第六十七話 祭壇の間
休憩後、恐る恐る進む我々の前にさらなる敵が現れることは……無かった。
まあ、出発直後にちょっとしたトラブルがあったのだが……――
『れ、レニー。今度はお前が先行してくれ』
「え、やだよ。斥候役はマシューでしょ?」
『譲ってやるって言ってんだろ? ほら、なあ? 頼むよレニー』
「ヤダって言ってるでしょー! ま、また、あ、あんなのが……」
『おい、やめろレニー言うな!』
『ちょっと二人共!? 危ないのでわたくしの周りで暴れないでくださいます!?』
「『ごめんなさい』」
それまで率先して先行していたマシューが急にレニーに先に行くよう言い出し、レニーもまたそれを断りと押し問答が始まってしまったのだ。
それも、俺達に乗ったまま押し合いまで始めてしまったものだから、足元で待機していたミシェルにめちゃくちゃ叱られていたよ。当たり前だ……。
そして結果的に根負けしたレニーが先行することになったのだけれども、非常に恐る恐るといった感じで……徒歩のミシェルを考慮して居るとは言え、それでもゆっくりすぎる速度で先に先に進んでいる。
この巨体をそこまで遅く歩かせられるようになったなんて……レニーも成長したもんだ。
ゆっくりとした移動時間を最大限に活用すべく、俺とスミレは洞窟内の様子を調べ記録している。
内部を細かく調べてみれば……かつてミシェルのご先祖様達が使っていただろう道具があちらこちらにそのまま残されているようだった。
とは言え、それらは半分風化していて、手にとった瞬間ボロボロと崩れ落ちてしまいそうなほど。回収はもちろんの事、動かすことすら難しそうな有様だ。
しかし、その工具達のおかげでこの洞窟がただの貯蔵庫では無いことが分かった。
確かにピッケルやスコップ、それに農具等という、生活に欠かせない道具も数多く置いてあるのだが、それ以外にも明らかに機兵のメンテナンスに使ったであろう大型の工具が多数遺されていたのだ。
何よりも驚いたのが天井だ。
洞窟内上部をチェックしていると、上部に渡された複数の足場が確認でき、金属で作られているそれをスキャンしてみた結果、数箇所からかつてクレーン装置が設置されていたであろう名残が確認できのだ。
しかし……それもまた朽ちかけていて、いつ周囲を巻き込んで崩れてもおかしくは無い状態であるため、間違っても手を触れ調査をすると言うことは出来なかったが、スキャンの結果から少なく見積もってもこの施設は作られてから1000年は軽く経過していることが判明した。
『まさか格納庫だったなんてなー。いやあ、勿体ないよ。こんだけでけえ格納庫、中々無いぜ?』
「リックさんの格納庫がまるまる5つは軽く入りますよ-」
『まさかご先祖様の貯蔵庫が格納庫だったなんて……お祖父様からも聞かされてませんわ』
しかし……これだけの施設が今まで噂にすら上がらなかったのにはちょっと違和感を覚えるね。
確かに例のGに追い返された探索者は多かったと思うんだ。アレを乗り越えないとこの施設の真の姿が見られる所に到達できないからね。
しかし、それだけではこの洞窟が今日まで誰の侵入も許さずに保存されていたとはとても思えない。どうにかG対策をして奥まで向かった奴が居ないとも限らないし、G達だって、ここが放棄されて直ぐに住み着いたわけじゃないだろう? 奴らが住み着く前に訪れていたならば、楽に奥まで行けたはずなんだよ。
……こりゃ警戒は緩めない方が良さそうだな。
そして……ゆっくりと、しかし確実に進みいよいよ最奥部に到着した。
そこは一見、何も無い行き止まりのようだったが、我々が停止した後もミシェルは歩みを止めること無く、壁に向かって歩き続けていた。
そして壁の前まで到着すると、ゆっくりとこちらを振り向き、何か意を決したかのような真剣な眼差しで口を開いた。
「皆さん、ここまで護衛していただき本当に有難うございました。ここがわたくしの家に代々伝えられ護られてきた
「紅の洞窟だ?」
「それが悔やみの洞窟の本当の名前……なの?」
「はい、何故悔やみの洞窟と喚ばれるようになったか、わたくしにはわかりませんが、ここは紅の洞窟、そしてこの部屋こそが……」
ミシェルが壁に手を置くとそれに沿って光りが走る。
ズズズと、重い音が鳴り響き、岩だとばかり思っていたものがゆっくりと左右に開いていく。
これは……ミシェルの手に反応した? まさか生体認証か? この世界の人類はそんな高度な技術まで開発していたのか……。
「紅の洞窟、祭壇の間です。ここには当家が代々護ってきた家宝、紅の宝玉があるそうです」
我々を残し、部屋に一人入ったミシェルが奥の祭壇に両手を置く。
すると、先ほどと同様の光が祭壇から放たれ……ミシェルの全身をスキャンするように頭から足元に向かい2度、3度と往復をしている。おいおい……もしかしてこれはDNAでも見てるのか? 血統を用いたセキュリティはお約束だけれども……いやはや凄いなこれは。
「あれは何をやってるんだ? 助けに行かなくていいのか?」
「大丈夫さ、マシュー。あの光は恐らくミシェルが一族の者か確認する仕掛けだと思う。
あの光に殺傷性が無い事はスミレの調査で明らかになっているからね」
というか、助けに行こうにも俺やオルトロスは中に入る事が出来ない。
部屋に何か特別な仕掛けがあるわけでは無い。物理的に入れないんだ。
儀式用に作られたのであろうあの部屋は、ロボの様な巨体が入る事は考慮されていない。
よって俺達はこうしてここでじっと待っていることしかできないし、万が一何かが起きた場合は……マシュー達が生身で突入するしかない。
けれど、周囲に悪い反応は見当たらないし、あの様子じゃ何事もなく無事に終わるはずさ。
「あ! 出てきましたよ」
「ほー、良かった良かった。カイザーが『大丈夫』って言うと何か起きそうで逆に不安になるんだよな」
……マシュー、おぼえてろよ!
