげでオルトロス程速く走れない俺の脚でも奴からジワジワと距離を取れている。レニーが代わりに走る事になって大丈夫かと思ったが、この様子ならいけそうだ……いや、いける! いけるぞ!
この作戦は奴とつかず離れずに、じゅうぶんに逃げる余裕を持ちつつも、奴の注意を引くギリギリの距離を保ってゴールする必要がある。
様々な幸運が重なって何とかなっているが……この様子なら大丈夫だ!
レニーの調子も良く、長距離の全力疾走だというのに、珍しく躓くこと無く駆け続けられている。
走ること数分……俺のメインカメラが待望の存在、轟雷槍の姿をとらえた。
そこに至る街道両脇の崖上には退避したライダー達が待機していて、先頭を駆ける俺の姿に気づいたのか機兵の手を振って出迎えてくれた。
なんだかパレードの先頭を歩いている気分だな……っと、ミシェルに連絡をせねば。
「ミシェル、結局君に頼る事になってしまったよ。時期にお嬢様が到着するが……そちらの準備は万全か?」
「ええ、勿論ですわ、カイザーさん。わたくしからの
「タイミングは任せるぞ。照準に奴を捕らえたら遠慮無くお見舞いしてやってくれ!」
通信を切ってから3分程駆けると、目的地である砦前まで到着した。
「ふう、なんとか無事に辿り着けたな。よくやってくれたぞ、レニー」
「えへへ、さあ、お嬢様をお迎えする用意をしませんとね」
『きちんとお辞儀をするんですよ、レニー』
等と冗談を言い合っていると、エスコート役の俺よりやや遅れてお嬢様、ヒッグ・ギッガが此方に到着することを告げる地鳴りが激しくなっていく。
やがてカメラにとらえられたヒッグ・ギッガは砦の前に立ち、恭しくお辞儀をする俺をみると、どうやらそれが気に入らなかったようでさらその速度を上げた。
おいおいおい……そんなに急がなくても俺達は逃げないぞ?
――まだな!
ヒッグ・ギッガが俺を押しつぶしてやろうと前足に力を込める、よーし今だ!
「お嬢様、残念ながらお別れの次官となりましたがぁ……素敵なプレゼントを用意してますのでえええ……最後までお楽しみになって下さいねえぇぇぇぇ!!」
レニーは別れの言葉を叫ぶように言うと、手を上に上げジェットガントレットを撃ち上げる。
するすると真上に飛翔したガントレットは砦最上部、6階に到達すると、縁をしっかりと握りこむ。そのまま速やかにワイヤーを収納して砦に上り、そのまま滑り込むようにして速やかに左岸の待機地点に身を隠した。
(さあて、後はお見送りまで見物させて貰うとするか)
ヒッグ・ギッガは突如姿を消した俺に困惑し、脚を止めようとするが勢いづいた身体は止めきれず、砦に向かってぐんぐんと近づいていく。
予め目印として着けておいたマーカーを合図としてマシューもまた退避行動をとった。
「じゃあな、お嬢さん。ああ、心配すんな帰りはあたいレニーと一緒に送ってやるからさ!」
背中からナイフを引き抜きマシューがヒッグ・ギッガから飛び降りた。
既に走るのをやめ、惰性で進んでいるとはいえ高速移動する身体から飛び降りたのだから衝撃はかなりの物だろう……が、ゴロゴロと器用に転がり着地の勢いを殺すと、ゆっくり立ち上がっていた。
(流石マシュー、レニーならこうは行くまいよ……)
そして、残されたヒッグ・ギッガはその勢いを止められず、そのまま吸い込まれるように
「お待ちしていましたわ、お嬢様。さあ、気に入って下さるかわかりませんが、素敵なものを用意させて頂きましたので、どうか受け取って下さいな」
ミシェルの宣言と共に耳をつんざく轟音が鳴り響き轟雷槍が放たれる。
ヒッグ・ギッガは勢いを止められぬままそれと正面からぶつかり合う。
体重が乗りに乗ったヒッグ・ギッガの
質量の塊である双方が接触した瞬間、俺のセンサーが凄まじい破壊エネルギーを検出し、轟音と共に発せられた閃光にカメラが乱れる!
