第八十一話 前提知識 

 ハンター、ギルド職員、そして村人達が固唾をのんで俺の説明を待っている。

 気づけば広場には多くの人々が集まっていて、皆でじっと俺を見つめているものだから、今更ながら妙に緊張してきたぞ……。


 しかし、ここでビシッと皆を納得させる説明が出来なければ……作戦は実現不可能、企画倒れ……上手く成功させてないと……って、ここまで来てビビってどうするんだ。


 場の空気は上手く作り上げたんだ、後は勝てる戦いだと理解させるだけだ。

説得力を持たせるための資料だって用意したんだ、上手くいく、きっと上手くいくともさ!


 ようし、気合入った! 説明開始だ!

 

 フヨフヨと宙を漂うヒッグ・ギッガの横に簡易式の周辺地図を表示させた。

 これは夕べレニーに書いてもらったもので、ギルドで読み込ませてもらった地図を元に、俺の測量データを加えてより詳細に仕上げたものなのだけれども、これがまた意外と綺麗に書けていて、レニーの隠れた才能を感じさせられた。


 周辺の地形までもがしっかりと描画されたこの地図を使って、まずは作戦の前提となる情報を提供し、認識を共有することから始める。


 そうじゃないといくら説明をしても話がうまく伝わらず、こちらが思っていることを伝えきれなくなっちゃってまとまる話がまとまらなくなるからね。面倒でもきちんと丁寧に説明をしないとだめなんだ。

 

「昨日、俺達はヒッグ・ギッガの行動を観察していたんだ。位置はこの辺り、現場を見下ろせる丘の上だ。知っている者も居ると思うが、奴は森を沢筋に沿って街道まで降り、街道に広がっている災害現場まで

 奴が遊んでいる場所は、災害であふれ出した沢水により広大な泥場になっていて、奴は水分をたっぷり含んだ泥に身を沈めては、非常に心地よさそうにゴロゴロとしているんだが、どうしてそんな真似をするのかわかる奴は居るか?」


「ただ遊んでるだけ……ってわけじゃないのか?」

「残念ながら違う。魔獣はある程度動物と同じような習性を持つが、大きな個体は数段賢い知能を持っていて自らの身体を維持するために様々な策を講じているらしいからな」

「じゃあ、一体あの泥で何をやってるって言うんだ、あのブタはよ」


 はじめはただの動物だった頃の名残かとも思ったが、偵察中に気づいたことがあり、スミレに記録データの解析をしてもらっていた。


 そして、その結果がスミレから報告された時、俺の推測は確信に変わり、ヒッグ・ギッガ討伐作戦の足掛かりとなってくれたのだ。


 解析により明らかになった泥浴びの理由、それは―― 


「機体の冷却だ。そうだな、根拠を示すのでこの図を見てほしい」


 ヒッグ・ギッガの映像をオリジナルの1/2サイズにまで拡大する。

 それに驚いて後ずさりする者が多数いて、なんだか微笑ましい。


 大きくしたヒッグ・ギッガを指で示すと、そのタイミングで蛍光イエローのマーカーが現れ、指した個所が消えずに維持されていく。

 

「ここと、ここ、そしてここにもあるな。今俺が印をつけた場所……これはすべてパイプ……このようにヒッグ・ギッガの表面のあちらこちらに露出したパイプが確認できる」


「パイプって言うと、ブレストウルフなんかが燃料タンクから油を流す管だろ? それが一体どうしたんだ」


「そうだな、ブレストウルフがパイプを通して油を流すのは、攻撃のため、火炎放射に使用するためだというのはわかるな?」


「ああ、例の厄介なタンクから口元まで油を運ぶんだよな。パイプをうまくぶち壊せりゃあ、タンクから油が抜けるわ、口から火を吐けなくなるわで扱いやすくなるんだが……狙おうと思って狙えるような部位じゃねえぞ、ありゃ」


「ブレストウルフの場合は、あれを破壊することによってその後の戦闘が有利になる、対処がしやすくなる……そういう認識だよな。

 けれど、別にアレを破壊したからと言って、本体自体に致命的なダメージが入るわけじゃあない……けれど、ヒッグ・ギッガの場合、パイプの破壊は本体に致命的なダメージを与えることになるんだ」


 致命的という言葉が効いたのか、ハンター達の顔つきが目に見えて真剣なものに変わっていく。諦めきっていた瞳に火種がちらつき、再燃しようとしているかのようだ。

 

「奴はやたらとデカいが、その分重量もかなりのものだ。歩くたびに地を揺らすその巨体を動かすため体内ではかなりの高熱が生じている。

 それは肉が焼けるどころの熱ではない。鉄を赤く燃やし、溶かしてしまえるほどの高熱だ、流石にあのデカブツもそのままじゃあ自滅してしまう。

 なので、体中に張り巡らされているパイプに冷却用の水を通し、体内を循環させて体温を一定に保っているようなんだ」


「つまりなんだ、あいつが沢筋を好んで移動したり泥場で転がるのは……水を補充したり、泥や水で身体を冷やしている……ってことなのか?」


「ああ、分析によればそれで間違いない。現地調査をしているときに見たんだが……泥場に身体を浸した瞬間、凄まじい勢いで水蒸気が発生していた。あれは排熱行動で間違いない。

