第九十話 決戦前夜

 いよいよ準備期間最終日を迎えた。


 本日まで滞りなく作業は進み、残すは轟雷槍の設置をもって作戦準備は完了となる。

 これで最後ということで、多くの村人達が現場に駆け付け、その様子をじっと見守っている。

 

 砦は高さ15m、延長は45m、そして奥行きは一番広いところで8mもある。

 後部、村側がなだらかな斜面になっているダムのような形状の構造物なのだが……これだけの規模の物で水害からではなく、魔獣災害から護る物であるというのは、なんとも異世界らしくて愉快な気持ちになるね。


 街道がある場所は両脇を崖で囲まれた谷のようになっているため、こうして砦を築くと村への進入路が完全に封鎖されてしまう。


 こちら側から砦に上るには斜面を上っていけばよいのだが、街道側はほぼ垂直の壁になっているため、こちら側に来ようとすれば縄梯子を登る必要がある。


 下手に出入り口を作ってしまうと強度が落ちるというのがその理由なんだけど……それがまた、人だけではなく機兵まで専用の縄梯子を使うのだから見ているとなんだかコミカルで面白い。


 俺の出力であれば、あれくらいひらりと跳んで越えられるのだけれども、他の機兵はそうも行かないからな。


 ちなみに砦の高さ的にヒッグ・ギッガが跳躍した場合、越えられてしまうのではないかという懸念もされたのだが、データを元にシミュレーションをした結果、万が一跳躍したとしても超えることは叶わず、むしろ顔面を強打して良いダメージが出るという結果が出た。


 もしそうなってしまった場合、轟雷槍を使わなくともいい具合に昏倒してくれそうだよね……。


「よし、準備ができたぞ! カイザー、ここに轟雷槍を取り出してくれ」

「よし任せろ」

 

 バックパックに収納しておいた轟雷槍を取り出すと、すぐにマシュー達が最後の設置作業に入る。


 オルトロスを使い、慎重に設置箇所に据え付け、何か大掛かりな道具を片手にガシンガシンと金属音を鳴り響かせながら土台として設置した凄まじくデカい岩に金属杭を打ち付けていく。


 その作業はしばらく続き、金属杭が地中深くまで埋め込まれた岩を貫通した所でようやく終了。


 その後さらに上からかぶせた金属の板で完全に固定をし、これを持って設置完了となった。ここまでガッチリと固定してしまえば轟雷槍の衝撃にも耐えられるだろうな。


 ……その分撤去作業も中々に大変そうだけれども、それは勝ってから考えよう。


 作業を終え、オルトロスから降りたマシューの元に人々が駆け寄り喜びの声を上げている。もみくちゃにされながら照れ笑いをするマシュー、本当によくやってくれたよ。


「ご苦労さん。しかし凄い砦が出来たな! 発射台を兼ねているとは言え随分と大規模なものを作ったもんだ」

「あれは反動が馬鹿みたいにデカい武器だからな! 念には念を入れて計算よりも頑丈に作らせてもらったよ。まあ、それでも……ありゃあぶっ放したらどうなるかわからねえ化け物兵器だ、下手したらぶっ放した瞬間土台ごと吹っ飛ぶ可能性があるな! はっはっはー」


 恐ろしいことをサラリと言うよな。

 けど、俺もちょっとそれは懸念してるんだよね。シミュレーションの結果では大丈夫だということになっているけど、実際何が起こるかわからない。


 そして懸念と言えばもう一つ。


「なあ、発射スイッチだけどさ、やっぱり無理なのか? 安全策として砦のこちら側に設置することは出来ないのだろうか」


「それは難しい話だね。あたい達の技術だと距離を離せば遅延が生じてしまう。

 さらに向こう側が見えないわけだから、カイザーか誰かからの合図を待ってから押すことになるだろう? それじゃタイミングを合わせるのが難しいよね」


 轟雷槍の発射スイッチは設置箇所の真上、6階部分に設けられた小部屋に据え付けられている。

 これはマシューが言ったようにスイッチを押してから発射されるまでのラグが1秒未満となるギリギリの場所で、それ以上ケーブルを伸ばしてしまえば、遅延は増し、砦の内側まで引っ張ってしまえば押してから5秒以上のラグが出てしまうのだという。