間近に雷でも落ちたかのような音、何かが炸裂するかのような音、岩と岩がぶつかり合い、どこかへはじけ飛ぶかのような音……様々な破壊の音が閃光と砂煙の中鳴り響き……。
……やはり砦は耐えきれなかったか……。
強めの風がびゅうと横切って、砂煙をゆっくりと揺らがせ……崩壊した砦が姿を現した。
崖上で待機していたライダーたちは安全地帯に退避していたようで無事だったが、砦は――
――シミュレーションですら想定できなかったほどの高エネルギー……砦は轟雷槍の設置個所を中心に大きく崩壊し、見るも無残な姿になっていた。
「いてて……マシューだいじょうぶ? こっちはあたしもカイザーさんも……平気」
『ああ……予想していたけれど、こりゃひでえな。すっかり吹き飛んじまってら』
「二人共無事で良かった……無事なのは俺達だけじゃないようだがな……」
『対象の反応、未だ健在……わかってはいましたが、中々にしぶといお嬢様ですね……』
未だ立ち込める砂埃の中からは、ガラガラと瓦礫がうごめく音、そしてヒッグ・ギッガが激昂する雄叫びが聞こえる。
それを聞いた周囲のライダー達からは――
「まだ生きてるのかよ!」
「ありえねえ!」
――と驚きや悲壮な声が上がった。
さらに――
『あの嬢ちゃん……いくらなんでもあれじゃ……』
『くそ! なんて役を俺達は!』
――最終兵器たる轟雷槍は砦とともに崩壊し、その発射装置を押すために付近に居たミシェルも、そのガードマンとしてついていた2機の機兵も……あれに巻き込まれてしまっては……と、方々から嘆く声が辺りに響き渡る。
現場に悲痛な空気が漂っている。
しかし、俺達は確信していた。ミシェルは無事であると、俺達の勝負はここからだと。
そうで無ければ命を投げ捨てるに等しい役割を承諾することなど出来ない。
互いに信頼し、共に生きて勝利を祝おうと約束したからこそ、ミシェルに託したのだ。
そして間もなくそれは確信に変わる。
ひときわ強く吹いた風に大きく揺らいだ砂煙が晴れ……赤く輝くルストニアの紋章――大きく展開されたシールドの輝きが現れた。
その中心にはミシェルの姿。そしてそれを護るようにして立っていた機兵達も無事な姿で確認できた。
「おい、ミシェルの嬢ちゃんだ! 無事だったのか!」
「な、なんだありゃ……すげえ……アレを耐え抜いたってえのか!?」
「よくわからねえが、あれが説明に出ていた
「おい、見ろ! バーニー達も無事だぞ!」
ライダー達から大きな歓声が沸き上がるが、その声は直ぐに止むこととなる。
砂煙の中から現れたのはミシェル達だけではなく、
ハンターたちは唸り声が聞こえていた時点で倒しきれていなかった事はわかっていた。
けれど、現れたその姿……轟雷槍に顔の半分を潰され、なお命の火を消さずに居るそれは……力を残して反撃の機会を窺うその強大な存在に彼らの息が詰まる。
確かにここまでやってピンピンしているのは恐ろしいよ……けれど、轟雷槍で倒しきれないのは想定内だ。
あのプレゼントはあくまでも最初のつかみ……あそこまで弱ってくれたなら……とどめを刺すには十分だ!
「こうなったら最後の仕上げは強引に行くぞ! ある意味予定通りだけどな! だが、お嬢様の
「おう! やっぱそれしかねえよな! うーし、そっちの合図で行くぞ、レニー!」
「うん、マシュー! じゃあ、行っくよおおおお!!」
レニーの雄たけびを切っ掛けに俺とオルトロスが互いに駆けよりその距離を縮めていく。
「お、おい! あいつら一体何をしようってんだ? あのままじゃ……」
「まさかやけっぱちか? おい! そのままじゃぶつかっちまうぞ!? 同士討ちする気かよお!」
ぐんぐん距離を縮める我々を見たハンター達から焦りの声が飛び交っている。
ああ、そうだろうな、不安に思うよな! けれど、これが、これこそが俺達の勝利の鍵だ!
今まさに2機が衝突してしまう、その直前に二人のパイロットがキーワードとなるセリフを叫んだ。
『「ギィイイイガアアアナックル!!! フォオオオオムチェンジッッ!!!」』
合体キーとなる二人の声と共に俺とオルトロスが一つとなる。パワー特化型のギガナックルフォーム、ガッチガチの装甲を持つ奴をもてなすには理想の衣装だろう!
このフォームはパワー特化型である反面スピードが犠牲になるが、今の奴には関係ない。
先ずは快適にお帰りいただけるよう、その身体を地に転がしてさしあげろ!
「「どっりゃああああああ!!」」
極悪な拳から放たれたパンチがヒッグ・ギッガの脇腹に突き刺さり、バキンバキンと音を立てて何かのパーツを吹き飛ばす。
たまらず咆哮を上げヒッグ・ギッガが身をよじるが、まだだ、まだ足らないぞ。
おもてなしはまだまだこれからだ!
奴の足下はフラついているが、弱点を見せてはならぬと必死に耐え……それでもまだ引こうとはせずこちらの隙を窺っている。
敵ながら天晴れと言いたいところだが、お嬢様は引き際と言う物を知った方が良いぞ。
なんたって……うちの紳士達は……手加減と言う物を知らないからな!
