第八十九話 商家の娘

作戦開始から6日目――

 

 本日の俺とレニーは予定通りミシェル達C隊の護衛兼荷物持ち。

 

 現在はC隊の面々と共に街道脇に腰を下ろし、商隊が現れるまで休憩という名の待機中なのである。


 道中、ふらりと現れたブレストウルフの襲撃を受けてしまったが、既にレニーの敵ではなく、また現れた数も少なかったのもあって間もなく素材へと変貌させられていた。


「マシューに良いおみやげができましたねー」


 へへへと嬉しそうに笑うレニー。本当にたくましくなったもんだね。

 レニーが初めて俺に乗って戦った日の事はつい最近のことのように覚えている。


 ……いや本当につい最近だったな。


 俺が目覚めたのが5月、レニーをパイロット登録したのが6月頭、そして今日は7月26日……。


 春に出会って現在初夏と考えればそこそこ経ったような気がするけれど、数字にしてしまうとまだ2ヶ月だ。


 マシューと出会ったり、ミシェルと出会ったり……なんだか色々なことがあったような気がするのにまだ2ヶ月しか経っていない。


 それだけ目覚めてから今日までの出来事が濃厚で思い出深いものばかりだったということかもしれないな。


 前回は……ただひたすらに平和だったけど、退屈な日々ばかりだったからな……あの場所から動くことすら出来なかったし。


「む、ミシェル。商隊らしい反応を捉えたぞ。凡そ18分後にここを通過するペースだな」

  

「ありがとうございます、カイザーさん。では、手はず通り馬車になっておいて貰えますか? わたくしとしても心苦しいのですがあの姿は商隊受けがよろしいので……」


「ああ、かまわないぞ。それに気にするな、利用できるものは何でも利用するべきなのさ」


 ミシェルに言われ馬車形態に変形する。受けがいい、というか商人にとって馬型の機兵という素材は金のなる木にしか見えない物らしいからな。


 餌も休憩も要らずに走れる機械の馬、そんな物を目にしたらどんな商人であっても目の色を変えて向こうから足を止めてくれるに違いない。


 ま、言ってしまえば俺は体のいい餌というわけだ。


 間もなくガタゴトと馬車が走る音をセンサーが拾った。遠く見える点を拡大すると、それは護衛付きの馬車を先頭に6台ゾロゾロと連なった馬車隊で、どうやら期待通りに商隊が通りがかってくれたようだ。


 数分後、馬車隊が我々の前を通り過ぎようとした時……護衛の機兵がちらりとこちらを見た……いや、2度見したぞ! さあ、どうだ? これは掛かったのか? 


 と、路肩から様子を伺っていると、機兵が腕をひらひらと動かし、何かの合図をし馬車を止めた。


 ハッチを開けた護衛が『噂のアレだ! 依頼主に伝えろ!』と、御者に伝えているようだ。これは釣れたな……!


 少しすると……生身の護衛を数人と、機兵を1機連れた恰幅の良いおじさんがにこやかな顔でこちらに向かってきた。商人であろうおじさんは俺をちらりと見て興味深そうな顔をしていたが、一瞬で笑顔に戻してミシェルに挨拶をする。


「ごきげんよう、ルストニア家のお嬢様。お姿を見かけましたので、ご挨拶にと伺わせていただきました」

「ごきげんよう、リフェノール様。先日は有難うございました。お父様もお喜びでしたわ」

「ははは、いえいえ、こちらとしても良い取引をさせて頂いて――」


リフェノール様と呼ばれたおじさんは、ルナーサのリフェノール商会の会頭で、ミシェルと面識があるようだ。俺に釣られて停車したようだったけれども、それにミシェルが関係していると来たものだから、なんともソワソワとしているな。


 ……これは大チャンスなのでは。

 

「ところで、リフェノール様はフォレムには仕入れで行きますの?」

「ええ、これからフォレムでは狩りが活性化しますからな。勿論、需要が高そうな仮用品も多数仕入れてきましたよ」

「それを聞いて安心しましたわ。実はわたくしがここに居るのはリフェノール商会さんのようにフォレムへ向かう方から直接仕入れを行うためでしたの」


「ふむ……仕入れですか。確かに商隊に声をかけ、直接取引を求める者は稀に居ますが……ルストニア商会程の御方がその様な申し出をするとは……何か事情がありそうですね。よろしければ説明していただいても?」


 商売という物は何も売れば良いという物では無い。フォレムに持って行って商品を卸す、すなわちそれは少なからずフォレムに商家の名前を残すと言うことになる。


 買った商品の質がとても良かった、また入ったら教えてくれ――卸し先の店にその評判が届けば、店の主人は次回から入荷数を増やすことだろう。


 商会の信用度と言うものは積み重ねて構築していくものだ。

 コツコツと取引を続けるうち、積もり積もって大きな利を成す大切な存在。


 故にこのような場所で、しかも同業者に商品を卸すというのはあまり良い選択では無い。リフェノール商会の会頭自らわざわざ出てきての取引だ、フォレムに卸す商品は重要な商品なのであろう。


