第九十二話 ようこそパーティー会場へ

藍色の空に紫色が差し込み、徐々に桃色に変わっていく。


「夜明け、か」


 予定通り奴が行動すれば間もなく案内人マシユーとの待ち合わせ場所に着く頃だな。

 多少の遅刻には目を瞑ってやるから、ちゃんとパーティー会場まで来るんだぞ……!


……

 

 空が桃色から黄色に変わり……そして空色に変わりはじめた頃、マシューから通信が入った。


「おまちどおさま! 間もなくお嬢さんが到着するぞ! お出迎えの用意は良いか!」

「ああ! 皆お嬢さんと踊りたくてお待ちかねだぞ!」


 外部スピーカーで周囲に到着する旨を伝えたが、遠くから徐々に近づいてくる足音で俺が言わずとも察していたかもしれないな。

 

 ズズン、ズズンと言う独特の地響きが少しずつ大きくなり、それに従って僅かな揺れも観測されている。


「相変わらず凄まじい重量だな、あのお嬢さんは」

『今日はフルコースでお相手されますので、きっと良いダイエットになりますよ』

「ははは、違いない」

『ほら、御覧なさい、カイザー、レニー。マシューにエスコートされたお嬢様が見えますよ』

「え! どこどこ!? あ、あれかー!」


 朝靄を泳ぐようにして街道を駆けるオルトロスが目に入る。

 そしてその後方、やや離れた位置には奴の姿。

 

 その顔は多数のアクセサリスクラツプ飾り付けられて刺さつていて、とてもをしている。


「良くやったマシュー! どうやらプレゼントは喜んで貰えたようだな!」

『ああ、喜びすぎてあたいを追う脚も軽くなったようだな!』

 

 オルトロスはそう軽口を叩きながら俺の脇を通り抜け、そのまま真っ直ぐ村に向かって駆け抜けていった。


 さあ、バトンは受け取った。ここからは俺達の見せ場だ。


 嬉しさのあまり地を揺らすヒッグ・ギッガ嬢に俺からもプレゼントをやらないとな。


「ようこそお嬢さん! これは俺達からのウェルカムミートだ!」


 ただ取り出して置くはずなのに、何故かレニーは取り出したバステリオンを天高く掲げ、ヒッグ・ギッガに見せつけている……!


「うおおおおお……! なかなか……重たいですねこれ! 結構……ズッシリと……!」


 操縦桿から伝わるフィードバックでその重さを感じながらもレニーはそれを維持している……女の子が出せる輝力ばかぢからじゃないぞこれは!


 しかし、掲げたのは正解だったらしい。突如として目の前に現れた巨大な何かに怯みヒッグ・ギッガが速度を緩めた。


 後はそのまま目の前に置き、完全に動きを止めるだけだ。


「やれ! レニー!」

「どっせえええい!!! あああっ!!」


 ここに来てレニーのレニーらしさが出てしまった。

 目の前に置こうとしたバステリオンがぬるりと俺の手からすっぽぬけ、ヒッグギッガの顔に飛び込んでいく。


 幸いだったのはバステリオンが思った以上に頑丈だったことか。

 内部の損傷はわからないが、見た目的には大した損傷は見受けられない。


 カウンターパンチを貰うかのようにバステリオンを投げつけられたヒッグ・ギッガは大きくのけぞり、そのまま走るのを止めて状況を探り始めた。


 リックすまん! だが、こいつは結果オーライだ! 


「よし! お前達! お嬢さんに料理をお出ししろ!」


「「「おおおおおおお!!!!」」」


 俺の合図と共に左右からバリスタが放たれる。回転する太く鋭い銛がその装甲を貫き、簡単には抜けないよう中で刃を展開させる……なんて恐ろしいギミックを追加してくれたんだ、マシューは……。


『Guywaaaawoooooon!!!』


 痛みなのか、怒りなのか、ヒッグ・ギッガが咆哮を上げる。

 いける、いけるぞ! これはいけるぞお!


