第五十四話―B(レニー視点) 3級へ

 どっしりと重い体とクラクラとする頭。キランビ討伐は本当に疲れた……。

 私もマシューもなんだかギリギリの状態で何とか街まで帰ってこられたけれど、もうすっかり真っ暗で、間もなくゲートが閉められようとしていた。


「わーーーちょっと待って待ってー」


 慌てて門番のお兄さんに声をかけ、閉めるのを待ってもらった……。

 危ない危ない。


 カイザーさんが私のおうちを背負ってるからさ、例え閉門に間に合わなくても野宿になることは無いんだけど、今日はちょっと身体がベトついてるから洗いたかったんだよね。


 カイザーさんに乗るようになって、自分で武器を握って戦う事は無くなったけれど、それでも汗はいっぱいかいちゃう。カイザーさんやオルトロスのコクピットは独特だからねえ……他の機体より体をたくさん動かすことになるから、結局汗びっしょりかいちゃうんだよなあ。


 ……特に今日は身も心も限界まで疲れているからお湯を浴びたくてしょうがないんだ。


 リックさんの工房にはお湯が出る装置がある。これは本来洗浄用だってことだったけど身体を洗うのに丁度良いからチョイチョイ借りている。


 最初は文句を言っていたリックさんだったけど、自分も使ってみたら気に入っちゃったのか今では専用の小屋まで用意してしまった。


 リックさんちについて早々にその事を話すと、カイザーさんが面白い事を教えてくれた。

 なんでも、お水の代わりにお湯が湧く泉があってさ、そこに入ると疲れが取れるんだって! いいなあ、入りたいなあ……なんて思ってたら、カイザーさんがリックさんにそれを再現する方法を教え始めてる!


 そんな話をお湯浴びが大好きなリックさんにしちゃったもんだから大変。あっという間に材料を用意しちゃってさ、私が何か言う前に作業開始。


 ああ、今日はお湯浴び無理かなあ……なんて少しがっかりし始めた頃にはもう完成させちゃってた。リックさん、作業速度が少しおかしいからな……それに助けられることはあるけれど、あれはリックさん七不思議のうちの一つだね。

 

 そんなわけで……私とマシューはさっそくそれを堪能させて貰っている。


「はー、このフロ? っていうのはすげえな……疲れがほぐれるようだ……」

「だねえ。ノズルから出るお湯で洗うだけでも気持ちよかったのにこれは……」

「カイザーって変なこと沢山知ってるよな。一体何処でそんな知識を得たのやら」

「そもそも存在自体が不思議な人……人? まあ、変わってるからね……」


「「はあーーー」」


 オフロに浸かり今日の疲れがどんどん抜けていく。ぽかぽかと身体の芯から温められ夢心地に……ゆめ……


 ゴボゴボゴボ……


「ぶは!」

「うおおい! レニー、大丈夫か?」

「ごほ……うん、だいじょぶ……」

 

 危ない危ない、溺れるところだった……。

 このオフロって奴は危険だな!


「そうだ、私は明日3級サードに上がるけど、マシューのランクも揃えておきたいよね。5級フィフスから4級フォースに上がるためには直ぐだけど3級サードの条件はちょっと大変だから……」


「いやいや、あたい3級サードだから平気だよ」


 ん? ちょっと耳の調子が。


「だから、あたい3級サードハンターだから明日レニーがあがりゃあ黙っててもお揃いだってば」


「ええええええ!!! なんで言ってくれなかったの? だったらそのまま護衛依頼受けられたじゃ無いの!」

「あのなあ、あんときゃお前が話を聞かなかったんだろうが……。

 いやな、トレジャーハント稼業ってのは敵は多いし、発掘場所だって危険な場所が多くてな。だもんで、護衛としてハンターを雇うこともあるんけど、何時も何時も雇ってばかりじゃ居られないだろ?