 そして、当然の話しだけれども下を見渡せるこの場所でなければ適切なタイミングでボタンを押すことが出来ない。


 スミレにタイミングを計算してもらい、ここぞという時に通信を飛ばすということも少し考えたのだけれども、ヒッグ・ギッガとの戦闘中にスミレのサポートが少しでも抜けるというのはリスクが高い


 なので結局は肉眼で撃つタイミングをはかり、遅延なく発射できるこの場所が最適であると言うことになってしまうのだけれども……危険性が高いこの仕事……誰に任せるにしても最悪の結果を考えると悩ましい問題だ。


 俺の端末を利用した遠隔操作システムというものも少し考えたけれど、魔改造ではなく、丸々機能を変えてしまうというのは流石のリックでも時間が掛かりそうだからな。


 はあ、本当に最後の最後が決まらない。

 

「あの、少しよろしいかしら?」

「ミシェルか、どうしたんだ?」

「わたくし、例の護りがまた使えるようになってますの。この間使わなかったので2回。あれならば何が起ころうとも平気ですわよ。

 こんな形でしかお役に立てませんが、どうかわたくしの力、利用なさってくださいな」


 例の護り……シールド的なあれかあ。確かにあれならば耐えられるかもしれないけれど……詳細データが無い以上、シミュレーションが出来ない以上素直にうんと首を振れないよ。

 それになんというか……ミシェルを生贄にするようで……なあ……。


『ミシェル、君はほんと肝心な時にプレゼンが下手な子だねえ。そんな言い方だとカイザーの事だ、ぐだぐだ悩んで断るに決まっているだろう』

『全くよ。いい? カイザー。あのシールドを舐めないでちょうだい。

 あれは大陸間弾道ミサイルの直撃にだって耐える設計なんだから! 例えこの砦が吹き飛ぶほどの破壊エネルギーだとしてもどうってことないわ』


 ミ、ミサイルにも耐えられるだあ? どんだけ硬いんだよそのシールドは! 

 しかし、なるほどな……そんなに頑丈なシールドを構築するんだ、そうポンポンと頻繁に使えるもんじゃないというエネルギーの食いっぷりも納得できる。


「そうか、そうだったな。ミシェルには君達がついているんだった。

 確認するが、あれはミシェルが使おうとしなくとも、君達の意思で発動できるということでいいんだよな?」


『そうだね。ミシェルが反応しきれなくても大丈夫さ』

『ちゃんと私達が護り抜いてみせるから』


「それを聞いて安心したよ。うん、ならばミシェルに……いや、ミシェル達に任せるよ。頼んだよ、3人共!」


「はい! 任せてくださいな!」

 

 こうして最後の最後に懸念していたことが解消した。


 さあ、いよいよ明日は決戦の日だ。

 本日の作業は午前で終わり。これから夕方までの時間は士気を高める宴の時間だ。


 決戦前日なので、それなりに酒は加減するようには言ったけれど……宴は夕方までだし、そこまで厳しく言わないつもりだ。


 万全を期しているとは言え、相手はヒッグ・ギッガ。緊張して眠れなくなっちゃう人だっているはずさ。だからこそ、宴を開いて緊張を解してもらおうと、今夜はなるべくしっかり眠ってもらい、明日に備えて欲しいと……――


 ――その思いから提案したことだったけれど、提案してよかったよ。

 俺の狙い通り、皆穏やかな顔をして楽しく飲んで歌って踊っている。


 準備が終わったことによる安心感もあるだろうけど、既に明日の勝利を確信しているかのような空気も漂ってるなこりゃ。


 無論、明日は負けるつもりが無いけれど、油断は禁物。

 俺も明日は気を引き締めてやらないとな。


「かいじゃーしゃ~ん、明日はがんばりましょーねー でえへへへへへー」

「むっ!? レニー、お前まさか酒を? この国の成人年齢はいくつだ? いや、それでもお前にはまだ早いぞ!」


『ご安心を、カイザー。レニーからアルコール反応検出されませんでした。

 これは……場に酔っていると言うやつですね、カイザー』


「それでこんなになるか……なんともレニーらしいな……。

 まあいいや、レニー。明日はよろしくな、全力を出し切ろうぜ」


「ふぁーい! がんばりまーしゅよお! じゃあ、かいじゃーしゃん、またあとでえ! 