 ただ、疑問もあるんだ。泥場に身体を浸してしまったら、身体に泥がこびりついてしまうだろう? どう考えても廃熱の邪魔になるだろうにと思うのだが、まあ……賢いとはいえ魔獣だからな……『どうして冷やしても冷やしても冷え切らないんだー』なんて不思議に思ってるかもしれないな」


 これは本当に謎だ。あんなに焼けた体で泥浴びをしたら、体中に泥が焼き付いて酷いことになるだろうに、それを厭わずに嬉しそうに泥浴びをしているんだ。


 これを『行動理由が良くわからないから不気味な話である』なんて言っちゃうと、せっかくやる気を見せているハンターが怖がっちゃうかもしれないので、適当に冗談めかして胡麻化してしまった。

 

 これが思いのほかハンター達にうけてしまったのはなんだか複雑な気持ちだが……場の空気が和らいだのはありがたいね。


「さて、ここまでが皆と共有したかった情報だ。なあ、どうだ? 俺達が協力をしてあのパイプをなんとか出来れば奴を弱らせることが出来ると思わないか?」


「確かにそうだあ……アレだろ? 体を冷やせなくして弱らせるってんだろ? まあ、悪い話だとは思わねえよ。けどよ、今この村には動ける機兵が4機しか居ねえんだぞ?

 保守パーツだってそんなにねえからよ、他のを修理するってのも難しい。

 あんたらと合わせて6機だろ? たった6機であいつとやりあえんのか?」


「今回の作戦では数はそこまで必要ではないぞ。俺の見立てでは村から6機出して貰えればなんとかなる。

 だから今動ける4機は確実に出て貰いたいし、残りの2機に関しては……俺達がいくらかは修理用のパーツを提供できると思う」


 赤き尻尾にお詫びとして素材を渡した際「多過ぎだ馬鹿野郎」とおつりが戻ってきている。

 その他にもこれまで狩った魔獣のパーツを『そのうち何かに使うだろう』とバックパックに仕舞い込んでいたりするんだ。それを使えば何とか修理できるのではないかと思うのだが。


「すまない。そのあたり、ちょっと空けてくれないか? 荷物を置きたいんでね」


 大量の魔獣素材がいきなり現れたものだから、人々は驚いて声を上げているが……俺という存在や広場に浮かぶ映像で驚き慣れたんだろうな。思ったよりもリアクションが薄い。いや、別にいいんだけどね……。


「これは俺達が今まで集めた素材だ。修理に必要な部品は無償で寄贈する。機兵を修復し、参加しようと言うハンターは遠慮無く貰ってくれ」


「おいおい、これを見てみろよ……ストレイゴートのパーツまであるぞ? なあ、本当に貰っていいのか? 売れば結構な金になるだろう?」

「ああ、こっちとしても無理を言ってると理解している。協力してくれるんだ、それくらい安いものさ」

「そうは言うがよ、うちの村の事なんだぞ? 流れのあんたらがここまでしてくれる義理は無いんだぜ?」

「南の街道が塞がったままだと俺達も困るんだよ。それに、うちのマシューが鹿料理を楽しみにしているからな。街道と名物料理復活のため、なんとしてもあれは退治したいんだ」

 

 名物料理のためと聞いた村人達から笑い声や同意するようなような声が上がるが、それでいい。

 作戦会議にはこう言うゆるい空気も必要だ。あまり緊張が続くと恐怖に負けて士気が落ちてしまうからな。


「よし、今から作戦の詳細を説明するぞ。これが本日最後の説明となる。これを聞いた上で参加するかどうか……決めて欲しい」


 さて、いよいよ本題だ。

 パイプを狙う所に活路在り、その結論には直ぐに至ったけれど、そこから先、具体的な作戦の立案には正直な話、かなり頭を悩ませることになった。


 その理由として、相手を超巨大ロボとして考えてしまっていたのがある。

 アニメやゲームではどのようにして体格差を乗り越えていたのか、どういう武器を使い、どいう作戦で逆転劇を生み出していたのか……そんな事ばかり考えていたものだから、浮かぶ案はどれもこれもがリッチな条件下でなければ実現不可能な物ばかりで、今この場で再現できる案は見つからなかった。


 そもそも、考え方が間違っていた、それを気づかせてくれたのはマシューだ。


『しかし、どうすんだよカイザー。イノシシ狩りつってもよお、ありゃデカすぎるぞ? 

 そりゃさあ、見た目はただでけえだけのイノシシだけどよお、そのデカさがなあ』


 何時ものように能天気に話すマシュー。一瞬、呑気なやつめと呆れかけたのだけれども、そこでピコーンと天啓が。


 相手は巨大ロボではなく、デケえイノシシだ。相手をイノシシだと思えばやりようはあるのではないか……と。


 巨大ロボと戦う武器を用意するのは不可能だけれども、イノシシを獲る道具ならばなんとかなるだろう、そう気づいた瞬間、スッと作戦案が頭に浮かんだのであった。


「簡単に言えば奴を罠にはめるんだ。奴を巨大な魔獣と考えるな、ただちょっとデカいだけのイノシシだと思え。あいつの武器はその身体だ。動きを封じられれば……そこに勝機はある!」

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