第八十三話 ミシェルの悩み
◆◇ミシェル◇◆
先程の会議の後、村はお祭り騒ぎになりましたわ。
まだ討伐をしたわけではないし、作戦がすべて上手くいく保証は何も無いと言うのに、ハンターだけでは無く、村中が喜びの顔に満ちあふれていますの。
それを見ていると、なんだかとても嬉しくなる反面、レニーやマシューのように大きく作戦に貢献できない我が身がふがいなく思えてきますわ。
「はあ、わたくしにも機兵があれば……」
紅の洞窟ではお二人の足を引っ張ってしまいましたし、今回だって、生身のわたくしが現場に着いていったところで出来ることは何も無いでしょう。
わたくしだって、機兵の訓練はずっと続けてましたのよ? それなのに、お父様と来たら『専用機を用意するまで実戦はだめだ』なんておっしゃいますし、その専用機とやらもいつになっても用意されませんし。
だからといって、流石にお家の機兵を勝手に持ち出すことはできませんでしたから、結局この通り生身での旅。力でお手伝いすることは叶いませんわね。
機兵にのってお手伝いが出来ないとなれば、わたくしに残されているのは商人としての知識のみ……それがこの作戦で役に立つかと言えば……はあ……。
「このままではただの穀潰しですわ……」
やる気に満ちあふれているレニーやマシューを見ていると……なんだかちょっとだけ辛くなってしまいまして……今はこうして、宿を抜け出して散歩に出ていますの。
誰にいうでも無く独り言が出てしまいましたが、周りに人も居ませんし、構わないでしょう。
池の畔に腰掛け、水面に映る月に石を投げる。
広がる波紋がゆらゆらと揺らめく水面はわたくしの心のようですわ。
「やはり私も機兵を借りて戦地に出るべきでしょうか……」
『それは止した方がいいよ、ミシェル』
『そうよ、どうせ余っている機兵は無いのだから、貸してもらえないわよ』
突然、ウロとボロスが独り言に参加してきた。洞窟以後、いくら話しかけても反応しませんでしたのに、何故このタイミングで?
「きゅ、急に出てくるからびっくりしましたわ……」
『ミシェルさ、戦場に出なくても出来ることと言うのは沢山有るじゃ無いか』
『何かを成し遂げようとする時、裏方の活躍は馬鹿に出来ないのよ?』
裏方としてお手伝いをするというのはわたくしにだってわかりますわ。
けれど、皆が皆、適材適所で動いていて、わたくしが入り込む余地は無いのですよ?
こんなわたくしが一体どこに入ればよいのでしょう? それがわからないからこそ、こうして悩んでいますのに……。
商人ギルドの資格を取った時、お父様から言われましたわね。
『おめでとうミシェル。けれど、君はまだまだ幼い。まずは経験を積みなさい。
今はわからなくても、経験を積めばわかる事がある。何事も挑戦だよ、ミシェル』
確かその様な事をおっしゃっていました。
わたくしは経験不足なのでしょうね。だから、せっかく二人が言葉をかけて下さったのに、それにどう答えればよいのかわかりませんもの。
返す言葉が見つからず、じっと黙り込んで考えていますと、背後でミシリと何かが軋むような音が聞こえました。
「む、そこに居るのはミシェルか?」
木々の間からヌッと顔を出したのはカイザーさん。夜という事もあり、急に大きなモノが顔を出したものですから……少し腰が抜けそうになりましたわ。
「カ、カイザーさん? どうしてこんな所に」
「この時間帯なら人があまり居ないだろう? 今のうちに村を歩いて地図用のデータを集めようと思ってな……ほう、ここには池があるのか。なかなか良い池だな」
池を見つめ目を細めて嬉しそうな顔をしている。まったくこの方は機兵だというのに人のように表情をコロコロと変えてみせるんだからたまりませんわ。
マシューが乗っているオルトロスもそうですけれども、こう言う機兵も良い物ですわね。『機兵にだって心があるんだ』って当家の技師が言ってましたが、こうやって言葉を話せれば他の機兵も同じように感情豊かな会話をするのでしょうか。
「ところで……ミシェルこそこんな時間に何をしているんだ? 村の中とは言え女性が一人で出歩くのは危険だぞ」
そう言われて困ってしまいましたわ。
レニー達に引け目を感じていたたまれなくなったので一人でたそがれに来ましたの……なんて言えるはずはありません。ありませんのに……。
『やあ、カイザーこんばんは。うちのミシェルが悪いね。この子ちょっと拗ねてんだよ』
『そうそう、乗り込む機兵が無いから手伝えないって悩んでるのよ。ねえ、カイザー。貴方からも言ってやってよ』
この人達と来たら! よくもまあ、そんなべらべらと!
ああ、ああ! 顔が熱くなってくるのを感じますわ……。
逃げ出したい……けれど、今ここから逃げ出してしまっては事態が余計に悪化しそうですわ……確実にレニーやマシューまで巻き込んでしまいますわ!
