第九十九話 国境の町フロッガイ

『ルナーサまで面倒な事が起きないと良いね』


 これはブレイブシャイン一同が等しく感じている事である。

 たまに忘れかけてしまう事もあるが、現在我々は護衛依頼の最中だ。あんまりホイホイと妙な事に首を突っ込んで寄り道をするわけには行かない。


 なので『朝になったらさっさと出発しよう』という俺の提案にレニーもマシューも快く頷いてくれたのである。

 

 ミシェルは『宝珠も手に入れたし別に急がなくともよろしいのに』と言ってくれるが、我々としてはそうもいかないのだ。

 

『宝珠という大切な家宝がある以上、安全な場所まで速やかに護衛するのは受託した我々の義務である』

 

 パイロット2名が口を揃え、キリリとした顔でそう言うけれど、実のところそれは建前であった。


レニーの本音『ルナーサに早く行きたい! トリバでは見られないかっこいい機兵が沢山いるはずだし! 早く見てみたい!』

 

マシューの本音『ルナーサと言えば内湾で育まれた独特の海産物! 早く食べたい!』


 二人はそれを直接声に出す事は無かったが、彼女たちが語る『早くルナーサに行くべき理由』の所々から本音が滲み出ていたため、苦笑いをしたミシェルは明日早朝にさっさと町を後にすることに了承したのであった。


 というわけで、我々はなんだか逃げるようにリバウッドを後にしたのだけれども、直ぐにルナーサに到着というわけには行かない。


 中央街道は人通りが多いため、余り速度を上げられない上に、商人達に『東街道』の問題が解決したことを伝えるために停車する必要もあり……なんだかんだで国境に到着した頃にはリバウッドを出てから3日が過ぎていた。


 我々としては随分とゆっくりとした移動になってしまったが、これで東街道の件が速く広がると思えば悪くは無い。


『28組の商隊と出会いましたからね。流石に情報が広がったことでしょう』

「数えてくれてたんだねスミレ……しかしそんなに多かったのか……そりゃあな……っと、こりゃ凄いな」

 

 いつの間にか門の手続きが終わっていたようで、国境の街フロッガイの門を潜ったのだけれども、街の様子を見て思わず感嘆の声を上げてしまった。

 

 リバウッド以上に多くの人々でごった返し、祭りでも無いのに数多くの露店が広がっていて、なんだかとってもにぎやかだ。


 街中を通る街道をずっと目で辿ると遠くの方に見える国境門が見え、その向こう側にも同じように町が広がっているのが薄っすらと見える。


「今は平時ですので国境門は開放されてますの。一応税の関係で荷物検査はありますが、カードを見せればすぐに通れますわよ』


 とうとう来てしまった。陸続きの国境だ!

 旅バラエティ番組なんかで見て少し憧れていたんだよな。だって歩いて国境を通れるんだよ? 国境を自らの足でまたぐ、これには妙に憧れていたんだ。


 国境を越えてから一泊した方が効率的なんだけど、また並ばなきゃないのはパイロット達の負担になるし、なにより彼女達だって街をぶらつきたいだろうさ。


 俺も折角ならマッピングしておきたいし、今日はこの街で一泊した方が良いだろうな。


 その様に皆にも伝えよう……と思ったら、マシューの方から先に確認の通信が飛んできた。


『なあ、カイザー、今日は流石にここで一泊していくんだろ?』

「ああ、そのつもりだ。早めに着いたが、また直ぐ国境門で並ぶのも嫌だろう?」

『うっし! カイザーえらい! じゃあ、さっさとギルドの報告済ませちゃって宿取りに行こうぜ!』


 マシューはせっかちなところがあるけれど、なんだかいつも以上に急かしてくる……。

 一体何が彼女をそこまで……?


『ふふ、カイザー、マシューは屋台を見て回りたいんですよ。レニーだって……ね?』

「わわっ お姉ちゃんには何でもお見通しだなあ……。だってあそこの串パンが美味しそうで……」


 言われてみればレニーも先程から物欲しそうな顔をして屋台をチラチラと見ているな。

 ここまで街を通過したのは1回だけで、後はバックパック内の食材を使った自炊ばかりだったものな。


 そしてまた、自炊もきちんとした調理器具が無いために簡単なスープと焼いた肉、それにパンと言ったシンプルなものばかり。なるほど、屋台で売られるきちんとした料理に惹かれてしまうわけだよ。

 

 ……というか、彼女達はバックパックの利点をきちんと理解していないような気がするな。あれは入れたものが傷まないんじゃあなくて、入れた時のまま固定される特性を持っているんだ。