晴れ渡るような笑顔、全てをやり遂げたような晴れやかな顔をしたミシェルが戻ってきた。
両手で大切そうに抱きしめているのはバレーボールくらいの大きな赤い宝玉。これがミシェルが言う家宝なのだろうな。
(あの宝玉……どこかで……いや、まさかな)
『カイザーあの宝玉は……いえ、確証が持ててから改めて報告いたします』
スミレも何かひっかかったようだ。
あの宝玉……なんだか俺はあれをどこかで見たことがある……気がする。
例によってデータ欠損の影響で思い出せないのだろうか? それともデジャヴの類? アニメか何かで見たのを勘違いしているのか……?
しかしスミレもまた、あれが何か知ってそうな感じなのが気にかかる。
けど、あの様子じゃ直ぐには話してくれないだろうからな。答え合わせは今後の楽しみと言う事にしよう。
「皆さま、ありがとうございました。これで……無事、お父様からの依頼が終わりましたわ。後はこれを家まで、ルナーサまで無事に持ち帰れば……。
取りあえず皆さんには当初の予定通りフォレムまでの護衛をお願いしますね。その先はまた改めて」
深々とお辞儀をして微笑むミシェル。俺達としてはここ数日の出来事でしか無いが、ミシェルからすれば長期に渡る辛い旅だったことだろう。
国から国へ移動して、移動先では護衛が見つからず……苦労したんだろうな、本当に良かったね、ミシェル。
帰り道の歩みは皆軽く、朗らかな雰囲気すら漂っている。
あれ以降、
……あれは結局片付けないまま来ちゃったんだけど……このままいけば、例の黒い絨毯と最初に遭遇するのはマシューと言う事になるんだが、話すべきか迷うな……。
まあ、あれはもう動くことはないし……ただ気持ち悪いだけだから……いいかあ。
ここで変な事を言うとまたグダグダと面倒な事になるからな。
マシューはちょいちょいさり気に俺をディスってくるし……これくらいならいい薬として黙っていても罪はあるまい。
ククク……。
Gへの警戒が無い分来た時の倍の速度……つまり通常の速度で移動できたおかげで、あっという間に休憩をとった広場に到着する事が出来た。
まだ時間に余裕もあるし……なにより徒歩のミシェルは多少の疲れがあるだろうし、折角広場についたのだし、少しくらいは休憩をとってもよさそうだね。
「よし、またここで休憩するぞ」
『よっしゃー! 腹減ったよお。ねね、カイザー、サンドイッチ出して』
「あ! あたしも食べたいです! 冷たい飲み物も下さい! 3人分お願いしますね!」
まったく俺は猫型ロボットじゃないんだぞ? ロボットっちゃロボットだし便利なポケット的なアレもあるけどさあ……秘密道具はまだまだあんまりないってーの。
って、そう考えれば割と近い存在かもしれないな……。
「しょうがないなあ……レニーくんは……はい、サンドイッチとオーランジュースー」
「……なんだよその変な喋り方は……」
「あはは、変なカイザーさん」
「なんだかわたくしにおねだりをされたお父様みたいですわね」
……猫型ロボットのネタが通じないからね……そういうリアクションになるのはしょうがないね……。
『カイザー……青く塗って差し上げましょうか?』
「スミレはネタがわかるんだね……いやいいよ、遠慮しておく」
『そうですか……残念です』
「残念がるところなの!?」
お腹が満たされれば心も満たされる。目的が達成された事もあり余計にだ。
来た時とは逆に穏やかな空気が広間に流れ、薄暗いことを除けばちょっとしたピクニックのようだ。
と、天井付近から物音が聞こえてくる。方角はクレーン装置があった方、祭壇側だ。ネズミか何かが走っているのだろうか? そんな暢気な考えを即座にスミレが否定する。
『カイザー、敵影です。数は1、サイズからして魔獣かと思われ……危ない!』
「むっ!?」
敵機方面から鈍い音が鳴り響き、突如としてこちらに向かって何かが射出されたのが確認された。
それはなにやら実弾のようで、飛翔速度はやや遅く、通常であればそれほど脅威には思わないのだが――その方向にはミシェルが座っている!
護るべく即座に飛びつき、シールドを張ろうと思ったが、周囲に座るレニー達への影響を考えると無茶な動きが出来ない! くそ! 間に合わん!
「ミシェルーーー!!! 横に飛べえええええ!!」
「え!? な、なんですの――?」
思わず叫ぶが、生身の、それも民間人であるミシェルにとっさの回避行動など取れるはずもなく……――
間もなく轟音。
ミシェルが居た場所からはもうもうと土埃が巻き上がり、
「ミシェルーーーー!!!」
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