第六十二話 忘却のカイザー
「マシュー、君に重大な事を打ち明けなければならない。どうか落ち着いて聞いてほしい」
ミシェルと二人、レニーの家を堪能しているマシューに声をかける。
突然俺がこんな事を言い出すものだから、何やら神妙な顔をハウスからひょっこりのぞかせた。
正直なところ、この報告をするのが遅れた事は大失態だ。
もっと早く、早くに気づいていればマシューの負担が……悲しみが減らせたと言うのに。
怒るかもしれない、殴られるかもしれない。
俺の信頼が地に落ちることすら考えられる。しかし、それでもこれは伝えなくてはならない。今後ブレイブシャインでの活動を円滑に行うためには必要不可欠な話なのだから。
「オルトロス、ちょっといいかい」
オルトロスを呼び、音声出力をオフにして音声データのやり取りのみで直接語りかける。ファンタジー世界風に言えば念話のようなもんだね。
『テステス……どうだい、オルトロス、聞こえるかい?』
『どうしたのカイザ~内緒話なんて珍しいね~』
『マシューにお話があるんじゃないのー?』
『その件について打ち合わせをしておきたい。いいかい? 俺がこう言うから……お前たちは……こんな感じで……な? 頼むよ』
『ああ~!!! そう言えばそんなのあったね!」
『すっかり忘れてたよー。覚えてたら苦労しなかったのにー』
やっぱりこいつらも忘れていたんだなー。
いや、今俺とデータリンクした事により、復元データがダウンロードされた可能性もあるか……っと、マシューが怪訝な顔でこっちを見ている。
『頼んだぞ、二人とも』
「おーいカイザー? 何か大事な話があるんじゃないのか?」
「ああ、そうだ。大事な話だ、マシュー。先に謝っておく。すまない、マシュー。
俺としたことがすっかり忘れていた事があってな……いや何、別に重い話ではないんだ、寧ろいい報告だからそんな顔はしなくていいよ。けどな、今から起こることを……落ち着いて受け入れてほしい…」
ゴクリとつばを飲み込み、真剣な顔で俺に頷くマシュー。
実際そんな大した話ではないのだけれども……ま、そんくらいの覚悟で受け入れてもらったほうがダメージは少なかろうて。
「うし! オルトロス! 頼む」
『おっけ~! マシュ~見てて~』
『えーい! ドスーン!』
気の抜けたオルトロス達の声とともにバックパックが射出されレニーハウスの隣に降り立った。
俺のと同様に、射出されたそれは大げさ過ぎるほどに大げさな変形アクションを経て
「ちょお、お……おお? ……おう……おう!」
突然の出来事にマシューの語彙が著しく減少している。
無理もない、レニーハウスに驚いたばかりなのにそれがもう一棟、それもオルトロスから射出され姿を表したのだから。
そして、マシューハウスが存在する、つまりバックパックが機能しているということはすなわち……。
「お、おおお、おう、おうおう! カイザー! こ、これは、あれか? レニーの……いや、お前のと同じ物ってことでいいのか?」
「ああ、そうなるな。馬車の荷台にはならんが概ね同じようなものだと考えてもらっていい」
「つ、つまりだ、これもアレか? その、なんでも入って簡単に取り出せるっつう」
「そうだ。前にやった連絡用の端末があっただろう? それを使えば好きなように欲しいものだけを取り出すことさえ出来るぞ」
「そうそう! 便利なんだよこれ! けどね、入れたものぜーんぶリスト化されちゃうんだよ……だから気をつけないと変なのまで名前が表示されちゃうから気をつけてね」
いつの間にかハウスから顔を出して眺めていたらしいレニーが説明している。
そうだな、レニーみたいにおぱんつがずらっとサムネで表示されても困るものな……って、レニーがこっちを見て睨んでいる……。
あれ? 今の音声出力されてないよね? 外に出てないよねえ?
「しっかし、すげえなこれ! 教えてくれてありがとうな、カイザー!
……欲を言えばもう少し早く知っておきたかったけどな……知ってたら家からもっと色々持ってこれてたし、買い物のときも楽だったし……はあ、カイザーってさあ、そういうところ抜けてるよなあ……」
「す、すまない……本当にすまない……」
怒られるかと思ったが、呆れられてしまった……。
これはこれでダメージがおっきいよ……くう!
