第八十四話 資材調達

 ――討伐作戦1日目


 本日早朝からヒッグ・ギッガ討伐のため、村が一丸となって動き始めた。

 作戦に必要な資材を用意したり、機兵を直したり、罠を作ったり……そのほかにもやる事はいくらでもあり、村人達は忙しそうに、けれど皆嬉しそうな顔をして走り回っている。


 ギルド前には朝だというのに多数の人々が集まり、真剣な眼差しでミシェルの指示を聞いている。


 一見すると、幼さを残した少女にしか見えないミシェルに大人達が従っている姿はなんだか不思議な気分になるけれど、彼女の指示が侮られず、きちんと受け入れられているのには理由があったりする。


 いくら俺が『今日から彼女が準備期間の総責任者である』と言ったところで、おいおいこんなお嬢ちゃんで大丈夫か? なんて疑念は多少なりとももたれたんじゃ無いかなって。


 いくら俺が彼処まで派手な演出でプレゼンをしたからと言って、完全には心を掌握出来るわけじゃ無いからね。


 村人達が心より彼女を信頼して行動しているのは、ミシェル自身が改めて「ミシェル・ルン・ルストニア」と、家の名前を出して自己紹介をしたのが大きい。


 はじめは『総司令官が指名したのだから、まあやれるんだろう』程度の、なんとなく従ってやるかくらいの反応だったんだけれども……


『ただいま、カイザーさんから指名されました通り、わたくしミシェル・ルン・ルストニアが全責任を持って、家の名に恥じぬよう皆様をお導きさせて頂きます。

 至らない点も有るかと思いますが、どうか皆様、最後までよろしくお願い致しますわ』


 なんてしっかりとした自己紹介をした途端、空気がパタンと変わったんだ。

『俺でも知ってるぜ、ルストニアつったらルナーサのでけえ商家だ』

『そんな立派な家の子ならきっと頭も良いんだろうなあ』

『親御さんからさぞや叩き込まれてんだろ? しっかりとした挨拶をしてらっしゃるし、俺達なんかよりよっぽどやりそうだな!』

『違えねえ! 嬢ちゃん! 俺ぁアンタについてくぜ!』


 なんて、あっという間に群衆の心をわしづかみにしてしまった。

 流石はルストニア、その名はなかなかに強烈だ。


 けれど、その名前出してしまえば何かあった時に家に泥を塗ってしまう事になるわけで。

 決して家の名に甘えるような気持ちで軽々しく使って良い技じゃあ無いし、当然ミシェルもそれを理解した上での行動だ。


 これはミシェルの決意の表れなのだ。

 

 ルストニアの名に於いて、全責任をもって行動する。

 だから、皆はどうか安心してついてきて欲しい。

 何かあれば、全てこの身が責任を取る、どうか信頼して欲しい。


 そんな思いを込めての行動だった。


 村人達にもそれはしっかりと伝わり、嬉しそうに頭を下げるミシェルに歓声が飛び交ったのでありました。

 

 そして、半ばアイドル化の気配を見せかけたミシェルによって、討伐部隊がA隊、B隊、C隊の3組に分けられた。


 B隊、マシューチーム。

 その名の通り、マシューが中心となり機兵の修理やカスタマイズを執り行う。

 チームリーダーは別にマシューじゃ無くても良いのではと思ったのだけれども、ギルドでジンに揉まれたマシューの知識や技術はかなりの物だったようで、俺と連絡を取れる事も考慮され、満場一致でリーダーにされてしまったらしい。


 確かに、連絡係とリーダーが同じであれば伝言がスムーズに行くだろうし、リックと対等に話せるマシューであれば、修理が難しい機兵でも上手く直せてしまうかも知れないからね。


 本日のところは、取り敢えず現状の確認。大破している機兵を含め、村内に存在する全ての機兵の状況を調べ、修理が必要な機兵の数と、それに掛かる資材の算出。


 また、作戦に当たって強化可能な部分があれば、その設計までやってしまうらしいのだから恐ろしい。


 村には専用の技師は居ないとのことで、マシューの負担は多いと思うけれど……本人がやたらと嬉しそうにしているから……良くはないけど、良しとしよう。


 ……後で無理してないかチェックはするけどね。

 

 さて、次に紹介するのはC隊のミシェルチームだ。

 これは討伐作戦に関わる資材を管理するチームで、総責任者のミシェルがそれを兼ねつつ資材管理チームのリーダーを務める事となるため、かなり忙しいだろうと思うのだけれども『ルストニア商会の娘さんより賢い奴はここには居ねえ』と、流れるようにリーダーになってしまったらしい。


 そんなC隊のお仕事はと言えば、先に説明したとおり資材の管理なのだけれども、まず始めに村内で手に入る物、調達が必要な物と振り分けし、後者をさらに周辺で調達可能な物と、商人から購入しなければいけない物と分けていく。


