第五十五話 護衛クエスト
◇◆レニー◆◇
(どうするんだこれ……)
(うーん……取りあえず事情を聞いてみようか……このままじゃアレだしさ……)
しくしくと、私にすがりついて泣く謎の少女……。
えっと、違うんだよ? 別にその、修羅場とかそういうんじゃないんだからね!?
あーもう、今日は余り人が居ないとは言え、視線が痛い。変な誤解されちゃってるよねえ、これ。
「え、えっと……とりあえず……とりあえず事情を聞かせて貰えますか?」
「そうだな! う、うん! あたいらも何が何だかわからんからな! 取りあえず、な?」
「うぇっぐ……ふぐぅ……ひっぐ……はい……」
ひっくひっくとしゃくりあげる少女を連れ、ギルドに併設された酒場に向かった。
一番奥のスペースが運よく開いていたので、そこの椅子に座らせた。
この酒場が賑やかになるのは夕方からだ。
その頃になるとさ、クエスト帰りのハンター達が酒を酌み交わしながら愚痴と自慢でわいわいと盛り上がって、お祭りみたいな有様なんだけれど、そんな人たちがぜーんぶで払ってるこの時間帯はとっても静かで、人もあんまりいないから打ち合わせ的な用途で使う人がそこそこいるんだよね。
今の私達みたいに……。
なのでこの酒場はお酒だけでは無く、カフェ的なメニューも充実していて、余りお酒を飲まない私でも気軽に利用出来るんだ。
「カフィラ3人分ちょうだい」
「あいよ。って、レニーかよ。聞いたぜ?
「情報が古いよ、クーリさん。えっへへ、実はさっき
「なんだってえ? お前実はスゲエ奴だったり?」
「しないしない! あ、これお金ね。カフィラは自分でもってくからー」
「ったく、あわただしい奴だな。まいどありー」
何時ものようにカウンターで飲み物を受け取り、トレイにのせて席へ運ぶと……謎の少女は下を向きまだしくしくと泣いたままだや。
ほんと、私たちが一体何をしたというの……。
さんざん少女、少女と言ってるけれど、実のところは私達と同じくらいか、少し上くらいに見える。
でもさ、見てよこの美少女っぷり! ふわふわとした金色に髪に羨ましいレベルのプロポーション。涙に濡れる翠の瞳はそこらの男共は放っておかないよ?
いやほんと、あっちやそっち、あそこでチラチラこっちを見ている連中さ、何時もなら視界に入るそばから声をかけるような軟派な連中なのにさあ……今日はどうしちゃったの? 困ってる美少女が泣いてるんじゃん! なんでそんな関わり合いになりたくないって顔で目を逸らすのさー!
「と、とりあえず、カフィラ飲んで落ち着いて? 話くらい聞くからさ、ね?」
「そうだぞ、なぜ突然泣き崩れたのか、その相手がどうしてレニーだったのか……事情を話してくれないとわからん」
「うんうん! このままじゃ私があなたに何かしたみたいでしょう? お願いだから誤解を解かせてよ! ね?」
話を聞く姿勢を見せたのが良かったのか、謎の少女はおずおずとカフィラをくいっと一口飲むと、すうっと大きく深呼吸をし、目元をハンカチでスッとぬぐってゆっくりと口を開いた。
「……恥ずかしいところをお見せしました。わたくしの名前はミシェル・ルン――いえ、ミシェルとお呼び下さい」
「うん、わかったよミシェル。私はレニー・ヴァイオレットで……」
「あたいはマシュー。ただのマシューだ」
ミシェルと名乗る少女は私とマシューの顔を交互に見ると、意を決したようにぽつりぽつりと語り出した。
「貴方達もご存じでしょうが……わたくしは先日から依頼をギルドに貼り出させて貰ってたのです……。
貼りだしてから毎日ギルドに通いましたが、来る日も来る日も受託したという報告はありませんでしたの。
流石に10日待っても何も無いというのはおかしい、わたくし、不思議に思ってそれから毎日ギルドでハンターの様子を観察していたのです。
すると、依頼書を手にカウンターに向かう人が居ないわけでは無かったのです。日に何人か、受付に向かい詳細を聞くところまでは……行っていたのですが……その後が問題でした。係から詳細を聞くと何故か皆、首を横に振って去って行ってしまうのです……。