……ほんと俺って奴は肝心な事をポコッと忘れちゃうからだめだよなあ。
これは記憶の欠落もあるけど……前世からの悪い癖だよ……あ、そうだ! 危ない危ない! これこそ忘れないうちに伝えておかないと! っていうか忘れてたよ……。
「そ、そうだ、さっきレニーが説明していた端末だけどな、音声特化型のを用意したのでそれも受け取っておいてほしい」
「音声特化型? なんですかそれ?」
「うむ、ギルドや店などレニー達しか入れない場所というのがあるだろう? そういう所で俺とやり取りをする際にはその大きな端末を耳に当てていると思うけど、正直言って凄く目立ってるんじゃないか?」
「あ! それな! こないだなんかよー『なにお前工具耳に当ててんだ?』 って言われたぞ!」
「そうそう、ちょっと恥ずかしいんですよね、変な顔で見られるもん」
だろうな。その昔、携帯電話が一般に普及し始めた頃にもそんな顔で見られたと聞く。
その頃の携帯電話機はテレビのリモコンみたいなサイズのもあったからなあ。
それから比べりゃスマホサイズの端末はコンパクトなもんだと思うけど、そんな形状の通信端末が無い世界だから目立ってしょうがないんだよな。
「というわけで、俺が設計しリックが改良を加えつつ作り上げた渾身の力作、インカムだ!」
レニーとマシューの手元に転送し、付け方と使い方を教える。
「あー、あー、スミレ! きこえるか!?」
『あなたの声が大きすぎて意味がないですよ、もう少し離れるか声のボリュームを落としてください』
『カイザさ~ん、聞こえますかー』
「レニーは声を潜めすぎだ……いや聞こえるけどな」
そんな様子を少し羨ましそうな顔で見ている少女が一人。
部外者とは言え、護衛対象として共に行動をする以上、臨時パーティメンバーのようなものだし、なにより俺の秘密を知っている数少ない人物だ。
商会の娘というのもあるし今後付き合いができることもあるだろう。
これだけあってもどうにかできる物じゃあないし、護衛対象に連絡を取り合える道具を渡しておくのは……作戦上好ましいよね。
「ミシェル、君にもこの端末をやろう」
「え…っ? よろしいんですの? 私はパーティーメンバーというわけではありませんのに」
「確かに君は依頼者でメンバーではない。しかし、君は俺がこの様な存在であると知る数少ない人物だし、何よりレニーとマシューの友達だろう?
この依頼が終わった後も長らく付き合いが続くと嬉しいという気持ちを込めてプレゼントさせてほしい」
「あら…うふふ、そう、ですわね。私とレニー、マシューはお友達ですものね! うふふ、ありがとうございます、カイザーさん」
「端末の下部にスイッチがあるだろう? それを触って切り替えれば俺にスミレ、レニーにマシューとそれぞれ切り替えて通話が可能だし、勿論全員同時に会話をする事だって可能だ」
「まあ! じゃあ、私がルナーサに帰っても皆さんとお話できますわね!」
「あー……ごめん、残念ながらそれは今のところは無理だな。もう少し設備が整えばどこに居てもやり取りが出来る様になるだろうけれど、今はまだ半径2km四方が限界だ。それでもかなり便利だとは思うけどな」
俺の言葉に少しがっかりするミシェル。
彼女としてもレニー達と話せるというのは嬉しい機能だったんだろうね。
お友達って言葉にやたらと反応していたから……きっとルナーサではちょっぴり寂しい思いをしているに違いない。
何とかしてあげたいところだけど……ううん。
どこか高い山……例えば神の山にアンテナを建てればルナーサまで届区かもしれないけれど、まずその資材がないからなあ。
電波が得意な……って言うとなんかアレだけど、そういう魔獣が居れば素材にできそうだけどね。いつかそのうちの課題だな、これも。
ちなみに……だけど、俺が喋っている姿は結構目撃されていると思う。
油断してカフェで喋ってしまうことが結構あったし、街を歩いているときもついつい喋ってしまうんだよね。
これって結局人間だった頃の感覚が抜けきっていないせいなんだけど、大した噂になっていないのでまあいいかなって……。
流石にそのうち噂が広まってバレちゃう日が来るかもしれないけれど、その時はその時だ。どーんとカミングアウトをかましてしまえば案外受け入れてもらえるかもしれないし、あまりクヨクヨ考えない事にしようじゃないか。
『カイザー、あたいら飯食ったら寝るからなー お前らも早く寝ろよー』
「ああ、わかったわかった。寝ながら自動で周囲の警戒をしておくからさ、マシュー達は安心して寝ると良いよ」
『そんな器用な真似が出来んのか……さすがカイザーだな。ま、お言葉に甘えさせてもらうぜー』
『ふふ、マシューったら早速使ってますね』
「ああ、よほど嬉しかったんだろうな」
『お家も気に入ったみたいだね~』
『ん? あれれ、カイザーなにこれー? 何かストレージに届いたよー』
……すっかり忘れていたマシューとミシェル用の寝具をオルトロス経由でマシューハウスに送り込んだ。ベッド2つと布団セットだ。折角屋内で寝るんだし、マシュー達だってレニーのようにベッドで寝たがるはずさ。ふふ、このプレゼントは喜んでくれるに――
『こらー! カイザー! いきなりなんてもん落とすんだよ!』
『つ、つぶれるかとおもいましたわ~!』
『ひどいよカイザーさん! あたしのパンがぺちゃんこだよー!』
賑やかな声がマシューハウスから響きわたり、実に楽しそうで微笑ましい。
明日から本格的に忙しくなる。
「せめて、今夜だけはゆっくりと……おやすみ……」
『おやすみじゃねえええええええ!!』
……マシューの怒号とともに夜は更けていくのだった。
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