 てっきり気づいて居るものだとばかり思ってたけど……ううん、自分が食べられないと無頓着になってダメだね。いい機会だし、ブレイブシャインの食料事情を改善してあげようじゃないか。

 

 というわけで早速食料改善に……とは行かず、まずは何時ものようにギルドに行って到着の報告だ。こればっかりは仕方がないので、レニーもマシューもソワソワとしながらギルドに入っていった。

 

 まして今回はこれから国境を越えてルナーサに入るということで、その手続きもしなくてはいけないらしく、忘れる前に済ませておこうと言うことであった。


 それを忘れると国境門で止められてしまうらしいので、忘れる前にさっさと済ませるに限るね。

 

 ハンターズギルドはトリバ、ルナーサ、シュヴァルツヴァルト3国にそれぞれ独立した組織が存在しているが、カードの様式などを統一して互いに連携出来るようにしている。

 

 その発祥はトリバの現フォレムで結成された私兵団だが、その後各地でも魔獣の存在が明らかになると、腕利き達はそれぞれ各国の「狩場」に散ってハンターズギルドの礎を築いたのだという。


 その縁は国家の壁を超えて今でも続き、魔獣やハンターの情報共有を始めとして様々な連携が取られているらしい。


 その関係で、ハンターは出国する際には国境、または港にあるギルドで出国手続きをし、その際に持たされる書類を相手国に渡す義務があるそうだ。


 また、この手続がされるとギルドカードに出国承認の印が、国境門に控えている兵士が端末で認証した際に適切な処理がされているかどうか判明するのだという。


 この『書き込まれる』って物理的な話じゃなくてデータの話だよね……。

 ほんと、妙なところだけハイテクで変な気分になっちゃうよ。


「はい、これで手続きは終わりですよ。後はこの手紙をフラウフィールドのギルドに提出してってくださいね。って直ぐに着いちゃうので情緒もなんもないですけど」


 そう言って笑うのはギルド職員のナルと名乗った女性だ。


 確かにここは国境に沿って2つの町が仲良く並んでいる。大きな街だけれども、馬車で移動すれば30分とかからずに隣町に到着だ。


 それだけ短い時間で済んでしまうと、確かに旅の情緒なんてものは感じられないけれど、国境に隔てられて街が隣接しているっていうのは面白いし、何よりやっぱり徒歩で国境を超えるというのは愉快だ。改めてワクワクしてきたぞ。


「それにしても、東街道が開通したのは嬉しい報告でした。

 何度も同じお話をするのは大変でしょうから……私からお礼だけ言わせていただきますね。本当に有難うございます、これで胸のつかえが取れました」


 にっこり微笑むナルさん。ここのギルドにも商人などから要望が来ていたのかもしれないね。こうして色々な人からお礼を言われると解決できて本当に良かったと思うよ。

 

 ナルさんが言う通り、今回は何事も起こらずスムーズに話は終わり。

 何時ものごとくお薦めの宿を聞いた我々は料理が美味いという「うらら」に宿を取ると、後の時間は自由行動ということにした。


 普段であれば乙女達は乙女達、ロボはロボでそれぞれ休息を取るのだが今回は俺の申し出で乙女軍団に同行することにした。


「カイザーがあたいたちとお出かけなんて珍しいこともあるもんだ。明日はカエルでも降るんじゃないか?」


 なんてマシューが囃し立ててくるが、俺の秘密ミッションを聞き顔色を変える。


「俺がただただお前達の貴重な時間を邪魔する無粋な奴だと思うか……?」

「いえ、カイザーさんならばきっと何か理由があって……何かあったんですか?」

「レニー、これよりブレイブシャインは極秘任務を実行する」

「あん? ご、極秘任務ぅ? 自由時間じゃねえのかよ? オルトロスは置いてきちまったし……大丈夫なのか?」

「案ずるなマシュー。だがこのミッションは今回の旅行において重要なミッションとなるだろう……」

「い、一体貴方は何を企んでますの……?」


「うむ、名付けて『旨いものは熱い内に食え作戦』だ」


「「「はい?」」」


「いいからいいから。ほら、通りに出るぞ? ほらほら歩いた歩いた」

  

 わけがわからないことを言われ、わけがわからないという顔をする3人を急かして大きな通りに向かう。

 

 通りには様々な露店や屋台が店を出していて非常ににぎやかだ。おっと、おあつらえ向けの露天があるな。

 