御存じですわよね? 依頼は張り出されてから1か月を過ぎると『受託者無し』とされて、ギルドによって剥がされてしまうと言う事を。
勿論、延長手続きの覚悟はしていましたし、その分の資金もありますわ。
けれど、そんな時……貴方達がギルドにやってきました。お二人の姿を見た瞬間、
話からするとどうやらこのミシェルは例のクエストの依頼主さんか……ああ、なるほどなるほど……だんだん話が分かってきたぞう……。
「ランクが足りず受託できないと言われているのが私の耳に届いた時は、絶望のあまり気絶しかけましたが、貴方達はわざわざランクを上げてまで受託しようとして居ましたでしょう? それを見て、わたくし……ああ、やはり貴方達こそわたくしの運命だと……」
「ああ、あれはたまたま必要にかられ……い、いや、続けてくれ」
マシューがなにか口を挟もうとしたけれど、じっとミシェルから放たれた謎の圧に負けて最後まで言えない。
そうだよ、このお話を途中で止めるのは無理だよ、マシュー……ここは諦めて最後まで聞くしかないよ……聞けばそれだけで満足してくれるかもしれないからさ……。
「そして見事依頼を達成し、ランクを上げた貴方をみて私の喜びは最大値になりましたの! これでいよいよ私のクエストを! 受託する姿を見られる……そう思って……思いましたのに……あんまりですわ~」
再びスイッチが入りわんわんと泣き出してしまう。バーカウンターに視線を送り、マスターのクーリさんに助けを求めると……親指を立てウインクをしている。頑張れって言ってるんだろうな、あれ……いやだよ、頑張りたくないよ……。
「泣かないでー……ほ、ほら私たち……というか私も
「話しますわ!」
突如ガバリと顔を上げ、ずずいと私にせまって両手を握りしめるミシェル。
ちょ、ちょっと! 近いってば! 近い! 近いよ!
遠巻きに見ている男達がなんとも言えない顔……何人かは嬉しそうにこちらを見てるし! 違うよ! そんなアレじゃないから! もー!
「お話しを聞いてくれますのよね!?」
「き、聞くから落ち着いて、す、座って、ね?」
はーはーと荒く呼吸をし、妙に興奮してはいるけれど、なんとかおとなしく席に戻ってくれたミシェルは……先ほどまでの涙はどこへやら。非常に上機嫌な顔で今回の依頼について説明してくれた。
マシューが『やっちまったな』と言う顔であたしを見ている……うう、わかってるよ。この流れはもう、今更断れない奴だよね……ああ、どうしよう、変な依頼だったら困るなあ……焦げ付き依頼なんでしょう? しかも説明を聞いて皆やめた様な依頼だよ? カイザーさんやお姉ちゃんが顔をしかめるような依頼じゃないといいな……。
「依頼内容は依頼票に記載してあった通り、護衛ですわ。わたくしがフォレムと目的地を往復するのを護衛するクエストですの。
フォレムのハンターならそれほど難しい依頼では無いと思うのですが、何故か皆詳細を聞くと断るらしくって……」
困り顔でまた目に涙をためたミシェルは懐からなにやら紙を出した。
がさがさと音を立てて広げられたそれはこの辺りの地図で、街を現す場所と、目的地であろう場所に何やら印がつけられていた。
「目的地はここですの。神の山にほど近い場所に存在する洞窟ですわ。この最深部まで私を護衛していただきたいと言うのが今回の依頼なのですが……」
神の山にほど近い……洞窟……? まさかな、なんだか嫌な予感がするぞう……マシューを見ると苦笑いを浮べている。ああ、これはそうか、やっぱりそうなんだ。あのあたりの洞窟と言えば例の場所しか思い浮かばないもん……。
「あのね、ミシェル……誰も受託しようとしなかった理由、わかったよ……」
「本当ですのー!? わたくし、それがわからなくって、モヤモヤとしていましたの! レニー、よろしければ教えて下さらない!?」
椅子から立ち上がり、身を乗り出すミシェルをどうどうと宥め、説明を……うーん、説明か……私にうまくできるかな……いや、無理だ。と言うわけで――