「第2弾装填……撃て!」


 素早く2弾目を装填し、再度ヒッグ・ギッガに放つ。


 左右の崖からヒッグ・ギッガに向かって伸びる多数の特性ワイヤーがキラキラと朝日に反射してまるで朝露を乗せた蜘蛛の巣のように煌めいている。

 

 まさに蜘蛛の巣に囚われた虫のようだ。


『ワイヤー強度から割り出した猶予時間は凡そ8分32秒! 急いでください!』

「よし! では急ぎお客様を持てなすぞ! 各機出撃!」


「「「うおおおおおおおおおお!!」」」


 武器を手にした機兵達が砂煙を上げ崖を滑り降り、ヒッグ・ギッガに向かって走る。

 彼らが向かうは左右それぞれについている細めのパイプ。

 こいつをタイムアップまでに如何に減らせるかが勝負の鍵となるだろう。


 俺もそれに混じりレニーの馬鹿力でパイプを引きちぎっていく。ナイフを使うより効率が良いのはちょっと考え物だが、この際様式美などは考えては居られない。


「どりゃああああああ!!! かってええな! けど! まっけねえぞお!!」


 少し休んで回復をしたマシューも例の武器を大鋏にして作戦に復帰している……が、彼女が挑んでいるのは大物、顔の左右それぞれに存在する対となった太いパイプだ。


 果敢にも、それに取り付いたマシューは両手で大鋏を握りしめ、切断しようと頑張っている。


 メキメキと鈍い音が聞こえるが、それでも切断には至らない。あのハサミならばと思っていたけれど、それでも切断できないとは……どんだけ硬いんだ、あれは。


「くっそ! ほんっと硬いな! おいレニー! 手を貸してくれ!」

「うん、任せて!」


 マシューの要請を受け俺達は顔に向かい、オルトロスの隣に並ぶ。

 その際、ヒッグ・ギッガが低く唸りながらこちらをギロリと睨み目があった。

 ……大丈夫、大丈夫だ。まだ時間は在る。落ち着いていこう。


「あと少しで斬れそうなんだが、かてえんだ! なあレニー、刃を上から殴ってくれないか?」

「ええ! 大丈夫? 壊れないかな? 壊したらリックさんに泣かれるよ!?」


「大丈夫だって! こんな大物退治で壊れたって言えば笑って許してくれるし、それどころか興奮するだろ、リックならさ」


「あはは、そうだね! ようし! じゃあいくぞおおおおおおお!」


 ガギン! ガギン! ガッギン! ――と、情け容赦の無い一撃が次々と大鋏にに与えられていく。これで壊れないのだから、リックの腕の良さに感嘆してしまう……と、どうやら鋏がパイプに勝ったようだ。


 小さなヒビが入り、次の一撃でそれが大きくなり、トドメの一発で完全に大穴が開いて凄まじい勢いで熱湯が噴き出した。


「うおお! やったぜ!」

「よっしゃー!」

 

 周囲に高温の蒸気と熱湯がどんどん噴き出して行き、もうもうと湯気を立てている。

 これ、生身の作戦だったらば大やけどじゃあ済まないよな……。


 気密性が高いロボでよか……と、不安になって周囲の機兵を見てみたけれど、彼らも平気そうにしている。


 フォレムで見かけた機兵の中には気密性? ナニソレオイシイノ? 見たいなハッチが会ってないようなものが結構あったからね……どうやらここのハンターが乗っている機体はそのへんバッチリなようだ……ってそうか、マシューがメンテしたんだもんな。


 作戦を理解している以上、その辺りも対策済みってわけか。


「ようしレニー! 嬉しいことにおかわりもあるぜ!」

「えっへっへー! そうこなくっちゃ!」


 なんとも軽いノリでもう1対のパイプに向かう二人。

 そして……間もなく嫌な音と共にもう一本のメインパイプも破壊され、再び周囲に熱湯を噴出した。


 明らかにメインの冷却用パイプであろう2対の破損。それはヒッグ・ギッガにとって耐えきれない出来事で有り、身の危険を感じさせる大事件であった。


『BweeeeeeeeN! BWweeeeaaaaaAN!』


 2回、これまでで一番大きな咆哮を上げると身を強くよじりバリスタの拘束を何本か無理矢理に解いてしまうと、そのままゴロゴロと転がり残りも次々にブチブチと引きちぎっていく。