 フラフラとやってきたレニーがヘラヘラとしながら去っていった……と思ったら今度はミシェルが現れる。


「うふふ……カイザーさん、見ててくださいねえ、わたくひ……明日は奴をしとめてみせますわあ……わたくひには機兵はありませんけどお……やれることは精一杯やりまふからねえ……うふふ……」


『ミシェルからアルコール反応検出……。ただし、ミシェルは16歳……トリバの法では成人扱いされるようですので問題ありません』


 ミシェルは飲んじゃってるんだ……。

 成人扱いなのなら文句は言えないけど……若いんだし、飲みすぎないようにしてほしいな……。


「ミシェルは今日までも精一杯力になってくれたんだ、胸を張ってくれ。

 明日は……ミシェルの出番無く終わるのが何よりだけど、もしもの時は頼りにさせてもらうね」


「まあかせてくだひゃい……うふふ……それじゃあまたあとでえ……」


 ウロボロスが見張ってるんだろうし、やばいくらいに飲みすぎるってことはないだろうけど……結構ベロベロだぞ? 本当に大丈夫かな……。


 さて、このパターンで行けば次はマシューか? マシューのことだ『あたいが成人と思ったら成人なんだよ』とか言って酔っ払って絡んでくるんじゃあ……なんて思っていたけれど、宴の会場――村の広場にマシューの姿は見えなかった。


 何処へ言ったのかとレーダーで探ってみれば、どうやらオルトロスに乗って砦を弄っているようだ。

 やれやれ……なんともマシューらしいと言うかなんというか……ちょっと一言声をかけるとするかね。

 

……


「マシュー、もう良いから休みな。腹減ってんだろう?」

「うおっ! カイザーかよ! びっくりさせんなよなあ。

 いやさぁ……ちょっとここの隙間が気になっちまってな……っとよし!」


 何やら砦の不具合箇所を見つけたとかで、今の今まで一人でこっそり手を入れていたらしい。

 誰かに手伝ってもらえばもっと早く終わったろうに……気を遣ったんだろうな。

 まったくマシューは……。

 

「マシュー、ここまでの立派な備えが出来たのは君の功績がとても大きい。ありがとうな」

「何言ってんだよ! 元はと言えばあたいが自分のわがままでやるって言い出したんだ、あたいが頑張らなくてどうすんだよ」

「それでもだよ。それに……明日はレニーにマシュー、そしてミシェルに村のハンター達、皆の頑張りで狩りを成功させるんだ。一人の力じゃない、みんなの力だ。それを忘れちゃダメだぞ」


「わかったわかった! 大丈夫だよ! 一人でむちゃするような真似はしないってば!」


 マシューはぐるりと砦を見渡し、何かチェックをしていたけれど、やがて満足したのかウンウンと頷き――


『あー腹減ったー! おおい! あたいの分残ってるかー! 残ってなかったらぶちのめす!』


 ――と大きな声で喋りながら物凄い勢いで宴の中に駆け込んでいった。



  明日、日が昇ればいよいよ決戦だ。念には念を入れて最後のシミュレーションでもしておくことにしよう。


『カイザー……宴に参加できないからって拗ねてしまって……可愛そうですね』

「ち、ちがうぞ。俺は純粋に念を入れたかっただけだ」

『そういう事にしておいてあげますが……AIにもストレスはあるんですからね?

 何かあったら溜め込まず、しっかりと相談してください。良いですね、カイザー?』

「わかった、わかったから……! はー、全くスミレさんには敵わないな」


 ……折角ビシッと決めて終わろうと思ったのに、全くしまらないなあ。

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