 だから自分達でもハンターズギルドに登録して運営資金を稼ぎつつ腕を上げるってのはよく有ることなんだよ」

「うー……そういえば何か言おうとしてたもんね。ぐぬぬ、マシューの方が先輩だったとは……」

「はっはっは。まあ2級セカンドの壁は厚い。何か大きな実績を作らないとなれないからな。頑張って二人仲良く狙おうぜ」

「そうだね……うん、がんばろー!」


 カードは身分証代わりに持ってるものだとばかり思ってたけど、よく考えたらトレジャーハンターギルドのカードでいいものなあ。


 はあ……もっとはやくランクを聞いておけば良かった……。

 おかげで早く3級サードに上がれたと思えばいいけどさ、カイザーさんが知ったら……どんな顔するかなあ……。


 私たちのお喋りはこの後もしばらく続き……気づけばお湯にのぼせて目を回しかけることになってしまった。


 疲れていたのと、のぼせていたのとで……湯上がり後、倒れこむようにベッドに横たわると、そのまま朝まで気絶するように眠ってしまったのでありました……。


  ◇


「おはようございます。昨日はお楽しみだったようですね」


 ギルドに行くとシェリーさんがにこにこと待ち構えていた。何がお楽しみだったってそりゃまあ狩りのことだよね……。


「討伐証明のキランビを出したいので表に来て貰えますか?」

「はいはい、ってまるごと持ってきたの? 一部分だけでも良かったんだけど……しょうが無いわね……」


 困った顔でカウンターから出てきたシェリーさんを連れカイザーさんの元へ。足をノックするとキランビを目の前に転送させてくれた。


「え? 今どこからキランビが?ええっ?」


 しまった、おうちから物を取り出せる仕組みは内緒だったか。ま、今更どうしようもないし良いよね。


「え、えっと! 今のは私の機兵の新機能ってことで! はいはい、ほらほら! そんな事よりキランビですよ! 今なら何と! 2つです! 2つもありますよ!」


「うーん、新機能って…………あら? レニー? 貴方達……キ、キランビだけじゃなくてキランビルも討伐したの……?」


「キランビル? って、このソルジャータイプですか?」


「ええそうね。キランビだけでも数が増えればかなりの脅威になるんだけど、各巣に4体居ると言われてるこのキランビルはさらに脅威度が高いのよ。2級セカンド向けの依頼として出されているから……レニーが知らないのは仕方ないけれど、まさか狩ってくるなんて……」


「せ、せかんど……」

「マジかよ……どおりで強かったわけだ……」


「ほんと、よく倒せたわね……貴方達。まあいいわ。うーん……今日昇級しても3級サードだし、残念ながらクエストとしての報酬は出せないけど、キランビルの素材はキランビと違って需要があるからね。どう? 良かったらギルドで買い取るわよ」

「本当ですか?」

「ええ、ほら、この針を飛ばす器官と翅、そして大顎。これらは欲しがる人が多いのよ。クエストの達成実績としては残せないけど、討伐実績としては残せるから是非売ってちょうだいね」


 と、端末が震えている。カイザーさんかな? シェリーさんに背中を向けて小声で話しかける。


「はい? カイザーさんですか?」


『私ですよ、レニー。翅は私が欲しいので売らないでちょうだい。いいですね』


 それだけ言うと端末は静かになった。翅?前も集めていたけど何に使うのだろう?スミレさんはパーツを集める趣味があると言っていたけど、研究でもしているのかな。


「っと、シェリーさん、翅は欲しい人が居たのを思い出したので、それ以外お願いします」


「アラ残念、翅はアクセサリーの素材にもなるし、私もちょっと欲しかったのよねーなんて。いいわ、じゃあ会計と昇級手続きするから少し待っててね」


 係員達がキランビ達を奥に運ぶのを見守り、シェリーさんとともにギルドに戻る。

シェリーさんはそのまま手続きにとりかかったので、少し離れた場所でマシューと二人暇をつぶした。


 改めて仲間っていいなって今思ってるよ。こんな時、前は一人でじっとまっていたからなあ。そうするとさ、意地が悪い連中がややっと現れてさあ『よう、全裸ー今日もお花摘みでちゅかー』なんてからかってくるんだよねえ……。


 まあ、あれはあれでいい暇つぶしにはなったけれど。

 

 の事を思いつつ、マシューと楽しくおしゃべりをしているうちに用意が出来たようでカウンターに呼ばれた。いよいよだよ、いよいよ! うふふ!


「はい、それでは今回の報酬です。キランビ討伐の報酬は銀貨10枚。本来の討伐クエストではなくて昇級クエストなので少ないけど我慢してね。そしてキランビルの素材がなんと金貨1枚!」


「き、ききんか1まい?」

「ばか、声がデケエよ。ギルドで金の話題だすなっつーの」

「ご、ごめん……」


「キランビルは個体数が少ないのもあるけど狩るのに苦労するでしょう? だから査定が高くなるのよ。それにあの針を飛ばす器官、アレが無事だったのが大きいわね。あれは武器の元になるから需要が高いのよ」


 それにしても驚いた。まさか金貨1枚になるなんて……


「そして、これね。おめでとう! これであなたも一人前ね!」


 3級サードに書き換えられたドッグタグを手渡される。ついこの間4級フォースになったばかりなのでどういう反応をしたら良いのか困っちゃうんだけど……えへ、えへへ……やっぱりこれはこれで嬉しいや。


「ありがとうございます!」


 さて、3級サードになったことだしいよいよ例のクエストを受託して……


「あれ、レニーさ、思ったんだけどキランビルの稼ぎがあればあのクエスト受けなくて済むんじゃないか?」

「あっ、そっか! 別に慌ててアレを受けなくてもいいんだ。なんというか……なるようになっちゃったね」


マシューのランクを知っていれば、こんな苦労をする事はなかったけれど、結果を見れば昇級した上で目標金額まで稼げてしまって護衛依頼を受けずに全てまーるくおさまっちゃった。

 

 なんだかなー、世の中面白いものだねえ……なんて、あははーっと、二人で笑っているとフラフラと……誰かが此方に向かってきて……私たちの目の前で膝から崩れ落ちてしまった。


「そ、そんなぁ……おふたりのお帰りを今か今かとお待ちしていましたのに……あんまりですわぁ……」


 その場にへたり込みしくしくと泣き始める謎の少女。

 ちょっとまって、一体私たちが何をしたー?

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