第六十六話 錯乱

「ひろーいですねえ……」「ですねえ……」「ねえ……」「……」


 想像以上に高い洞窟の天井にレニーの声がとてもよく響いている。


 洞窟の入り口付近は日が入るため明るいが、それが届かない奥の方は完全なる闇に包まれていて通常モードの光学カメラでは様子を探ることすら不可能だ。

 

 もちろん、俺はロボなので、暗視モードに切り替えれば暗さなど問題にはならないのだけれども、明かりを付けずに進むということは出来ない。


なぜならば、今回護衛対象として共に行動をしているミシェルがここから徒歩での移動になるからだ。

 

 ここから先は戦闘行為が予想されるため、馬車形態は枷にしかならない。

 なので通常形態――人型に変形し、周囲の警戒をしながら進むことになったのだが、そうなると残されたミシェルは一人徒歩での移動になる……というわけだ。

 

 共にコクピットに乗せられれば良かったのだが、残念ながらコクピットは一人用。オルトロスと合体したとしても狭いことには変わらないため照明を使うことにした。


 作中でのカイザーは派手な戦闘行為以外にも、ちょいちょい起こる街の事件にも対応していた。

 

 その全てを思い出すことは残念ながら不可能だけれども、曖昧に残っている記憶の中に『崩落したトンネルでの人命救助』というものがある。


 地震だったか、台風だったかは忘れたが、とにかく山奥に在るトンネルが崩落し、内部に生徒たちが乗ったバスが取り残された、確かそんな筋書きだったと思う。


 トンネルは長く、曲がりくねっていて……どうにか内部に入り、生徒たちを発見することが出来たカイザーだったが、トンネル内の照明は完全に死んでいて、生徒たちの脱出を困難にしていたのだ。


 そこでカイザーは自信に備えられていたライトを作動させ、見事全員無事に出口まで誘導した……なんてエピソードが確か……何処かの回であった、と思う。


「オルトロス、ライトをつけるぞ。暗視モードにしてたら解除しておいてくれ」


『だいじょ~ぶ!まだ何もしてないよ~』

『じゃー、こっちもピッカリするねー』


「ライト起動!」


『『きどう!』』


 顔の両脇からにょっきりとライトが生えてくる。正直言ってあまりかっこよくは無いのだが、背に腹は代えられないよ。


『ぶはははは! なんだカイザー! お前、お前いくらなんでも顔を光らせることねえだろ!』

「うるさいな……お前が乗ってるオルトロスも同じ状況なんだぞ」

『ま、まじかよ……ぶははは……なんて位置に照明をつけんだよ……』


 妙な所でマシューのツボに嵌ったのかゲラゲラと笑い転げている……いや実際に間抜けな光景だと思うけれど、そんなに笑うこた無いだろ。


「どうだい、ミシェル。眩しくないかい?」

「ありがとうございます、カイザーさん。わたくしも一応はランプを持ってきたのですが、必要ありませんでしたわね」

     

 ライトに照らされ中の様子がよく見えるようになった。


 ただ力技でくりぬいただけなのかと思っていたが、よく調べてみれば所々に補強の後が確認できた。

 それも、適当に補強されたのではなく、きちんと設計した上で作られている立派な物のようだった。そして、壁には等間隔で照明が備え付けられていて、かつて倉庫として使っていたという話を裏付ける。


「この照明が今でも生きていれば探索は相当楽だったけれど……流石にダメだねこれ」

『データベースに在る原理と異なっているため、正確な判断は出来ませんが、経年劣化によりいくつかのパーツが破損しているようですね』

「ちょっと見ただけでそんな事までわかっちゃうんだね、すごいやカイザーさん達」


 見たと言うかなんというか……スキャンの結果なんだけどね。 

 しかし、ざっと届く範囲を調べた感じでは、想像以上に高度な技術が使われているようだな。よくもまあ、ここまでのものを作り上げたものだよ。


 と、感心をしているとマシューが警戒の声を上げる。


『む? まて……今何か……動かなかったか?』

「えっ? そう? ネズミでも居るのかな? どの辺?」


「その……壁というか床というか、何か面が動いたというか……」


 妙だな……無機物のスキャンの他にもきちんとレーダーで索敵はしているんだぞ。

 魔獣はもちろん、ネズミ程度のものであっても動物の存在はきちっとつかめるはずなんだけど……。


 マシューが『ほら、あの辺にさ……』と、何かが居るらしい空間を指そうと身体をひねると、それに伴ってオルトロスの頭につけられたライトがそちらを向き……そこを照らしあげた。


 ライトの光があたったと言うのに、壁面が浮かび上がることはなく。

 不思議な事にそのポイントには光が届かず暗く閉ざされたままで――

 

 ――否。


 確かに……そこは黒に染まっていたが、突如としてギラりと光りを反射し、そこに何かがる事を示す。


 そのでもでは無かった。

 そのは生き物の体色だったのだ。


 床や壁を覆うそれは大きなひとつの個体では無く、体長5cm程の小さな個体の群れ。

 そう……それは日本人の多くが嫌悪し、駆除に力を注ぐGの名を冠するアレの群れ!


