第八十二話 戦略
罠と聞いて、何人か帰ってしまうかもなと、予想していたが、荒唐無稽にも思える俺の発言を聞いてもなお、誰一人帰らずに真剣な眼差しで話に耳を傾けてくれている。
それがなんだか嬉しくて、思わず頬がゆるみそうになるが、なんとか表情を硬いまま維持をして、先ほど同様にヒッグ・ギッガのモデルにマーキングをしながら説明を進めていく。
「先程の説明の通り、奴の体表にはいくつかのパイプが露出している。
パイプ内部を冷却水が循環しているというのは先ほど話したが、何故弱点たりうるそれをわざわざ外部に晒しているのかわかるか?」
「バカだからじゃねえの……?」
「いい加減なこと言うお前もいい勝負だよ……」
「なんだと! けどよ、ほんとどうしてそんな馬鹿なことするんだ?」
「馬鹿な事……か。そう思うのも仕方が無いよな。なんといっても弱点をさらけ出しているのだから。なあ、お前達。この時期でも暑い日はあるだろう? そんな時はどうするんだ?」
「どうするって……そりゃあ……川で水浴びでもするんじゃねえの?」
「バカだなお前は。カイザーさんが言ってんのはそういう事じゃねえだろたぶん」
「じゃあ、お前はどうすんだよ?」
「暑かったら袖をまくるだろうがよ……カイザーさん、あんたが言いてえのはそういうこったろ?」
「ご名答。暑いと感じたら袖をまくって素肌を晒す。誰しもが自然とやってしまう事だよな。素肌を晒せばそこから熱が逃げ、身体の火照りも少しはましになるわけだ。
つまり、アイツがパイプを外部に晒しているのも同じ事。冷却水と言っても、体内を通れば高温の熱湯になってしまう。少しでもそれを冷ますため、パイプを外気にさらして熱を放出する……おそらくそういう事なんだと思う」
「はえー、言われてみりゃあ納得ですわ。カイザーさんもスゲエが、マッツ、おめえ意外と賢いんだな」
「いやあ……チール、おめえが馬鹿なだけだと思うぜ……」
「なにおう!」
「さて、というわけでパイプの役割と、露出している理由についてはわかっただろう?
奴を斃すために必要不可欠な要素、それは露出しているパイプを全て破壊し、奴の排熱を妨げる事だ」
俺の言葉にしん……っと、静まり返る一同。
さて、ここからどうやって次の説明につなげようかと思っていると、一人のハンターが……こいつは先ほどから煩い二人組の賢い方、マッツだな? 彼が、おずおずと手を上げ発言をする。いいぞ、そういうのめちゃ助かるぞ!
「そう簡単に言ってくれるけどよ、あのデカさで突進してくるんだぞ? そう易々と破壊する隙を与えてくれるとは思えないが……そのあたりの説明もしてくれるんだろうな」
特殊な現場でしかお目にかかれないような、超巨大なダンプトラックによじ登り、車体を這うロープを数か所切ってくれ……雑に例えればそんな感じだろうか?