 商売相手のところまで荷を運ぶ同業者に途中で声をかけ、商談を持ちかけるというのはあまりお行儀が良くないことであるとされるようだ。


 それをわざわざミシェルが、ルストニア商会がやっているのだから、まずは理由を聞いてみようということなのだろうな。


 あらかたミシェルから事情を聞いたようで、会頭が顎に手を置き難しい顔をしている。


「パインウィードの街道に巣喰う魔獣の討伐ですか……。

 街道封鎖の件は私共の耳にも届いていましたが……なるほど、そこまでの魔獣が居るのであれば復旧作業が進まないわけですな」


「トリバ東街道の復旧は我々商人としても放ってはおけない案件ですわ。

 パインウィードはフォレムへの足掛かりとして重要な拠点になりますし、何より中央ルートを迂回路として使うと経費が倍近く嵩んでしまいますからね」


「ですな……東街道の開放はトリバとしても再重要案件とするべきでしょうに……。

 トリバならば、魔獣災害となれば迅速に対処してもおかしくない筈。

 ……イーヘイのハンターズギルド本部まで詳細が上手く伝わってないのでしょうか?」


「いえ、本部はきちんと魔獣災害であると認めてらっしゃるようですわ。ただし、緊急性は認められないので現地で対処せよとのことで。予算は出すから勝手にやってくれということのようですわね」


「なるほど、それで貴方がこうして……しかし、お話を聞いた限りでは軍が出てもおかしくはない程の魔獣です。本来ならば速やかに現地調査をすべきだと思うのですが……」


「トリバの軍隊……トリバ防衛軍は沿岸沿いに配置されていますからね……小隊を派遣するにも距離があるため軍の幹部が首を縦に振らないのでしょう」

  

 イーヘイ……たしかトリバの首都だったか。大陸南部の海に面した場所にある結構な大都会と聞いている。


 フォレムからイーヘイまで普通の馬車で移動すると8日程掛かるらしい。

 ざっくりと馬車が日に50km進めると計算すると400kmか……東京大阪間くらい? 結構な距離だな!

 

 防衛軍とやらが沿岸沿いに配置されているのは恐らく他国、噂のシュヴァルツヴァルト帝国を警戒してのことなのかもしれない。


 往復となれば移動だけでかなり時間がかかりそうだし、ひと月近くも小隊を派遣するとなれば……苦い顔をするのもわからんでもないね。納得はできないけどさ。

 

「それでわたくしたちが手を貸すことにしましたの。勿論勝算があっての判断ですのよ?

 ……リフェノール様が先程から気にされている馬型の機兵、頼りになりますのよ」


「ははは、バレていましたか。流石ルストニアのお嬢様、鋭い目をお持ちだ。

 いやしかしですな、確かにあれは商人にとっては金を積んでも欲しいと思わされる物ですが、戦闘となってはどうなのですか? コクピットも見当たりませんし、一体どの様にして戦いに……」


「うふふ、そうおっしゃられると思いましたわ。レニー、見せてさしあげて?」

「はーい。じゃー、カイザーさん、変形してくださーい」


 おっと、ご指名が入ったぞ。打ち合わせになかった事だけれども……変形ギミックは地味にあちこちで披露しているからね。今更隠すようなことでもないよっと。


 人型に変形し、降着姿勢を取ると、ドヤ顔で俺に駆け寄ったレニーがひらりとコクピットに乗り込んだ。

 ……飛び乗る際にくるぶしの辺りを打ったようで悶絶しているが……ハッチを閉めたので外からは見えまいて。


「あううおおおお……」

『無駄に良い所を見せようと張り切るからですよ、レニー』

「普段やらないことをしようとするからそうなるんだぞ……」


「おお……おおお……なんと神々しい機兵だ……。これは、国王機と言っても差し支えが無い美しい機兵ですな……」


「素晴らしいでしょう? これを駆るパイロット、レニー・ヴァイオレット嬢の腕もなかなかの物でしてよ。

 彼女ともう一人、わたくしの仲間がいますけれども、お二人で組んでいるパーティは討伐ランク2級セカンドクラスのキランビルはおろか、認定されれば恐らくは1級ファーストクラスになるであろう大型の魔獣まで討伐してますの」


「それはそれは……優秀なライダーと知己を結ばれたのですな」

「ええ、ありがたいことに。彼女等を主軸とし、パインウィードのライダーやハンター達との共同戦ですもの、負ける作戦では有りませんわ」

  「なるほどなるほど。お話を聞く限りは勝算は高そうですし、私共としましても悪い話ではありませんな」

「ええ、成功の暁には勿論、リフェノール商会の協力に関しましても方々に報告しますわ」


 話の運び方が上手い。


 レニー達の目立つ大きな功績をアピールしつつ、その階級はさり気なく話題に出していない。恐らく会頭はレニー達が若くして2級セカンドにまで到達している優秀なハンターであると思いこんでいるに違いない。


 名のあるハンターとの結びつきは商人としても悪い話ではないからな。何かでレニー達が有名になった際に『実はあのパーティとは……』と、さり気なく話の種にすることだって出来る。有名なハンターとの取引経験があるとなれば、良い宣伝材料になるだろうさ。 

 そしてその宣伝効果はそれだけじゃあない。


 今はうっすらとしか話題になっていない南の街道の件も、事が解決すれば商人やハンター、旅人達によって方々に噂が飛び交うだろう。


 その際、解決したのは旅のハンターで有り、その裏にはリフェノール商会の協力があったとなれば、フォレム周辺の人々は彼らに友好的になるはずだ。


 そうなれば、他国の商人にとって非常に商売がやりやすくなるはずだ。

 これは断る理由がなくなってしまったんじゃないかな。


「はっはっは。ルストニアのお嬢様にそうまで言われてしまっては協力しない訳にはいきませんな。

 それではお嬢様、早速ですが取引といたしましょうか。可能な限りさせて頂きましょう」


 ミシェルはにっこりと微笑むと会頭にリストを手渡し、俺に向かってウインクをして勝利を告げたのでありました。


 ……流石大商家の娘さん、バッチリ決めてくれるぜ!

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