 前者は調達チームに発注し、魔獣を狩るなり、木を切るなりして調達して貰えばそれですむのだが、問題は後者、購入しなければいけない物資だ。


 商人自体は、パインウィードからみて西の街道、本来通る予定だった『フォレム街道』を日に何組かの商隊が通過するため、それとコンタクトを取って商談をすれば良いだけの話なので特に問題はないのだけれども、それを購入する資金、それをどうするかが問題だ。


 パインウィードは村とは言え、街道が被災する前は多数の商人が立ち寄り、潤っていたため、寂れた農村と比べればそれなりに蓄えは在るが、それに手を付ける必要は無い。


 今回の災害は純粋な自然現象とは言い切れず……どちらかと言えば魔獣災害として認可される案件である。

 現にヒッグ・ギッガが居座っているために復興作業が出来ないのだから、その主張は正当性が在るわけだ。

 

 魔獣災害ということになれば、ハンターズギルドが絡む案件に化ける。

  

 ハンターズギルドは魔獣災害の申請を国に出し、その復興に関わる資金――ハンターへの報酬や、作戦に関わる予算を調達することが出来るのだ。


 パインウィード支部からは既にギルド本部に連絡が行っていて、ギルドから一応は国の機兵部隊に要請が出されたらしいのだけれども、案の定『緊急性なし』と判断され、現在も保留中。


 なので、今回こうして我々が独自に隊を組み、討伐に当たることになってしまったわけだけれども、本部がきちんと魔獣災害であると認識している以上、ハンターズギルドから資金調達が可能なのである。


 国家所属の機兵隊の派遣は叶わなくとも、ギルドが独自に解決する分の予算はきちんと支払ってもらえるらしい。流石にそこまで渋ってしまえば要らない内乱の種を招いてしまうし、なにより、トリバの大統領という存在はハンターズギルドにとても理解があるそうだからね。


 その辺の話はちゃんと聞いてないけれど、機会があれば聞いてみたいね。


 というわけで、ミシェルがハンターズギルドと話をつけたおかげで、購入リストをギルドに提出し、精査した上で承諾されれば予算がおり、それを使ってお買い物……という手はずになっている。


 その際必要な書類等はミシェルがきちんと用意できるということで、準備段階の総責任者としても、C班リーダーとしても村人達からかなり頼りにされていて、本日は情報をまとめつつ、その資料を作成中なのであった。


 さて、残るは我々A班なのだが――


 俺達が率いる我々A班が本日何をしているかと言えば……取りあえず狩りに来ている。


 B班の報告が終わらなければC班の仕事は終わらないし、C班からの指示が無ければ我々も動きようがない。


 かと言って、何もしないというわけには行かないため、本日のところは適当に魔獣を狩り、周辺の安全を確保しつつ、資材調達の足しにするための狩りを行っているわけだ。


 ここは村に限りなく近い狩り場で、ギリギリ通信装置のエリア内。何かあれば直ぐに連絡がつくため、こうして村から出ていても何ら問題はないのである。


 本日、我々A班は俺の他に村のハンターが乗る4機と共に出撃している。

 こうして他のハンターと間近で共闘するのはマシューを除けばはじめての事。

 レニーにとっても、俺やスミレにとっても良い勉強になるだろう。


 ホームグラウンドである村のハンター達に前衛を任せ、我々はバックアップに徹しながらその戦い方を見させてもらっているのだけれども、流石は本職……動きが良い。同じ機兵に乗って手合わせすればレニーはまず敵わないだろうね。


 本職と言うと、なんだかレニーやマシューがそうではないように聞こえてしまうけれど、村のハンターは根っからの狩人で、機兵に乗って魔獣を狩る他にも、生身で武器を担いで獣を狩る仕事も担っている真のハンターなのである。


 勿論、通常のハンターだって同じ様に獣を狙うことは在るが、それは何かの依頼を受けてたまにかる程度で、多くの場合は魔獣を狙う。


 しかし、この村のハンターは名物である鹿を狙うため、機兵に頼らない昔ながらの狩りの技術を今でも大切に受け継いでいるのだ。


 失礼なことを言ってしまえば、俺と比べ、圧倒的に性能差が在る機体に乗っているというのに、滑るように森を駆け、かと思えばステルス機構でも搭載しているのかと錯覚するほど周囲に溶け込み……確実に目標の弱点をいく。


 まさに熟練の技というものだ。彼らなら、もしかすればバステリオンだって倒せてしまうのかもしれない。


 そんな連中がひとたまりもなくやられ、俺達が来るまで何も出来ずに居たのだから奴の恐ろしさが身に染みて分かるというものだな。


「よし! 嬢ちゃん! そっち行ったぞ! いいか? 今度は頭を潰すなよ! 頭は使うからな! 殴るならせめて……胴体にしてくれよ!」


 顔を殴るなボディを狙えか。狡猾ないじめっ子のようなセリフだが、これは討伐が目的ではなく資材確保が目的の狩りだからな。


 ……わざわざ注意されているのは、こうしてバックアップに回っているのは……レニーが開幕からやらかしてしまったからだ。


 レニーが得意としているのは近接格闘。

 そんな彼女に正面から飛びかかったブレストウルフは良い具合にカウンターの的となってしまった。


 いつものように全力で頭にカウンターを入れ、一撃で粉砕してしまったのだからたまらない。頭は勿論のこと、身体も半ばボコボコになってしまった獲物を見てハンターたちが苦笑いを浮かべていた。