 ライトの光を照射された夥しい数のそのは、本能なのか……光の根源であるオルトロスめがけて飛翔する。


「ミシェル! すまん!」


 咄嗟に俺自ら身体を動かしミシェルを両手で包みこむ。

 がオルトロスだけでは無く、同じくライトを備えるこちらにも向かっているのが見えたからだ。


『うおおおおおお!!! やめろ! こっちくるなあああああ!!!』


 普段は男子のような振る舞いを見せるマシューもこればかりは苦手らしい。半ば泣き声に近い悲鳴を上げ、ブンブンとナイフを振り回しながら後ずさりしている。


 そして、レニーもまた……いや、レニーは既に号泣しながら操縦桿をバシバシと叩いている。


「びゃあああああああ!!!!あれえ? なんで? なんでカイザーさんが動かないの!? おねがい、かいざーしゃん! うごいてええええ! にげよおおお! ねえええ! かいじゃーしゃあああん」


 そりゃ無理な相談だよ、レニー……だってミシェルを手で包んで保護してるんだよ?

 そんなパニック状態でレニーにコントロールを渡したらミシェルがえらいことになっちゃうよ……。


『な、なんですの? 何が起きてますのー? ねえ、レニー? マシュー? て、敵ですの? 敵が現れましたのー!?』


「ああ、ある意味人類の敵と言える存在と遭遇した。レニーとマシューは敵の精神汚染により行動不能、よって俺が自立機動で対処している状態だ」


『カイザーさん!? え、ええと……精神汚染……ですの? い、一体何が起きて……いえ、そこに何が居ますの?』


「黒き霧、とだけ言っておこう。強力な精神汚染を仕掛ける敵だ。だが、安心してくれ……俺が……今……駆除をする!」


 カイザーにはいくつか隠された機能がある……中でもこの記憶は取り戻せていて本当に良かったと心から思うよ。


 カイザー第8話『黒い霧』


 主人公達は高校生だ。当然、学校シーンも作中にて描かれる事となるのだが、お約束としてそこもまた、戦いの舞台となってしまう。


 元々子供向けに作られたこのアニメは、敵幹部の行動もそれに合わせた物になっていて……なんというかその、子供の悪戯のような悪事を働くのだ。


 8話で敵幹部がとった行動というのがまた、その典型で、なんと嫌がらせとして校内に大量のGを放ったのだ。


 記憶があやふやなため、経緯は忘れてしまったが……何故か付き合いがある生徒会長の提案により主人公、炎来竜也とその機体カイザーがGの駆除を依頼されてしまうのだが、流石にGを相手に重火器をしようするわけにもいかず、何故か災害救助用の備品として本体内部に格納されていた"特殊装備"で応戦することになったのだが……。


「スミレ……対G用装備を……ああ、まさかそれまで失われてたり……しないよな?

 あれは武器ではなく、災害救助を目的とした備品だし、データが失われた様子もないから機内に残ってると思いたいんだが……」

『勿論です。G用装備は通信用端末同様、機内で製造可能な備品です。今すぐに用意できますが、直ぐに使用しますか?』


「ああ、勿論だとも! 対G型装備起動! 即座に目前の目標に散布せよ!」

『了解、カイザー 対G型装備生成完了……散布開始まで5、4、3、2、1……滅殺!』

『え? え? 何か攻撃を始めたんですの? 大丈夫ですの? わたくしこのままでよろしいんですのーー?』

『うおおおおお!! 顔に! 顔に! あたいの顔じゃ無いけどいやだあああ!!』

「あびゃああああああん!!! かいざーしゃああん! せめてかめらにうつさにゃいでえええ!」


 バステリオンを前にしても物怖じせず拳を握った少女達もこのザマか……やはり、奴らは悪! どの世界でも等しく存在してはいけない悪の昆虫だ!


 悪いな、レニー、マシュー。今日は俺に見せ場を譲ってくれ!


「滅せよ! 黒き霧よ! Gジェットブラスタアアアアアアアアアアア!!!!」

『散布はとっくに始まってますよ、カイザー』


 ……無粋なことを言うのは辞めてくれよ……。

 俺だって……俺だって必殺技叫びたかったんだよ……。


 辺りに聖なる白き霧が立ち込める。

 邪悪なる黒き霧は、しばらくの間それと拮抗していたが……やがて浄化の時を迎え……ゆっくりと少しずつ白く塗りつぶされていく……。


「オルトロス! マシューからコントロールを強制取得、その後対G型装備を散布しながらゆっくり前進してくれ」


『りょうかい~』

『マシューごめんねー』

『うおおおおおおお!!! お、おい! そっ、そっちには虫がああああ! やめてえええ!! いかないで! オルー! ロスー! わああああん!』

「大丈夫だマシュー! 今は二人に任せておくんだ。みろ敵は数を減らしているぞ!」

『見たくねえつってんだろおおお! バカイザアアアアア!』

 

 悲しげなマシューの声を置き去りにし、オルトロスがGジェットブラスターを散布しながら洞窟を奥へ奥へゆっくり進んでいく。


 薬剤がかなりの量充満しているが、これは名前の通り、奴以外には無毒な自然に優しい成分で出来ている……らしい。


 当然、人間にも無害なので、外部で保護中のミシェルがいるが……遠慮無くどんどん散布を続けている……大丈夫だよね?