 それに巻き込まれ、何機かが弾き飛ばされていたが、幸いな事に下敷きになった者は居なかったようだ。


「よし! バリスタ隊は一次撤退だ! 動ける者は破損した機体を援護してくれ!」

  

 パイプはあらかた破壊した。彼らの役目は取り敢えずここまでだ。

 ハンターたちには一度崖上まで対比してもらい、もしものために態勢を整えてもらう。

 

 撤退する機兵達に目もくれず暴れ続けるヒッグ・ギッガ。

 奴に引かれ、固定されていた岩から引き抜かれたバリスタ達が街道に転がり落ちてくる。


「痛みに耐えきれず馬鹿力が出たか。まあ、急ごしらえの拘束具じゃこれだけ持ったら上等だな!」


 予定ではこのまま次の会場……ヌタ場に移動してくれるはずなのだけれども、まだ遊び足りないのか、肩で息をしつつもこちらをじっと睨み付け、足踏みをしている。


 こうなったらもう少しオーバーヒートさせたいところだけど、どうすれば……――


「へっへ、こんな事もあろうかと! ってなあ!」


 マシューが例のドッジボールを取り出しヒッグ・ギッガに投げつける。

 あんなヤバいもんもう一つ用意してたのか!


 オルトロスによって投げつけられたそれは顔ではなく脇腹に当たり、大してダメージを与えた様子はなかったのだが、パイプの破壊で警戒心が上がっているヒッグ・ギッガには良い薬になったようだ。


『GWwYWOooooooOOooN!!!』


 情けない咆哮を上げ、ガラガラと音をたててワイヤーを引きずりながら街道を森に向かって走っていく。

 よしよし、いいぞそのまま走れ! そろそろダンスの時間だ、会場を移さないとな!


「よし! マシュー! 追いかけるぞ! 最終決戦だ!」

「よっしゃ! 待ってました!」


 走れば走るほどその体温は上がり、内部機構を蝕んでいく。

 本来それを防ぐはずの水冷装置は、パイプの破壊によりその効力を殆ど失っている。

 そして破損したパイプから冷却水があらかた外に漏れ出しているため、なおさら奴の身体はカラッカラで限界が近いはずだ。

 

 こうして走らせているだけでこちらにとってどんどん有利に事が進む。

 さあ、後はヌタ場でとどめを刺すだけだ!


『っ! カイザー、対象の動きが妙です。進路をヌタ場では無く森に……!』


「なに!?」


 ヒッグ・ギッガはヌタ場へは向かわず途中でくるりと向きを変え……森……いや、沢に向かって駆け込んでいった。


『カイザー! あの方向は!』

「しまった! やられたっ!」  


 そして、そのまま躊躇すること無く、堰き止められてダム化している沢にその身を落とした。


 大きな水しぶきが上がり、間もなくジュウウウウウウウウウウ、という音と共に水蒸気が周囲に広がっていく。


 ああ、ちくしょうやられたな……お嬢さんは思ったよりも大分賢いようだ。


 そこまで深くないからと気にしてなかったけれど……半身でも沈められればいいんだもんな。あれならばヌタ場より手っ取り早く身体を冷やすことが出来るし、こちらに弱点を晒すことも無い……くっそ、あれはどうにかして潰しておくべきだったな……。


 半身をダムに浸したヒッグ・ギッガは身体が冷えて余裕が生まれたのか、頭を低く下げ、鋭い眼差しでこちらを睨みつけ、低く低く唸り声を上げる。


『GWRrrrrrrrrraaaaa......』

 

「結局最終兵器を使う事になりそうだな……ミシェル……すまんが頼むぞ!」

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