第六十四話 謎の声

『あなた達、もういいですわよ。ここなら誰にも聞かれませんわ』

 

 インカム経由でミシェルの声が聞こえてくる。

 誰かとここで待ち合わせていたのだろうかと思ったが、スミレはそれを否定する。


『念のためスキャンをかけましたが、半径500m圏内に人間はおろか魔獣の反応もありません』


 むう、ならば遠距離対応型の通信端末でもあるのか?

 そう言えばハンターズギルドに何かそういう端末があるような話をリックがしていたっけ……っと知らない声が聞こえてきたぞ。


 センサーに反応が無いと言う事は、通話相手はセンサーの範囲外に居て、ハンズフリー通話のようになっているのだろうか?


 通信機自体は発明されていても、イヤホン的な物は未発明で音声はスピーカーからの出力に頼っている……みたいな感じかな? そう仮定すれば……こんな時間に我々の元から離れた場所に移動したのも理解が出来る。


 内緒話、聞かれちゃうもんね。


『ふう、ようやくか。さて、どうするんだミシェル。確かに彼女達は信用できそうだが、中に入ればどうなるかわからないぞ』 


 若い男性の声。何やら興味深い、話をしているようだ。

 そして、声の主はもう一人……。


『そうよ、ミシェル。レニーとかいう子はいいけど、マシュー? あの子トレジャーハンターじゃないの。仲間が潜り込んだことも在るみたいだし、中に入ればあれこれ漁る可能性だって……』 


 こちらは声と口調からして女性かな……。どういう存在かは分からないが、ミシェルの仲間で我々が洞窟に入る事にやや否定的なようだね。


『でも、あなた方も聞きましたでしょう? あの場所は……なんでも今では悔みの洞窟、と呼ばれているとか。名前からして物騒ですわ……わ、わたくし一人であんな所に入るなんて……』

『ああ、以前はそんな事はなかったんだけどね。場所が場所だけに魔獣の住処になってしまったか……』

『そう言われるとあの機兵達は役に立ちそうなんだけど……うーん』

『でしょう? だから貴方達にも理解していただいて、カイザーさん達にも協力してもらわないと……』

『カイザー……ね。何処かでその名を聞いたことがあった気がするが……なんだったかな……』

『私も気になってたわ。何かしらね? サリサが読んでいた御伽噺だったかしら?』

『サリサ様の? 少なくとも私が読んだ中ではその様なお話は見たことはありませんわね。お祖母様から頂いた神話の書にもそのような名前はありませんでしたし、吟遊詩人の詩……にでもあったのかしら?』


 俺の名前が御伽噺に? うーん、レニー以前に名乗ったことがあっただろうか? 

 ……言われてみれば遠い過去に名乗ったような気もするが、おそらくその時は日本語で名乗ったはずだ。他に俺の名前が漏れるようなものは……。


 聖典マニユアル……か? 


 何処からかマニュアルに記載されている『カイザー』が何かの名称として伝わって、神話に書かれた? いやいや、でも俺そんな神話に載るようなことはしてないぞ。


 でもなあ、あのマニュアルはどうも色々と斜め上の結果を引き起こしているようだからなあ……俺が知らない所で変に名前が広まっていてもおかしくは……ないかな?


 と……どうやらあちらさんの話はもう直ぐ終わりそうだ。


『では、良いですわね。カイザーさん達には最後まで協力をしてもらう、ということで』

『しょうがないね。ただ、僕は完全に信用したわけじゃないからね? だから……寂しいけどまた暫く静かにしてるよ』

『そうね、その方がいいでしょうね。私も一応監視の目は光らせておくから、信用に足らないとなったら遠慮なく行動に移すわよ? わかった? ミシェル』

『わかりましたわ……でも、手荒な真似は止してくださいましね? あの方々はもうわたくしの……その、おと、お友達なのですから!』

『はいはい、まったく困ったお嬢様だねえ……っと、怖い怖い! じゃ、また後でね、お嬢さん』

  

 おうおう、微妙に物騒なお話をしているねえ。

 まあ、俺達は盗賊なんかの犯罪者じゃあない、善良なハンターだし?

 何か勘違いされているようだけど、マシュー達トレジャーハンターだって盗掘者というわけじゃあない。一応国家の許可を取って調査をしている真っ当な団体なんだ、ミシェルの店の人達か誰かわからないけど、少なくとも彼? らが思っている様な悪いことにはならないさ。


「しかし、今の……どういう仕組みで話をしていたんだろうな?」

『気になりますね……。やはり周囲には気配はありませんし、こちらのセンサーを惑わしている様子もありません。やはりこれは超長距離の通信を用いたハンズフリー通話のようなものでしょう。インカムを渡したときの反応、覚えてますか?』


「ああ、そう言えばレニー達とも単独通信出来る、と説明をした際に『ルナーサに帰っても使える』と喜んでいたな。

 それが無理だと聞いてがっかりしていたけれど……長距離通信が可能な道具を持っているのであれば、インカムでもそれが出来るのでは、レニー達と離れてもおしゃべりできるのではと期待してしまうのも頷けるな」


 そもそも、離れて通話が出来る装置と言うものが出た時点でもう少し驚くのが普通の反応だよね。ミシェルはさほど驚かず、大きく反応を示したのは相手を指定しての通話が可能という部分だった。


 つまり、ミシェルが持っている道具はどういう仕組みかはわからないけれど、レーダーの範囲外、ルナーサもしくはフォレムにいる仲間と長距離通信を可能とするものだろう。


 そしてインカムから飛んでくる映像にチラチラと映っていた蛇の腕輪。


 女性がつけるにしてはやや厳ついデザインのあの腕輪こそが通信機なのだろうと推測される。


 腕輪に向かって話しかけているようだったし、なにより……通信機を付ける場所といえば耳か腕だって相場が決まってるんだ。


「しかし超長距離通話か。その仕組を解析してインカムに組み込めれば旅に出てもリックやジンとやり取りが出来るようになるし、色々助かりそうだよな」

『そうですね、依頼が終わった後にダメ元で聞いてみましょうか? 

 ……商人相手となると安くは済まないでしょうけれども』

「ちがいない……情報は何よりの商材だからね……」

 


 暫くすると……キョロキョロと辺りの様子を窺いながらミシェルが戻ってきた。

 彼女は上手く言ったという顔をしているけれど……こちらは最初から最後まで全て見てしまっているのだから、なんだか申し訳ない気分になってくるね……。


 と、真っ直ぐマシューハウスに帰らないで何故かこちらに歩いてくる。

 むむ? 起きているのがバレたかな?


 今後のことを考えれば……覗き見はバレていないほうがやりやすいんだけど……まいったな、ごまかしきれるだろうか。


 足元まで来たミシェルはじっと俺の顔を見つめる。俺が人間だったら変な汗がダラダラと流れていたことだろう。


 やがて力強く頷き、ニッコリと微笑むと……ペコリとお辞儀をしてマシューハウスに帰っていった。


「……お辞儀? ねえ、スミレ。この世界におけるあの仕草って、どういう意味があるのだろう?」

『レニーがリックにペコペコしながら謝ってましたから、恐らくその通りの意味かと』

「にしてもお辞儀? なんでお辞儀?」

『彼女の仲間が我々を疑って居るのですよ? ミシェルとしては思うところがあったのでしょう』

「なるほどね、いい子だな……何が起こるかわからんが、キチッと護ってやろうな」

『ええ、レニーやマシューともすっかり仲良くなったようですし、護りぬきましょう」

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