「一応確認するが、ミシェル、苦しかったり喉が痛かったりはしないか?」

『大丈夫ですわ……ほんと、貴方一体なにをしてらっしゃるの? 見えないので不安なのですけれども……』

「……後で説明はする。今はそのまま身を守っていてくれ……」


 ……大丈夫だった。言い訳をさせてもらうが、一応ミシェルのモニタリングはしていたからな? バイタルも正常だったし、何かアレルギー反応が起きてる様子もなかったのをきちんと確認した上で散布を続けてたんだ。


 ……設定資料に書いてあることが全て正しく再現されているとは限らないからな……実を言うと少々不安に思ったのだけれども、データ上も、本人からの自己申告でも問題なさそうなのだから良いことにしようじゃないか。

 

「さて、スミレ。レーダーの様子はどうだ?」

『敵残存勢力2%……1%……周辺の敵勢力殲滅完了、Gの反応消滅しました』 


「よし! お前達! 驚異は全て排除したぞ! よーし、みんなよくやったな! 向こうの広場で少し休憩しよう! な! な!」


 激戦の場から少し歩いた所に洞窟の中間地点なのだろうか、やや広くなっているスペースがあった。

 ここにもGが居たらどうしようと思ったが……森から侵入したらしいアレは、洞窟入り口付近にのみ生息していたようで、ありがたくも再戦ということにはならなかった。


 未だGの衝撃を引きずったままのレニーとマシューはコクピットから出ようとはせず、怯えた表情でビクビクとしている二人を見てミシェルはただただ首をかしげていた。


「本当に……何が、何が起きましたの? 敵、とのことですが……もう、大丈夫ですの?」


「うう? もう? 居ない? 居ないんだよな? ああ! そうだった、そうだ、そうだ! もう大丈夫なんだ! 忘れようぜ! あたい! な!? あたいは何も見ていない! 怖がってなんかいなかった! よっしゃあ!」


「はあああああああ……一生分見た……ううん!なんでもない! なんでもないよ! なーんもみてない! ミシェルは幸せだよ! 知らない方が幸せだって事もあるからね!」


 様子がかなりおかしい二人を見て「本当にそうなんですの?」と俺を見て説明を求めているが、これは知らない方が幸せだろうね……。


 知ったらその……色々想像しちゃうと思うし……。


「具体的な話は控えるが、そうだな、少なくとも普通の人間なら耐えきれないほどの出来事が起きたといえるな。恐らくだが、ここに訪れた連中の多くがそれを見て逃げ出したんじゃ無いかと思う。あの精神攻撃を耐え抜くのは難しい。まして、あの手の攻撃に慣れぬレニーやマシューには厳しい戦いだったと思う」


 かつてここに訪れた人々……彼らが一体何を見て何が起きたのか? それを身をもって体験することとなったわけで……。


 今なら彼らの気持ちが分かる。それを語ろうとしないのは思い出したくないのと……ハンターとしてで逃げ帰ったことが恥ずかしいから、きっとそういう理由なんだろう……。


 なるほど、悔やみの洞窟……確かにあれを喰らったら、来たことを悔やむだろうさ。

 俺も蜂ほどじゃあないけどヤツのことは苦手だからね……平気だったのはサイズ補正のおかげだろうな。ロボの感覚で奴を見ると小蟻が居るようにしか見えないんだ。


 確かにじっと見れば気持ちが悪いし、ゾッとしたけれども……感覚の違いってやつなのかな? 人だった頃ほどの嫌悪感は感じなかったんだよなあ……この無敵感、人の時に得ておきたかったよ。


 ともあれ、ともあれだ。

 悔やみの原因を討伐した以上、これで大きな脅威は去った……と、思う。


 後は祭壇の間とやらを目指し、無事ここから脱出して依頼を成功させるだけだ。

 最後まで気を引き締めていこうじゃないか。


「きゃーーーーー! な、なんですのーー! 夥しい数の虫が、虫がああああ!」

「うわああああああん! まだいるんじゃないですかあああああ!」

「ひええええあああああ!! うおおお、ああ、ああ、おち、おちちゅけ、二人共! こりゃ死骸だ! で、でもこれはこれできもちわりいいいい!」


 ……あっ……駆除した残骸のこと……忘れてた……。

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