第九十一話 エスコート

 宴から一夜明け……討伐の朝が訪れた。


 雲ひとつ無い空は見事に晴れ渡り、作戦決行に最適な気候だ。


 この作戦はオーバーヒートを狙っているからな。雨なんかに降られてしまってはそれだけで意味を成さなくなる。


 もし今日土砂降りだったならば、延期しなければいけなくなるところだった。


 気候について不安に思っていたので、買い出しに出た際にミシェルからそれとなく話の種として聞いたのだけれども、この大陸における雨期は一月後、8月の末辺りから始まるそうだ。


 現在7月で、日本における5月程度の気候と考えれば、丁度2ヶ月近く季節が遅れている様な感じだろうか。なんにせよ、雨期に入ってしまっては作戦決行は難しくなる。だからこそ、10日間という無茶な日程で事にあたったのだが――


 俺達がこのタイミングで村にたどり着いたのは天命だったのかもしれないな。

 ……どっかで神様が見てそうだし……まさかね。


「それでは各員配置につけ。事前の打ち合わせ通りやれば必ず成功する!

 ただし無理だと思ったら直ぐに引け! その分のバックアップは備えてあるからな! それでは出陣!」


「「「おおーー!!」」」


 男達――とレニー達の――咆哮が早朝の空に響き渡り作戦が開始された。


 今回の配置を説明しよう。

 

 まず、最終防衛線で有り、最終兵器でもある砦に機兵が2機とミシェルが詰めている。

 轟雷槍のオペレーターである彼女はシールド

 を備えているが、念のため2機の機兵を配置している。無関係の魔獣が乱入してこないとも限らないからね。


 次に捕獲ポイントだが、そこには崖上左右それぞれに5機ずつ計10機の機兵が配置されている。

 

 それぞれ左右に4台、計8台設置されている捕獲用固定砲台バリスタに着くものが4機ずつ、バックアップ及び捕獲後の攻撃要員として1機ずつ備えている。


 そして捕獲ポイントである街道の中央に立っているのがこの俺だ。

 ここでこれから遊びに来るであろうヒッグ・ギッガをお迎えするのである。


 最後にマシューだけれども、現在彼女はオルトロスに搭乗し奴のエスコートに向かっている。


 今日も呑気にヌタ場に現れるであろうヒッグ・ギッガに案内状を渡し、ここまで丁重にエスコートをする大切な役割だが、器用にオルトロスを駆るマシューならばきっと成功させてくれるだろう。


 俺に仁王立ちをさせ、腕組みまでさせてじっと遠くを見つめるレニー。

 彼女はコクピット内でも同じポーズをし、その目に闘志を燃え滾らせている。


「勝ちますよ、カイザーさん」

「ああ、勿論だ」

『途中でどんなイレギュラーが発生したとしても、私が勝率100%に変えて見せますよ』


 俺達の士気は十分高まっている。さあ、頼んだぞマシュー!オルトロス!


◇◆マシュー◆◇


 まだ少し薄暗い街道にモヤが立ち上り始めている。

 夜明けが近いな。もう少し急ぐか。


 カイザー達と奴の「観察会」をした日……奴は日が昇って間もなく姿を現した。

 差し詰め朝の水浴びと言うところかね? なんとも優雅なこった。


 あの時あたいは途中で居眠りをしてしまったが、今日は平気だ。

 何時もより早く布団に入ったし、今だって眠気覚ましにミルトの実を奥歯で噛んでるからな。


 この清涼感がある辛み……あんまり得意じゃねえが、目はバッチリ覚めるからありがたいね。


 それに今日は……あたい達の新装備のお披露目だからな。

 全くなんてもんをつくんだよ、カイザーとリックはさ……こんなの貰ったら張り切るしかねえだろ?


 まあ、今日まで合間合間を見て練習をしてきたけどよ……ったく、こんなのあたいじゃなきゃ上手く扱えねえぞ? レニーに渡したら……くくく、きっとカイザーの両腕はボロッボロになるだろうなあ……。


 しかし、大鋏とは……リックの爺さんは預言者かなにかなのかね? まさに今日の作戦にうってつけじゃないの。よーし、やる気十分だ! ぶっ倒してやるぞお!


「っと、この辺で良いか。オルロス、奴の気配を感じたら教えてくれ」


『了解~』

『索敵モードオンー』


 奴の通り道、沢沿いに作られている獣道とヌタ場の間に立ちお客さんを待つことにした。


 問題はどうやってお嬢さんをパーティーに招待するかだが……まあ、パーティに誘うんだ、綺麗なもんでも見せてあげりゃあコロっと行くはずさ。


 あいつが実際にお嬢さんかどうかは知らんがね!