 ふむ、割ったパンに熱々の具材を挟んだものか……良さそうだな。

 まずはあれをターゲットにしよう。


「ミシェル、すまないがあの露天から同じものを6つほど買ってきてもらえないか?」

「6つもですの? 一人一つで丁度いいくらいですのに」


 不思議そうな顔でパタパタと露天に向かい、まもなくして美味しそうな香りを立ち上らせるパンを抱えて戻ってきた。


「おっ 奢りか? カイザー気が利くねえ! ではさっそく!」

「待て!」


 ミシェルが持つパンに手を伸ばすマシューを言葉で制止し、バックパックにパンを収納する。

 

 目の前から消えた熱々のパンに悲しみで一杯の顔を浮かべるマシューとレニーだったが、まあ、すぐに食わせてやるからそんな顔をしないでくれ……罪悪感でどうにかなってしまうだろ。


 辺りを探すと露天からそう遠くない位置に機兵を置けそうなスペースがある。

 見れば何体か機兵が止められているので駐機場として使っても怒られはしないだろう。


「レニー、あそこに俺を止めて降りてくれ」


 俺の足元に集まる乙女軍団に声をかけ、先程のパンを出してやる。先ずは腹ごしらえだ。


「おお! ようやくありつける! ったく、パンなんて立ったまま食えんだぞ? 直ぐ食わしてくれてもよかったのにさ!」

「どうだ、マシュー、美味いか?」

「美味いに決まってるだろ? 出来たてだもの!」

「まあそうだろうな。買ってすぐだから当たり前だが、時間が経つとどうだ?」

「冷えちまった肉パンは……そうだなあまずくはないが、旨さは落ちるよなあ」


 そこで俺のバックパックの特性をおさらいしてやった。

 限界や理論は知らんが謎技術で入れた時の状態を保持したまま収納できること。

 よくわからないという顔をされたので、さらに噛み砕いて熱いものは熱いまま、冷たいものは冷たいまま、腐らないまま保存できるということを説明してやると……ようやく合点がいったのか、乙女たちの表情に明らかな変化が現れる。


 これは喜びの顔……いや、獲物を見つけた肉食獣の顔だ!


「つ、つまりだ!」

「この作戦は……あたしたちが露天で色々と仕入れる作戦……」

「なるほど……旅行中いつでも出来たての料理を食べられるというわけですわね!」


 露天には様々なものが売られている。さっきのような惣菜パンに串焼き、スープ等を始めとした料理たち……それにお菓子だって売られている。


 けしてこの子達は料理が出来ないわけではない。

 しかし、機材の問題や旅の疲れから手が込んだものを作るのは中々に難しい。

 

 それなら出来上がったものを買っておけば、出すだけで美味しいごはんを食べられるようにすれば皆が楽をして幸せになれるはずさ。


 ……前世で一人暮らしをするって時にはさ、張り切って3つ口コンロを買っちゃったし、調理器具だって包丁からお鍋まで良いものをわっと買い揃えたもんだよ。


 お弁当だって毎朝きちんと作って行ったし、晩御飯だって和食に洋食、中華にイタリアンと色々と作ったもんだけど……それも半年くらいのもんだよね。


 仕事が忙しくなってくると……そんな事やってらんないよ。

 朝はコーヒーにトースト。お昼は外食かコンビニごはんになっちゃうし、晩御飯も大体はお昼と同じ。


 究極に面倒な時はコンビニで買ったホットスナックに缶ビール。

 いやあ、レニー達を笑えないよ。立派な道具も食材もあるっていうのに、疲れてるってだけで雑な食事をしていたからね……。


 わかるんだ。野営で調理をするダルさが。けれど、美味しいものを食べたいというジレンマが!


 だからこそ、協力してあげよう。なんたって、今の俺にはこのバックパックが在るのだから!

 こっちの世界にゃいつでも開いてる便利なコンビニなんてものはないけれど、無いなら俺が変わりになってやればいいじゃないか。いつでもアツアツヒエヒエのご飯を提供してやるぞ!


「では各自、お小遣い……もとい、調達資金はもったな? うむ。では各自その予算内で思い思いの料理を調達するように。

 買ったら冷める前に俺の元に持ってきてくれ。出来たてのまま維持したいから、くれぐれもそれを忘れぬよう行動してくれ!

 それでは旨いものは熱い内に食え作戦、開始!」


「「「おー!」」」


 元気よく掛け声を上げ駆けていった乙女軍団。

 ……彼女達はヒッグ・ギッガ戦の時以上に真剣な顔をしていた。

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