それを聞いた時に大抵の人間はどう答えるだろう? きっと『無理』と答える者の方が多いと思う。しかし、これは勝手にそのダンプが『走行中である』と思い込んでしまった者の回答だ。
別に走行中のダンプに対して作業をしろと言っているわけでは無い。停車している状態でよじ登り、ロープを切ってほしい、この条件ならば大分作業の難易度が下がる。
つまり、対象を止めてしまえば、討伐に罠を使うという話はここに繋がるのである。
「ああ、勿論だ。パイプの切断、それはターゲット弱体化の最終目標だ。
それに辿り着くための作戦第一段階として、まずは奴を指定ポイントまでおびき寄せる。
ああ、心配するな。その役割は妙にすばしっこいうちのマシューがやるからな。
マシューが乗る機兵、オルトロスは俺と同様に少し性能が良い機体でね、並の機兵より機動力が高いので、今回の様な作戦にはうってつけなのさ」
驚いた顔でオルトロスとマシューを見るハンター達。事前に伝えていなければマシューも『えっ? あたい?』なんて言って、一緒に驚いていたことだろうな。
機体スペックで言えばパワータイプのオルトロスより、バランスタイプの俺の方が若干移動速度は速い。しかし、レニーより大分器用なマシューの方が移動に関わる技量が高いため、そこは逆転している。
故にマシューには最初の囮役を頼む事にしたのだ。レニーだと……肝心なところで転んでしまう可能性も……なくはないからなあ……。
「そしてオルトロスが奴をおびき寄せた先で俺に乗り込んだレニーが奴を止める。
これが作戦第2段階だ」
「止める? おいおい……正気かよ? ものすげえ勢いで突っ込んでくるんだぞ? 一体どうやって止めるっていうんだ?」
いやあ、実を言うとそれを思いつくのには少し時間がかかったんだ。
最初は落とし穴でも掘ればいいかと簡単に考えたんだ。けれど、あのサイズの獲物から自由を奪う規模の落とし穴だよ? どんだけ掘ればいいのさ。あの巨体が収まるような穴と言ったら……とんでもない規模になっちゃうだろ? いくら俺達でえっちらおっちら掘ったとしても、結構な時間が掛かるのは目に見えている。
きっと穴を掘りきる前にアイツとエンカウントしてしまうだろうさ。
けれど、そこでまたマシューのお陰で天啓が降り注いだ。
うんうんと皆で唸りながら皆で作戦会議をしていると、それに耐えきれなくなったマシューが『あたい、飲み物貰ってくるよ!』と、部屋の出口に向かって駆け出したんだ。
そのタイミングでガチャリと開くドア。現れたのは手洗いに行っていたミシェルで、突然目の前にミシェルが現れたものだから、マシューは驚きしりもちをついてしまった。
これだ……!
レニーとミシェルは呆れた視線をマシューに送っていたし、スミレも『もう少し落ち着いて行動しなさい』とお説教をしていたけれど、俺だけは感謝の視線をマシューに送ったんだ。
マシューが見せてくれた一連の光景、それはまさに俺に対する天啓だった。
「さっき君たちを驚かせたアレがあるだろう? 様々なパーツを取り出したアレだ。
実は以前討伐した
「少し大きいって、ヒッグ・ギッガの前に出すんだろう? 少しどころじゃねえだろ!
な、なあ……一体何をだそうってんだ?」
「見せてやりたいが、アレもヒッグ・ギッガほどでは無いが
ああ、そうだな。そこの家くらいはあるぞ。流石にここで出すのは不味いだろ?現地でのお楽しみってことにしてくれ」
「それは少し大きいって言わねえよ! ばかやろう!」
ヒッグ・ギッガの前に置くプレゼント、それの名はバステリオン――
一応所有者はリックと言うことになっているし、彼もそれを加工する日を楽しみにしているようだけれども……多少ヒッグ・ギッガに見せたくらいじゃリックも怒らないだろ?
なーに、壊さないように直ぐしまっちゃうし、平気さ平気……多分。
「突然進路上に障害物が現れたら、奴はどう行動するだろうな?
普通のイノシシならばそのまま止まらず突撃するかもしれないな。
しかし、奴は生意気な事にそこそこの知恵を持っているようだからな。
突然目の前に巨大な物体が、しかも見慣れない魔獣の亡骸が現れたらどう思うだろうな?
きっと『何か妙だぞ』と感づいて急ブレーキをかけることだろうさ。
一応、そこまでの知恵が無かった時のことを考えて保険も考えるけど、確実に止まってくれると信じている」
「それで……その出鱈目な方法で止まったとして……その後はどうするんだ?