 そんな事があったため、ハンター達が注意するよう言ってくれているのだけれども、言われたレニーもやらかしをわかっているだけに顔が赤い。

 

「もー! わかりましたってば! もう潰しませんから!」


「ははは、まったく恐ろしい嬢ちゃんだぜ! ビリー、誘う時は気をつけろよ? おめぇのひでえ顔がまともになるかも知れねえからな!」

「な、なにいってんだくそ! ダニー! 俺のひでえ顔がまともにっておめえなあ……あれ? もしかして殴られた方がいいのかな?」

「吹き飛んじまったらひでえ顔も無くなるからなあ」

「あ! てめえ、俺がバカだと思っていい加減なこと言いやがって! 死んじまうだろうが!」

 

 馬鹿で愉快なハンター達だ。ほんと、憎めない連中だよ。

 頑張って彼らが安心して暮らせるようにしなくちゃな。


「もー! ビリーさんもダニーさんもちゃんと見ててくださいよ? 今度は! ちゃんと! ボディ! 狙うんだからーーーっ!」


 腰を落とし、身体を捻りながらしっかりとボディにパンチを叩き込むレニー。

 ああ、体重がしっかりと乗った良い一撃だ。


 しかしだよ、レニー……そこは燃焼タンク、殴っちゃいけない場所だろう?

 ごらんよ……破裂したタンクから噴き出した油を……ブレストウルフも俺も……火に包まれてしまったじゃあないか……。


「きゃー! ごめんなさい! みんな! カイザーさん!」


『……消火剤散布……消化完了。本体のダメージは0ですが、レニーは後で反省文を書くように』

  

「俺はこんくらい平気だがブレストウルフはだめだろうな……」

「うわーん! おねえちゃんもごめんなさーい!」

 

 体表を消火剤で泡まみれにしながらレニーをたしなめる。


「殴っちゃいけない場所は顔と燃料タンク、いいね? レニー?」

「はい……タンクのことは分かっていましたが……わかってたはずなんですけどお……うう、今度はブレストウルフじゃ無い獲物を殴りたいですね……」


 ブレストウルフじゃ無ければ失敗しない、そう言っているのか?

 いやいやそうじゃない、そうじゃないんだレニー……。


「あのなあ、ここらじゃフッゴ・ロッゴなんかも獲れるけどよ、奴だって顔は殴っちゃ不味いし、腹だって脚だって……とにかく使えそうなパーツはなんで会っても使うんだ。

 ブレストウルフじゃないなら何処を殴っても良いってことはねえ……なるべく壊さねえ戦い方もちゃんと勉強しておくんだな」


 ほら見ろ、怒られた。帰ったら図鑑を見せながら勉強会をする必要があるな。いろんな事に詳しい割にいろんな事が抜けているのがレニーという少女だからな。


 壊さず倒す……のは難しいだろうから、せめて有用な部位を覚えさせて、そこをなるべく壊さないように立ち回る事を考えさせないと……。


 そんなこんなで結局この日集まった素材はブレストウルフ4体、フッゴ・ロッゴ2体。それにレニーが潰したジャンクパーツ2体分。


 思ったより数が狩れたような気がするけれど、現状からして魔獣のパーツは有りすぎて困るということはないし、ミシェルの指示が無ければ明日も引き続き狩りに出ないとな。


「さて、獲物をどう持って帰るかだが……リーダー、何か用意はしてあるのか? 荷車もなにも無いようだが」


 そう言われりゃそうだね。普通のハンターは獲物の運搬に荷車を引くんだった。

 狩った獲物は荷車に乗せてまるごと運ぶか、必要な部位のみ箱に入れて持って行くか。

 この世界の機兵乗りライダーにおける運搬方法はそれが一般的だ。


「あー、荷物は私が全部……というかカイザーさんが持ってってくれるので心配要りませんよ」


「はあ? カイザーさんが全部? 凄え機兵なのはまあ、あの動きをみりゃわかるけどよ、一体1機でどうやって……うおおお……な、何が起きたんだ?」


 細かい説明は面倒くさかったのでポイポイとバックパックに収納してしまう。

 喋って動けることをぶっちゃけているので、こういうと時に凄まじく楽だね。


 あの一件でで普通の機兵とは違う妙な存在であると知らしめているんだ、ひとつふたつ、何か妙なことをやらかしても『まあ、カイザーだしな』で済ませられること請け合いだ。


「まったく……あんたって奴は……良くわかんねえけど仕舞ったんだよなあ? いいなあ、それ……俺達も使えりゃなあ……」

 

 キラキラと羨望の眼差しを送るハンター達を連れ、なんだか気恥ずかしくなりながら村へ帰る我々なのでありました。

 

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