「片手でダメなら両手だああ!!!」
「いよっしゃあ! いっくぜえレニィイイ!」
「「うおおおおおおおるぁああああ!!!」」
大きく跳躍し、既に大きな的でしかなくなったヒッグ・ギッガに容赦なく組んだ両手を叩きつける。
『GGGWOooWYOooooOOooN!!』
拳の直撃を受けた背中に大きく亀裂が走る。
ヒッグギッガの背部は表面から直ぐの所にやたらと頑丈な装甲が存在し、マシューがいくらナイフを刺そうともそれ以上は刺さることが無かった。
しかし、今の一撃はそれすらも容易くへし折り、ヒッグ・ギッガの背部に大きな打撃を与える事となった。
それだけの衝撃を受けてしまっては流石に足が耐え切れなくなったようで、ヒッグ・ギッガはゆっくりと横倒しになり、弱点である腹部をさらけ出した。
太いパイプが繋がれた魔導炉を保護する外殻が露出する。
カバー越しに魔導炉から漏れる青い光は力強く周囲を照らし、まだやれると我々ににらみを利かせているかのようだが……肝心の本体は弱々しく足をばたつかせるだけだ。
「よーし! これで最後だ! お嬢様のハートにお別れの
リック謹製のオルトロス専用装備……トンファーナイフから大ばさみ、そしてブンディナイフへと自在に姿を変える凶悪な武器。
ヒッグ・ギッガのパイプを切る巨大なハサミとして活躍し、また、背中に突き立てじわりじわりと体力を奪いさったあの武器……それを変形合体させ大きな一つの刃物とした
通常、オルトロスが両手で持たねば使えぬほどに大きなその武器は、合体により大きく姿を変えた右手にぴったり収まった。
それをしっかりと強く握り締め、柄に左手を添えて大きく振りかぶって魔導炉に突き立てる。
弱点部位とはいえ、さらけ出しているだけあって硬い!
流石に一撃とは行かず、その刃は大きく弾かれる……だが!
「くっ! 硬い、硬いけどおおおお!」
「このまま押し通すううううう!」
「「うおおおおおおおおおおおおお!!」」
炉に馬乗りになり、大きく振りかぶっては全体重をかけ渾身の力で再度振り下ろす。
幾度となくそれを繰り返し、やがて僅かに刃先が魔導炉のコアに沈んだのを感じるとそのまま力を込めさらに押し込んでいく。
「「これでとどめだぁああああ!! 貫けぇえええええ!!」
限界を超えた馬鹿力によって強引にねじ込まれた刃はコアに大きな亀裂を入れ……鈍い音と共に外郭を割る。
そして刃の勢いはそのまま止まらずに……キィンと、魔導炉内の
『GWOOoooOO!! ......WOooo…ooo…on......』
ヒッグ・ギッガの断末魔の叫びが弱々しく放たれ、それと同時に割れた魔導炉の外郭から内部を満たしていた冷却水が辺りに吹き上がり空に大きな虹をかけた。
高温の冷却水は周囲に雲の様な水蒸気を満たしていく。
『対象のエネルギー反応……探知できません。対象、完全に沈黙、我々の勝利です』
スミレから勝利を告げるアナウンスがコクピット内、そして周囲に向けて放たれた。
戦いは……終わったのだ……!
パイロットの二人もまた、目を閉じじっと勝利の余韻を味わっている……と、思ったのだが……レニーがカッと目を開き、素早くおれを操縦して腕を天に掲げさせる。
「燃ゆる拳が有る限り……私達の勇気は止まらない!」
なんだか記憶に引っかかるような、何処かで聞いたようなセリフだが、空気を読んだ風で辺りを包み込んでいた蒸気が晴れ……見事な勝利の決めポーズとなってしまった。
周囲で固唾をのんで見守っていた一同の目には、それがまるで霧の中に佇む勇者が放ったセリフのように見えたようで……そのパフォーマンスが勝利の喜びを余計に盛り上げることとなった。
「うおおおおおお!!! かっこいいぞお! お嬢ちゃん達!」
「なんだよそれ! やっべ、かっけえ! なあ! 俺も真似して良いか!?」
「燃ゆる拳……かあ、熱いセリフ言うじゃねえの!」
「え……あの、ちょ? カイザーさん? あれ? 私の声ってお外に……?」
「作戦中は連携を取るために外部にも音声出力するって言ってただろ……」
「えええ……そ、そんなあ……あああああ……ふゆぅ……」
「あっはっはー、いきなりかっこつけるから焦ったぞ。いやあ、最後の最後で締まらないのがレニーだよなあ」
「も、もう! マシュー!」
『うふふ……私は好きですよ、そのセリフ』
「おねえちゃんまでー!」
燃ゆる顔を両手で覆い隠し動かなくなったレニー。だけどレニー、今は照れている暇は無いぞ!
「レニーー! マシューー! やりましたわねーーー!」
当作戦の
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