現れたのが何でもねえと感づいたら、また直ぐに走り出してしまうぞ」
「そこで出てくるのがバリスタだ。仕組みはどういう物でも良いが、とにかく長くて頑丈なワイヤーが着いた巨大な矢を射出できる固定型の武器を使い奴を狙うんだ。
流石のヒッグ・ギッガも多数のワイヤーでがんじがらめにされれば、わずかな間でも動けなくなるはずさ。その隙にパイプの破壊をする、これが作戦3段階目、弱体化の最終目標だ」
「なんだか……いきなり作戦の難度があがったっつうか……本当に出来るのか?」
「バリスタは何処かで見た事があるだろう? ヒッグ・ギッガ用として大型の物を作ってもらう事になるだろうが、工夫して生身でも扱えるようにすれば、機兵を失っているハンターであっても十分戦力になってくれるはずだ。
設置場所もちゃんと考えてある。奴が通るであろう街道を挟むようにして、街道脇の崖上に左右に分けて設置するんだ。両脇から一斉に撃つんだ。数が揃えば揃うほど成功率は上がるだろうね。
そして、拘束の効果が認められたら俺の合図で一斉に飛びかかり、パイプの破壊工作をする」
「バリスタな、勿論知ってるぜ。かつて攻城兵器として使われたとか言われてる奴だな」
「今でもどっかじゃ魔獣の討伐に使うって話は聞いたことがあるな」
「弓の形状をしてなくてもいいぞ。奴の装甲を抜ける程の高威力で射出可能なのが理想だが……武器の開発はうちのマシューに手伝わせるから安心してくれ。
彼女はトレジャーハンターギルドで機兵の整備を叩きこまれているからな。その分野でもかなりの戦力になるぞ」
「ありがてえ! ここは少しデケエつっても所詮山奥の村よ。ライダーもあんましいねえから本職の機兵技師ってのが居ねえんだわ。
だもんで、機兵持ちが協力してなんとかかんとか整備してんだけどよ、嬢ちゃんに手伝ってもらえるってんなら助かるな」
作戦の準備期間として10日前後を設ける。
短いけれど、この作戦は大きく気候が変わってしまえば実行不可能となるため、あまり時間をかけていられないんだ。
期間中に機兵の修理やワイヤーやバリスタ等の作成をする事になるが、その作戦指揮はマシューに任せようと思う。あの出鱈目な魔改造を施したジンの元で学んだ技術はリックと対等に話し込めるほどの物だからね。きっと武器開発で大いに活躍してくれるはずさ。
「さあ、最終目標、弱体化したヒッグ・ギッガの討伐について説明しよう。
ここまでの作戦がすべて上手くいった事にしよう。全身のパイプを破壊され、排熱が出来なくなったヒッグ・ギッガは少しでも身体を冷やすためヌタ場に逃げ込もうとするはずだ。
しかし、その移動中もどんどん体温は上昇していく。まして、急げば急ぐほど出力は上がり、自ら首を絞めるような具合になるだろう。
そして……ヌタ場に着く頃にはすっかり限界を迎え、鈍くなった動きで、なんとか身体を冷やそうとヌタ場に横たわる……」
ここで投影しているモデルを回転させハンター達にヒッグ・ギッガの腹を見せる。
「うおおお、こいつぁ……」
「まさかこんな所に剥き出しとはな……それにしてもなんてでかさだ……!」
タンクのような物に包まれ、多数のパイプが接続されたそれこそが奴の
正直なところ破壊しないで斃せば良い金になるパーツだと思うのだが、背に腹は代えられない。
「これをカイザー、オルトロスの両機をもって破壊し、奴の息の根を止めれば作戦完了……俺達の勝利となる! どうだろうか、共に参加しようという者は手を上げてくれ!」
もう何度目か分からないが、広場がまた静まりかえる。
どうだろう、俺の作戦に乗ってくれるだろうか? 結構乗り気で話を聞いてくれていたから行けると思うんだけど……どうだ? どうだ? 静まらないで何とか言ってくれよ。
静寂が続き、なんだかとっても不安になり始めた頃、ジワジワと声が上がり始める。
「正直言って無茶苦茶な話だが……」
「ああ、だが、いけるんじゃねえかこれ?」
「何もしねえより出来ることをやろうじゃねえか!」
「機兵も度胸もねえが、バックアップは任せてくれ!」
「やるぜ! 機兵なおしてくれんだろ!? それなら俺はやれるぜ!」
「うっし! 俺もやるぞ! 機兵はねえが、バリスタの運用なら任せとけ!」
「うおおおお! 俺だって!」
やがてその声はどんどん大きくなり、やがて広場はやる気に満ちた村人たちの声に包まれ、まるで祭りのような有様になったのであった。
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