 湿り気を帯びて黒光りする獣道がじんわりと黄色く染まっていく。


 朝日だ。


 中々に綺麗な朝焼けじゃねえか……っと、見とれている場合じゃねえな。

 奴が規則正しい性格なら……この綺麗に染まった獣道は先触れだ。


 きっと間もなく奴は……


『マシュ~来るぞう!』

『わわ、大きいからあっという間についちゃうよー』


 っと、予想通りおいでなすった。こうも予定通りだとちょっと見習いたくなるね。


 ズズン、ズズンと大地を揺らし……ザワザワと木々を押しのけて……。

 森の住人たちを騒がせながらお客様の登場だ。


 オルトロスに乗っていてもなお見上げなければ顔を見ることが出来ない巨体、ヒッグ・ギッガ。

 

 一度姿を見ていたとは言え、あれは隠れて見張っていたわけで……こうして堂々と顔を合わせたのははじめてだ。


「へ、へへ……やっぱちょっと怖いや……。でも、仕事はきちんとやらないとな!」


 アイテムボックスから用意しておいたプレゼントを取り出す。

 カイザーはこれを試すあたいを見て『ドッジボールみたいだな』と言っていたっけな。どっじぼーるが何なのかは分からなかったが、どうやら投げて遊ぶ物らしい。


「まあ……こいつも……投げて使う物だから間違いではない……なっ!」


 まん丸な球をお客さんの顔に思いっきりプレゼント。

 少々強引な渡し方だったけれど……喜んでくれると良いな?


 ゴゴゴオオオオン…………


 どうやらヒッグ・ギッガがプレゼントを受け取ってくれたようで、周囲に爆発音が鳴り響く。思ったより結構いい音しやがんな、これ。


 まあ、テスト用のより分量多めだからなあ。こんくらいは出ちゃうか……。

 

「っく、つうか、流石にちょっと眩しいな! けどなんかしてくれたんだろ? 完全に眩まないですんだよ、ありがとう! オル! ロス!」


『遮光フィ~ルドを張ったからね~』

『お客さん、とっても眩しそうだねー』


 奴に当てたのは目眩ましの……閃光弾なのだが、あたい特性のそれは眩しいだけじゃあなくて、ちょっとしたおまけつきだ。


 あのプレゼントの中にはレニーがジャンクパーツのカスが沢山詰められていて、中央には様々な仕掛けを施した魔導炉が入っている。


 何かに当たるなどして強い衝撃を受けた瞬間、反応が始まり魔導炉を動力とした爆裂魔法が発動する。


小型魔導炉を使って爆裂魔法を発動させたとしても、大した効果がねえのはわかってる。

 まして、ヒッグ・ギッガ相手じゃ閃光弾の代わりにしかならねえだろうさ。


 だからこそ、中におまけを仕込んだんだ。当たった瞬間、閃光と共にこまけえ金属がバチバチと顔に当たるんだぞ? 中々素敵なことになるはずさ。

 

 見ろよ、現にプレゼントは喜んで貰えたようだぞ?


顔をプルプルと振って……おお、おお。眩しいんだな? わかるぜ? 顔がチクチクするんだろう? そうだよなあ、いっぱい刺さってるもん。


 ほら、それをくれてやったのはこのあたいさ。どうだい、お嬢さん……あたいと一緒に踊ろうぜ?


「Grrrrrrrraaaaaa……」

 

「おっと、興味があるようだな? ああ、いいぜ、行こうかパーティーに! さあ、お嬢さん! 会場に急ぐぞ! 皆……お前を……待ってるかんな!」


 トドメとばかりにそこらに落ちてたを鼻っ面に当ててやると、すっかりやる気になってくれたようで――


『Guyowaaaaoooooon!!』


 ――なんて、薄気味悪いご挨拶と共に頭を低く下げた。

 ああ、良かったよ。どうやらあたいをエスコート役と認めてくれたようだね!


「じゃあ、行くぞ、お嬢さん! パーティー会場は直ぐそこさ! 迷子になるなよ! ついてこい!」


 くるりと背中を向け、に向かって走り出すと、間もなく後ろから地響きがついてくる。


 よしよし、来てる、来てるな……ようしこのまま、このままついてこい!


「オル、ロス! あたいはもう前しか見ねえ! 後ろの様子は頼んだぞ!」


『了解だよ~! 背中は任せろ~!』

『もしもの時はわたし達が操作するから安心してねー』


 ふう、なんとかご招待に成功したな。これで安心して会場に急げるよ。

 みんな待っててくれよ、今お嬢さんをご案内するからな!

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