第六十三話 深夜
レニーが自分のおうちに戻ってから2時間と21分が経過した。
時刻は23時を周り、少女たちの声で賑やかだった森もすっかり落ち着きを取り戻している。
流石にみんな明日に備えて寝たようだな。
あちらの世界に居た頃の感覚だと23時と言えばまだ寝るには少しだけ早い時間だった。
仕事から帰りご飯を食べてゆっくりとお風呂に浸かる。
風呂から上がり、冷蔵庫から飲み物を取り出して……ようやく訪れる至福の時間、それが23時。
そのまま2時頃まで趣味の時間としてアニメを見たり、本を読んだり。たまにゲームをやったりと、自分だけの時間を過ごしているうち、秘かに忍び寄る3時の足音を聞いて慌てて布団に入る。
毎日代わり映えのしない日々だったけれど、今ではそれも懐かしい話だ。
はー、しかしアニメなあ。
こちらではとんでもなく年月が経過してしまったけれど、あちらでは今どんなロボットアニメをやっているんだろ。
そもそもアニメというものが、テレビと言う物がまだ存在しているのだろうか? いや、寧ろあちらではまだそんなに時が流れていないのかもしれないな。
眠ることを必要としなくなった今、こうして起動したまま夜を過ごすことは少なくはない。
人の三大欲求のうち、睡眠欲は完全に消え失せたといっても良いね。
一応スリープという機能があるからさ、眠ることは出来るのだけど、よほど暇な時を覗いてそれを使おうとは思わない。この時間はこの時間でやることが多いからね。
それで残りの欲だけれども、性欲はまあ、置いておいて……食欲は稀に顔を出す、出しちゃうんだよなあ、これが。ロボなのに!
レニー達が食べている料理や飲物、こちらの世界では見られないものを見る度興味が湧いて仕方がないんだ。
何がまずいってさ、このカイザーという存在は無駄に嗅覚を備えているんだよ。
においを感じ取れちゃうからさ、コーヒー的な良い香りや、肉や魚が焼ける香ばしい匂い……なんてものを拾っちゃうと、無いはずの胃がキュウキュウと鳴くような感覚を覚えてしかたがないんだ……ファントムペインみたいなもんかね。
で、なんで嗅覚が備わっているかと言えば……それを使って燻る煙や、甘い睡眠ガスなどを感知してさ、パイロットに異常警告を出すということが出来る……という仕様が原作にあるせいなんだけれども、そもそもさ、そんなのセンサーで拾って数値として扱うくらいでよかったんじゃあと思うよ……。
まあ、そこはそれ、アニメの見栄え的な都合があったんだろうけどね。
っと、話がそれてしまった。
こうして寝ないで夜を過ごせるというのは不便なことばかりではないんだ。寧ろ好都合とも言える。
さっきも言った通り、夜は夜でやることが多い。
例えば今日のように野営が必要となった時。通常のハンターであれば、交代で見張りを立て、魔獣や野盗等から身を守る必要があるだろう?
しかし俺やオルトロスという寝なくても良い仲間が居る以上、パイロット達は安心して朝まで眠ることが叶い、じっくりと体力回復に集中できるわけだ。
睡眠不足はパフォーマンスの低下を護るからね。パイロットたちの安眠を護るのは重要な任務だよ。
『カイザー、人影を感知しました……っと、あれは、ミシェルですね』
スミレに言われ、マシューハウスの方を見てみれば、中から現れたミシェルが何処かへ向かって歩いているようだ。こんな夜更けに一体何処に行くんだろう?
何かあっちゃまずいよね。
念のために集音……と思ったけれど……ああ、なるほどな……。
……少し考えてそれはやめることにした。
深夜、野営、女の子……導き出される答えは……ッ!
少なくともこれは耳を凝らして聞いて良いものではない。
相手が同性であっても異性であっても……だ。
そう判断した俺は、一応周囲の警戒に務める事にした。
……お花摘みの最中って無防備になるからリスクが高いんだよね……。
◇◆ミシェル◆◇
マシュー、寝てますわよね……?
そっと口元に手をかざすとスゥスゥとマシューの寝息が規則正しく感じられる。
どうやら狸寝入りではないようですわね。
なんだか、悪いことをしてるようでアレですけれども……ごめんなさいね。
音を立てないようにっと……。
レニーのおうちと違って、こちらには扉がわりの布がかけられているだけ……少々不安を覚えますけれど、今のわたくしには好都合ですわ。
っと、カイザーさん達の様子も確認しなくちゃいけませんわね。
あの方々、見た目は機兵ですのに、まるでわたくし達、人間のような存在ですもの……一応彼らも警戒しておかないといけませんわ。
カイザーさん達も……あれは寝ている……のかしら? わからないけれど動いていないようですし、寝ていると思って良さそうですわね
さて……あの辺りまで行けばよろしいかしら……。
誰か起きると面倒ですし、急ぎましょうか。
静か……ですわね……わたくし達以外に野営をしている者は居ないでしょうし、森の奥深くですからね……街中とは大違いですわ。
……少しワクワクしますけれども……やっぱり夜の森と言う物は恐怖感が勝りますわね……。
この辺まで来れば……いいかしら?
暗くて……カバンが良く見えませんわね……ええと……ありましたわ!
まずはこれを広げてっと……きゃっ!
ああ、なんてこと。頂いたインカムを落としてしまいましたわ……一体どこに転がって……うう、良く見えませんわね……っと、あった、ありましたわ! 良かった……。
はあ、危ない危ない。折角頂いた物をなくしてしまうところでしたわ……。
では、改めて心を落ち着けてから……。
まずはこれを敷いて……。
ふう、これで座れますわね。っと、インカムはなくさないようにキチンと耳につけておきましょうか。カバンに入れようとしてまた落としてしまっては大変ですもの。
よし、これで大丈夫ですわね。
さてと……リングはきちんとついていますわね?
周りに人は……いませんわね?
それじゃあ、はじめましょうか。
◆◇◆
ガサガサと音が聞こえてくる。集音はしていないはずだが、何の音だ?
『どうやらミシェルがインカムを装着したようですね……なんでまた……』
間もなくカメラから送信された映像が届く。届いた映像は真っ暗な森を映していて……感度を上げてようやく周囲が確認できるレベルだ。
「ええ? なんでまたインカムをつけちゃったんだ? そんな事したら……その、音が全部届いちゃうじゃないか。さ、流石に不味いと思って聞かないようにしていたんだぞ」
『恐らく、何かの事情で一時的に装着したのでしょうね。その際自動でスイッチが入ると知らなかった……いえ、カイザー……貴方その辺りの説明を怠っていましたね』
「ぐ、ぐう。その通り……すっかり忘れてたよ……しかし不味いな。
このままではミシェルの恥ずかしい実況を……スミレ、インカムの音声及び映像をオフにしてあげて……」
『言われなくても……!……? カイザー、少し様子を見ましょう。どうやら用事はお花摘みでは無かったようですよ』
「ええっ!?」
間もなく、インカムからミシェルの声が聞こえ始めた。
それは独り言では無く、誰かと話している、そんな声だった。
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