そんなの恥ずかしすぎて無理ですわ! ここは少しでも被害を抑えるためにおとなしくしておくこととしましょう……はあ……恥ずかしい、恥ずかしいですわ……。
「そういう事だったか。ミシェルはレニー達と違って賢いからな。今の自分の役割を理解した上で何をすれば良いのか分からなくなって悩んでいたんだろ?」
図星過ぎて返す言葉もございません。
いえ、レニー達が残念だとかそういうわけではありませんの。わたくしだってそこまで聡明だとは思っていませんし。
けれど、考えれば考えるほど、わたくしが皆さんのお役に立てるには何をすべきかがわからなくなってまうのです……。
「ミシェル、すまなかった。君にもう少し早く指示を出していれば悩ませなかったのにな。
君には一番大切な任務をお願いしようと思っていたんだよ」
「大切な任務……ですの?」
「ああ、君は商人としての知識があるだろう? だから戦いに使う物の管理を頼みたい。
後で必要な物を纏めた紙を渡すから、それを見て足りない物を加えた上で調達の指示を出してほしいんだ。
……こういうのは簡単なようで在庫管理のスキルが必要だからね。これはミシェルが適任だなと思ったんだよ」
なるほど……資材管理ですか。
足りない物を把握して、速やかに調達するのも技能が必要ですからね。もちろん、その辺りの知識はお父様から叩き込まれていますわ。
カイザーさんが所有している素材はかなりの量がありましたけれど、きっとあれだけでは必要な物を全て網羅しているとは言えないでしょうね。
恐らく、足りない分はレニーやハンター達が森に入って調達してくるのでしょうけれども、それだけじゃあ手に入らない物もありますわよねえ……ううん……ああ、そうですわ!
「足りない資材は恐らく狩猟で賄うつもりだと思いますけれど、東の街道で商人に声をかけて買い付けをするというのは考えてらっしゃいますか?」
「ああ、なるほどその手があったか。現状を鑑みて商人の来村は期待できないなと思ってね、なるべく魔獣から資材を回収しようと思っていたけど……加工品が買えればその分時間短縮できるし、調達が難しい素材も手に入るかもか……うん、買えるのであればそうしたいな」
となれば……資金ですわねえ。
その辺りはギルドと話をつけて……うん、いけそうですわ。
「では、わたくしに商人との取り引きを任せて貰えませんか?
在庫管理は毎日するような作業ではありませんし、何よりわたくしの目があれば不当な取り引きをされる恐れはありませんわ」
「ああ、それは良い案だな。じゃあミシェルにはその任務もお願いしよう。
それと、村内であれば俺やレニー、マシューとそのインカムで連絡が取れる。
何かあったらどんどん指示を飛ばしてくれ。準備段階では君が我々の指揮官だ!」
わたくしが指揮官? そんな大層な役割……出来るのかしら?
ううん、やらなくてはいけませんわ。せっかくカイザーさんがわたくしに与えて下さった大切な役割ですもの。
この討伐案件にはわたくしだって『やりましょう』と口を挟んでしまったんですのよ?
あれだけ言ったくせに、結局何も出来ないのが悔しくて仕方がありませんでしたの。
けれど……作戦準備として皆の役に立てるならなによりですわ。
ほんと、カイザーさんには頭が上がりませんわね……。
「ところで、ウロとボロスはどうして今まで喋らなかったんだ? もう今更俺達に隠す必要も無いだろうに」
『ふふ、言われると思ってたよ。僕たちさ、シールド展開でかなりの力を使い切っちゃったんだよね。あの日喋ったら力を使い果たしてバタンキューさ。』
『そうそう。アレばっかりはダメね。アズベルト君が魔力で
「へえ、なるほどね。エネルギー切れで喋れなかったってわけか。
じゃあ今はまだシールドを張れるほどは回復していないと思っていいのかな?」
『残念ながらそうだね。シールドを張れるまでにはあと数日はかかると思う』
『だからカイザー、何かあったら貴方が護るのよ。商人の所に行かせるときは出来ればついて来てほしいわ』
「ああ、そこは勿論善処するよ。無理でも村の機兵を一人つけられないか聞いてみるから」
燃料切れ……随分と静かだとばかり思っていましたが、そんな理由でしたの……。
……それに、アズベルト君……ってご先祖様?
あの聡明であったとされるご先祖様でも分からなかった謎の燃料を使ってらっしゃるの?
しかもその未知の燃料は自然回復するですってーー!?
はあ、この方達の存在は不思議な物ですけれども……
わたくしが知らない秘密がまだまだたくさんあるようですわね……。
「さて、ミシェル。そろそろ帰ろうか。夜も遅いから送っていくよ……
って、元々行き先は同じなんだけどさ」
「あら、カイザーさんは紳士ですのね? ではわたくしをエスコートして下さいな」
「喜んで、お嬢様」
カイザーさんは冗談めかした口調で傅くと、そのままわたくしを手のひらに乗せゆっくりと歩き出した。
「すまないな、出来ればコクピットに乗せてやりたいんだが……
「いえ、お構いなく。ここからの眺めもなかなかの物ですわよ」
普段よりだいぶ高い視界に広がるのはポツポツと見える街の灯火。
この一つ一つに人々の生活があるんですわね……。
このまま街道が復旧しなければ、緩やかに一つまた一つと明かりが消えていってしまう事になるでしょう。
この明かりを護るため……わたくし、やれる限りがんばりますわ!
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