――マシューに振ろうとしたら目をそらされた。こう言うのトレジャーハンターのが上手に説明出来そうな気がするんだけどな……うう、しょうがない、私が説明するか。
「えっと、この洞窟はハンター達の間でも有名で『悔みの洞窟』と呼ばれてるんだ」
「悔みの洞窟ですの? わたくし、初めてききましたわ」
「ハンター達の隠語みたいなものだからね……普通の人は知らないかもしれないね。
あの洞窟って場所が場所でしょ? だからお宝の噂に釣られて多くのハンターが足を踏み入れたんだよ。
ところが、戻ってくる連中でお宝を手に入れられた者はゼロ、みんな成果無しのまま戻ってきちゃうんだ。
何も無かったというわけじゃないんだ、成果無しのまま帰らされちゃうんだよ。
ふらふらと洞窟から戻る冒険者はみーんな酷い顔でね、中にはまともに言葉を離せなくなるほどに弱って戻る人もいる。
何があったのか気になってみんな聞くんだけど、聞かれた瞬間に涙を流して黙り込んじゃったり、苦笑いを浮かべて口をつぐんだり……中で何かが起きたことはわかるんだけど、詳しい話は明らかにならない、誰も話してくれないからね。
ひとつ共通しているのは皆が皆口を揃えて「行くんじゃ無かった」と言っているってこと。だから通称悔やみの洞窟。今じゃハンター達の間でその洞窟の話題は禁忌でさ、もう足を踏み入れようって考えるハンターはいないんだよ……」
「そ、そんな……冗談でしょう? だってあの洞窟は――」
「いやあ、それがな……トレジャーハンターにも同じ話が伝わっているんだよ。
確かにあそこには何かがあるらしいんだが、皆途中でぜーんぶ投げ出して引き返してくる。うちのギルドでも何人か下見に行ったんだが、話を聞こうとすると未だに怯えちまってダメだ。きっと何かヤバいものが眠ってるんだろうよ……」
二人でこれだけ言えば諦めてくれるかな? 今言ったのは単なる脅しじゃなくて、全部本当の事だし……こんな話を知ったら行こうとは思わないよね?
そう思ったんだけど……。
「事情はわかりました……。正直そのお話を聞いて……行きたがるほどわたくしも馬鹿ではありませんわ……」
「じゃあ……」
「……いえ、しかし、しかしわたくしは行かなくてはならないのです……! 正直なところ、行きたくなくなりましたわ! けれど、わたくしは、行かなくてはならないのです」
深刻そうな顔でギュッと手を握り震えるミシェル。
こりゃあ……このまま受託者が現れなければ一人ででも向かいそうだよね。
……流石の私でも……悔やみの洞窟には行きたくない。
でも、この子を放っておくのはもっと嫌だ。
彼女が何故そうまでして向かおうとするのかはわからないけれど、何か覚悟を決めてまで成し遂げようと頑張る人を見捨てるのは……いやだ!
「マシュー……あたしさ」
「あーあー! 言うな、わかってるよ! しょうがねえなあ……そのツラ、あたいが嫌だっても一人でいくんだろ? 心配すんな、あたいもいくよ。赤き尻尾としてもやられっぱなしは気に入らねえからな」
私とマシューは同時に椅子から立ち上がり、スタスタとギルドホールに向かって歩いていく。
ミシェルは呆然とした顔でこちらを見ていたけれど、私たちがボードに向かい依頼を剥ぎ取ると、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。
依頼用紙をバシっとシェリーさんに差し出すと「本当に?」という顔でこちらを見ていたが、力強く頷いて肯定した。
シェリーさんは困ったような笑顔を浮べ、とっても長いため息をついた後、カフェまで届くような大声で言葉を発した。
「では、ブレイブシャイン!
カフェから駆けよるミシェルに笑顔で親指を立て、改めて受託の意思を伝えると、彼女もまた、とても良い笑顔で私とマシューに飛びついて……。
「ありがとう! ありがとうですわ! わたくし、わたくしぃい……」
……と、再びべそをかき始めて……先ほどより賑やかになってきているギルドホールで大いに視線を集めることになったのでありました……。
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